「気持ち」は多くの場合「アイデア」と共に発生します。このことは意識化しておいた方が生きやすくなります。例えば、

・「鍵をちゃんとかけただろうか」という「アイデア」と共に起こる「不安」
・「彼は浮気をしているのではないだろうか」という「アイデア」と共に起こる「疑い」
・「間に合わないかもしれない」という「アイデア」と共に起こる「焦り」

といった形です。逆に言うと、「アイデア」とセットでなければ、「気持ち」は起こりづらいです。漠然とした「憂鬱」などもありますが、「気持ち」は「アイデア」とセットで起こることで、より強い「気持ち」に繋がります。

「気」は「気持ち」の原因であり、「アイデア」の原因です(「気持ち」=「気」を「持つ」、「気付く」=「気」が「付く」の構造)。「気」を司る存在は我々に「気持ち」を抱かせるために、「アイデア」とセットで「気」を我々に与えていると理解して頂けると幸いです。

神々は我々に強い「光の気持ち」を抱かせるために、「光のアイデア」と共に我々に「光の気持ち」を起こします。例えば、「きっとあの人は辛い過去があったのだろう」といった「アイデア」と共に「優しさ」を起こすことによって、我々のその人に対する「優しさ」を強くしようとします。

悪魔は我々に強い「闇の気持ち」を抱かせるために、「闇のアイデア」と共に我々に「闇の気持ち」を起こします。例えば、「きっとあの人は私を騙すつもりだろう」といった「アイデア」と共に「怒り」を起こすことによって、我々のその人に対する「怒り」を強くしようとします。

大事なことは、神々の「光のアイデア」と「光の気持ち」に同調し、悪魔の「闇のアイデア」と「闇の気持ち」に同調しないことです。我々の日常とはこういった「光」と「闇」の選択であることを理解して頂けると幸いです。