水はあちら側とこちら側を仲介する神秘的な存在でもあります。だからこそ、水の役割を理解することは、あちら側のことを理解する修行を行なう上で非常に役立ちます。

滝行や沐浴など、水を通して「邪気」を浄化したり「正気」を入れる方法は世界中に色々あります。このことと非常に結び付けて考えるべき点は水の温度です。

水が冷たい方が「気合」が入るので、より多くの「気」を「合わせる」ことになります。例えば、比較的寒い時期に滝行をした方が、たくさんの「気」が「合わさる」ことを実現しやすくなり、その川の神様のことを感じやすくなります。

だからこそ、神々のことを理解する上で滝行は極めて有効であって、昔の日本人はこういった構造を知っていたからこそ、滝行を実践してきました。また、ある祭りにおいては、冬の極寒の中、ふんどし一枚の男達が一晩中体に水をかけ続けるようなものもありますが、こういう構造を使うことによって、神を憑依させる事ができることを昔の日本人は知っていたからこそ、そういった祭りが生まれています。

ただ、長時間寒過ぎたり冷たい水に入りすぎると風邪を引きやすくなるので、加減が難しいところです。逆に、夏に滝行をしても気持ちがいいが故に「気合」は入りません。また、気持ちがいいが故に「水の気持ち(問題解決の心)」に入りづらいです。

寒いくらいの方が、寒さに対する「嫌悪」などを「解決」しようとできるので、「水の気持ち」を強く抱きやすいです。その結果、強く「水の気」を「持つ」ことができ、その「水の気」が我々に何かを教えます。

また、滝に打たれずとも、川に入っているだけでも、その川の神様は感じることができます。参考にして頂けると幸いです。