芦刈純。シャーマン。自然主義者。コントラバス奏者。1986年11月7日生まれ。福岡県太宰府市水城出身。上智大学文学部哲学科卒業。
 

[名前について]

「純」とは「混じり気の無い純粋な状態」を表します。そして、「芦刈」とはアルファベットで書くと「ashikari」であって、「as+hikari」に分解できます。「as」とは「〜として」という意味の英語であって、「hikari」とは「光」です。ですから、「芦刈純」全体で「光として純粋」ということを意味します。英語的に書いた方が順番がそのままで分かりやすく、「Jun Ashikari」=「Jun as Hikari」=「純 as 光」=「光として純粋」ということになります。

「光」とは「愛」の立場のことを表し、「相手のため」という立場です。それに対して「闇」とは「欲望」の立場のことを表し、「自分のため」という立場です。我々はこの「光(相手のため)」と「闇(自分のため)」の間を振れながら生きています。

どうして私が「芦刈純」=「光として純粋」という名前を持っているかというと、いつも「相手のため」に尽くしている魂だからです。このようにシャーマンとして生きていると、人々に疑われてしまいます。しかし、名前に「この人は光そのものである」と書いてあれば、疑われにくくなります。神々としては、そのようなことを狙い、私に「芦刈純」=「光として純粋」という名を授けています。

 

また、「芦」という植物は水辺に生える「水の植物」で、神事で使われる植物でもあり、「刈」とはそういった植物を使うということです。ですから、「芦刈」で「水の気」を使うということと神事を取り仕切るという意味を持っています。そして、神事を取り仕切るのはシャーマンの役割です。ですから、「芦刈」という名字には私が「水の人」であることとシャーマンであるということが書かれてあります。

そういった形で、私の名前に私が「純粋な水の光のシャーマン」になるために生まれてきたことは書かれています。

「気持ち」「気分」という言葉が示すように、我々は何らかの「気」を「持つ」「分つ」ことによって「気持ち・気分」を持っていますが、「水の気」とは「向上心・問題解決の心」という「気持ち・気分」の原因の「気」のことを意味します。そして、「水の人」とは魂に「水の気」が多い人のことであって、「向上心・問題解決の心」が強い人間のことです。私は福岡県太宰府市水城生まれです。「水城」とは「水の城」と書きますが、私が「水の人」だからこそ、神々は私を「水の城」に生まれさせています。

両親はこのようなことを意味して名を付けたわけではありません。私の両親は「光」と「闇」の関係性も知りませんし、神様がいることもあまり信じていない形になります。ただ、私の家族の名前にも神々が私のことを説明するために明確な意味を込めています。

私の母は「典子」ですが、「典」とは「聖典」と言われるように「人の進むべき道をしるした書物」のことであり、「ルール」=「普遍の規則」という意味を持っています。私の持っている最も大きな人生の役割は「気」というこの世界の成り立ち=「ルール」=「典」を伝えることなので、そのことと「典」という字は合致しています。

私の父は「茂」ですが、「茂」とは「植物がさかんに成長する」という意味です。そして、「芦刈茂」という名前の中にある植物は「芦」であって、上に書いたように水の植物です。ですから、「茂」は「水の気がさかんに成長する」という意味を持っています。しかし、私の父は「火の人」であって、父自身が「水の気」を「茂」らせるわけではありません。そして、私は「水の人」であって、「水の気」を広げること(皆に「向上心・問題解決の心」をもたらすこと)がもう一つの人生の役割なので、この「芦が茂」という言葉は私のことを意図しています。つまり、父は私を作り、私は「水の気」を広げるので、父は「芦を茂らせる」と言えます。

また、私は二人の姉を持っていますが、長女は「知子」、次女は「真由子」です。「由」とは「物事の理由」という意味であって、「知」と「真由」で「真の由を知る」=「真実を知る」ということを意味します。これは、私が「真実を知る」ということを示しています。

また、私には腹違いの弟と妹がいますが、名前は「光(ひかる)」と「みずき」です。「光」がどうして「ひかり」ではなく「ひかる」なのかというと、将来的に「光る」ということを意味するためです。そして、「みずき」は平仮名ですが、「水気」とも読むことができます。私は「水の気(みずき)」で「光る(ひかる)」という流れを生きてきました。そのことを意図するためにも、この二人は神々からこういった名前を授かっています。

つまり、父と母は私が「気」という「ルール」を説明すること(典)、「水の気」を広げること(茂)を表しています。そして、姉二人は私が真実を知ること(知+真由)を表し、腹違いの兄弟は私が「水の気」で「光」に達すること(みずき+光る)を表しています。

また、私には甥と姪が1人ずついますが、私が旅立つ頃に生まれたのが「航」であって、「航」とは「船で水を航る」という意味であり、神々は私が「船」で旅立ったことと重ねています。そして、私が「光」のシャーマンになり日本に帰った頃に生まれたのが「みのり」であって、「みのり」とは「実り」=「実を結ぶこと」と「御法」=「仏の悟った真理」の両方の形で読むことができます(「みのり」でグーグル検索すると「実り」と「御法」の2つが出てきます)。神々としては私が「光」のシャーマンとなったこと(実り)と真実を悟ったこと(御法)の両方の意味を「みのり」という名前に込めています。つまり、「航」は私が「光」のシャーマンになるために旅立ったこと、「みのり」は私が「光」のシャーマンとなり、旅を終え日本に帰ってきたことと重ねています。姉はこのようなことを意図して名付けをしたわけではなく、神々の導きによって二人はこのような名前を授かっています。

今説明した私の身内は、こういった私に関する意味とそれぞれの人生の役割が重なっています。例えば、母の「典子」は社会科の先生であって、社会の「ルール」を教えることと私が「気」という「ルール」を伝えることの両方の意味を名前に持っています。

我々が持っている名前の多くは神々が決めています。どのように神々が関与するかというと、親が子に名付けをする時にその名前の「アイデア」を神々が親に落としているからです。神々がどのように「アイデア」に関与するのかについて詳しくはこちらを読んで頂けると幸いです。

・「気」と「アイデア」の関係性
http://junashikari.com/energy/「気」と「アイデア」の関係性1/

 

[誕生日について]

数字には明確なルールがあり、1,3,7が「光」の数字であるのに対して、4は「闇」の数字です。7はラッキーナンバーと考えられる理由はこういった点にあります。私の誕生日である1986/11/7の総和は33であって、11月7日は年始から311日目の日でもあります。このような形で、私の誕生日に1,3,7という「光」の数字をできるだけ込めるように私が生まれる日を神々が決めています。

また、ホロスコープ(生まれた時の星の並び)は蠍座(水星)の中で太陽・金星・冥王星が一直線に並んでいます。これが表すのも、私が「水の人」であるということです。

先程も説明しましたが、「水の人」とは「問題解決」によって「愛」を実践する立場の人間のことです。「愛」の実践には複数の方法があります。例えば、元気が無い人に「優しさ」や「笑い」を実践することによって、その相手を笑顔にすることも「愛」の実践です。「風の人」は「優しさ」によって「愛」を実践し、「火の人」は「笑い」によって「愛」を実践します。それに対して、水の人は、元気が無い人に対して、その人が根本的に抱えている問題の「問題解決」をすることによって、「愛」を実践します。私はそのようにして「問題解決」によって「愛」を実践している魂になります。


[幼少期から現在に至るまで]

以下は、幼少期から現在に至るまでの大まかな流れです。

小学校時代は陸上クラブに所属し、キャプテンも務め、走ることを趣味としていました。また、自宅にあったピアノを独学で学ぶような静かな少年でした。

中学高校時代はバスケ部に所属し、学級委員や文化祭・体育祭のリーダーを務めるような青年でした。非常に熱い青年だったと思います。

浪人時代、初めて自分の将来を真面目に考えた結果、「国連に入り貧困問題を解決することに人生を捧げる」という考えを持ち、早稲田大学政治経済学部を志望し、ずっと勉強していました。しかし、浪人の途中から「全ての真実はそれを結論付ける理由や認識がある。その前提の先にどう生きるべきかという答えがある」と考えを変え、哲学科に志望変更を行なっています。また、哲学を志すと共に芸術にも関心を抱くようにもなりました。「哲学は言葉によって認識を深める方法。芸術は言葉以外のものによって認識を深める方法。そうであるならば、その両方を行なうことがとても重要である」という発想が当時の自分の思想だったからです。そんな時に、当時聴いていたUAのCDアルバム『空の小屋』の中でコントラバスの音を聴き、「この楽器だ」と確信しました。

大学時代は、大学に入ると同時に上京し、哲学と芸術(コントラバス)を始めました。しかし、次第に哲学よりも芸術の方に心は傾いていき、結局、大学在学期間の大半を音楽練習室でのコントラバス練習に費やすこととなりました。また、当時運命的な出会いをしたカルロス・レカルテとHola Guey(オラウェイ)というユニットを組み、ライブも行なっています。その頃の音源はこちらに載せています。

http://junashikari.com/music/

大学3−4年の頃、一時は就職活動をし内定を得ましたが、違和感を感じ、すぐに内定を辞退しました。そして、四谷三丁目の文化サロン『喫茶茶会記』で働き始め、副店主を務めていました。ここの副店主を務めながら、自分のアーティストとしての活動を行なっていた形になります。

大学卒業後は、この喫茶茶会記にて、日本のアンダーグラウンドシーンのアーティスト達や様々なジャンルの人とコミュニケーションを取り、非常に刺激の多い日々だったように思えます。当時は、自分が芸術家として成長していくことと平行して、このお店で人と人の繋げ役になることを大事に考えながら生きていました。「芸術」と「人間関係」が人が幸せに生きていく上で最も大事なものだと考えていたからです。またこの時期に、コントラバスソロ公演を複数回行ない、他のアーティストとの共演も重ねています。

26歳の誕生日(2012/11/7)に突然「旅に出たい」と思い、一年間の資金準備期間を経た後、翌年27歳の誕生日(2013/11/7)にコントラバスを抱えて日本を出発しました。韓国、中国、台湾、フィリピンを旅し、台湾には合計一年以上滞在しています。当時は旅から刺激をもらいながら、コントラバス弾きとして、海外を放浪していました。多くの素敵な人々と出会い、彼らと時間を過ごす中で、より良い人間になれていった時期だと思っています。

旅人時代の映像があるので載せておきます。こちらの映像は旅中に出会った韓国人の映像作家が、私のナレーション・即興演奏・撮影動画を編集したものになります。2015年にアップされていますが、2013年頃の映像と音声からできています。私はシャーマンになる以前、魂や神様や霊などは信じていませんでしたし、「気」のことも一切知りませんでした。そういった中で「意識」や「世界認識」という言葉を使って、当時の自分の考えをこの映像の中で話しています。
 


こちらの映像は旅人時代に自分が寝泊まりしていた台湾の廃墟での即興演奏になります。海からの影響を受けながら、「水の気持ち」=「向上心・問題解決の心」で演奏をしています。
 


旅人時代は、台湾にて多くの貴重な出会いを果たし、様々な影響を受けました。特に28歳の誕生日以降、シャーマニズム・瞑想・気功と出会い、修行を積んでいます。それらの修行により、目に見えない世界のことを知り、それまでは一切信じてこなかった神様や魂や霊や精霊の存在を確信し、それらに対する理解を深めていくこととなりました。

私にはシャーマンとしての師匠はいません。2015年の2月から、神々と連絡を取ることが可能になり、神々から様々なことを直接教わる中でシャーマンになっています。ですから、このホームページに書いていることなどは、自分が何かを調べて書いたものではなく、神々と共に生きる中で明らかにしていった事柄です。

私はシャーマンを目指してシャーマンになったわけではなく、気が付くとシャーマンが行なうことができていた形になります。その上で、神々側からの「シャーマンになりますか?」という問いに対して、「なります」と返事をした形になります。統合失調症という病が何らかの霊的な存在が取り憑くことによって起こる病であることは当時から分かっていたので、そういった苦しんでいる人を助けるために自分にできることをすること、自分が最大限に努力することは当然だと考えたからでした。その返事をした後、神々の指導の下、2015年の春頃から他人の治療、除霊、浄霊、占いといったことができるようになっています。

我々人間には必ず人生の役割がありますが、私は元々シャーマンの役割を持っていた人間であって、そのことに気付くために26歳の誕生日に急に「旅に出たい」と神々の「導き」によって思い、実際に旅に出て、シャーマンになるという結論に行き着いた形になります。

26歳の誕生日に急に「旅に出たい」と思ったこと、27歳の誕生日に旅に出て多くの素敵な人達に出会ったこと、28歳の誕生日以降に突然目に見えない世界のことを知るような経験が向こうから訪れたこと、これらは全て神々の導きだったということには確信を持っています。

2015年の8月下旬より日本で活動を開始しています。シャーマンになった当時から現在に至るまで、全ての依頼は無料で引き受け、寄付だけで生きています。日本での活動開始後は様々な人の治療や相談、シャーマンの弟子の育成などを行なってきました。また、2015年の11月よりこのホームページを開始し、「気」に関する重要な知識を書いていっています。そして、2016年の1月より現在に至るまで、ずっと神々と共に修行を行なっています。その修行と平行して、このホームページの作成を行なっている形になります。
 

このページでは、本当に大雑把にしか自分のことを説明していません。ですから、もしよかったら、以下のリンクの文章を読んで頂けると幸いです。

私がどのような人生を過ごしてきたのかを細かく説明しています。これらの文章を読んで頂けると、私がどういう人間なのか理解を深めて頂けると思っていますし、私がシャーマンになるために生まれてきたことについて確信を持って頂けると思います。下の文字をそれぞれをクリックすると、それぞれのページに飛ぶことができます。

【『私の人生の流れ』概要】
【私の人生の流れ1(生まれてから高校時代まで)】0歳〜18歳:1986/11/7〜2005/3/31
【私の人生の流れ2(浪人時代)】18歳〜21歳:2005/4/1〜2008/3/31
【私の人生の流れ3(大学時代)】21歳〜25歳:2008/4/1〜2012/3/31
【私の人生の流れ4(大学卒業後〜旅立ち)】25歳〜27歳:2012/4/1〜2013/11/7
【私の人生の流れ5(旅の一年目前半)】27歳:2013/11/7〜2014/6/23
【私の人生の流れ6(旅の一年目後半)】27歳〜28歳:2014/6/23〜2015/1/31
【私の人生の流れ7(旅の二年目〜シャーマンになるまで)】28歳:2014/11/7〜2015/3月頃
【私の人生の流れ8(シャーマンとなった後の台湾・日本での活動)】28歳:2015/3月頃〜2015/8/20
【私の人生の流れ9(シャーマンとしての日本での活動)】28歳〜29歳:2015/8/20〜2016/1/20
【私の人生の流れ10(修行期間)】29歳〜30歳:2016/1/20〜現在