このページでは、太陽についての解説を書いていきたいと思います。このページを読んで頂く上で、『太陽系の成り立ちについて』の文章は前提の内容となりますので、まだ読まれていない方はそちらから読んで頂けると幸いです。

http://junashikari.com/energy/太陽系の成り立ちについて/


【太陽の影響力の大きさについて】

太陽は太陽系において物理的にも精神的にも中心の存在です。何故ならば、太陽は太陽系において圧倒的な影響力があるからです。まず最初に、どのような意味で太陽が圧倒的な影響力を持っているかを書きます。

・太陽の大きさと恒星(自ら光を発する星)であることについて

太陽系の星の中で太陽は圧倒的な大きさを持っています。上の写真はそれぞれの星の大きさを視覚的に分かりやすく表現したものです。太陽は地球の109倍の大きさを持っているが故に、大きさを上のように正しく表現すると、地球はほとんど見えなくなります。

そして、物体には「気」が宿ります。だからこそ、それぞれの星には大量の「気」が宿っています。そして、大きな星であればあるほど、より多くの「気」を宿すことができので、太陽は他の星に比べて圧倒的に宿している「気」の量が多いです。

また、質量(重さ)が大きい星ほど、他の星との引き合う力は大きくなります(万有引力の考え方)。そして、太陽は圧倒的な質量(太陽系の全質量の内の99.86%)があるので、他の星との間にかなりの引力があります。例えば、太陽と地球はお互いにかなり引き合っています。だからこそ、地球は太陽の周りを公転しています。

そして、「気」は引力によって、他の星に送られていくので、太陽程に大量の「気」が宿っていて、なおかつ引力もとてつもなく強いと、太陽系のそれぞれの星に太陽が送る「気」の量は他の星に比べて圧倒的に大きいです。

そして、太陽系において、自らが光を発している星(恒星)は太陽のみです。光には「気」が宿ることができ、だからこそ、自ら光を発することができる星(恒星)は、そうではない星に比べて、圧倒的に「気」を他の星にもたらす力があります。

太陽がとてつもなく大きく、恒星(自ら光を発する星)であるということが、太陽が太陽系において、最も多くの「気」をそれぞれの星に送っているということの理由になります。

太陽には「火の気」が宿っています。そのことの根拠は「火の気」は熱そのものであるからです。ですから、「火の気」は我々にとってとても分かりやすい「気」の一つです。そして、「気持ち・気分」「気付き・思い付き」という言葉に書かれているように、「気」は感情と発想の原因です。太陽は自らが発する「火の気」によって、太陽系に生きる様々な命の「火の気持ち」と「発想」を支えています。

その「火の気」の量は他の星が地球に送る「気」の量よりも圧倒的に大きいので、最も地球に生きる命の心に関与している星は太陽と言うことができます。
 

・公転について

太陽は太陽系の他の星と異なり巨大であって、だからこそ太陽系のそれぞれの星は太陽からの強い重力に引かれ、太陽の周りを公転しています。

地球にとって、太陽は常にほとんど同じ距離にあります。それは太陽の周りを地球が公転しているからです。そして、地球にとって、いつも同じ距離にある太陽系の星は太陽と月だけです。いつも同じ距離にあるということは、その星からいつも同じ影響をもらっているということを意味します(実際は太陽も月も楕円形に公転しているので、いつも正確に同じ距離を保っているわけではありません)。

いつも同じ距離を保っていない星は、地球と近づいたり遠ざかったりします。上の動画を見て頂けるとよく理解できると思います。そして、地球とその星の距離が遠ければ遠い時程、地球との引力が小さくなり、近くなればなる程、地球との引力が大きくなります(万有引力の考え方)。ですから、地球からその星が遠ざかると地球に送る「気」の量が減るので、地球に対する影響が薄れ、地球からその星が近づくと地球に送る「気」の量が増えるので、地球に対する影響が強くなります。

こういった背景によって、太陽と月以外の太陽系の星は、時期によって地球に送る「気」の量がかなり変化します。そして、いつもほとんど同じ距離を保っている太陽と月は、一定の影響を地球に対して与え続けます。このような意味で、太陽はいつも一定の大きな影響を地球に生きる命に対して与えている影響力の高い星です。

※苦手意識がある方はここを読み飛ばして頂きたいのですが、少し万有引力の考え方についても書きます。万有引力の法則は『2つの物体の間には、物体の質量に比例し、2物体間の距離の2乗に反比例する引力が作用する』と見なす法則であって、ニュートンが解き明かした宇宙の法則になります。上で説明した質量が大きい物体程引力が大きくなり、距離によって引力が変化するということの根拠はこの法則に依ります。万有引力の大きさをF、2つの物体の質量をMm、2つの物体間の距離をr、万有引力定数をGとすると、以下のような式となります。


【太陽神様について】

  

太陽には太陽神様が宿っているという考え方は、古代から現在に至るまで、世界のありとあらゆる宗教や民族が持っていた、今でも持っている考え方です。日本神話では太陽神様のことを天照大神と呼び、古代ギリシャなどではアポローン、その他様々な名前を持っています。今の日本でも、太陽のことを「お天道様」と呼ぶのは太陽には神様が宿っているという思想が言葉に残っているからになります。

現代を生きる我々は、かつての人間よりも現代人の方が多くを知っているという偏見を持っていますが、かつての人間の方が神々に対する深い理解を持っていました。そして、インターネットもない時代に、世界各地で様々な民族・宗教が太陽神信仰を行なっていたのは、太陽には太陽神様が宿っていることが真実であるからです。もし、真実でなければ、これほど多くの太陽神信仰が生まれるはずがないと言えます。情報の全てが正しいわけではないですが、Wikipediaにも太陽神一覧は載っています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/太陽神一覧

そして、なによりも、太陽を浴びているだけで太陽に太陽神様が宿っていることは理解できます。太陽を浴びているときに我々の心に良い「アイデア・発想」が起こるのは、太陽神様が「気」に「アイデア・発想」を乗せて、その「気」を我々に「付ける」ということを行なっているからです(「気付き・思い付き」の構造)。そういったことから、太陽には間違いなく魂が宿っているということを経験として理解できます。

どうして日本人が「お天道様」という形で太陽神様のことを呼んできたかというと、太陽神様は「天の道」を教えてくれる神様であるという認識を持っていたからです。太陽神様が我々人間に最も伝えたい「アイデア・発想」とは生き方に対するアドバイスであって、そのアドバイスのことを「天の道」と日本人は呼んできた形になります。太陽を浴びている時などに、太陽神様が自分の心に語りかけていることをかつての日本人は理解していたからこそ、日本人は太陽神様のことを「お天道様」と呼んできました。
 

【太陽神様の支える「気持ち・気分」について】

太陽神様は「火の気」を発する星である太陽を自分の身体として持つ神様であって、「火の気」によって「火の気持ち」をもたらし、我々の心を支えています。また、先程説明したように、その「火の気」に「情報・アイデア」を乗せて我々の心に語りかけることも行なってくれます。ここでは、太陽神様が我々にもたらす「火の気持ち」について説明します。

「火の気持ち」は「元気・笑い」と「闘いの心」の2つの側面を持っています。「元気・笑い」は、相手に対する「愛」が故に、相手に「元気・笑い」をもたらそうとする「気持ち」であって、「闘いの心」は、相手に対する「愛」が故に、相手を傷つける何者かと「闘い」をしようとする「気持ち」です。

太陽は「火の気持ち」の持つこの2つの側面の内、どちらかと言えば「元気・笑い」を支えています。それに対して、「闘いの心」を強く支えているのは火星です。太陽と火星という「火の気」が宿った星が太陽系に2つあるのは、「火の気持ち」には2つの側面があり、その2つの側面を星で分担しているからです。しかし、太陽の「火の気」も「闘いの心」に繋がることはありますし、火星の「火の気」も「元気・笑い」に繋がることはあります。

太陽の「火の気」は太陽に宿る魂である太陽神様が司るものであって、太陽の「火の気」によって我々にもたらされる「火の気持ち」は太陽神様の魂の個性です。つまり、我々が太陽からの「火の気」に共感して「元気・笑い」「闘いの心」を抱く時、我々は太陽神様の魂の個性を受け取り、それを自分の感情にしている形になります。このようにして、星の神々は我々人間に「気持ち・気分」を教えています。

太陽神様の「火の気持ち」がどのようなものであるのかを理解する上で最もいい方法は、太陽神様と共に歌を歌っている歌手の歌を聴くことです。以下にそういった歌を取り上げていきます。


[太陽神様の「元気・笑い」を表現する歌手]

「化身」という言葉がありますが、「神仏が姿を変えてこの世に現れること」を意味し、その神様の何らかの個性を強く持っている人間のことを意味します。神々と共に歌を歌う歌手が歌っている時、その歌手は繋がっている神様の魂の個性を強く表現します。ですから、そういった歌手が歌を歌っている時は、その歌手はその神様の化身の状態であると言えます。だからこそ、神々と共に歌を歌う歌手の歌は、神々のことを理解する上で非常に参考になります。

どうしてそういった歌手にそのようなことができるかというと、そういった歌手は神々との「縁」があるからです。「縁」とは「気」が流れるラインのことなので、そういった歌手はいつでも繋がっている神様からの「気」を受け取ることができ、その神様の「気」を「持つ」ことによって「気持ち」を抱き、その「気持ち」を歌を通して表現できます。

太陽神様は様々な「火の気持ち」を司る神様なので、太陽神様と共に歌を歌うそれぞれの歌手は太陽神様の異なる「火の気持ち」を表現しています。また、同じ歌手であっても、楽曲によって表現する感情は異なりますが、それぞれの楽曲は太陽神様の司る感情です。以下、そういった歌手と楽曲について列挙していきます。


・ビートルズ

※ビートルズの底無しの「明るさ」は太陽神様の「元気・笑い」の一つの側面です。


・ジョン・レノン『イマジン』

※上に取り上げたビートルズの楽曲に比べると、ジョン・レノンの『イマジン』は「明るさ」というよりも平和的な「穏やかさ」を感じますが、このような「穏やかさ」も太陽神様の司る「元気・笑い」の一つです。「明るさ」と「穏やかさ」の2つの方向性が太陽神様の「元気・笑い」について理解する上で大きな軸と思って頂けると、理解が進むと思います。


・桑田佳祐『第二回ひとり紅白歌合戦(Trailer)』

この動画も太陽神様の「元気・笑い」の「明るさ」と「穏やかさ」の両方の方向性が感じられます。


・桑田佳祐『明日晴れるかな』

この楽曲は太陽神様の「元気・笑い」の「穏やかさ」の方向性です。

太陽神様と共に歌う日本人歌手の多くの場合、その歌手が太陽神様と共に歌を歌っていることは名前にも表れています。例えば、桑田佳祐という名前は「太陽神様と共に人を助けることを非常に優れた形で行なう」ということが意味されているからです。

「桑」:「火の気」を強く受け取りながら生きている植物。
「田」:「田」は「何かが生まれる場所」であって、「火の気」が生まれる場所である太陽のことを意味。
「佳」:「優れて良いこと」
「祐」:「(天や神が人を)助ける」

※桑が「火の気」を受け取りながら生きていることの根拠は、桑が火の色である赤の実を付けることに表れています。


・TUBE(前田亘輝)『シーズン・イン・ザ・サン』

「亘輝」:「亘」は「端から端まで届く」、「輝」は「光で照らす」なので、太陽が行なっていることを意味。
「前田」:「亘輝」を行なっている「目の前」の「田」は太陽のこと。

※この曲のタイトルである『シーズン・イン・ザ・サン』の日本語訳は「太陽の季節」であって、直接的に太陽のことを表現しています。この曲は太陽神様の「元気・笑い」の「明るさ」と「穏やかさ」の両方が感じられる曲だと思います。


・和田アキ子『あの鐘を鳴らすのはあなた』

「和」:「和」は「のどか」といった意味であって「元気・笑い」を意味
「田」:「田」は「何かが生まれる場所」であって、「火の気」が生まれる場所である太陽のことを意味。
「アキ子」:「アキ」は「明・晶・昌・晃・暁」といった形で様々な読みができますが、太陽に関連する言葉です。

※この曲は「元気・笑い」の「穏やかさ」の方向性です。


・ウルフルズ(トータス松本)『ガッツだぜ!!』

「松」:「火の気」を強く受け取りながら生きている植物
「本」:「本」は「大本・根源」といった意味であり「火の気」の根源である太陽のことを意味
「敦」:「敦」は「情があついこと」を意味し、「火の気持ち」の「愛」を意味

※トータス松本の本名は松本敦です。また、松が「火の気」を受け取りながら生きている植物である根拠は松ぼっくりが火のデザインをしていることや、山火事の時に松かさを開き、繁殖を行なうことをする松ぼっくりがあることなどにも表れています。また、『ガッツだぜ!!』は「明るさ」の方向性であって、タイトルは『火の気だぜ!!』と言い換えられます。


・星野源『SUN』

「星野源」:「星の源」の意味であり、「星の気」のことを意味。太陽系において、最も多くの「星の気」をもたらしているのは太陽なので、太陽神と繋がっている星野源は「星野源」という名前を持っている形になります。


・SUNDRUM『33なんぱ節』

「SUNDRUM」:日本語訳は「太陽の太鼓」であって、太陽神様と繋がったアーティスト達による音楽です。
「坪内敦」:リーダーの打楽器奏者の名前。「坪内」は「壷打ち」であり打楽器奏者であることを意味。「敦」は「情があついこと」を意味し、「火の気持ち」の「愛」を意味。


上に挙げた歌の表現する感情から太陽神様の「火の気持ち」の「元気・笑い」について学び、こういった気持ちを日常の中で抱いた時に太陽神様からの「火の気」に共感していることに気付けるようにして頂けると幸いです。我々人間はかなり外界に影響を受けながら「気持ち・気分」を抱いているので、太陽神様の「火の気」によって「火の気持ち」を抱く場面はかなりあります。

例えば、夏に快晴の海に行くと、ほとんどの人の心は開放的で自由で清々しい感じになりますが、その感情は太陽神様のもたらす「火の気持ち」がもたらす気持ちになります。


[太陽神様の「闘いの心」]

太陽神様の「火の気持ち」の「闘いの心」を強く表現している歌手もいます。そういった歌手の歌についても貼付けておきますので、聴いてみて頂けると幸いです。

「情熱」とは「情」と「熱」という言葉から生まれていますが、「熱」という言葉があることから「情熱」は「火の気持ち」を表すことは理解できます。そして、「情」とは「愛」のことです。ですから、「情熱」とは「火の気持ち」の「愛」のことを表し、太陽神様の「闘いの心」の「愛」のことを意味します。これが本来の「情熱」という言葉の意味です。そういったことについて、以下の歌を聴くことを通して感じて頂けると幸いです。


・松崎しげる『愛のメモリー』

「松」:「火の気」を強く受け取りながら生きている植物
「崎」:「崎」は元々は「険しい」といった意味を表す言葉であって、「闘いの心」を意味。
「しげる」:「松」が「茂る・繁る」という意味から、「火の気」をもたらすことを意味。
 

・THEATRE BROOK(佐藤タイジ)『ありったけの愛』

「タイジ」:「太陽の児」の意味で「太児」、「闘いの心」の意味で「退治(対治)」を意味します。「退治(対治)」とは「①(悪いもの・害をなすものを)平らげること、うちほろぼすこと」「②人々を光へ導くために、煩悩の悪魔を降伏させること」「③病気をなおすこと」を意味しますが、この3つの意味は「闘いの心」の本質を表します。また、佐藤タイジの本名は「泰司」ですが、「泰」は「大きい、豊か、穏やか」といった意味なので太陽のことを表すので、「泰司」で「太陽を司る」という意味を持っています。
「佐藤」:「砂糖」と解釈するのであれば、「火の気」と言い換えられます。カロリー=熱量とは「火の気」そのものだからです。


・真心ブラザーズ(YO-KING=倉持陽一)『拝啓、ジョン・レノン』

「陽一」:太陽系における最も大きな「火の気」の星は太陽なので「陽一」。
「倉」:「倉」は「何かを保管する建物」の意味であり、「火の気」が保存されている太陽を意味。
「持」:「倉」=「太陽」を「持」っているということ。
「YO-KING」:「YO」は「陽」であって、太陽は太陽系の長の神様なので「KING」=「王」。

※ジョン・レノンは太陽神様と繋がっていた歌手であって、だからこそ真心ブラザーズはこの歌を歌っています。歌詞にも「僕もあなたも大して変わりはしない」ともありますが、倉持陽一とジョン・レノンは同じ太陽神様と繋がっている歌手だからこそ、この歌詞があります。PVで真心ブラザーズが闘っているのは「闘いの心」を表現するためです。


[太陽神様と共に働く芸人]

太陽神様は「笑い」を司る神様であって、他者を笑わせる能力が圧倒的に高い神様です。ですから、太陽神様と共に働く芸人の使う「笑い」を分析することで、太陽神様がどのような「笑い」を使うのかということは理解できますし、どういった「笑い」が「火の気持ち」の「笑い」なのかも理解できます。

面白い人は自分の頭の中に、人を笑わせる「アイデア」が降ってくる人です。神々はそういった「アイデア」を「気付き(「気」が「付く」)」によって人間に与えています。神々と「縁」があるとそういった「アイデア」を「縁」を通してもらえる形になります。

例えば、タモリは太陽神様と共に働く芸人です。森田一義という本名にも、タモリという芸名にも、タモリが太陽神様と共に働いていることは書いてあります。

一義:「義」とは「道理」といった意味であり、「一義」という名前は「一番の道理」という意味です。そして、太陽神様は日本人にとって「お天道様」であり、「天道」=「自然に定まっている道理」を教えてくれる神様です。「自然に定まっている道理」とは「真実としての道理」のことなので、「一番の道理」と言えます。そういった意味で、「一義」という名前は「お天道様」の「天道」ことを意味し、タモリが太陽神様と共に働いていることを示します。

タモリ:「タモリ」とは漢字で書くと「田守」です。そして、「田守」とは米が育つ田を守る人のことであって、米は「火の気」が強く宿った作物です。「火の気」とは熱そのもののことですが、言い換えるとカロリーです。そして、米が我々にもたらすものはカロリー=熱量=「火の気」です。タモリは日本人の「火の気」を守るために太陽神様と「笑い」を実践することを人生の役割として持っているからこそ、「タモリ」という芸名を太陽神様から授けられています。

『笑っていいとも!』は本当に日本人の心を長年に渡って強く支えてきました。お昼時とは一番太陽からの「火の気」が多い時間であって、その時間に太陽神様と共に働くタモリの番組を観ることは、我々日本人が「火の気」を受け取ることを支え続けたからです。

その他にも、太陽神様と共に働くお笑い芸人はたくさんいますが、そのことについては後日改めて書きます。


【太陽神様の行なっている祭りについて】

「祭り」とは「祭り・祀り(まつり)」から生まれている言葉ですが、この言葉に示されているように、本来祭りとは「神々を祭る・祀る」ための儀式です。だからこそ、神々と人間の間で行なわれる儀式であると言えます。しかし、「気」のことを忘れ、神々と人間がどのように共に働いているのかが分からなくなった我々にとって、祭りの持っている意味は分かりづらくなってしまっています。

ただ、祭りの意味を理解することは難しいことではなくて、祭りに参加した時に自分の「気持ち・気分」が変わることから理解できます。祭りに参加すると神々から「光の気」を受け取り、「気持ち・気分」が変わります。逆に言うと、祭りに参加することによって、我々の「気持ち・気分」が変わるのは神々からの「光の気」を受け取るからです。

我々人間が「光の気」を受け取るためには、その「気」に共感する必要があります。そして、音と踊りは我々がその「気」に共感する上でかなりの力を持っています。音には「気」が乗りますし、何かを見るということは「気」の摂取を促しますし、実際に自分が踊るのであれば、神々の「光の気」と共に働くことになるからです。

太陽神様がそういったことを狙って創った踊りが阿波踊りや盆踊りといったものです。以下の動画を少し見て頂けると幸いです。

こういった音楽を聴いたり、踊りを見ていると、自然と「火の気持ち」になっていき、とてもいい「気持ち・気分」になっていきます。上に取り上げた太陽神様と共に歌を歌うアーティストの歌とも繋がっているものがあることは感じて頂けると思います。阿波踊りも盆踊りも「火の気持ち」の「元気・笑い」を表現する踊りと音楽であって、そういったものに触れるからこそ、我々は「火の気」に共感しやすくなります。もし、踊るのであれば、多くの「火の気」を受け取ることに繋がるので、盆踊りを踊ることはとても大事なことです。

 

阿波踊りの振りも盆踊りの振りも火の動きを表します。火の動きを表現している踊りであることを思いながら、上の動画を見て頂けると、そのことがよく分かって頂けると思います。

また、日本のお祭りに欠かせない和太鼓の音は火の音を表しています。焚き火のような小さな火は高い音を出すのに対して、火事のような大きな火は非常に低く強い音を出しますが、その低い音は和太鼓の音と非常に似ています。

これらの動画を見て頂けると、和太鼓の音は大きな火の低い音を表すことは感覚的に分かって頂けると思います。また、盆踊りの手拍子などは火の高い音を表しています。

また、「火の気」の「闘いの心」の面を強く表現する祭りもあり、博多祇園山笠などはそういった祭りになります。以下の動画を少し見て頂けると幸いです。

山笠では大きな神輿をかついで大勢の男性が全力で走るものであって、気を抜くと危険なものでもあります。だからこそ、ものすごい集中力が必要であって、神輿をかつぐ人達は「闘いの心」で走っています。仮に、このようなことを「元気・笑い」で行なうと、不注意になってしまい、事故が起きてしまいます。そういう意味で、山笠は人間が「闘いの心」を抱くための一つのシステムです。

ですから、この祭りに参加すると、我々の心は「闘いの心」に共感することになります。そして、「闘いの心」を抱くことによって、「火の気」に共感し、「火の気」を受け取ることに繋がります。見ている人はその様子や男性達のかけ声を通して、「火の気」を受け取り、神輿を担ぐ立場だととてつもない「気合い」を入れるので、かなりの「火の気」を受け取ります(「気合い」とは「気」が「合わさる」と書きますが、「気」を強く受け取っていることを表す言葉です)。

山笠には多くの場合、闘っている武将などの姿が表現されています。これは博多祇園山笠が「闘いの心」の祭りであることを示すために太陽神様が創った一つのカラクリです。また、この祭りの間、太陽神様は強い「闘いの心」を抱くことによって、この祭りを「火の気」で満たしているので、この祭りに関与している時の太陽神様の様子を示すものでもあります。山笠を担ぐ人間に太陽神様は「闘いの心」で強く関与しているので、山笠を担いで走る人間の様子は、そのことを視覚的に分かりやすく表現するための構造でもあります。このような意味で、博多祇園山笠は非常によくできた太陽神様の祭りです。

ここで取り上げた祭りは夏に行なわれますが、こういった祭りが夏に行なわれるのは偶然ではなく、夏という季節は一年の中で一番「火の気」が多い季節だからです。「火の気」は熱量のことであって、気温が高いということは「火の気」が多いということを意味します。そういった時期だからこそ、神々は夏に火の祭りを行なってきた形になります。

神々は我々に「光の気」をもたらしたいと思っています。何故ならば、我々の身体に「光の気」が入れば、神々は我々の心も体もかなり支えることができるからです。神々はそういったことを狙って、人間と共に祭りを行なってきました。

日本には太陽神様と人間の間で行なわれる祭りがまだかなり残っているので、そういった祭りは大事にしていく必要があります。そのためには、祭りの価値を理解する必要があるので、こういった文章を通して、祭りが「光の気」を人間が神々から受け取るための儀式であることを知って頂けると幸いです。
 

【太陽神様と共に生きるために】

太陽神様と共に生きることは、御自身が「幸せ」になるためにも、周りの人を「幸せ」にするためにも、とても大事なことです。そして、その方法は特別なことではなくて、なによりも大事なことは太陽と共に生活をすることです。夜更かしをせず、朝になったら起きることが基本ですし、太陽を実際に浴びることがとても大事になります。また、カーテンを開けて太陽光が入るようにすることも、窓を開けて「火の気」に満ちた新鮮な空気を室内にもたらすことも大事です。

そういった形で、太陽の光や太陽のもたらす「火の気」と共に生きていると、太陽神様が「火の気」を通して我々の心も体も支えてくれます。そういう風に生きることが「幸せ」になる上でとても大事なことですし、難しいことではありません。しかし、太陽と共に生きることの価値を見失っている我々はこういった簡単なこともできていない現状があります。

太陽と共に生きるという基本的なことに加えて、太陽神様と共に働く人間の音楽やお笑いに接することも、我々に「火の気」をもたらすので、とてもいい影響を与えます。上に取り上げたようなアーティストの音楽を日常的に聴く習慣を作ることは大事です。

また、太陽神様の「火の気」を受け取ることができる祭りに参加することもとてもいい影響を促します。太陽神様の司る祭りは楽しいものです。何故ならば「火の気」の「元気・笑い」はとても楽しいものだからです。また、「闘いの心」は身が引き締まるような感覚を我々に与えます。楽しいことが嫌いな人は少ないと思います。ですから、祭りで日本を良くしていくことはとても現実的ですし、海外からの観光客を増やすといった経済的なメリットで考えても、悪くはないはずです。

我々が太陽神様の「火の気」と共に生きるために、今でも残っている太陽神様の祭りを大事にし、新しい祭りを太陽神様と共に創っていくことがとても大事です。極端な話、一年中何らかの祭りがいつもあって、そういった祭りに参加するような流れを日本人が作ることができれば、我々人間はいつも太陽神様からの「火の気」を受け取ることができ、かなり太陽神様に支えられている状態で生きることができます。そうすれば、日本はもっといい国になっていくことができます。

「日本」という国名は「日(ひ)の本(もと)」と書き、「日が出る場所」という意味です。この名前は上に取り上げた様々なアーティストや芸人の名前のように、神々が授けた名前です。ですから、本当の意味で「日本」になる必要がありますし、そのためにも、日本人が太陽と共に生きることがとても大事になります。