映画『鬼滅の刃』が流行ったことは日本にとって非常に良いことです。というのも、今の時代を生きる子供達がこの作品を通して「善悪」に対する適切なイメージを持つことができますし、所々に非常に重要な台詞が散りばめられているからです。

例えば、煉獄の母親の「生まれついて人よりも多くの才に恵まれた者は、その力を世のため人のために使わねばなりません」という言葉は「善」に関する最も基礎的な考え方であって、大事な教えです。こういった言葉を良い物語の中で接することができることは大事な経験だと思います。

つくづく思いますが、大人になると様々な「常識」や世の中の「普通」ということに囚われ、当たり前の「善」のことを「善」として受け入れられなくなってきます。逆に、子供はまだ何の「常識」や「普通」にも囚われていないので、大事な真実をちゃんと受け取ることができます。

『鬼滅の刃』は現代版の子供向きの武士道精神の教科書のような意味があります。「正しさ」のために己の命を犠牲にしてでも「善」を為すことの尊さが表現されている作品だからです。「善」のための「自己犠牲」の尊さをここまで描いている漫画やアニメーションは他にないと思います。

以下、少し神学的な解説です。

以前『鬼滅の刃』の解説ページでも書きましたが、『鬼滅の刃』は太陽神様の教えとしてのアニメーションです。作者の名前が太陽に関する事柄を象徴していますし、「日の呼吸」を使う竈門炭治郎は明らかに太陽神様の使いですし、太陽と太陰の対立軸が非常に明確だからです。

そういう意味で考えた時、炎柱の煉獄杏寿郎は炎の星である太陽神様の使いであって、劇場版は見事に煉獄杏寿郎が太陽神様の代弁者として語っていることが非常に的確に描かれている描写が多くあり、見事でした。

劇場版『鬼滅の刃』のおかげで、今の時代を生きる子供達は太陽神様からの大事な教えを受け取ることができたと思います。もちろん、この映画を観たからといって、即座に人生に活かすことができるものではないですが、少なくとも、彼らは太陽神様からのメッセージを記憶することができました。

そういった記憶が、これから大人になっていく子供達の人生を支え得るもので、このような意味で、『鬼滅の刀』が流行って良かったと思っています。

(2020/12/15のFacebook投稿より)