ここでは、神々がどのように名付けや作品作りに関与しているのかについて書いていきます。

このホームページでは多くのアーティストについて解説を書いていきます。その解説はそのアーティストの名前や作品(歌詞や映画の内容)を根拠にそのアーティストがどういう人間であるのかを書いたものです。ですが、神々がどのように名付けや作品作りに関与しているのかを理解していない限り、根拠の無い話のように見えてしまいます。

例えば、名前を例に挙げると、宇多田ヒカルは「光る歌」を歌う人間だからこそ「Hikaru Utada」という名前を持っています。後々宇多田ヒカルの歌ってきた歌の本当の意味が解き明かされた時に、その歌の価値を人間が理解する=「歌が光る」という意味を持っています。また、UAの本名は嶋歌織ですが、日本という「嶋」国で「歌」を「織る」ために生まれたからこそ「嶋歌織」という名前を持っています。しかし、神々がどのようにして宇多田ヒカルやUAにそのような名前を与えることができるのかということをはっきりと理解しない限り、根拠の無い話のように思われてしまいます。

また、作品作りを例に挙げると、北野武は『HANA-BI』という映画を作っていますが、この映画は「火の気持ち」を表現している映画だからこそ「花火」というタイトルを持っています。また、Aimerは『星屑ビーナス』という歌を歌っていますが、Aimerが金星神=ヴィーナスと共に歌を歌っているからこそ、このような歌が生まれています。しかし、神々がどのようにして作品作りに関与しているのかをはっきりと理解しない限り、このような現象は偶然のように思われてしまいます。

このページでは、そのような状態を防ぐために、神々がどのように我々の名付けやアーティストの作品作りに関与しているのかを説明していきます。


【神々が我々の名付けにどのように関与しているのか】

・出生名

我々がどこに生まれるのかを決めるのは神々です。そして、どの両親の子供になるのかが決まれば自然と名字は決まります。ですから、生まれる場所が決まれば自然と名字は決まります。そして、下の名前は両親が決めますが、神々は両親の名前の決定について「アイデア」を「気」でもたらしています。

神々は「気」を司っていますが、「気」には「アイデア」を乗せることができます。ですから、「アイデア」が乗った「気」が我々にもたらされると、我々の心に「アイデア」は浮かびます。そういった構造を示す言葉が「気付く」という言葉です。「気付く」という言葉は「気」が「付く」という構造を持った言葉ですが、この言葉は我々が何かに「気付く」という現象が「気」が「付く」ことによって起こっていることを説明している言葉です。神々が何かしらの「アイデア」を乗せた「気」が我々に「付く」時に、我々の心に何かしらの「アイデア」や「発想」が浮かび、何かに「気付く」という現象は発生します。例えば、忘れ物をして家を出た時に、ふいに忘れ物に「気付く」ということはありますが、そういった現象は神々が「忘れ物をしているよ」という「アイデア」を乗せた「気」を我々に「付ける」からこそ起こっています。また、これは「思い付く」という言葉も同様の意味を持っています。「思い」とは「考え」のことであって、そういった「思い」=「考え」が自分の外から自分に「付く」ということを、「思い付く」という言葉は示しています。

両親が名前を決める時に必要なものは名前の「アイデア」であって、神々はその子供にふさわしい名前を付けるように「気」で「アイデア」を送ります。そのことによって、名前の選択肢が生まれます。

そして、名付けの時にもう一つ重要なことは、どの名前をいいと思うのかという「気持ち・気分」です。「気持ち・気分」という言葉が「気」を「持つ・分かつ」という構造を持っているように、我々は何かしらの「気」を受け取ることによっても自分の「気持ち・気分」を抱いています。そして、神々はその子供にふさわしい名前を両親が選ぶように、両親の「気持ち・気分」に「気」で関与します。

このことを言い換えると、しっくりくる感覚を与えているとも言えます。我々人間は自分自身の意志で何かに対してしっくりくるという感覚を生み出すことはできません。しっくりくる感覚は自分が起こすものではなく、自分の中に起きるものだからです。神々は「気」で関与することで、我々の「気持ち・気分」に関与し、しっくりくる感覚を作ります。そのことによって、我々を導いています。

まとめると、名字は生まれる場所を神々が決めた時点で決まり、下の名前は神々が「気」で「アイデア」と「気持ち・気分」を与えることで決めます。このような仕組みによって、神々は我々の名前を決定しています。


・芸名やアーティストネーム

芸名やアーティストネームを決める際も、出生名を両親が付けることと同じ方法で神々は人間に関わっています。その人物にふさわしい名前の「アイデア」を与え、しっくりくる「気持ち・気分」を与えることで、その人物の名前を決定しています。場合によっては、その人物の関係者が付けることもあると思いますが、その場合も同様の関与です。


【神々が作品作りにどのように関与しているのか】

作詞にしても、作曲にしても、映画の内容にしても、我々が何かを生み出す時に必要なものは「アイデア」であって、何がしっくりくるかという感覚です。ですから、作品作りに関しても神々は名付けと同様の方法で我々と関わっています。

神々と共に働くアーティストとは、神々との「縁」がある人間のことです。そして、「縁」という漢字が「糸」という文字を含むように、「縁」とは「ライン」のことであって、「気」が流れる「ライン」のことを意味します。神々と共に働くアーティストはこの「縁」を通して、作品の「アイデア」を神々から受け取ったり、「気」を受け取ることで「気持ち・気分」を支えられている状態で歌を歌ったり、演技をしたり、しっくりくる感覚を与えられることで、複数の選択肢から最善の選択肢を選ぶということを行なっています。


【最後に】

現代を生きる我々は自分の心に浮かぶ「アイデア」やしっくりくる感覚は全て自分自身が生んでいると思ってしまっているが故に、名付けや物作りに神々が関わっていることが分からなくなってしまっています。しかし、実際は「アイデア」やしっくりくる感覚に神々は「気」で関わっています。

だからこそ、ほとんどの人は自分の名前に自分に関する重要な情報が込められていますし、神々と共に働く人の作品には重要なメッセージが込められています。このことは、この世の様々なものの本当の意味を理解する上で前提となる大事な知識なので、御理解頂けると幸いです。