「大人になるとはやりたくないことをやるものだよ。」
「いつまで夢を追いかけているの。ちゃんと自立しなさい。」
「私は自分の人生で何をやってきたのだろうか。。。」
「私は何をしたいのかが分からない。(そして、それを考える気もない)」

これらの発想は全て絶望の発想です。我々は正しい形で絶望のことを理解してはいません。絶望とは所謂「絶望」だけではないのです。

日本に生きていると上の例のようなことをよく聞きます。特に「大人になるとやりたくないことをしないといけない」というような発想は我々にとって最も身近な発想であって、この発想の下には「やりたいことを行ないながら生きていくことができるわけなどない」という絶望があります。

闇の第4感情である「絶望」とは、闇の第20感情の「諦め」に非常に近い感情です。日本人は諦めによる絶望を抱えがちな人間です。そして、絶望とは非常に強い闇の感情であり、一度そこに入り込むとなかなか抜け出すことが困難な感情です。

もしあなたが「やりたいことをせず、やりたくないことをしないといけない」と思いながら、生きているのだとしたらその根本には絶望があります。そのことを意識しているにしてもしていないにしても、ふと我に返った時にそのことを思ったり、その思想に支えられた状態において日常を過ごしているのであれば、絶望や諦めがあなたの生活の根本にあります。自分の生活の根本にはどのような自分の思想があるのかをいつも見抜くようにして下さい。

もしそのようなことが生活の前提にあるのであれば、それは闇を土台に生きるということになります。そうすると、なかなか光の方に行くことはできません。ただただ、そのことを見ないように生きるようになることも多いかもしれません。「見たくないからそれを見ない」のであれば、それは「逃げ」となります。逃げとは諦めと同じ闇の第20感情です。

どの感情が光なのか闇なのか中立なのか、ということは予め決まっています。このことを理解していない方はここを読んで下さい。私が今まで発信してきた情報の中で、この情報は最重要な情報になります。魂の修行の基本ルールです。

・感情一覧

感情一覧(光・闇・中立)

感情の問題とは今現在の感情のことだけではありません。自分が今行なっている行動がどのような感情によって始まったのかということも、非常に重要なのです。何故ならば、その行動を始めた時の感情はその行動を行なう時にはいつも続いているからです。

例えば、「大人になるとやりたくないことをしないといけない」という発想の下でやりたくない仕事をやっている人がいる場合、その仕事が習慣化した後でもこの絶望の思想・感情に常にこの現在が支えられることになります。

もちろん、その仕事をやっている中でその仕事を行なう意味というものを見出すのであれば、絶望に堕ちることはありません。しかし、その仕事を行なう意味とは決して「ごまかし」ではあってはならず、あなた自身の考えでなければなりません。我々日本人は自分の心をごまかすのは非常に上手ですから、「ごまかし」には気を付けて下さい。

大事なのはこの現在の一点です。我々のこの生の修行は常にこの現在という一点にあり、そして現在はいつも我々に迫ってきます。人間は自分の心を見なくなり、行動の原因も見なくなっています。しかし、あなたの現在の行動や習慣には必ず何らかの理由があり、その理由とはあなたの感情によって生まれたものです。それを見定めて下さい。

絶望の感情はこのような諦めに近いことばかりではありません。例えば配偶者が亡くなって絶望するといった、自分の力ではどうしようもないある事実に対する絶望も存在します。この絶望は非常に大変なものであり、我々のこの生の修行にとって最も厳しいものです。

闇はいつもこういった絶望を引き起こそうとします。ある人間を攻撃したい時に、その人間を直接攻撃するわけではなく、その人間にとってとても身近な人間を攻撃する。その攻撃とは「誤解」といった心理的なものから、殺害といった物理的なものまで様々です。

何が起こっても闇に屈してはなりません。決して絶望の感情に堕ちてはなりません。そこに堕ちてしまっては、絶望という闇に支配され、光の行為をできなくなります。この生とは非常に厳しい修行です。

絶望とは闇の第四感情として存在します。それはこの世が誕生した最初期から、この感情が存在したということを意味します。