「混乱」の感情について説明します。「混乱」の状態とは「物事を整理して考えられなくなっている心」のことを意味します。物事は順序立てて、構造的に考えるならば、自ずとどこからどのように考えるべきかということが見えてきます。しかし、「混乱」の状態とはそれができなくなり考えること自体に対して「嫌悪」を抱いている状態のことです。というよりかは、考えること自体に対して「嫌悪」の気持ちを抱いているからこそ「混乱」になるということが起きています。

これは想像してみて頂ければ分かると思いますが、「混乱」の状態にある人間とは清々しい顔はしておらず、眉間にしわを寄せて頭を掻きむしっているような姿が浮かぶと思います。これはつまり心が闇の方向に行っている事を意味します。ちなみに、顔にはいつも我々の感情が表れますから、表情から自分や他者がどのような気に支配されているかを分析することは極めて有効な方法です。

「光側は物事がクリアに見え、闇側は物事がクリアに見えない」ということは基本法則としてあります。あなたも感情がいい時は問題をよりクリアに考える事ができ、感情が悪い時はあまり問題をクリアに考えられないという経験はしたことがあると思います。どうして、感情が良くない時は物事をクリアに考えることができないかというと、それが闇の気の持っている一つの性質であるからです。闇の気は我々に物事をクリアに見せません。

ですから、物事を考えている時に「嫌悪」という闇の感情を抱くと、物事がクリアに考えられないようになります。それが「混乱」の感情をもたらすことになります。「混乱」の気とはそういった「考える事に対する嫌悪」の気のことを意味しています。

「混乱」しがちな方は考えること自体に対する「嫌悪」の感情をまず失くすようにして下さい。それが消えない限り、考えたところで「混乱」にはまっていきます。そして、「嫌悪」の感情が無い状態で、考えることに取りかかって下さい。

考える作業とはどこから考えるべきかということ自体を決定しなければなりません。その決定を行なうためには極めてクリアな心と頭で、その問題全体をまず見渡さなければなりません。そして、その問題に対して分かる部分と分からない部分をまず自分の中で整理し、その上でどこから考えるべきかということを考えて下さい。こういった順序立てが非常に大事であって、「混乱」に陥りがちな方とはこういった考えることの基本を知らない可能性があります。

(このことについては、日本の学校教育があまりにも酷いということも一つの原因です。基本的に日本の学校で行なっていることは「暗記」であって、「考えること」ではありません。その証拠に日本の学校のテストは横に教科書があれば基本的に100点を取ることができます。つまり教科書を暗記すればいいだけなのです。教科書を横に置いていても簡単には解けない問題をテストでは出すべきです。)

話は戻りますが、「混乱」の気は考えること自体に対する「嫌悪感」をかき立てます。なぜならば、「混乱」の気は、まず最初に全体をクリアには見せるという作業を我々にさせないようにしようとし、その問題をどこから考えるべきかという順番も非常に曖昧にするからです。そもそも順序立てて物事を考えるといったこともさせないようにします。色々な事を同時に考えさせようとし、そのことで本人は考えること自体に対しての「嫌悪」の気持ちが強くなり、さらに「混乱」の感情の中にはまっていくというような悪循環にはまっていきます。

そこに他者が絡む場合には喧嘩に発展し、人間関係が悪くなるといったことはよくあります。そういった「混乱」の気を抱えている人間と何か問題を話し合わないといけない場合は、相手の心が乱れている時よりも落ち着いている時に話し合うべきです。そうでなければ、どんなにあなたが正しいことを言ったところで相手には届かず、むしろ悪い解釈をされてしまい、関係性は悪くなっていきます。夫婦の片方に霊が憑いている時など、こういったことはよく起こります。

そして、そういった相手と話す場合はたとえどんな時であれ、順序立てて一つずつ問題について一緒に考え話していくべきです。決して思考の一部を省略することなく、階段を登るように一段一段丁寧に思考を積み上げていかないといけません。時には一度階段を少し下り、そこから再び登るということを行なう必要さえもあります。

それぞれの気について真に理解して下さい。そのことで相手に対する真の思いやりも実践することができます。相手のことを理解するために相手が囚われている闇の気が何であるのかを分析し、その闇の気のことを踏まえて、相手のペースに合わせて一緒に向上していく必要があります。

これは私自身、いつも修行を行なっていることであって、非常に大変なプロセスでもあります。人間という種はいつもどっちが正しいかということばかりに気を取られて、こういった真の思いやりに対してはあまりにも教育と実践が足りないのだと思います。私も皆さんと同じ修行者ですから、学びの途中です。

とにかく、あなたが他者のことを理解したいと思っているのであれば、気について理解を深めることは必要不可欠です。そして、決して相手を気の知識だけで考えないことです。魂とは様々な気が非常に濃い密度で密集している気の塊です。また、身体は様々な気を持っています。そのような複雑な相手を一つや二つの気の知識で理解しようとしてはいけません。

大事なことは自分の知識に相手を当てはめるのではなく、相手をいつも曇り無き眼で真に見つつ、時折気の知識を使いながら相手と向き合うことです。逆に言うと、自分の知識に相手を当てはめようとしているシャーマンやカウンセラーや医者は信用しないで下さい。それぞれの魂とは相当に皆違うものであるからです。