困っている人達がいるんだったら、そういう人達のために自分の人生を捧げることが当然だと思って昔から生きてきました。けれども、今の時代は、他人のために自分を犠牲にできる人がとても少ない時代です。

その温度差をいつも感じますし、その温度差を以前よりも深く理解していっています。自分の中では自己犠牲は当たり前のものとしてあるのに、他者にとっては自己犠牲は全く当たり前ではありません。

他者のために生きている人は必ず、相手を守るか自分を守るかのどちらかを選ばないといけない局面を経験します。その時に、自己犠牲ができない人達は自分を守るために、相手を放棄し始めます。

だからこそ、確信していることは、世の中に本当にいい影響力を出せる人達は自己犠牲ができる人達です。もちろん、自己犠牲までしなくても、他者のために生きることはできます。けれども、そういうスタンスだと、できることがかなり限られてしまいます。

だからこそ、この世の中を良くしたいと思っている自分としては、他者のために自分の全人生を捧げることを当たり前のものとして考えられる人間と出会うことを期待して生きてきました。

また、そういう人達向けに自分は情報発信し続けています。逆に言うと、そういう人達でないと、自分の言っていることを理解し、それを日常の中で活かすことは難しいです。自分の言っていることを実践するためには、相当心で努力する必要があるからです。

世の中の『スピリチュアル』は「こうやったらあなたは幸せになれます」といった甘い言葉で読者を依存に堕としがちです。それに対して、自分は「他人の愚痴を言っている内は幸せにはなれません。何故ならば、愚痴は嫌悪であって、嫌悪は幸せ(愛)とは相反する方向性だからです。だからといって、自分が幸せになるために愚痴を我慢しようとすると欲望(自分のため)に堕ちてしまいます。だからこそ、本当に純粋に相手のために相手を許さない限り、あなたが本当に幸せになることはできません」と言います。

こんな方向性は現代人からすると、「めんどくさい」方向性です。けれども、心を分析していくと、これが間違いのない「真実」であることは分かります。実際、愚痴を言う人達で、本当に幸せになっている人が少ないことはイメージが湧くと思います。

多くの人にとって、自分の説明を理解するのはめんどくさいだろうし、説明を分かったところで、それを実践するのは相当しんどいと思います。けれども、他者のために努力を惜しまない人だったらできます。

こういうことを書くと、本当に他者のために生きる人しか自分の説明を使えないということをよく理解してもらえると思います。また、この構造を理解した上で自分が情報発信しているのですから、自分が本当にそういう人達に対して情報発信をしていることも納得してもらえると思います。

仮に自分が自分のためにシャーマンをやっているんだったら、絶対にこの方向性は選びません。金儲けをしたかったら、他者を自分に依存させ、自分に依存した人から金を巻き上げるように生きていくでしょう。実際、そういうことをやっている悪いシャーマンも世の中にはたくさんいます。

また、自分は人間の心の成り立ちを理解しているので、どんな文章を書けば人気が出るのか、どんな本を書けば売れるのかも当然知っています。それに対して、今の自分のアプローチは真逆です。人気も出にくく、お金儲けもできない方向性です。

とにかく、本当に他者のために生きることができる、気合いの入った人達が、より良い形で他者のために生きていくために、自分の説明を使ってくれることを願っています。