「幸せとは何なのか?」ということを考える上で、「愛おしさ」や「愛でる心」を感じることは大変重要な点です。というのも、この種の「愛」は「幸せ」の一つの形だからです。
 

【「愛」が故の「喜び」】

異性に「愛おしさ」を感じることや、子供や動物を「愛でる心」は「幸せ」の一つの形です。何故ならば、この「愛」には「喜び」があるからです。

例えば、目の前の異性の「素敵さ」を真に感じることができたなら、「愛おしさ」を感じることはあると思います。そういった時の「喜び」は、「愛」する相手と共にいられることの「喜び」でもあります。

例えば、我が子の「可愛さ」を真に感じることができたなら、抱き抱えて「愛でる」ようなことはあると思います。そういった時の「喜び」は、「愛」する相手と共にいられることの「喜び」でもあります。

つまり、「愛おしさ」を通した「喜び」にせよ、「愛でること」を通した「喜び」にせよ、強く「肯定」している「愛」する相手と共にいられるなら、大きな「喜び」が生まれます。

この方向性の「愛」は、「一緒にいたい」という「愛」と繋がっています。だからこそ、「一緒にいられる」ことから「喜び」が生まれている形です。
 

【「依存」が故の「快楽」】

しかし、この種の「愛」と「依存」を混同することは大変危険です。「愛おしさ」にせよ「依存心」にせよ、一緒にいることを望みやすい精神性ですが、「愛おしさ」は本質的に「愛」であり「相手のため」を思うのに対して、「依存心」は本質的に「欲」であり「自分のため」を思う点は逆の方向性です。

「愛(おしさ)」が「喜び」を生み出すのに対して、「依存心」が生み出すのは「快楽」です。そして、「愛」が故の「喜び」は「幸せ」ですが、「依存心」が故の「快楽」はむしろ「不幸」へ繋がっています。

というのも、「依存」が故の「快楽」はいくら満たそうと思っても、その「渇き」が終わることはなく、そのような意味で、むしろ「不幸」を生み出すからです。

ですから、「幸せ」を実現しているつもりで「不幸」へ向かってしまうことを防ぐためにも、「愛おしさ」と「依存心」を混同されないことを願います。
 

【相手の「素晴らしさ」を感じられることが「幸せ」を生む】

「愛おしさ」が故の「喜び」は、必ずしも一緒にいる必要もないことです。例えば、過去に出会った人のことを想い返し、「あの人と出会えて本当に良かった」と思うことによる「喜び」なども同じ方向性の「愛」です。

また、会ったことのない相手に対しても、本当にその相手の「素晴らしさ」を感じることができたなら「愛おしさ」を感じることは可能で、「この人が存在してくれていて良かった」といった形で「喜び」は生まれます。

どのような形にせよ、この「愛」の「喜び」を感じる上で必要なのは、相手の「素晴らしさ」を感じられるだけの感受性です。つまり、他者の「素晴らしさ」に気付ける人間になるということが、この「幸せ」を大きくします。

「素晴らしさ」を感じるという心は、その相手の存在の「尊さ」を感じる心でもあります。そして、「尊さ」を感じる心は、そういった「素晴らしい」相手が存在することを望む心から生まれる心であり、それを望む心の根底には「愛」があります。

というのも、「愛」は「世界がより良い場所であってほしい」と願う心と繋がっているからです。「素晴らしさ」を持つ他者は「世界がより良い場所である」ことを促す存在であって、だからこそ「喜び」が生まれます。

ただ、「世界」という規模でなくとも、「家族」といった規模でこの「喜び」は感じることができます。「家族がより良い家族であってほしい」と願う心があれば、「うちの家族にこの子が存在してくれて本当に良かった」という形で「喜び」は生まれるからです。
 

【最後に】

この文章で説明している「幸せ」は、「愛」を失いがちな現代においては、見落とされがちな「幸せ」の一つの形でもあります。というのも、「愛」を失ってしまえば、「愛おしさ」が故の「喜び(幸せ)」を感じることは難しくなってしまうからです。

また、本質を見失いがちな現代においては、相手の「素晴らしさ」を見抜くことも難しくなってきており、そういう意味でも、この「愛」の「喜び」を感じづらい世の中になってしまっています。

自分の中の「愛」を育むことが、結果的に「幸せ」を大きくするということは真実です。何故ならば、「愛」が大きければ大きい程、相手と共に言いられることや、相手と出会えたことや、相手が存在してくれていることに対する「喜び」も大きくなるからです。

「愛」が「幸せ」を大きくするということは、本当は我々現代人が知るべき真実のように思えます。というのも、こういう構造が理解できたなら、わざわざ「愛」から遠ざかることで「幸せ」から遠ざかるということをより防ぎやすくなるはずだからです。

「幸せ」を目指すが故に「自分のため」を優先してしまい、「自分のため」を優先するが故に「欲」や「依存」に堕ちてしまうことで「愛」をすり減らし、「幸せ」から遠ざかるといったことはよくあることだと思います。

そのようなことを減らすためにも、「愛」が「幸せ」に繋がるという真実について、この文章のような観点を意識化して頂けることを願っています。