ここでは、「気持ち・気分」と「思考」の関係性について書いていきます。

「気持ち」が良い状態の時、我々に出てくる「思考」はいいものばかりです。それに対して、「気持ち」が良くない状態の時、我々に出てくる「思考」は悪いものばかりです。例えば、「元気」な時は前向きな「思考」を、「憂鬱」な時は後ろ向きな「思考」を人はするものです。この我々がいつも経験していることから明らかなように、我々の「思考」にいつも我々の「感情」は影響を与えています。

だから、どのような「思考」を行なうかということ以前に重要なことは、どのような「気持ち」の中で「思考」を行なうかということを自分で選ぶことです。そうでなければ、我々は自分の抱いている「気持ち」に自分の「思考」を支配されることになります。つまり、所謂「自分の気持ちに振り回される状態」に陥ります。

「思考」の前に必ず「気持ち」があること、「思考」はいつも「気持ち」の影響を受けること、言われれば当然のことですが、このことを深く意識化しておくのとそうでないのとでは、生き方にかなりの差を生みます。このことを踏まえて、「思考」を行なう時はいつも自分の「気持ち」が何なのかを見極めて頂き、その「気持ち」が好ましいものでなければ、「思考」を始める前に「気持ち」を切り替える努力をして頂けると、いい形で「思考」ができます。以下、「思考」を行なう上で「気持ち」が好ましいものでない時に、どのようにして「気持ち」を変えていくことができるのかということを書いていきたいと思います。

「気持ち」の状態が悪い時に「思考」をしなければならない場合、「気持ち」をいい方向へ導くための方法は大きく分けて2つです。それは「気持ち」を変えるために身体の状態を整えるか、「思考」自体で「気持ち」をいい方向に持って行くかです。「気持ち」を変えるために身体の状態を整えることの方が、「思考」自体で「気持ち」を変えることよりも簡単です。

※ここで言う「良い気持ち・思考」とは「光の気持ち・思考」、「悪い気持ち」とは「闇の気持ち・思考」のことを意味しています。一体どういう「気持ち」が「光」で、どういう「気持ち」が「闇」なのか、ということについてはこちらを御覧下さい。例えば、「愛」「優しさ」は「光の気持ち」、「嫌悪」「欲望」「怒り」「依存」「恐怖」などは「闇の気持ち」です。

・気持ち一覧(光・闇・中立)
http://junashikari.com/emotion/気持ち一覧(光・闇・中立)/
 

[1:「気持ち」を変えるために身体の状態を整える]

「気持ち」を変えるために有効なことは、自分がどういう「気」に触れるかを変えることです。例えば、太陽を浴びたり(「火の気」の摂取)、水を飲んだり(「水の気」の摂取)、風に当たったり(「風の気」の摂取)といったことは、まずしてみるといいです。また、人とコミュニケーションを取ることは「気」の交換なので、「気持ち」を変えることに繋がりやすいです。そういった中で、「気持ち」を変えていくと、いい「思考」ができるようになります。

「悩んでいる時は自然の多い場所に行くといい」といったことを言う人もいると思いますが、これは理に適っていることであって、「気持ち」自体を変える行為です。それは摂取する「気」を変えるからです。

どんなに大きな悩みがあったとしても、その悩み自体が問題なのではなく、その悩みによって「気持ち」が乱れることによって人は苦しみます。だから、「気持ち」自体を変えてしまえば、苦しみは半減します。また、「気持ち」が乱れている状態において、悩みを考えてしまっても、悪い「思考」ばかりが出てきて、余計に問題が膨らむこととなります。ですから、「気持ち」が良くないときは、まず「気持ち」を変えるためのことを行なうべきです。

そういったことをするために我々は身体を持っています。身体という物体があるからこそ、様々な「気」が関与しやすく、様々な「気」の影響を強く受けることができます。もし身体を持っていなければ、外部からの影響が減るために、自分の「気持ち」を変えることは難しく、自分自身の力によってそれを行なうしかなくなります。例えば、霊という立場はそれに該当し、自分自身の力で感情を持って行かなければならず、しかしそれが難しいが故に多くの霊は「闇」に堕ちてしまいます。

我々人間は太陽光線によって火の気を摂取し、水分補給によって水の気を摂取し、呼吸によって風の気を摂取し、といった形で「光の気」に助けられながら生きています。逆に言うと、窓を閉め切った部屋でカーテンを閉め切って一週間を過ごしてみて下さい。酷く精神を病んでしまいます。我々は常に自然に精神を助けられて生きています。

そういう意味で、生きている人間という立場は生きるということの基礎を固めている段階だと思って頂けると幸いです。我々は多くの助けを自然から得て生きているので、状態が悪い時はそういった助けを受け取りやすいように自分が動くことが大事です。

 

[2:「思考」自体で「気持ち」を変える]

「気持ち」がいい状態ではない時、「思考」自体の力によって、前向きな「気持ち」を抱くことに至らせることは、簡単なことではありません。何故ならば、それをするためには「賢さ」が必要だからです。

例えば、何か問題を抱えていて、そのことによって「気持ち」が乱れている時、「思考」自体で「気持ち」を変えるためには、その問題をよく見通して、どこに問題があるのか、どういった解決策があるのかといったことを様々な観点で「分析」しなければなりません。また、「分析」をするためには自分がどういった形でその問題を見つめているのか?ということが見えるだけの広い視野を持たないといけません。けれども、そういった広い視野を持つことはそんなに簡単なことではありません。

例えば、何かある物がどうしても欲しくて、その物が買えなくて「気持ち」が乱れている人がいるとします。そういう人が「思考」によって「気持ち」を落ち着けるためには、おそらくこういうプロセスを踏む必要があります。

まず最初に「その物が自分にとってどういう意味があるのか?」「何故自分がその物を欲しいと思うのか?」といった「分析」です。そこで冷静に考えると、「別にこれが手に入ったからといって、何の意味もないな」というような結論に行き着くかもしれません。そこまで「思考」で持っていければ、「気持ち」は落ち着きます。

これはどういう心の動きかというと、この人は「欲望」の感情を持っていたことを意味します。「欲望」という「気持ち」は「何かが欲しい」という「気持ち」です。しかし、それが手に入れられないと「嫌悪」「苛立ち」「怒り」「絶望」といった様々な闇の感情に堕ちる「気持ち」でもあります。(「闇の気持ち」は他の「闇の気持ち」に転じます。)

「欲望」という感情を「思考」によって終わらせるためには、自分が欲しいと思っているその物を「要らない」と思うように「思考」をしないといけません。そういう結論に至るように、自分の中で「思考」をしていく必要があります。

ただ、大抵の人は「欲望」を抱いている時に冷静に「何故自分がその物を欲しいのか?」と問うことはできません。なぜならば、「欲望」という「気持ち」はそういった冷静な「思考」を促しにくい「気持ち」だからです。

また、「欲望を思考を使って終わらせるためには、欲しいものを欲しくないと思うような思考をしないといけない」という、基本的なルールを意識化して生きている人はほとんどいません。言われれば当然のことなのですが、意識化していない限り実践はできないので、こういった情報を知っておくことはとても大事です。

ですから、「欲望」を「思考」によって終わらせるためには、事前に「欲望という気持ちを思考を使って終わらせるためには、その欲しいものを欲しくないと思うような思考をすればいい」ということを覚えておいて、「欲望」が自分の中に出てきた時に、その物が要らないと思うように「思考」をする形になります。

やみくもな思考を通して「それは要らない」と思える時もあるかもしれません。しかし、それでは次に同じような「欲望」を抱いた時、同じように「思考」できるかどうかは分かりません。もしくは、いいかげんな「思考」を通して「まあ要らないか」と思ったとしても、「思考」がいいかげんだとまたそれを「欲望」することに繋がります。完璧な「思考」とはその「欲望」と完全に縁を切ることができる程の力があるものですが、一点でも「思考」が甘いとそこを突破口にまた「それが欲しい」と思ったりするようになります。

このことを具体例を通して説明したいと思います。例えば、あるアクセサリーがどうしても欲しい女性がいるとします。しかし、その女性がお店に行った時、お店のその在庫が無くなってしまっていることを知り、酷くがっかりして「気持ち」を乱します。そして、次の入荷まで時折そのアクセサリーのことを考えては「気持ち」を乱します。

その時、その女性が「何故自分がそのアクセサリーが欲しいのか?」を考えて、このように「思考」するとします。「あのアクセサリーを付けている姿を愛する彼氏に見てほしい。そしたら絶対にかわいいと思ってくれる。だから、私はそのアクセサリーがどうしても欲しい。」

愛する人や恋をしている人に自分を良く見せたいという気持ちは、人間にとって普遍的な「気持ち」であって、そのことによって「愛」や「恋」が「欲望」に転じるケースはよくあります。このケースはそういったケースです。

ここで、この女性は「このアクセサリーを付けている姿を彼氏が見たら、かわいいと思ってくれる」と思っていますが、これはあくまで彼女の予想であって、彼女はこの吟味を行なっていません。予想とはいつもそれが正しいかどうかを吟味しないといけません。では、どのように吟味を行なうかというと、このケースは相手の性質を考えるしかありません。相手の性質を考えるための一つの材料が過去のその人の振る舞いです。もし、彼女がいいかげんな予想で「絶対にかわいいと思ってくれる」と考えたのであれば、これは「賢さ」に欠けています。

しばらくして、彼女が再び「何故そのアクセサリーを欲しいと思ったのか」を考え直すとします。そして、彼氏のことを思い出してみるとします。そこでこう考えます。「あ、彼はこの前私の髪型が変わった時に、気付いていなかったな。。。だったら、あのアクセサリーなんか付けても気付いてくれないか、、、だったら要らないか。。」

ここまで「思考」ができれば「欲望」は消えます。明確に「それは要らない」と思えているからです。完璧な「思考」とは「気持ち」を変えるだけの力があるということはこういうことを意味します。これが完璧な「思考」です。

もし彼女が「そのアクセサリーを付けていても、彼がかわいいと思ってくれるかは分からないし、あのアクセサリーは買わなくてもいっかな」と思っていたとしたら、これは根拠のない「思考」であって、完璧には「それは要らない」と思えていないので、そのアクセサリーに対する「欲望」は再発する可能性があります。これが中途半端な「思考」です。

このように、「欲望」を抱いていて、それを「思考」によって解決しようとする時、自分が何故その「欲望」を抱いているのかということを分析し、明確に「それは要らない」という結論に持って行かないといけません。

これは「欲望」のケースの話でしたが、基本的には他の「闇の気持ち」も同じような方法論で「思考」によって乗り越えることができます。例えば、「不安」を抱いているのであれば、「不安」の根本的な原因とは何なのかを分析し、それに対して「不安」を抱かないような考え方や解決策を実践することによって「不安」は乗り越えられます。「不安」のケースは「不安要素」という言葉があるので、分かりやすいと思います。「不安要素」という言葉の存在のおかげで、我々は「不安」の乗り越え方を意識しやすくなっています。このように、いい言葉は本当に我々の魂を助けてくれます。

「不安に堕ちた時は不安の原因となっている不安要素を取り除けばいい」ということを意識化して生きている人は少なくないと思いますが、「欲望を思考を使って終わらせるためには、欲しいものを欲しくないと思うような思考をすればいい」と思っている人は少ないと思います。どうしてこのような違いがあるかというと、「不安」の解決法を知っている人が多く、「欲望」の解決法を知っている人が少ないためです。

日本人全体が「心」の成り立ちをよく理解して、「思考」によってそれぞれの「気持ち」を強めたり弱めたりする方法を学ぶ必要があります。そのことによって、御自身が抱きたい「気持ち」を強くし、抱きたくない「気持ち」を弱くできるからです。

「愛」を大事にしたいと思って生きていきたい人は、「愛」を強くするための「思考」の方法を知っておくべきです。例えば、相手に対して「愛」を抱くための1つの方法は相手の立場になって物事を考えることです。それぞれの人間にはそれぞれの歴史があります。今目の前にいる人がどんなに性格が悪い人であろうと、その人が性格が悪くなってしまった原因はその人の過去のどこかにあるはずです。それは必ずしも、その人自身が悪かったわけではないかもしれません。もしそうであるならば、目の前にいる人の性格の悪さは「嫌悪」の対象ではなく、その人の苦しみにも見え、その人に対する「愛」が生まれてきます。こういったことを通して、相手に対する「優しさ」が生まれてきます。相手の立場になって考えることは、本当の「優しさ」を抱く上での基本的な心の動きになります。

また、「愛」を大事にしたいと思って生きていきたい人は、極力「欲望」と仲良くするべきではありません。何故ならば、「愛」とは「相手のため」の感情であって、「欲望」とは「自分のため」の感情であるからこそ、両者は相反するものだからです。「欲望」と同調する度に「愛」は少しずつ失われていきます。こういったことを事前に知っていないと、「欲望」と同調しても「愛」は減らないという間違った考え方を持ってしまいます。(この括弧書きは「気」と魂の関係性を理解している方向けの説明ですが、「欲望」と同調する度に「欲望の気」が魂に入り、魂全体で考えて「愛の気」=「金の気」の割合が減ります。このような形で「欲望」と同調する度に魂から「愛」は失われていきます。)

だからこそ、「愛」を大事にして生きていきたい方は、「欲望」に堕ちないようにするために、先程書いたような「欲望」の根本的な原因を打ち消すような「思考」をするように心がけることが大事になります。

我々日本人に必要なのは「心」の成り立ちの知識です。それは特別な知識ではなくて、言われれば当たり前のようなことばかりです。そういったことを、このホームページではたくさん書いていきたく思っています。

重要な「気持ち」は「光の気持ち」5種類と「闇の気持ち」30種類であって、どのようにしたら人は「思考」を使って「闇の気持ち」に堕ちずに「光の気持ち」に高められるのかということは今後多く書いていきたいと思っています。役立てて頂けると幸いです。

このページでは「気持ち」と「思考」の関係性の概要説明をしてきました。「気持ち」と「思考」は密接な関係にあるので、「思考」をする場合にはいい「気持ち」を抱く必要があります。そして、「気持ち」をいい状態に運んでいくために必要なことは、身体の調子を整えるか、「思考」自体の力によって「気持ち」を変えるかのいずれかです。そういったことについて、このページでは書いてきました。これらのことを意識化して頂きながら、日常生活を過ごして頂けると幸いです。


「気持ち」と「思考」について理解を深めて頂くためには、「アイデア」というものについて理解する必要があります。何故ならば、「思考」は「アイデア」=「発想」にかなり影響されているからです。そういった内容について、こちらに書いているので読んで頂けると幸いです。

http://junashikari.com/energy/「気」と「アイデア」の関係性1/