「負けず嫌い」が闇の感情であるという認識を日本人は持っていません。また、「向上心」と「負けず嫌い」の違いを認識できていない方も多くいます。また、本質的に「負けず嫌い」と「傲慢」とは同じ感情です。なぜならば、同じ一つの気によって成り立っている感情であるからです。こういった点について、ここでは書いていきます。

「負けず嫌い」とは言うまでもなく「負けることを嫌う心」のことを意味します。では、どうして負けたくないのでしょうか?その理由が非常に重要になります。自分のために勝ちたいのであれば、それは「欲望」であり、「比較の闇」です。「自分が他人よりも勝っていることを証明したい」という気持ちが「自分のために勝ちたい」ということの意味だからです。(「比較の闇」については別で書きます。)ですから、「負けず嫌い」とは言い換えると「いつも自分が他人よりも上でありたい」という気持ちに他なりません。

また、「向上心(水の気による感情)」とも明確に区別しなければなりません。自分がやろうとしていることに関して、成長していくということは非常に大事です。その時に、他人を基準にするということはあり得ます。というか、我々は無意識にそういったことをやっているとも言えます。

例えば、ある人がある分野のエンジニアであって、その人が「この世界の技術力を上げるために自分はこの技術に関してはトップを目指すんだ」と思っているとします。このケースは「向上心」であって、「負けず嫌い」ではありません。他の誰かのために何かを行なっていて、それに関して「誰にも負けたくない」と思っているのであれば「向上心」です。それに対して、基本的に理由もなく「勝ちたい」と思うのは「負けず嫌い」です。

いつも「自分のためなのか、他人のためなのか」ということは光と闇の明確な判断基準になりますから、そういう観点で自分自身を問い続けて下さい。

「傲慢」とは「傲り高ぶって人を見下すこと」を意味しますが、「負けず嫌い」と「傲慢」が同じ感情であることの理由は非常に簡単です。「負けず嫌い」が「いつも自分が他人よりも上でありたい」という気持ちであることは説明しましたが、「傲慢」という感情も本質的には「いつも自分が他人よりも上でありたい」という感情であるからです。

というか、この二つの言葉は「いつも自分が他人よりも上でありたい」という感情を「負けず嫌い」と「傲慢」という言葉で分けたに過ぎません。何か勝負事に関して「いつも自分が他人よりも上でありたい」という気持ちが「負けず嫌い」、勝負事以外に関して「いつも自分が他人よりも上でありたい」という気持ちが「傲慢」です。例えば、会話などにおいて「いつも自分が他人よりも上でありたい」という気持ちが出ると人は「傲慢」になります。

「負けず嫌い」よりも悪しき感情が「傲慢」です。何故ならば、「傲慢」とは「謙虚」と対になる言葉であり、謙虚さに欠いているからです。「謙虚」でないならば、人は学ぶことができず魂の修行になりません。しかし、「負けず嫌い」は時に有効に働きます。何故ならば、「負けず嫌い」が努力に結びつくことがあるからです。

この「負けず嫌い」という闇の感情は非常に面白い感情で、光の魂の中にも好む方はいます。例えば、火星神様はこの太陽系において最も優れた戦士の神様ですが、彼は非常に「負けず嫌い」な神様であって、「負けず嫌い」であるからこそ活躍している神様でもあります。火星神様についてはまた別で書きます。

しかし、基本的には理由の無い「負けず嫌い」と人間は仲良くするべきではありません。もしそこと仲良くするのであれば、何故そこと仲良くするのか、という明確な光の理由を持たなければなりません。火星神様はそこについて明確な理由を持っているからこそ、「負けず嫌い」を自身のものとして使いこなしています。そういった理由が無い限り、我々人間はむしろ「負けず嫌い」に食われてしまいます。