映画は我々が大事な教訓を得るために非常に有効な道具であって、「闇」を描いた映画は我々が歩んではならない「道」のことを教えてくれます。そういう観点で考えた時、映画『悪の法則』は極めて優れた傑作です。一度映画を御覧になって頂き、その上でこの解説を読んで頂くことで、この映画より学ぶことのできる教訓を一つでも増やして頂けると幸いです。以下の内容はネタバレも含みます。
 



【心理学的解説】

この映画に登場する人物達は異なる「闇」を抱え、その「闇」が引き起こす結果の中を生きています。そういった因果関係が非常に的確に描かれており、尚且つ、中心的に描かれている人数が多いことがこの映画を傑作にしています。映画『ジョーカー』など「闇」の真実を描いた傑作映画は少なくありませんが、その多くは主人公の物語を主に描いているに過ぎないものが多いです。

この映画で描かれる主要な5人の内、4人は悲劇的な結末を迎えます。そのことを通して我々が学ぶことができる最も大事な教訓とは「闇」の「道」は破滅への「道」であるからこそ、「闇」には手を出すべきではないということです。ちょっとした「欲」と「甘さ」が故に「闇」に手を出した結果、悲劇的な結末を迎えた主人公の姿は我々にこの教訓を与えてくれます。

また、この映画に登場する人物達の「闇」のレベルの差もこの映画は見事に描いています。主人公のカウンセラー(マイケル・ファスペンダー)はちょっとした「欲」と「甘さ」が故に「闇」の「道」へ踏み入れてしまった人物として描かれていますが、だからこそ、「闇」のレベルは非常に低く、困難な状況に直面した時に崩壊していきます。それに対して、マルキナ(キャメロン・ディアス)は様々な「闇」の精神性を使い分けることができる人物として描かれており、「強さ」や「賢さ」などのレベルも非常に高いが故に、最後まで勝ち残ります。

ウェストリー(ブラット・ピット)も非常にレベルの高い「闇」の使いとして描かれていますが、「性欲」が隙となりマルキナに負けます。また、ライナー(バビエル・バルデム)も「闇」のベテランの存在ではありますが、心に「弱さ」も持っており、追い詰められた状況においては現実逃避をしようとします。そして、そういった「逃げ」の精神性が彼を死へ追い込みます。

ちなみに、ローラ(ペネロペ・クルス)はただ「闇」に巻き込まれてしまった存在として描かれます。ですから、この5人を順位付けると以下のように整理できます。

1、マルキナ(キャメロン・ディアス)
2、ウェストリー(ブラット・ピット)
3、ライナー(バビエル・バルデム)
4、カウンセラー(マイケル・ファスペンダー)
5、ローラ(ペネロペ・クルス)

この映画が真実を描くことができていると言えるのは、このような精神的なレベルと実際の結果が矛盾なく描くことができている点です。また、この五人以外の「闇」の人間達についても、非常に見事な形で「闇」の本質を描いています。例えば、ドラッグを運ぶドラム缶の一つに死体を入れておくことは、強い「闇」が実践するジョークの手法を的確に描いています。強い「闇」の存在とは、ユーモアと同時に相手に「恐怖」を与えるようなことをするからです。「恐怖」を与えることで自分が思う通りにゲームを進めようとすることが「闇」の基本だからこそ、このようなジョークが生まれます。

様々な「闇」の人間達を描く映画は洋画にも邦画にもありますが、以上のような意味で、この映画程に心理描写が的確な映画は少ないです。


【神学的解説】

「気持ち」という言葉が「気」を「持つ」と書くように、我々が何らかの「気持ち」を抱く時、我々は何らかの「気」を「持ち」ます。逆に言うと、「邪悪な気」を「持つ」時に「邪悪な気持ち」は起こるものであり、そういった「邪悪な気持ち」に同調する人間は「邪悪な気」=「邪気」に動かされることになります。そして、「邪気」を司るのが悪魔や鬼といった存在であって、「邪気」に動かされることは悪魔の使いになることを意味します。このような意味で、この映画で描かれる人間ドラマとは悪魔の将棋によって動かされる人間達の姿です。

彼らの同調している「気持ち」とは悪魔自身の「気持ち」でもありますから、この映画を通して、我々は悪魔がどういう存在であるのかを知ることもできます。特に、マルキナを通して、非常に力のある女の悪魔とはどのような存在であるのかを学ぶことができます。その精神性とは人間とはかけ離れた精神性で、「闇」の美学などによって自身の「闇」を補強しています。

人間の中にも「闇」に生きる人間はいますが、そのほとんどの人間は自分の中に起こる「欲望」に踊らされているだけの存在や、心の「弱さ」や「愚かさ」が故に「闇」に堕ちてしまった存在です。それに対して、力のある悪魔は「強さ」や「賢さ」などを強く持ち、自分が何故「闇」を選ぶのかという哲学さえも自身の中に構築しています。そういった存在のことを、我々はマルキナを通して垣間見ることができます。


【最後に】

この映画は現代の映画界からは賛否両論を巻き起こした問題作です。特に、暗い結末を持つ映画は観て元気になるものではないので人気は出づらいです。しかし、この映画は本質的にとてつもなく優れた作品であり、我々に多くの教訓を与えてくれます。

様々な名画を生み出してきた映画界の大巨匠であるリドリー・スコット監督と、ほとんど映画の脚本を書くことはない、アメリカ文学界の巨匠コーマック・マッカーシー、そして、神懸かった役者であるマイケル・ファスペンダー、ブラット・ピット、キャメロン・ディアス、バビエル・バルデム、ペネロペ・クルスといった役者達の見事な演技によって、この映画は実現しました。

この映画の一つ一つのシーンは、我々に何かを教えるだけの真実があります。その恩恵を我々がもっと受け取るためにも、この解説ページを書いています。