「依存心」「執着心」とは闇の感情です。「依存」とは「何か一つの物事に頼ること」、「執着」とは「何か一つの物事にこだわること」です。この二つは本質的には同じ感情であって、同じ一つの気によって成立しています。

どうしてこの二つの感情が同じ感情であるかというと、「依存すること」と「執着すること」が本質的には同じ感情であるからです。「何かに執着する」という心の動きは言い換えると「何かに依存している」ということです。逆に、「何かに依存している」という心の動きは「何かにこだわる」ということです。このことを理解するために、いくつか例を取り上げます。

例えば、彼氏に「依存」している女性がいると考えて下さい。彼女がどうしてその彼氏に「依存」しているのかといえば、その彼氏に「執着」しているからです。「依存」するのであれば、その彼氏でなくてもいいのです。「愛」はその人に向けてしか行なえないものですが、「依存」の相手は誰でもいいものです。「あなたしか愛せない」という言葉はあり得ても、「あなたにしか依存できない」という言葉は基本的には成立不可能です。この例が「依存」とは「執着」であるということの一つの例です。

例えば、元カレに「執着」している女性がいるとします。その女性はその男性に何度フラれても諦め切れずに、連絡を繰り返します。もう、その元カレは彼女のことを嫌がっています。もし、その女性が本当にその人のことを「愛」しているのであれば、相手のことを気遣い、相手の迷惑になるようなことはしないはずです。しかし、ここで彼女が元カレに度々連絡してしまうのは、彼女がその元カレに「依存」しているからです。「愛」ではなく「依存」であるという点が上の例と全く同じです。この例が、「執着」とは「依存」であるということの一つの例です。

これは恋愛の例でしたが、その他にも例えば、お金に「執着」している人がいたとしたら、それはその人がお金に「依存」していることを意味します。

このように、「依存」と「執着」は表裏一体の関係にあります。「依存」しているから「執着」し、「執着」していくからこそ「依存」していく。そして、この一連の流れを促しているのは同じ一つの気であり、だからこそ「依存」と「執着」とは本質的には同じ感情なのです。

ここで私が説明したのは「依存・執着」の気がどのように働いているのか、ということに他なりません。こういった「依存」と「執着」の構造について理解し、「依存」や「執着」をしていないかをチェックすることを怠ることなく日常を生きて下さい。

特に、この「依存・執着」は「愛」と近い感情ですから、我々にとってとても身近な感情で、女性こそ特に気をつけなければなりません。なぜならば、基本的に女性は男性よりも愛が強いからです。