この『Co・ro・na(コロナ)』という作品は新型コロナウイルスが流行することを予言していたのかもしれません。

この作品は2019年頭に発表され、2019年末にコロナは武漢で流行り始めましたが、年は一致しています。また、歌詞の意味も現在の状況と非常に一致します。

「黒い夜に届くコロナ 太陽の風が運ぶ オーロラの花」→コロナの流行を意味
「命のRope手放して」→コロナによって死者が出ることを意味
「震え 震え 震え」→感染症状の一つ

また、夏木マリの横で踊っているダンサーは新型コロナウイルスそのもののようにも見えます。

私は長年歌に目に見えない存在がどのように関与しているのかを分析し続けていますが、この作品の作詞をした谷中敦、作曲をした大沢伸一、映像を作った武藤眞志が神々と働くアーティストであることはよく知っています。以前、大沢伸一については文章を書いたこともありましたし、武藤眞志のPVはかなり分析してきました。

かつて、夏木マリは『千と千尋の神隠し』の中で、闇の神として描かれる湯婆婆を演じ、湯婆婆は周りに試練を与える存在として描かれています。そんな夏木マリが新型コロナウイルスという我々に試練を与える存在をこの歌で演じているという構造の一致も見事です。

そういうことを踏まえると、この作品を神々が作った可能性はあると思えます。つまり、この作品は新型コロナウイルスが流行することを予言するために神々が作った可能性があるように思えます。
 

※補足説明(アーティストがどのように目に見えない存在と働くか)

アーティストが何かを作る時に必要とするものは「アイデア」であって、それは目に見えない存在が我々に与えるものです。そういうことを「気付き」といった言葉は意味しています。「アイデア」が宿った「気」が我々に「付く」時に、我々の心に「アイデア」が浮かぶからこそ、かつての日本人は「気付き」という言葉を作りました。だからこそ、神々と働くアーティストは、そのアーティスト自身が全く知らない、何らかの神々からのメッセージをその作品の中に込めることをよく行なっています。


【神々の目的】

この作品が神々の作った予言である場合、神々が新型コロナウイルスが流行ることを促した可能性が高いと言えます。コロナに関するでは、一体神々は何故このウイルスを流行らせたのでしょうか?

世界には様々な種類のウイルスがあり、現在流行っている新型コロナウイルスよりも圧倒的に高い致死率を持つウイルスも少なくありません。しかし、我々人類はウイルスの恐ろしさを今ひとつ理解しておらず、今回の流行を通してかなり理解を深めました。ですから、もし今回の流行を神々が作ったとすれば、その目的の一つはウイルスの恐ろしさを我々に伝え、今後何らかのウイルスが流行しても早期に解決できるようなシステムを人類が構築することを促すためです。そのために、比較的弱めのウイルスを流行らせた形になります。

また、もう一つの大きな目的は、当たり前の日常が如何に有難いものであるのかを我々に伝えることです。歴史的に考えると、現代はかなり平和な時代ですが、我々は平和ボケしてしまっていて、平和の価値や当たり前の日常の価値が分からなくなってしまっています。しかし、こういう機会があることによって、当たり前の日常や平和の価値をより深く理解するからこそ、そういったものを守ることの大切さを学ぶことができます。

あと、補足的な目的だと、経済というものに関する理解を深めることもできます。今は世界経済という形で、世界の経済が繋がっています。だからこそ、こういった出来事が起こると、世界全体で景気が悪くなってしまいます。逆に、もっと個別に経済を展開させていれば、これ程全体として経済を悪化させることは防げたはずです。極端な話、完璧な自給自足の村などでは、コロナが世界で流行っても経済的にはほとんど影響無いと思います。このような意味で、経済を分散化させることの価値さえも気付くきっかけになりますが、この点は金融危機などでも学ぶことができたことですから、あくまでも補足的な目的と言えると思います。

他の目的もあると思いますが、こういったことは振り返った後にしか確かなことが分かりません。ただ、上の三つの目的は、神々がコロナを流行らせたとしたら確かな目的の内の複数だと思います。


【最後に】

コロナウイルスは我々にとって大きな試練ではありますが、試練は何かを学ぶためにあります。今は非常に苦しい状況ですが、我々がこういった経験から大事なことを学び、未来へ向けて良い行動を起こすきっかけとするのであれば、この感染流行さえも活かすことができます。我々に必要なのは、そういった態度のように思えます。