生きていく上で、「~すべき」「~したい」の違いと関係性を理解することはとても大事なことです。何故ならば、我々はいつも「~すべき」「~したい」という心の動きによって何かを行なっているからです。
 

【「~すべき」と「~したい」の構造】

「~すべき」ということは「思考」によって導かれる何らかの答えです。それに対して、「~したい」ということは「気持ち」そのものです。

この「~すべき」と「~したい」という二つの要素が矛盾しない内は問題ないのですが、生きていると、この二つが必ずしも一致しない状態を経験します。そういう時に人は何をする必要があるかというと、「~したい」という「気持ち」を切り替える必要があります。そのことによって、「~すべき」と思っている内容に「~したい」という「気持ち」を合わせていくことができます。

例えば、自分の心に「怠惰」を抱えている人は、「~すべき」と「~したい」が一致しない状況を多く経験します。何故ならば、「怠惰」に取り憑かれていると、何もしたくなくなっていくからです。具体例を書くと、「怠惰」に取り憑かれていると、仕事をすることが嫌になってきます。こういったケースでは、自分の「怠惰」を乗り越えて、「気持ち」を切り替えて、仕事をすることが必要となってきます。

我々が「~したい」と思う気持ちは「愛」か「欲望」のいずれかです。つまり、「誰かのため」に何かをしたいと思うか、「自分のため」に何かをしたいと思うかのいずれかによって、我々は「~したい」という「気持ち」を起こしています。

ですから、「怠惰」を越えるためには「愛」か「欲望」のいずれかを使う必要があります。「めんどくさいけど、自分がここで仕事をしないと皆に迷惑をかけてしまう」という「気持ち」によって「怠惰」を乗り越えるのであれば、「誰かのため」なので「愛」です。それに対して、「めんどくさいけど、自分がここで仕事をしないと皆に嫌われる」という「気持ち」によって「怠惰」を乗り越えるのであれば、「自分のため」なので「欲望」です。

我々人間は「怠惰」を何らかの形で乗り越えるということをよく行なっていますが、その乗り越え方にはこのような構造があることを理解して頂けると幸いです。そして、大事なことは、「欲望」ではなく「愛」を使って、「気持ち」を切り替えていくことです。「欲望」を使っていると、「欲望」が自分の中に深く根付いていき、自分のことしか考えられない人間になっていくからです。

「~すべき」という内容は「愛」に基づいている場合と「欲望」に基づいている場合があります。言い換えると、「~すべき」という考えの前提には「愛」か「欲望」があります。例えば、上の例の「めんどくさいけど、自分がここで頑張らないと皆に迷惑をかけてしまう」という「〜すべき」は「(誰かのため)に仕事をすべき」という「愛」の「~すべき」です。それに対して、「めんどくさいけど、自分がここで仕事をしないと皆に嫌われる」という「〜すべき」は「(自分のため)に仕事をすべき」という「欲望」の「~すべき」です。

「~すべき」と「~したい」が一致しない時、多くの場合、「~すべき」という発想を支えている「気持ち」と「~したい」という「気持ち」が異なる場合です。例えば、「(誰かのため)に仕事をすべき」という「愛」の考え方は「誰かのために生きたい」と思っている「愛」の人にしか通じません。逆に言うと、「欲望」の人は「(誰かのため)に仕事をすべき」と言われたところで、自分の「気持ち」をその「〜すべき」に共感させることは不可能です。

多くの人は仕事をしながら生きています。何故ならば、仕事をしないと生きていくことが難しい世の中だからです。「仕事をしなければならない」からこそ「仕事をすべき」と多くの人は考え、「仕事をしたい」という「気持ち」を「愛」か「欲望」によって思うようにして、「〜すべき」と「〜したい」の辻褄を合わせながら人は生きています。
 

【「~すべき」に「~したい」を近づけるために】

どうすれば「~すべき」に「~したい」を近づけていくことができるかというと、「~すべき」という内容がどれだけ重要なものなのかを知ることによって、「気持ち」を導いていくことができます。

例えば、「タバコをやめるべきだ」と思っているけれども、「タバコを吸いたい」という「欲望」が原因でタバコをやめられない人は何をすることによって、「タバコをやめたい」と思いやすくなるかというと、タバコが如何に人体に有害かを深く知ることによって、「タバコをやめたい」と思いやすくなります。タバコを吸うことが如何に有害かを理解することは、言い換えると、タバコをやめることにどれだけの価値があるかを理解することです。このようなことをすることによって、「~すべき」という内容に対する重みをより強く感じられ、「~したい」という気持ちを「~すべき」に近づけていくことができます。

何かを「知る」ことは、その対象に対する我々の「気持ち」を変える力があります。このことを意識化して生きていくだけでも、「~すべき」に「~したい」を近づけやすくなります。もし、「~すべき」を「~したい」と思わなければ、その「~すべき」の内容が如何に大事なのかを掘り下げていくように考えたり学んだりする習慣を付けて頂ければ、と思います。


※補足説明

「愛」にも「欲望」にも種類があります。ですから「~したい」という「気持ち」を起こす「愛」と「欲望」はより細かく整理できます。これは意識しておいた方が、自分が目指すべき「気持ち」と自分が使うべきではない「気持ち」が分かるので、主なものを書いておきます。


・「~したい」という「気持ち」に繋がる「光の気持ち(愛)」

「水の気持ち(問題解決の心)」:「相手を助けたい」
「火の気持ち(元気・笑い)」:「相手を元気にしたい」
「火の気持ち(闘いの心)」:「相手を守るために敵をやっつけたい」
「風の気持ち(優しさ)」:「相手を支えたい」
「土の気持ち(忍耐・勇気)」:「正しいことをしたい」

※「金の気持ち(愛そのもの)」は相手を大事に思う気持ちそのものなので、その気持ちが「水・火・風の気持ち」に繋がっていきます。


・「~したい」という「気持ち」に繋がる「闇の気持ち(欲望)」

「欲望」:「~したい、~が欲しい、自分の思い通りにしたい、など」
「負けず嫌い」:「自分が一番になりたい(負けたくない)」
「不安・恐怖」:「Aが怖いから、Bをしたい」例:「非正規雇用は怖いから、正社員になりたい」
「怒り」:「怒りを発散したい(怒りを感じていたくない)」
「依存」:「誰かにすがりたい(自分の力で頑張りたくない)」
「怠惰」:「楽をしたい(何もしたくない)」
「甘さ」:「大丈夫と思いたい(大丈夫じゃないと思うことがめんどくさい)」
「頑固」:「自分の考え方を通したい(考え方を変えたくない)」
「逃げ」:「逃げたい(向き合いたくない)」
「焦り」:「間に合わせたい(間に合わないのが怖い)」
「軽さの闇」:「軽さを楽しみたい(重いのがめんどくさい)」

是非とも「~したい」という「気持ち」を「闇の気持ち(欲望)」ではなくて「光の気持ち(愛)」で抱いて頂けると幸いです。そのためにも、「~したい」という「気持ち」に、こういった「光」と「闇」の構造があることを意識化して生きて頂ければ、と思っています。