ここでは、MONDO GROSSOのニューアルバム『何度でも新しく生まれる』について解説を書いていきます。このCDアルバムはMONDO GROSSOの大沢伸一が、UA・満島ひかり・やくしまるえつこ(相対性理論)・bird・齋藤飛鳥(乃木坂46)といったボーカリストをゲストに迎えて2017年6月7日に発表した非常に重要な作品になります。まず聴いてみて頂けると幸いです。
 

MONDO GROSSO feat. 満島ひかり『ラビリンス』

 

【アルバムのテーマについて】

 

このアルバム全体でテーマとされていることは、金星神に関する事柄です。金星神はヴィーナスやアプロディーテとも呼ばれる「愛」の女神のことを意味します。このアルバムは金星神の気持ちが様々な形で表現されているからこそ、非常に重要なアルバムです。そういう理由があって、上に貼り付けている『ラビリンス』の中でも「空から堕ちる」という歌詞があります。

太陽系とは地球に降り注ぐ「気」の関係性を整えるためのシステムであって、太陽系のそれぞれの星は以下のような形で地球に「光の気」を送っています。「気持ち」という言葉が示すように、我々は「気」を「持つ」ことによって「気持ち」を抱いているので、太陽系は我々の心を「気」によって支えるためのシステムです。例えば、太陽を浴びていると「元気」が出てくるものですが、それは太陽が我々に「元気」=「元の気」=「火の気」を与えているからです。我々はいつもこのような形で、星からの「気」によって心を支えられる中を生きています。

太陽系のそれぞれの星が与えている「気」と、その「気」によって我々が抱く「気持ち」を整理すると以下のようになります。

太陽・火星:「火の気」=「元気・笑い/闘いの心」の原因
水星:「水の気」=「向上心・問題解決の心」の原因
木星:「風の気」=「優しさ」の原因
土星:「土の気」=「忍耐・勇気」の原因
金星:「金の気」=「愛」の原因

金星神とは金星に宿っている魂のことであって、地球に「金の気」を送っている神様のことを意味します。ですから、このアルバムの中に金星神が「金の気」を送っているということが様々に表現されています。

例えば、2曲目『春はトワに目覚める』の冒頭の歌詞は「白い霧はみるみると 金色に変わりだす まばゆい光の矢が さんさんと地肌にそそぐ」ですが、ここで言われている「光の矢」が「金の気」のことです。また、10曲目『GOLD』はタイトルが「金」を意味しますし、この歌の最後の歌詞は「何度も姿を変えて 金色の涙たずさえ すべては染められてゆく 空とただ溶け合っていく」ですが、「金色の涙」と言われているものが「金の気」を意味します。

MONDO GROSSO feat. 齋藤飛鳥『惑星タントラ』


5曲目『惑星タントラ』というタイトルは金星自体のことを意味します。「タントラ」とはヒンドゥー教シャクティ派の聖典で、かつてのシヴァ神妃(パールヴァティーなど)の力を信仰するものです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/タントラ

そして、パールヴァティーとは金星神のことだからこそ、「タントラ」とは金星神の力を信仰する聖典と言い換えられ、「惑星タントラ」=「惑星パールヴァティー」=「金星」と言えます。パールヴァティーを描いた絵画の後ろに星のようなものがよく描かれていることや、パールヴァティーが金色の肌を持っていると言われるのは、パールヴァティーが金星神だからです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/パールヴァティー

 

また、『惑星タントラ』の歌詞の中で「I」と「愛」が掛けられている点も「惑星タントラ」が金星神であることの根拠になっています。金星神が地球に送っている「金の気」は「愛」の原因の「気」だからこそ、金星神は太陽系の「愛」そのものであって、金星神自身にとっては「I」=「愛」です。このような形で「愛」と「I」を掛けることによって、金星神のことを歌ってきた歌は他にも多くあります。例)相対性理論『YOU & IDOL』、中島美嘉『I』、Salyu『I(アイ)』、Aimer『小さな星のメロディー』

そして、どうしてこのアルバムが『何度でも新しく生まれる』というタイトルを持っているかというと、今の時代は金星が新しく生まれた時代だからです。マヤ文明が我々の理解を超える程に非常に優れた天文学を持っていたことは、様々な研究が明らかにしていますが、2012年12月はマヤの長期暦が終わった時であって、マヤ人達は「金星が生まれた日」とこの日のことを呼んできました。このことがアルバムタイトルに反映されています。

地球には「光」の時代と「闇」の時代が交互に繰り返されるようになっています。その大きな原因となっていることが、金星からの「金の気」が降り注ぐかどうかということであって、金星からの「金の気」が降り注ぐ時代が「光」の時代、金星からの「金の気」が降り注がない時代が「闇」の時代です。マヤ暦では以下のように整理されています。

紀元前3114年8月12日〜紀元前三世紀頃:「光」の時代(金星からの「金の気」が降り注いでいる)
紀元前三世紀頃〜2012年12月22日頃:「闇」の時代(金星からの「金の気」が降り注いでいない)
2012年12月23日頃〜現在〜未来:「光」の時代(金星からの「金の気」が降り注いでいる)

地球を大きく動かしているのは人間であって、人間がどのような「気持ち」を抱くのかということによって、地球がどのように進んでいくのかということはかなり変わってきます。そして、「金の気」は「愛」の原因の「気」だからこそ、「金の気」が降り注いでいると人間は「愛(相手のため)」を抱きやすくなり、皆が「支え合い」を行なっていきやすくなります。それに対して、「金の気」が降り注いでいないと人間は「愛(相手のため)」を抱きにくくなり、皆が「欲望(自分のため)」を抱きやすくなることによって「奪い合い」を行なっていきやすくなります。

「光」と「闇」は抽象的なものではなくて、「愛」と「欲望」の対比と理解して頂けると幸いです。そして、「気」が「気持ち」の原因だからこそ、そういった「気持ち」に関することは「気」のことと密接な関係性を持っています。「金の気」といった「光の気」は「愛」を基本感情とする「相手のため」の「気持ち」を生み、「闇の気」は「欲望」を基本感情とする「自分のため」の「気持ち」を生みます。

今は「闇」の時代が終わり、「光」の時代が始まってはいるのですが、未だに「闇」が強い時代です。そういった状況を『惑星タントラ』は強く表現しています。「僕らはとうに正気を失くして どこからどこまでが『I』」「僕らは消費されていく燃料 膨張するエネルギー」といった歌詞は「闇(欲望)」が「光(愛)」よりも強いということを、皆が「正気」=「光の気」を失うことによって自分を見失い、「闇の気」=「膨張するエネルギー」を強くしているという形で表現しています。

自然の中で生きていると、自然から「光の気」を受け取り、そのことによって「愛」を抱きやすくなります。それに対して、都会の中で「欲望」と仲良く生きていると「闇の気」ばかりを受け取り、「欲望」しか抱けなくなっていきます。そういった形で「闇の気」ばかりを抱え込むと、自分自身の心が「欲望」に支配されてしまい、自分自身がよく分からなくなり「どこからどこまでが『I』」という状態に達します。この歌詞はそういった状況のことを意味しています。余談ですが、多量の「闇の気」を抱えている人が現代では統合失調症患者と呼ばれ、自分で自分の心が制御できなくなった人達のことを意味します。

また、社会が「欲望」に満ちていくと、皆が「自分のため」に生きるようになり、他人さえも「自分のため」の道具のように感じられ、人間自体が商品化されていきます。そういったことを表すのが「僕らは今日もショーケースの中で」という歌詞です。このような背景があり、この歌を乃木坂46の齋藤飛鳥が歌っていることには大きな意味があります。齋藤飛鳥自身が今の日本社会の中で商品化され、ショーケースの中で生きている人間の一人だからです。他人から道具として扱われ続ける苦しみを表すためにも、PVの中では齋藤飛鳥が泣き叫ぶ描写があります。

この歌には、「惑星タントラ 『Hi』」という歌詞もありますが、この歌詞は「金星が生まれた」ということを金星神がこちらに「Hi」と挨拶をするような形で表現しています。金星から「金の気」が地球に降り注ぎ始めたということは、金星神からすると人間に「金の気」で関与し始めることなので、それは人間と金星神の出会いのようなものであり、だからこそ挨拶が生まれるような場面です。

『惑星タントラ』を作詞したのはやくしまるえつこですが、やくしまるえつこはこのアルバムの最後の曲『応答せよ』の作詞を行い、自らが歌っています。この『惑星タントラ』と『応答せよ』は繋がっていて、『応答せよ』は金星神からの「金の気」に「応答せよ」と金星神が人間に語りかけている意味を持っています。「金の気」が降り注いでいても、人間が「金の気」に同調して「愛」を抱かない限り、無駄に終わってしまうからです。

具体的な状況を例に挙げると、人間が「金の気」に触れると目の前の相手に対して親切にしようと一瞬思ったりします。しかし、そういった親切をするという「アイデア」に同意をしない限り、「金の気」がその人に触れたことは無駄に終わります。我々人間の心には一瞬ふとした「アイデア」がよぎることは多くありますが、そういった心の動きは何らかの「気」が触れるからこそ起こります。この例と逆に、「闇の気」が我々に触れると電車を待っている時に「電車に飛び込んでしまおうか」と思ったりします。このような形で、様々な「気」は我々にふと「アイデア」を与えますが、どういった「アイデア」に同意をするかは我々一人一人の人間の「意志」にかかっています。

『応答せよ』は『惑星タントラ』と同様に「欲望」に支配されてしまった人間を「死人が彷徨うショッピンングモール」といった形で描写し、どんなに「金の気」が降り注いでいようとも、なかなか人間が「金の気」に同調してくれずに「愛」を抱いてくれないからこそ、「応答せよ」と歌っている形になります。

 

※楽曲制作に神々はどのように関わっているのか

どのように神々が楽曲制作に関わっているのかを具体的に書かないと、このような説明をしたとしても偶然のように思われてしまうと思うので、その説明を少しさせて下さい。

歌詞を生むとき、その歌詞を書いている人間の心に歌詞に使うべき言葉が浮かんでくることは多いですが、そういった「アイデア」に神々は関与しています。我々は自分自身の「意志」で「アイデア」を生むことはできません。例えば、「Aというアイデアを思い浮かべよう!」と思ったとしたら、そのAは既に自分の中にあるものなので、もはや「アイデア」ではなくなってしまいます。「アイデア」とは自分の中にまだ無いもののことだからです。だからこそ、我々人間は自分自身の「意志」で「アイデア」を生むことはできず、「アイデア」は自分の中に起こってくるものです。

では、どのようにして我々の心に「アイデア」が起こっているかというと、目に見えない存在が我々に「気」で関与することによって「アイデア」を与えています。そのことをよく表しているのが「気付く」=「気」+「付く」という言葉です。「気」には「アイデア」といった情報が乗せられるからこそ、そういった「気」が我々に「付く」と、我々の心に「アイデア」が浮かんできます。「思い付く」=「思い」+「付く」という言葉もこのような性質を捉えている言葉であって、「思い」=「考え」が「付く」ということを表します。昔の日本人は現代を生きる我々よりも「気」のことをよく理解していたので、言葉に「気」の本質に関する知識を残してくれています。

また、歌詞を書く時は「この言葉はしっくりくるけれど、この言葉はしっくりこない」といった感覚に従って書いていくことになりますが、我々人間は自分の「意志」で何かに対してしっくりこようとしても、そういったことはできません。ですから、何かにしっくりくる、何かにしっくりこないという感覚は我々の「意志」を超えています。そういった部分に神々は「気」で関与し、そのことによって我々を導いています。このような性質を表す言葉が「気が進む」といった言葉です。神々は「気」を我々に与えることによって我々の「気持ち」に関与し、そのことによって「気が進む」という状態を作ったり、「気が進まない」という状態を作っています。そういった形で作詞者の言葉選びに関与しています。このことは作詞だけではなく、作曲も同様ですし、我々の日常生活の多くが同じような意味を持っています。

このような形で神々は我々が歌詞を作る時の心に関与しているからこそ、その作詞者も意図していなかった神々からのメッセージが歌詞にはよく込められます。よく芸術家は「作品のアイデアが降ってくる」と言いますが、その現象はこのような構造によって成立しています。

このアルバムのタイトル『何度でも新しく生まれる』は一曲目の『TIME』(bird作詞)の歌詞の一部が使われています。それは大沢伸一がその言葉を使うことに関して「気が進んだ」からですが、神々が大沢伸一の心に関与することによって大沢伸一にそういった「気持ち」を与えている形になります。また、birdが「何度でも新しく生まれる」という歌詞を使おうとしたことにも神々は関与しています。このような形で、神々と共に働くアーティストは自分の「気持ち」に従って作品を作ることによって、神々と共に働いています。


【このアルバムに参加しているアーティストについて】

このアルバムに参加しているアーティストは皆神々と共に働いているアーティストであって、その多くが金星神と共に働いているアーティストです。ここでは、大沢伸一・満島ひかり・UA・bird・やくしまるえつこがどういう人間であるのかを少し説明させて下さい。

神々と共に働いている人間は、ある特定の神様との「縁」を持っています。「縁」という漢字が「糸」という漢字を含んでいることに表れているように、「縁」とは「気」が流れる「ライン」のことを意味します。神々と共に働く人間はその「縁」を通して神々からの「気」を受け取り、その「気」によって作品の「アイデア」を受け取ることになります。

また、「縁」を通して受け取った「気」によって、何らかの「気持ち」を抱き、その「気持ち」を使って歌を歌ったり演技をすることになります。優れた歌手や役者は本当に強く何らかの「気持ち」を抱きながら歌を歌い、演技をしますが、そういった「気持ち」を作ることを導いているのが神々です。そして、神々が我々に送る「気」は、その神様の魂の性質がそのまま反映されます。だからこそ、神々と共に働く歌手や役者は、繋がっている神様の魂の性質を表現することになります。

このような意味があり、神々と共に働く表現者は神々のことを人間に教える、神々と人間の仲介者の意味を持っています。特に、声はその人間が抱いている「気持ち」が強く表れるので、歌はその人間が繋がっている神様の性質を理解する上でとても優れた方法です。

そして、このアルバムで歌を歌っている多くのアーティストが金星神と「縁」で繋がっているからこそ、このアルバム全体が金星神の性質を強く表現する内容となっています。そういった背景があって、満島ひかりの『ラビリンス』も齋藤飛鳥の『惑星タントラ』もPVの冒頭は天から何かが降りてくるかのように満島ひかり・齋藤飛鳥が映されています。これは、金星神が満島ひかり・齋藤飛鳥に降りていることを説明するための描写です。

以下、それぞれのアーティストがどの神様と繋がり、どういった「気」と共に働いているのかを書いていきます。
 

・大沢伸一(MONDO GROSSO)

       

大沢伸一は水星神様と共に働いているアーティストです。名前にはその人に関する重要な情報が込められていますが、大沢伸一という名前にも、水星神様と共に働いていることは表現されています。

「沢」は「水」が溜まっている場所であって、「大沢」で大きく「水」が集まっている場所を意味します。そして、「水の気」を受け取ることによって生まれる「気持ち」は「水の気持ち」=「向上心、問題解決の心」であり、「伸一」という名前はこの「水の気持ち」のことを表しています。「伸」は「向上する」といった意味であって、「伸一」で「非常に強く向上する」という意味で捉えられるからです。

このような意味で、「大沢伸一」という名前は「強い水の気」ということを意味し、太陽系において最も「大きな沢(大沢)」「最も強い向上心(伸一)」を持っているのは、「水の気」の神様である水星神様なので、大沢伸一が水星神様と繋がっていることは名前に強く表現されている形になります。

また、MONDO GROSSOの「MONDO」は「もんど」と読みますが、これを漢字に置き換えると「主水」です。「主水」とは水を扱う役人のことを意味します。

https://ja.wikipedia.org/wiki/主水
http://www.weblio.jp/content/主水​

大沢伸一がMONDO GROSSOという名前を付ける時に、水星神様が大沢伸一の心に関与することで「MONDO」という言葉を使うことを導き、「水」というキーワードが後々分かるようにした形になります。神々は、グループ名や芸名を付ける時によくこのようなカラクリを用意します。

このような形で、大沢伸一という名前にも、MONDO GROSSOという名前にも、大沢伸一が水星神様と共に働いていることは元々示されている形になります。

大沢伸一はここに説明しているアーティストだけではなく、金星神と共に歌を歌う歌手のプロデュース・作詞作曲を今までに多く行なってきました。大沢伸一の人生の役割は今この時代に本当に必要な音楽を水星神様と共に創ることであって、この時代に強く表現すべきものは金星神に関する事柄なので、大沢伸一は金星神と共に歌を歌うアーティストと多く関わってきた形になります。このアルバムはそういったことを一番強く行なっているアルバムだと理解していただければ、と思っています。

「水の気持ち」は「愛(相手のため)」の実践のために、「問題解決」を実践しようとする「気持ち」のことを意味します。そして、自分自身の「問題」を「解決」しようとする態度が「向上心」であり、自分以外の「問題」を「解決」しようとする態度が「問題解決の心」です。大沢伸一はそういった「向上心・問題解決の心」と共に生き、楽曲制作にも向き合っているのだと思います。

電子音楽を作る上で「水の気持ち」=「向上心・問題解決の心」は非常に優れています。何故ならば、どういった音を使い、それぞれの音の素材をどのように配置し、どのようにミックスするのかといったことは「問題解決」のスタンスそのものだからです。

また、水星神様と金星神は仲間であって、水星神様が大沢伸一の作詞作曲にどのように関わるのかということについても、水星神様と金星神はお互いに相談をし合っています。ですから、大沢伸一が作った音楽は水星神様のものであって、金星神と共に働く歌手達がその上に歌を乗せていると思わないで頂けると幸いです。特に、今回のアルバムのテーマは金星神なので、水星神様が大沢伸一と金星神の仲介役をやるような中でこのアルバムが生まれていると考えて頂ければ、と思います。
 


神々はPVにも関与していますが、大沢伸一が神々と共に働いていることはMONDO GROSSOのPVにもよく表れています。例えば、『LIFE feat. bird』では、大沢伸一自身が神々の「光の気」から音楽を教えてもらっていることが描かれています。水の中に入っていく様子などは、大沢伸一が「水の気持ち」で音楽を作っていることを表すための描写、最後のCDが映る場面は大沢伸一が神々から教えてもらっている音楽そのもののことを意味します。
 


『SHININ' feat. Kj』では、星の神々からの「光の気」から大沢伸一が音楽を教えてもらっていることが、音楽と一緒に瞬く星の描写や流れ星のように描かれる星からの「光の気」に表されています。また、この歌の中で「雨」「雲」といった「水」に関する歌詞があるのは、大沢伸一のことを表すためです。ちなみに、Kjは火星神様と共に音楽を奏でているので、二人とも音楽に合わせて瞬いています。

 
 

今回の『何度でも新しく生まれる』のPVでも、満島ひかりが撮影した香港では雨が降り、最終的にPVに使われている映像では、まだ路上に雨水が残っています。雨は水星神様が司っているものですが、水というポイントを示すために、このような関与を神々は示した形になります。『惑星タントラ』でも水の光や水そのものが映像に映し出されていますし、『TIME』では川沿いで二人が踊っていますし、『SEE YOU AGAIN』では、Kick a Showがシャワーを浴びています。このような形で、水がいつも重要な要素として描かれるのは、大沢伸一が水星神様と繋がっていることを示すためです。
 



・満島ひかり

         

満島ひかりは金星神と共に働いている女優・歌手です。「満島ひかり」という名前は日本という「島」国を「ひかり」で「満たす」という意味を持っています。この時代において降り注ぎ始めた「光の気」は金星からの「金の気」なので、満島ひかりは金星神の「金の気」で日本を満たすことを人生の役割として持っている人間と言えます。

満島ひかりが「愛」のもたらす「美」や「可愛さ」を強く表現している人間であることは、満島ひかりの映像などを見ると強く感じることができます。満島ひかりは「愛」をそのような形で表現することを通して、日本人に「愛」の価値を伝えています。そのことによって、日本に「光」をもたらしています。
 


また、単純に「愛」を日本人に教えるだけではなくて、満島ひかりは「気持ち」に関する「真実」を日本人に教えている側面もあります。我々日本人が見失っているのは、「気持ち」に関する「真実」であって、素晴らしい役者は感情の変化を自然に表現することによって、我々に心の成り立ちを教えてくれます。この動画の中でも歌を歌いながら、「愛」→「嫌悪」→「悲しみ」といった感情の変化を見事に表現しています。その様子から、我々は多くを学ぶことができます。こういったことは神々と真に働くことができている役者だからこそできることです。満島ひかりは金星神から「気」を受け取りながら、「気持ち」を抱き、それを演技や歌で表現しているからこそ、このようなことができます。

今の日本において、有名な女優といった存在は日本人の心にかなりの影響力を持っています。多くの日本人がその女優の姿を見て、「美しさ・可愛さ・かっこよさ」などを感じ、無意識の内にその女優が抱いている「気持ち」の「美しさ・可愛さ・かっこよさ」を学んでいるからです。人間は何かを素敵だと思うと、素敵だと思うものを目指し始めます。そのような意味で、女優は日本人が何を素敵だと思うか、どのような素敵さを目指し始めるのかということに関して、かなりの影響力を持っています。満島ひかりは「闇」ではなく「光」の素敵さを表現しながら活躍しているので、日本人の心を正しい方向性へ導いています。

このような意味で、日本という「島」国を「ひかり」で「満」たすということを「満島ひかり」は行なっていると御理解頂けると幸いです。


・UA

        

UAも金星神と共に歌を歌っている歌手です。UAの出生名は嶋歌織であって、この名前は「日本=嶋」で「歌を織る=歌を歌う」ことを人生の役割として持って生まれてきたことを意味します。そして、「UA」とは反対から読むと「AU」であって、「Au」は金の元素記号です。またスワヒリ語でUAは「花」と「死」であって、これは金星からの「金の気」を降り注ぐことができていなかった金星神の状況と重なっている言葉です。2012年12月が「金星が生まれた日」と言われるのであれば、それ以前は「金星が死んでいた日」と言えるからです。UAが持つ一つの大きな人生の役割は金星からの「金の気」が降り注いでいなかった時代の金星神の「気持ち」を歌で表現することなので、このような名前を持っています。

そして、一人の人間が様々な側面を持っているように、一人の神様の中にも色々な側面があります。UAは金星神の「金の気持ち」ではなく「水の気持ち」を強く歌ってきた歌手です。そういったこともあって、UAは『水の女』という映画の主演もしています。満島ひかりが金星神の「金の気持ち」を強く表現しているのに対して、UAは金星神の「水の気持ち」を強く表現しています。
 


UAは『踊る鳥と金の雨』という歌も発表していますが、この歌は金星からの「金の気」が降り注いでいない時代から「金の気」が降り注ぐ時代に入ることが歌われている歌です。このような形で、金星神に関する非常に重要な「真実」をUAは歌によって表現してきました。


・bird

           

birdも金星神と共に歌を歌っている歌手ですが、満島ひかりやUAとは異なり、金星神の「火の気持ち」をbirdは強く表現している歌手です。「火の気持ち」とは「元気・笑い」「闘いの心」の二つの側面がありますが、そういった方向性は「情熱的」という言葉でまとめられます。「情熱」という言葉が「熱」という言葉を含むのは、「情熱」という感情が「火の気持ち」だからです。

デビュー曲にはその歌手についての重要な情報が込められていることがとても多いですが、birdのデビュー曲『souls』にも、birdが金星神と共に歌を歌っていることは示されているので、その歌詞を引用します。

「熱く秘めた音に」
「愛のしずく達を静かに吹き込んで生み出す」
「手にふれるよりおもく」

「ほほえむ導きの女神が」
「あなたの想い達に」
「さしだす灯しびの指先で」
「永遠の闇から救うよ」

「空の始まりはどこに隠れてるの」
「私を失くした同じ場所で」

「熱く秘めた音」という言葉に「火の気持ち」を歌うことが表現され、「愛のしずく」というのは「愛」を基本とする「光の気」のことです。そして、「ほほえむ導きの女神」「私を失くした同じ場所で」という歌詞が、金星神のことを意味しています。この歌が発表された1999年当時、金星からの「金の気」は地球には降り注いでいなかったので、そのことを「私を失くした同じ場所」という形で表現しているからです。


・やくしまるえつこ

       

やくしまるえつこも金星神と共に働いているアーティストであって、金星神の「闇」を表現しています。ただ、「闇」とは言っても悪しき「闇」ではなくて、「光」のための「闇」です。神々は「光」のために「光」だけを使うのではなくて、「光」のために「闇」さえも使います。ちなみに、この写真はやくしまるえつこのホームページのプロフィール写真ですが、「闇」を象徴する「黒」の服に包まれていることは、やくしまるえつこが金星神の「闇」に包まれていることを表現しています。

やくしまるえつこの魂は金星神が抱える「闇」と非常に相性が良く、この二人はお互いに通じ合う部分で作品を作り、様々な重要な「真実」を表現しています。その世界はとても可愛く、心地いいもので、それは金星神の「闇」の可愛さでもあります。例えば、やくしまるえつこの作品の中にはとても可愛い「欲望」を歌ったものもありますが、それは二人が共感する「欲望」です。
 


やくしまるえつこが金星神と共に働いていることは多くの楽曲から確かめることができます。『ヴィーナスとジーザス』では非常に直接的に金星神(ヴィーナス)という名前も使っていますし、相対性理論の『おやすみ地球』では「まわるよまわる 地球が逆回転」といった歌詞がありますが、金星は太陽系の中で唯一自転が逆回転の星です。ですから、金星からすると地球は自転が逆回転であって、そういったことから、この歌は金星神が主語として描かれていることが分かります。
 


また、相対性理論の『ウルトラソーダ』では、金星からの「金の気」が降り始めることを「遠い星からミサイルが来るそうだ」といった形で表現しています。このような形で、やくしまるえつこは金星神の様々な心情を歌ってきました。

 

以上を整理すると、

大沢伸一:水星神様
満島ひかり:金星神の「金の気」
UA:金星神の「水の気」
bird:金星神の「火の気」
やくしまるえつこ:金星神の「闇の気」

といった形で、金星神の様々な側面をそれぞれのアーティストが表現しています。このアルバムに参加していて、ここに解説を書いていない女性アーティストも金星神と共に歌を歌っているので、本当に様々な金星神の側面がこのアルバムには込められています。

そういったこともあって、このアルバムは一曲目はbirdが歌い、二曲目UAの『春はトワに目覚める』の中で「それよりも美しい一羽の鳥のさえずり その声を合図に全ての鳥が鳴りしきり あらゆる方角から湧きおこる Polyphony at play」という歌詞があります。「bird」は「鳥」なので、この歌詞の「鳥のさえずり」はbirdの一曲目を意味します。そして、「Polyphony」とは「複数の独立した声部(パート)から成る多声音楽」のことを意味しますが、このアルバムの一曲一曲の歌が「Polyphony」の一つの声部のことを意味し、このアルバム全体で一つの「多声音楽」を作っているという発想があります。つまり、このアルバム全体で金星神という一つのテーマに持っているということが、「Polyphony」という歌詞に表現されている形になります。

一曲目:MONDO GROSSO feat. bird『TIME』


また、アルバムCDに収録されているわけではありませんが、Spotifyでの配信トラックとしてACOも今回のアルバムに参加していますが、ACOもやくしまるえつこと同様に、金星神と共に金星神の「闇」を表現しています。ACOの『星ノクズ』などはそういったことを強く示しています。


※「タントラ」について

少し発展系の話ですが、何故「タントラ」という言葉が使われているのかということについて説明を加えさせて下さい。

「タントラ」とはかつてのシヴァ神妃の力を信仰する立場の聖典であることは書きました。そして、一般にシヴァ神妃はサティー、パールヴァティー、ドゥルガー、カーリーと言われていますが、サティーは金星神が金星に宿る以前の姿、ドゥルガー・カーリーは金星神が自分の中に持っているある一面のことを意味します。パールヴァティーは金星神の「金の気持ち」を意味し、ドゥルガーが金星神の「闘いの心」を意味し、カーリーは金星神の「闇」を意味します。ですから、本質的には、サティー、パールヴァティー、ドゥルガー、カーリーは全員同じ金星神のことを意味します。

『何度でも新しく生まれる』は金星神の様々な側面を表す歌が歌われているので、ある曲はパールヴァティーの側面を表し、ある曲はドゥルガーの側面を表しているといった形で分けて考えることができます。パールヴァティーは金星神の「愛」の側面を意味するので、例えば『ラビリンス』などはパールヴァティーの「気持ち」を表現しています。それに対して、ドゥルガーは金星神の「闘いの心」の側面を意味するので、例えば『ERASER』などはドゥルガーの「気持ち」を表現しています。

このような意味で、このアルバムが金星神の様々な側面を表していることは、金星神の力を信仰してきた「タントラ」の考え方ととても一致しています。言い換えると、このアルバム自体が金星神についての聖典=「タントラ」の意味を持っています。そのような背景があって、やくしまるえつこは「タントラ」という言葉を金星神の導きによって使ったと御理解頂けると幸いです。

 

【他の作品との関連性】

このアルバムは他のアーティストの作品とも繋がりがあり、そういった繋がりが分かると、よりこのアルバムの意味が分かるような構造を持っています。ここではこのアルバムと相対性理論の『YOU & IDOL』・Aimerの『誰か、海を。』との関連性を説明させて下さい。


・相対性理論『YOU & IDOL』

『惑星タントラ』の解説のことろで「I」と「愛」を歌詞で重ねることによって、金星神が一人称で歌っていることを表現している歌があるという話は書きましたが、そのような構造を持っている相対性理論『YOU & IDOL』は『ラビリンス』『惑星タントラ』の内容と繋がっています。
 


この曲の冒頭の歌詞の一部は「わたしそれはI 愛のラビリンス」という歌詞ですが、MONDO GROSSOの『ラビリンス』というタイトルはこの『YOU & IDOL』が元々あったからこそ生まれたタイトルです。そして、『ラビリンス』と『YOU & IDOL』の内容はお互いを補い合っています。

また、『YOU & IDOL』の最後の歌詞は「あなたそれはYOU 夕日に隠れた わたしそれはI 愛のラビリンス」ですが、金星は「宵の明星」と言われるように夕日に隠れている星だからこそ「夕日に隠れた」という歌詞があります。歌詞全体をチェックするとよく分かりますが、この歌は形容詞がどのように掛かるのかについても神々の意図が正確に伝わるための構造を持っています。そのような根拠から「夕日に隠れた わたし」という読み方をしていいということが分かります。

http://j-lyric.net/artist/a04f804/l02e17b.html

また、この歌のタイトル『YOU & IDOL』の「IDOL」いう英語は「アイドル」という意味に加えて「偶像神」という意味も持っています。そして、金星神は人間が偶像視すべき神々の一人なので、この「IDOL」が金星神であることは言えます。

このような意味で、『YOU & IDOL』は「I」と「愛」を重ねていること、「わたし」が「宵の明星」である点をはっきりと伝えていること、「IDOL」=「偶像神」という意味を持っているからこそ、金星神が一人称として歌っている歌として確かな根拠を持った作品です。

だからこそ、金星神をテーマにした『何度でも新しく生まれる』の『ラビリンス』『惑星タントラ』で「ラビリンス」「I」=「愛」というキーワードが使われている形になります。また、『惑星タントラ』をアイドルである齋藤飛鳥が歌っていることも『YOU & IDOL』の「IDOL」に合わせた形になります。『何度でも新しく生まれる』の多くの楽曲は、金星神が一人称で歌っていることについて人間に確信を持ってもらうために、神々は『YOU & IDOL』の内容と『何度でも新しく生まれる』の多くの要素を重ねた形になります。

このアルバムを作るまで、大沢伸一はやくしまるえつこのことを知らなかったということを最近のインタビューで言っています。ですから、大沢伸一が意図的にこのような構造を狙ったという可能性が無いということも間違いなく言えます。だからこそ、このような構造を人間ではなく神々が引き起こしたということについて、確信を持つことができます。こういった根拠付けも神々は元々狙って人間に関与します。

http://natalie.mu/music/pp/mondogrosso/page/3

神々は様々な歌手の歌を通して「真実」の全体像を表現することを目指しているので、このように別々のアーティストの曲と曲が補い合うという現象が生まれるということは珍しくありません。逆に言うと、神々と共に歌う歌手の歌を全て繋げていくと自ずと「真実」が見えてくるようなパズルを神々は創っている側面があります。

そのようなパズルのことをやくしまるえつこは『応答せよ』の中で「隠した秘密は解明されず」と歌っている形になります。そのパズルを人間が解いていくことが神々に対して「応答する」ということでもあるからこそ、『応答せよ』の中にこのような歌詞があります。やくしまるえつこは金星神と非常に強く働いているからこそ、このような「奇跡」を起こすことができる人間です。


・Aimer『誰か、海を。』

このアルバムにはINO hidefumiとKick a Showの二人の男性アーティストも参加していますが、その内容は金星神の心情表現ではありません。しかし、金星神に関する事柄を歌っています。例えば、『迷子のアストゥルナウタ』では「星は嘘を付く」という歌詞がありますが、この言葉は2014年に発表されたAimerの『誰か、海を。』の「嘘つきの星」という歌詞と繋がっています。
 


Aimerも金星神と共に歌を歌う歌手であって、『誰か、海を。』は星に嘘を付かれることによって迷子になっている「アストゥルナウタ=宇宙飛行士」について金星神自身が歌っている内容です。「海鳥 満ち引きの真ん中に 嘘つきの星 またたき 導いては突き放し 船を漕ぐ」といった形で「海鳥」と言われているのが「アストゥルナウタ」です。

それに対して、『迷子のアストゥルナウタ』はその「アストゥルナウタ」が一人称で自分自身が置かれている状況のことを歌っています。「月に聞いてみる この軌道で合っていますか? 星は嘘をつく 暇を持て余してる 月に触れてみる 天の川をさかのぼり なぜか泣けてくる きっと最後の旅さ」という歌詞は、星に嘘を付かれながらも「天の川を遡り」ながら「船を漕ぐ」ということを意味します。

このような形で、『迷子のアストゥルナウタ』と『誰か、海を。』はお互いを補っている側面があります。この二曲は同じ状況を異なる視点から描いているからこそ、聴いている人間に「真実」をより立体的に教えることができます。


【最後に】

今までに説明してきた様々な意味で『何度でも新しく生まれる』は金星神に関する様々な事柄が一つのアルバムに表現された、非常に大きな価値を持った作品です。金星神と共に歌を歌う歌手のアルバム一枚に金星神の一つの側面が多く歌われている作品は少なくありません。しかし、一枚のアルバムの中でこれほどまでに金星神の異なる側面を大きな振れ幅の中で表現されている作品は他にないと思います。この点に、このアルバムの大きな価値があります。

また、このアルバムは神々が「真実」を人間に教えるために創ってきたパズルのピースとしても大きな価値があります。例えば、金星神とヴィーナス・アプロディーテを繋げて考える歌は今までにも多く生まれていますが、金星神とパールヴァティーを繋げて考える歌は今までにあまりありませんでした。このアルバムは他にも様々な意味を持っています。

ここでは非常に大雑把にこのアルバムについての解説を書きましたが、いつかこのアルバムの一曲一曲について解説を書くと思います。また、MONDO GROSSO(大沢伸一)・満島ひかり・UA・bird・やくしまるえつこについて、そのアーティストごとの詳しい解説も書くと思います。


【追記(2017/6/17)】

6/16のミュージックステーションにMONDO GROSSO feat. 満島ひかりの形で出演していましたが、満島ひかりは歌う直前に遠山の金さんのポーズを取り、宮迫が「金さん!」とツッコミを入れる場面がありました。このことについて少し説明をさせて下さい。

 

これは満島ひかりが金星神と繋がっていること、今回のMONDO GROSSO『何度でも新しく生まれる』が金星神をテーマにしたアルバムであることを伝えるために、金星神が行なった関与になります。金星神の「金」というポイントを「金さん」という形で表現しています。

こういったことが一つの根拠になるということは、少しバカバカしく感じる方もいると思いますが、「気」のことを考えると根拠になることがよく分かります。上にも少し説明していますが、「気」は「アイデア」の原因なので、「笑い」を実践する時にどのような「笑い」を使うのかということも、どういった「アイデア」の乗った「気」を受け取るかによって変わります。これは一般的に言えることですが、本当に面白い芸人の多くは神々と共に働いている人間です。だからこそ、北野武などは神々と働いているからこそ、優れた映画監督でもあります。

そして、満島ひかりが遠山の金さんのポーズをしたのは、満島ひかりの心に「遠山の金さんのポーズをしよう」という「アイデア」が浮かんだからですが、そういった「アイデア」は満島ひかりが「縁」で繋がっている金星神が「気」に「遠山の金さんのポーズをしよう」という「アイデア」を乗せて満島ひかりに届けているからこそ、起こっていることです。

では、どうして金星神はこのような関与をしたかというと、日本人に対して、満島ひかりが金星神と繋がっていることを示すためです。神々は全てを見ているので、このページのことも当然知っています(このページは2017年6月8日に書いています)。そして、このページに書いてある内容が正しいことであれば、神々はそれが正しいという根拠を示したいはずです。何故ならば、『何度でも新しく生まれる』は金星神のことを人間に伝えるために生まれたアルバムだからこそ、『何度でも新しく生まれる』と金星神という存在を結びつけて考えてほしいからです。もし結びつけなければ、単純に素晴らしい音楽アルバムとして消費されてしまいます。また、満島ひかりは日本人にとってとても重要な存在なので、満島ひかりがどのような意味で重要な存在かを伝えたいとも神々は強く思っているからです。

だからこそ、満島ひかりと金星神の結びつき、『何度でも新しく生まれる』と金星神の結びつきを示すための一つの根拠のために遠山の金さんの「アイデア」を金星神は満島ひかりにもたらした形になります。もし、このページに書いてあることが間違っているのであれば、金星神は絶対に「笑い」の実践のために遠山の金さんの「アイデア」を満島ひかりに与えることはあり得ないです。神々は間違っていることを日本人に伝えたくはないからです。

そういった分析をしていくと、満島ひかりがミュージックステーションで遠山の金さんのポーズをしたことが一つの大きな根拠になることが理解できます。一般的に考えると、笑いの「アイデア」は自分自身が生んでいると思われてしまうので、こういったことが一つの根拠になることは理解できませんが、「気」の成り立ちのことを踏まえた上で分析すると、これが一つの根拠になることを理解できます。

少し重要なことだと思いましたので、追記させて頂きました。