「不安」とは緩やかな「恐怖」に他なりません。「恐怖」とは非常に強い闇の感情ですから、そういった「恐怖」を作るためには、その恐怖を抱かせる程強い対象が必要となります。だからこそ、「恐怖」を抱かせるのは難しくもあります。サタンは、そういった「恐怖」を抱かせる困難を解決するために一つの感情を創りました。それが「不安」です。

我々は我々が抱く感情が当たり前のものとして日々を過ごしています。しかし、なぜその感情があるのか、ということについては誰も問いません。このことを人間はもっと問うべきです。感情の成立とは気の成立のことを意味しています。なぜならば、我々は気を原因として感情を抱いているからです。場所を変えるだけで我々の感情が変わるのはその場所の持っている気が異なるからです。

我々が抱く感情は気によって成立し、そして気とはこの宇宙の最初期から存在したものであって、人間が生まれる前から存在するものです。なぜならば、全ての原子は気によって結びつくことによって分子となっており、そういった分子の集合体としてこの宇宙は成立しているからです。我々が抱く感情の分析とは、これは人間という存在を超えて、宇宙全体を成立させている気に対する理解にも繋がるのです。こういった考え方を人類は持っていません。

中でも、闇の気の管理者であるサタンがどのようにして闇の感情を創っていったのか、ということはよく理解しなければなりません。そのことを理解して頂くためには、どの順番に闇の感情が生まれていったのか、ということを理解する必要があります。

サタンは生まれた時から創造神から呪われており、闇の感情しか持つことができません。そこで抱くことが許されていた闇の感情とは以下の5つです。

闇の第1感情:憎しみ、嫌悪、恨み
闇の第2感情:欲望(支配欲、独占欲、性欲、睡眠欲、食欲、自己中心的な態度)
闇の第3感情:怒り
闇の第4感情:絶望
闇の第5感情:恐怖

これらは今回の宇宙が始まった最初の時点から存在した闇の感情であり、創造神によって創られた闇の感情です。それに対して、以下の感情はサタンによって創られた感情です。

闇の第6感情:疑い、考え過ぎ、打算的な気持ち
闇の第7感情:不安
闇の第8感情:依存、執着心
闇の第9感情:怠惰
闇の第10感情:後悔、罪悪感
闇の第11感情:比較の心(見下し、自己顕示欲、優越感、劣等感、軽蔑、ナルシズムなど)
闇の第12感情:狂気
闇の第13感情:苛立ち
闇の第14感情:憂鬱
闇の第15感情:他者を咎める心
闇の第16感情:怠惰、無気力(やる気がない)
闇の第17感情:嫉妬、うらやみ
闇の第18感情:頑固(人の話を聞かないことも含まれる)
闇の第19感情:負けず嫌い
闇の第20感情:諦め、逃げ
闇の第21感情:焦り
闇の第22感情:無(「禅」の思想など)
闇の第23感情:暴力の快楽(SM、DV、緊縛など)
闇の第24感情:自傷心(リストカット、自殺未遂行為を好む心など)
闇の第25感情:被害妄想の心
闇の第26感情:精神の快楽(例えば、闇の文学や音楽などを鑑賞して喜ぶ心)
闇の第27感情:軽さの闇
闇の第28感情:混乱
闇の第29感情:間違わせる闇
闇の第30感情:あり得ないことを望む心、自分と何かを重ねる気持ち

この順番が非常に大事です。闇の第6~30感情は闇の第1~5感情をベースとして生まれていることが非常に多いからです。または、その闇の感情が生まれる前に成立している闇の感情をベースとして生まれれていることが多いからです。逆に言うと、この闇の感情のおおまかな成立順はその闇の感情の特徴を分析することで明らかにすることができます。

「不安」について、「緩やかな恐怖」=「不安」ということ以外にあまり書くべきことはありません。しかし、どのようにして「不安」を抱かないようにできるのか、ということはここで書くことができます。それはどのようにして「恐怖」を抱かないようにできるのか、ということと同じになります。

我々は何に対して「恐怖」や「不安」を抱くのかというと、よく分からないものに対してです。それが何なのか分かると、我々は「恐怖」や「不安」を抱かなくなります。これは事物に対してだけではなくて、例えば自分の将来などにおいても同様です。

これは大きな問題ですが、我々日本人は「不安」をモチベーションに日々を生きています。

「お金を稼がないと食べていけない。」
「もう子供を作らないと、作れなくなる。」
「もうそろそろ結婚しないと、負け組になる。」
「老後のために貯金をしておかないと。」

このような、様々な「不安」に日本社会は満ちています。「不安大国」と言えるほど、この国は「不安」に満ち満ちています。このようなモチベーションで生きていても、「幸福」になれるわけがありません。なぜならば、「不安」とは闇の感情であり、「幸福」とは光の感情であるからです。もしあなたが「幸福」になりたいのでしたら、何が闇の感情かを全て覚えて、それらの闇の感情と決して同調することなく日々を生きることです。「幸福」とは出来事や持っているものによって成立するものではなく、感情によって成立するものです。「幸福」については、こちらに書いています。

・幸福について
http://junashikari.com/emotion/幸福について/

話が逸れましたが、我々が「よく分からないもの」に対して不安や恐怖を抱くことは書きました。どうして我々が自分の将来などに不安を抱えて生きているかというと、それは自分の将来がよく分からないからです。終身雇用、年金制度などがもう成立しなくなってしまった日本社会だからこその感情だとも言えます。(年金制度など、20~30年後に実現できるわけがありません。できていたとしても、非常に小額です。)

日本社会が根本的に不安社会である根本的な理由は、基本的に皆が制度や会社に「依存」しているからです。皆が何かに「依存」しているのです。お金をくれる会社に「依存」し、年金に「依存」し、保険に「依存」し、、、そういった形で何かに「依存」しているからこそ、魂の「強さ」は養われず、会社でクビになるだけで全てが崩壊しつつある危うさを持っています。本当は魂の「強さ」があれば、どこにいたって生きていけます。しかし、我々はそういった魂の「強さ」を養う前に何かに「依存」することで、魂の修行を行ないません。

「不安」とは闇の第七感情であり、「依存」とは闇の第八感情として存在します。この二つが並んで成立しているのは、この二つの闇の感情が相互に補い合っている構造を意味しています。「不安だから依存をして、依存をしているから不安になる」そういった形でこの二つの闇は相互に協力をし合いながら、我々の闇を強めていきます。

また、困っている時に誰も助けてくれないであろう、といった考えも日本社会の「依存」の根底にあります。もっと「助け合い」の社会であれば、こんなに人々は「不安」には思わないはずです。「依存」と「助け合い」は違います。「依存」とは闇であり、「助け合い」は光です。我々はお互いに支え合わなければ生きられない存在です。その「支え合い」ことを「依存」の構造にしてしまったことが日本社会の大きな誤りに他なりません。

我々日本人の「不安」の根本には「依存」があることを知っておいて下さい。そして、そういった「依存」の連鎖から脱して魂の力で生き抜けるようにして下さい。それでも時折「不安」は襲ってくるでしょうけど、そこで生まれてくる「不安」を乗り越えられるように、さらに魂の「強さ」を養っていくのです。その内に、「不安」を自分の魂の修行の道具として使えるようになります。決して、闇の中に身を沈めてしまってはなりません。魂の修行のために闇は存在し、我々は闇を通して魂を成長していかなければなりません。