「心」と身体は繋がっています。身体の調子に合わせて、我々の抱く「気持ち」と「思考」は変化するからです。では、具体的にどのような形で我々は自分の身体から「心」に影響を受けているかというと、身体に宿っている「気」から影響を受けている形になります。ここではこの点について書いていきます。

「気」が「気持ち」と「思考」の原因であるということは『「気」と「心」の関係性1(外界の「気」)』で書きましたが、そちらの内容は前提として書いていくので、まだ読まれていない方は以下の文章から読んで頂けると幸いです。

http://junashikari.com/energy/「気」と「心」の関係性1(外界の「気」)/

根拠は別の文章で書きますが、我々の魂は心臓に宿っています。それは「心」という漢字が心臓の形を表す象形文字(ものの形をかたどって描かれた文字)からできていることにもよく表れています。そして、我々の魂とは我々の「心」そのものです。そして、心臓に宿っている魂にとって、最も身近な外界は我々の身体です。ですから、我々がどのように「心」を動かすのかということについて、我々の身体に宿っている「気」は魂にかなり影響を与えています。つまり、身体に宿っている「気」は我々の「心」にかなりの影響を与えています。

例えば、現代人が「ストレス」を抱える原因のほとんどは身体にあります。「気」が「気持ち」と「思考」の原因であり、身体とは我々の魂にとって最も身近な外界です。ですから、身体に「闇の気」が溜まってしまっている時、我々の魂はその「闇の気」から絶え間ない悪影響を受け、「気持ち」が堕ち「思考」を悪くしていきます。これが「ストレス」の正体です。逆に言うと、身体が「光の気」で満ちていると、心臓に宿っている我々の魂は身体に宿った「光の気」からいい影響を受け、「気持ち」も「思考」も良くなっていきます。このような形で、我々は自分の身体に宿っている「気」に影響を受けながら、自分の「心」を抱いています。

我々はいつも「気」を摂取しています。呼吸しているだけでも空気中にある「気」を受け取りますし、何かを食べる時も「気」を食べ物から受け取ります。その他様々な方法で「気」を受け取っています。そして、そういった形で身体の外から身体の中に入った「気」は具体的に身体に宿り、我々の魂は自分の身体に宿った「気」に影響を受けながら「気持ち」を抱いたり、「思考」を行なったりします。そういう意味で、身体とは我々の魂と外界の「気」を結ぶ媒介の役割を持っています。

 

[どのようにして「気」は身体に宿り、抜けるのか]

身体に「気」が宿る構造について理解する上でも、「ストレス」なく生きていくためにも、「闇の気」がどのようにして我々の身体に溜まっていくのか、どのようにして「闇の気」が抜けていくのかということを理解することは、とても大事です。そのことについて書いていきます。

眠ると「気持ち・気分」がスッキリします。どうしてそのような形で「心」が変化するかというと、睡眠の1つの役割は「闇の気」の浄化だからです。眠っている間に身体に宿っている「闇の気」が抜け、そのことによって「気持ち・気分」が眠る前よりもスッキリします。

また、運動をしても「気持ち・気分」はスッキリしますが、汗と共に「闇の気」が浄化されるからになります。水は「気」を強く宿すことができる物体(液体)であって、汗とは水によって「闇の気」を浄化するために存在します。これは涙も同様だからこそ、泣くと「気持ち・気分」がスッキリします。

このような形で、我々の身体は「闇の気」を身体の外に出すということを行なってくれているのですが、あまりにも多くの「闇の気」を身体に抱え込んだ場合や、睡眠時間が短くなったり、全然運動をしない生活を送っていると、「闇の気」の浄化が間に合わなくなり、「闇の気」が身体に溜まっていきます。そして、これが我々の「心」に「ストレス」という状態を作ります。「ストレスが溜まっている」とは言いますが、その言葉はそのまま「闇の気が溜まっている」ということを意味します。

東京などの大都市は本当に「闇の気」ばかりです。ですからそういった場所に長期いるだけで我々は「闇の気」を吸い続けることになります。そして、運動不足だったり睡眠不足になっていくと「闇の気」を溜めていき「ストレス」を抱えていくこととなります。自然の中で生きていけばそういったことはありませんから、自然の中で生きるという生き方の方が人間にとっては本当は好ましいです。また、もし都会で生きるのであれば、「闇の気」を抱え込まないように心がけることがとても大事です。

「気」が「気持ち・気分」の原因なので、「闇の気」は「闇の気持ち」を作っていきます。逆に言うと、強い「闇の気持ち」を抱き続けると、「闇の気」を身体に抱え込むことになります。「ストレス」から抜け出せない状態とは、身体に「闇の気」を抱えるからこそ、「闇の気持ち」を抱き、「闇の気持ち」を抱くからこそ身体に「闇の気」がより多く溜まっていくという悪循環に陥った状態のことを意味します。そういう時は、なんとか自分の中に起きる「闇の気持ち」=「欲望・嫌悪・怒り・不安・恐怖・嫉妬・怠惰など」に同調しないようにする必要がありますし、そのことと平行して運動などを通して「闇の気」を浄化していく必要があります。

また、何かの機会に大きな「闇の気」を抱えるケースもあります。強い「闇の気持ち」は大量の「闇の気」の摂取を促すからです。例えば失恋や仕事上の大きな失敗などが原因で大量の「闇の気」を抱え込むことは起こります。「闇の気」はどこにでもありますが、自分の心が「闇」に堕ちている状態は、掃除機のようにそこら中にある「闇の気」を自分の身体に抱えていく状態だとイメージして頂ければ、と思います。

映画『もののけ姫』を観たことがある方はタタリ神のことをイメージすると分かりやすいです。『もののけ姫』の冒頭で描かれるタタリ神は元々はイノシシですが、イノシシが強い「闇の気持ち」に堕ちた状態で走り続けるからこそ、どんどん「闇の気」を自分の中に抱え込み、最終的にタタリ神になってしまいます。そういった状態は人間であっても同様です。宮崎駿は「気」のことを非常に分かりやすく描いているので、「気」のことを学ぶ上でとても参考になります。

「気」は大きく分けて2種であり「光の気」と「闇の気」です。そして、この2種類の「気」は「光の気持ち」と「闇の気持ち」を作ります。「光の気持ち」は「相手のため」の感情、「闇の気持ち」は「自分のため」の感情です。以下のように分かれています。
 

「光の気持ち」…「愛(相手のため)」を中心とする5種の「気持ち」

光の第1感情:水=問題解決の心・向上心
光の第2感情:火=元気・笑い / 闘いの心
光の第3感情:風=優しさ
光の第4感情:土=忍耐・勇気
光の第5感情:金=愛


「闇の気持ち」…「欲望・嫌悪(自分のため)」を中心とする30種類の「気持ち」

闇の第1感情:嫌悪
闇の第2感情:欲望
闇の第3感情:怒り
闇の第4感情:絶望
闇の第5感情:恐怖
闇の第6感情:疑い
闇の第7感情:不安
闇の第8感情:依存・執着
闇の第9感情:怠惰
闇の第10感情:後悔・罪悪感
闇の第11感情:優越・劣等感
闇の第12感情:狂気
闇の第13感情:苛立ち
闇の第14感情:憂鬱
闇の第15感情:咎める心
闇の第16感情:甘さ・馴れ合い
闇の第17感情:嫉妬
闇の第18感情:頑固
闇の第19感情:負けず嫌い・傲慢
闇の第20感情:逃げ
闇の第21感情:焦り
闇の第22感情:無心(「禅」の思想など)
闇の第23感情:暴力の快楽(SM、DV、緊縛など)
闇の第24感情:自傷心(リストカットなど)
闇の第25感情:被害妄想の心
闇の第26感情:二次的闇経験の快楽(例えば、闇の文学や音楽などを鑑賞して喜ぶ心)
闇の第27感情:軽さの闇(例:オタク用語、ネット用語)
闇の第28感情:混乱
闇の第29感情:不注意、間違わせる闇
闇の第30感情:非現実の闇(非現実の中を生きる気持ち、自分と誰かを重ねる気持ちなど)


「光の気持ち」と同調するのであれば身体は「光の気」に満ち、心身共に健康的になっていき、「幸せ」にも「元気」にもなっていきます。それに対して、「闇の気持ち」に同調するのであれば身体は「闇の気」に満ち、心身共に不健康になっていき、「ストレス」も「病気」も起こってきます。だからこそ、どういった「気持ち」が「光の気持ち」であり「闇の気持ち」なのかを知るということはとても大事です。それぞれの「気持ち」の詳しい解説はこちらに書いています。

http://junashikari.com/emotion/気持ち一覧(光・闇・中立)/

「光の気」で身体が満ちると「光の気持ち」が自分に起こりやすくなります。これが「心」が非常に「元気」な状態です。それに対して、「闇の気」で身体が満ちると「闇の気持ち」が自分に起こりやすくなります。これが「心」が「ストレス」を抱えている状態です。

「気」はこのような構造を持っていて、我々は絶えずこの「光の気」と「闇の気」のどちらかを選んでいます。何故ならば、我々はいつも何らかの「気持ち」を抱いているからです。我々がどういう「気持ち」を抱くのかということは、我々がどういう「気」を身体に抱え込み、どういう「気」と共に生きていくのかということを変化させていきます。そして、自分が同調する「気」は自分の身体に溜まっていき、自分の「心」に関与し続けます。

我々は自分の「気持ち」は全て自分で起こしていると思いがちですが、「気持ち」が自分に迫ってくるような経験をされたことがある方もとても多いと思います。例えば、「憂鬱」という「気持ち」は「憂鬱」になろうと思ってなれるものではなく、自分に迫ってくるものです。身体に「闇の気」を抱えているからこそ、「憂鬱」は自分の中に起こってきます。

我々は「気」のことがよく分からなくなってしまったが故に、「心」のことを非常に曖昧に捉えるようになってしまっています。しかし、実際は我々の「心」は具体的に身体に影響を受けながら成立しています。それは運動をすることによって「ストレス」が減っていくという現象から明らかです。心と身体は「気」というものを通して繋がっています。

『「気」と「心」の関係性3』はこちらから読むことができるので、読んで頂けると幸いです。

http://junashikari.com/energy/「気」と「心」の関係性3(魂の「気」)/