「被害妄想」を促す気というものがあります。正確に言うと、「被害妄想の心」を促す気というものがあります。逆に言うと、「被害妄想」とはそういった気と仲良くしている方が陥る現象です。何か、心の動きが起こる時、必ずそれの原因となっている気があります。

「被害妄想」とは現実の状態よりも現実を悪く見るという心の動きのことです。ですから、その根底には「疑い」の闇があります。何故ならば、現実を悪く見るということを促しているのが、「疑い」であるからです。

例えば、「Aさんは私の文句を言っているに違いない」と被害妄想を持っている方がいるとします。実際にはAさんはその方の文句など言っていないのに、その方は状況を悪く推測しています。何故ならば、Aさんに対する疑いを抱いているからです。

これは基本法則としてありますが、「疑い」を持つ場合、人は相手を現実より悪く解釈します。それに対して、相手を「信じる」場合、人は相手を現実より良く解釈します。(「疑い」は闇、「信じる」は光です。)

ただ、「被害妄想」とはただ単純に相手を疑っているわけではなくて、そういった「疑い」に加えて「私に対して攻撃をしている」という点が加わったものになります。逆に言うと、「私に対して攻撃をしている」という点が抜けていれば、これはただの「疑い」になります。では、何が「私に対して攻撃をしている」と思わせるかというと、それは「恐怖」です。

「被害妄想の心」とは、第25番目の闇の感情であり、それを促している気は「疑い」という第6番目の闇の感情、そして、「恐怖」という第5番目の闇の感情です。この「疑い」と「恐怖」の闇の気によって、生まれたのが「被害妄想の心」の気です。

闇の気とはもともと存在したある気と別の気によって生まれている気もあります。「被害妄想の心」の気はそういった一例であり、それ自体が一つの闇の気として存在しています。二つの闇の気が混ざっているわけですから、それはかなり強い闇の気であって、もし「被害妄想」を抱くのであれば、我々はかなり強い闇の気をもらうことになります。なぜならば、「被害妄想」を抱くこととは「被害妄想」の気を身体と魂に受け入れることを意味しているからです。

まず初めに、相手を信じることです。それによって、相手に対して「疑い」の気持ちを持たないようになります。その次に、「恐怖」の感情を持たないことです。「恐怖」の感情を持たないようにするためには、いつも目の前の状況を見て、必要なことをすることで回避できます。大抵「恐怖」を持つ人は、その人自体がそういったことを行なっていないのが常です。しかし、本人はその「恐怖」の構造に気が付いていません。

「Aさんは私の文句を言っているに違いない」という先程の例で言うならば、ただAさんと本音で話せばよいのです。それにより、「被害妄想」は回避できます。しかし、その方がAさんのことを信じていないのであれば、つまり疑っているならば、何を話したとしても無駄です。ですから、まず初めに「信じること」が大事なのです。

「被害妄想」を成立させているのは「疑い」と「恐怖」ですが、いつも「被害妄想」は「疑い」から始まります。そして、「疑い」とは非常に厄介な闇です。光に満ちた存在であっても囚われることがある闇であるからです。この「疑い」の闇と仲良くしないためにも、我々は身体と魂の浄化をしなければなりません。その浄化の方法は以下のリンクのような場所に書いていますから、参考にしてみて下さい。

http://junashikari.com/energy/精神の調子が悪い時にやるべきこと/
http://junashikari.com/修行について/瞑想について/

まず最初に毎日水をよく飲み、そして毎日よく太陽を浴び、毎日身体をよく動かし、瞑想などの所謂修行を行なうことです。また、いつも素直に生き、心身共に健康な生活を心掛けることです。そしてなによりも、いつも自分の心を見つめて、自分の持っている闇に「No」と言い続けることです。