ここではAimerについて解説を書いていきます。

Aimerは金星神と共に歌を歌っている歌手です。金星神とは古代からヴィーナスやアプロディーテと言われてきた金星に宿っている「愛」と「美」の女神のことを意味します。

 

Aimerが金星神と繋がっているということの意味は、Aimerと金星神の間に「縁」があることを意味します。「縁」という漢字が「糸」という漢字を含むように、「縁」とは「ライン」のことを表し、「気」が流れる「ライン」のことを意味します。昔の人間は「気」についての理解があったので、言葉や漢字に「気」に関する「真実」を残してくれています。ですから、言葉を分析すると「真実」が見えてきます。ちなみに、「縁」のことはAimerの『キズナ』という歌の中でも「いくつもの愛で この空は繋がってるよ」という形で表現されています。

「気持ち・気分」という言葉が示すように、我々人間は「気」を「持つ・分かつ」ことによって「気持ち・気分」を抱いています。ですから、Aimerは金星神との「縁」を通して、金星神から「気」を受け取り、その「気」によって「気持ち・気分」を抱く中を生きています。

そして、歌は心で歌うものなので、歌を歌う時は「気合い」が入ります。「気合い」という言葉の構造が示すように、我々は「気」を「合わせる」ことによって「気合い」を入れています。ですから、Aimerが歌を歌う時、Aimerは金星神からの「気」を強く受け取ることで「気合い」を入れ、そのことによって「気持ち・気分」を強く抱き、その「気持ち・気分」を歌で表現しています。

金星神の「気」は金星神の心そのものだからこそ、金星神の「気」を歌で表現しているAimerは、歌を通して金星神の心を伝えている歌手です。Aimerは人間と金星神を繋ぐ仲介者の役割を歌を通して実践していると理解して頂けると幸いです。


※前提

神々は「気」で人間に関与することで名付けや作詞に関与することができます。芸術家が作品を作る時、「アイデア」が降ってくる感覚を経験することは多くあります。そういった「アイデア」は神々が「気」を送ることによって人間に与えています。逆に言うと、我々人間は自分自身の「意志」で「アイデア」を生むことは不可能です。何故ならば、「Aというアイデアを思い浮べよう」と思った時点で、その「A」は既に自分の中にあるものなので、「アイデア」ではなくなってしまうからです。

「アイデア」の原因が「気」であることを示す言葉が「気付き」という言葉です。「気付き」という言葉は「気」が「付く」と書きますが、「アイデア」が乗った「気」が我々に「付く」時に、我々の心には「アイデア」が浮かんできます。これは「思い付く」という言葉が「思い=考え」が「付く」と書くことも同じ意味を持っています。

我々現代人は自分の中に浮かぶ「アイデア」を自分自身が抱いていると思ってしまっているからこそ、神々が「気」を通して「アイデア」をもたらしていること(語りかけていること)が分からなくなってしまい、神々を遠い存在にしてしまっています。しかし、実際は神々は我々の心のいつも関与している、とても身近な存在です。また、神々は目に見えないものではなく、星は神々の姿そのものです。我々が人間の身体に宿っているように、星の神々は星の身体に宿っています。

神々は「Aimer」というアーティストネームやAimerの作詞に「気」で関与し続けているので、「Aimer」という名前やAimerの歌の歌詞は、人間に対する神々からのメッセージとなっています。例えば、Aimerは『星屑ビーナス』といった歌を自身で作詞し発表していますが、こういったことは偶然ではなく、Aimerの作詞に金星神=ヴィーナスが関与しているからこそ起こっている現象です。金星神は自分がAimerと繋がっていることを示すために、Aimerが作詞をする段階でAimerに「気」で徹底的に関与し『星屑ビーナス』の作詞を導いています。

神々が意図したメッセージはその歌を作った人間が意図したものと必ずしも一致するわけではなく、一致しないことはかなりあります。しかし、その歌を分析すると、神々が込めた意味が理解できるように神々は作詞に関与します。ですから、分析をすると神々がどんなメッセージを込めているのかは理解ができます。以下、Aimerの名前や歌詞の分析を詳しく書いていきます。

どのように神々は「気」で人間の名付けや作詞に関与しているのかについて、詳しくはこちらに書いています。神々は「気」で「アイデア」をもたらしているだけではなく、「気」で人間に関与することで「気が進む」という状態を作ったり、「気が進まない」という状態を作ることなどでも、名付けや作品作りを支えています。

http://junashikari.com/art/名付けと作品作り/


【Aimerが金星神と繋がっている根拠】

ここでは、どうしてAimerが金星神と繋がっていると言えるのかということの根拠を説明していきたいと思います。Aimerが金星神と繋がっていることは、「Aimer」という名前とAimerの歌に多く表現されているので、名前と歌の二つに分けて書いていきたいと思います。


[名前について]

「Aimer」というアーティストネームが金星神と繋がっていることを示す根拠は三つありますので、列挙していきます。

・「Aimer」とはフランス語で「愛する」という意味を持つ言葉だからこそ、この点が金星神が「愛」の女神である点と繋がっています。

・「Aimer」は「エメ」と読みますが、「エメ」は漢字に置き換えると「愛芽」です(「愛媛」と言うように、「愛」は「え」とも読みます)。Aimerは金星神と共に「愛」を歌っている地上に生きる命なので、「愛芽」と言えます。

・「Aimer」の「Aim」は分解すると「Ai」と「im」です。「Ai」は「愛」であり、「im」は「I'm」と読めるので、「Aim」は「I'm 愛」という構造を示します。これは、「Aim」を日本語読みした時に「I'm」と読むことができる点も一つの根拠となっています。そして、地球の「愛」を支えているのは金星神なので、「I'm 愛」は「I'm 金星神」と言い換えられます。また、「-er」は動詞の語尾に付けて「〜する人」ということを意味します。ですから、「Aimer」を「Ai」「im」「er」に分解すると、「I'm 金星神 をする人」と読むことができ、「I'm 金星神 をする人」とは「金星神を身体に宿らせて歌を歌う人」ということを意味します。

このような3つの点がAimerと金星神を結びつけて考える根拠となっています。「Aimer」というアーティストネームには他にも二つの意味がありますが、そのことについてはこのページの後半で説明します。

「Aim」を「愛」と「I'm」に置き換える解釈は少し強引に感じられるかもしれませんが、このような構造を示すAimerの『小さな星のメロディー』という歌があります。この歌はAimerというアーティストネームの意味を説明するために金星神がAimerの作詞を導いた歌なので、Aimerという名前の意味を理解する手助けをしてくれます。

ー解説ー

この歌は金星神がAimerに向けて歌いかけている歌です。何故ならば、「愛よ 届け あなたの星へ」という歌詞から、ある星にいる魂が別の星にいる魂に歌いかけている歌であることが分かりますし、金星神は「愛」の原因の「気」である「金の気」の女神なので、「愛よ 届け」という歌詞が金星神が「金の気」を送っていることと重なるからです。金星は「金の気」が宿っている星だからこそ、金星という名前を持っていますが、そういったことも「小さな星の大きな愛が あなたに届け」という歌詞に表現されています。我々人間からすると金星は大きな星ですが、宇宙全体からすると金星はとても小さな星です。

次に、どうして、この歌がAimerに語りかけている歌ということが分かるかというと、「Aimer」のことを「愛芽」の点から「花」という歌詞で度々表現しているからです。例えば、この歌詞の冒頭の「ひとり星に 舞い降りて 砂漠の中見つけ出した  僕の手にふれた その花 小さくふるえてた」という歌詞は、砂漠のような星である金星で金星神がAimer(愛芽)という「花」を見つけ出したということを意味します。そういった冒頭の歌詞の次に「この愛+YOU+I=も愛?」という歌詞があるので、ここで歌われている「YOU」がAimerであることを特定できます。

また、最後の

「愛よ 届け まだまだ先へ」
「もっと遠くへ 響き渡って」
「小さな星の大きな愛が あなたへ届け」

「愛よ 届け あなたの星へ」
「もっと遠くで 音を鳴らして」
「小さな恋が奏でた歌が 夜空に響け」

という歌詞から、金星神(I)が「愛」を「あなた(YOU)」へ送ることが、「音を鳴らす」「響き渡る」ことに繋がるということが分かります。これは、金星神が「愛の気(光の気)」を地球に住むAimerに送り、Aimerがその「愛の気(光の気)」によって歌を歌っているという構造を説明しています。こういった点からも、ここで言われている「YOU」が歌手であることを理解できます。また、「Aimer」を「笑め(エメ)」と読むことができることから「笑いあえる」という歌詞を度々使っています。

ここまでが、この歌の主語が金星神であり、金星神が語りかけている相手がAimerであることの説明でした。以下、Aimerの名前の意味を伝えている歌詞を説明します。

「この愛+YOU+I=も愛?」という歌詞が、「I'm 愛」の構造と「I'm 金星神 をする人」の構造を説明してくれています。何故ならば、「愛」に「YOU」と「I」を足して「愛」になるためには、「YOU」と「I」も「愛」である必要があるからです。そして、この歌の主語(I)は金星神であって、金星神は「愛」の神なので、「I」=「愛」です。そして、この歌のYOUはAimerであって、Aimerが金星神を宿しながら歌っている人間なのであれば、Aimerは金星神になっている人と言えるので「YOU」=「愛」と言えます。

だからこそ、「I」=「YOU」=「愛」と言うことができ、「Aimer」という名前の「Aim」を「I'm 愛」と解釈し、「Aim+er」で「I'm 金星神 をする人」と解釈することが正しいと理解できます。整理すると、「I」=「愛」=「金星神」、「YOU」=「I'm 金星神 をする人」=「Aimer」です。このような方法で、金星神は「Aimer」という名前に本当に意図した意味を人間に伝えるための証明作業を『小さな星のメロディー』の中で実践しています。

「アイ」という音が「I」と「愛」と同じであることを利用して、「I」=「愛」=「金星神」という構造を持った金星神が作った曲は多くあります。例えば、Salyuの『I(アイ)』、中島美嘉の『I』、相対性理論『YOU & IDOL』、MONDO GROSSO『惑星タントラ』などは「I」=「愛」=「金星神」の構造を持っています。Aimerはアーティストネームに「Ai(アイ)」を含み、その「Ai」が「愛」と「I」の構造を持っている形になります。だからこそ、「Aim」は「愛」と「I'm」と解釈することが自然であるとも理解できます。

また、「I'm Ai」の構造を使って金星神と共に歌を歌う歌手の名前にメッセージを入れることも神々はよく行います。「I'm Ai」はそのまま書くと「Imai」=「今井」です。金星神と共に歌を歌う今井美樹は今井という名字を持っています。「今井美樹」は分解すると「I'm ai 美 樹」=「私は愛と美の樹」です。金星神は「愛」と「美」の女神だからこそ、金星神と共に歌を歌う今井美樹は「私は愛と美の樹」という名前を持っています。こういったことから、「I'm ai」と解釈することがこじつけではないことを理解して頂けると幸いです。

『小さな星のメロディー』については、別で詳しい解説を書きますが、このページではAimerが金星神と繋がっていることを伝えるためにこの歌が生まれたことだけを理解して頂けると幸いです。
 

[歌について]

以下、Aimerが金星神と繋がっていることを表現している歌について解説を書いていきたいと思います。
 

・『星屑ビーナス』

歌詞:http://www.kasi-time.com/item-63001.html

ビーナス(ヴィーナス)は金星神のことであって、この歌の歌詞は、金星神が一人称としてこの歌を歌っている構造を持っています。ですから、Aimerが金星神と共に歌を歌っていることの大きな根拠の歌となっています。

「星屑」とは「星の気」のことを意味します。この歌の中で「星屑みたいな 私を覚えてて」「星屑みたいな ひと粒の出会い」という歌詞がありますが、これは金星神の「星の気」=「金の気」が金星神自身であること、「金の気」が金星神自身だからこそ「金の気」で人間に関与することは人間と金星神の「出会い」であることを伝えています。


・ファーストシングル『六等星の夜/悲しみはオーロラに/TWINKLE TWINKLE LITTLE STAR』

Aimerという名前に金星神と繋がっている情報を込めたように、神々はそのアーティストのファーストシングルにそのアーティストに関する大事な情報を込めようとします。ですから、AimerのファーストシングルにもAimerが金星神と繋がっていることは表現されています。


・『六等星の夜』
 


歌詞:http://www.kasi-time.com/item-55961.html

この歌の中で「六等星」と言われているのは金星のことです。ただ、「六等星」とは、かろうじて肉眼で見える暗い星のことですが、金星は非常に明るい星であって「六等星」ではありません。しかし、この歌の中で金星は「六等星」として歌われています。

このことを理解するためには、この歌が発表された2011年当時、金星からの「金の気」はまだ降り始めていなかったことを理解する必要があります。地球には「光」の時代と「闇」の時代が交互に来るようになっています。そういった時代の違いを生むのが金星からの「金の気」が降り注いでいるのか降り注いでいないのかという違いです。金星からの「金の気」が降り注いでいる時代が「光」の時代、金星からの「金の気」が降り注いでいない時代が「闇」の時代です。

マヤ文明が天文学について非常に優れていたことは彼らの残した遺跡からよく理解できます。そのようなマヤ人にとって、2012年12月はマヤの長期歴が終わる日であり、「金星が生まれる日」とマヤ人達は呼んできました。マヤ人達は星の運行を根拠に長期歴を作りましたが、マヤの長期歴は金星の運行を根拠に生まれた歴です。マヤの長期歴について整理すると以下のような形になります。

紀元前3114年8月12日〜紀元前3世紀頃:「光」の時代(金星からの「金の気」が降り注いでいる)
紀元前3世紀頃〜2012年12月22日頃:「闇」の時代(金星からの「金の気」が降り注いでいない)
2012年12月23日頃〜現在:「光」の時代(金星からの「金の気」が降り注いでいる)

そして、『六等星の夜』が発表された2011年9月当時、金星は「金の気」を降り注いでいませんでした。だからこそ、「光の気(金の気)を振り注いでいない星」の意味で「六等星」という形で表現しています。この歌の中でも度々以下の歌詞が歌われています。

「終わらない夜に願いはひとつ "星のない空に輝く光を"」
「(戻らない場所に捨てたものでさえ)(今は遠過ぎて儚い星でも)生まれ変わって明日をきっと照らす」

この歌詞は金星が2012年12月から「金の気」を地球に送ることを意味している歌詞です。闇に満ちた地球を「終わらない夜」という言葉で表現し、金星からの「金の気」がないことを「星のない空」と表現し、再び降り注ぐ「金の気」を「輝く光を」と表現し、金星が「金の気」を地球に送る状態になることを「生まれ変わって」という言葉で表現しています。これはマヤ人達が2012年12月を「金星が生まれる日」と呼んだことと重なっています。

Aimerが金星神と共に歌を歌っている歌手であるからこそ、「生まれ変わって明日をきっと照らす」という歌詞をAimerが一人称で歌うことができるようにこの歌はできています。

また、この歌のPVにおいては、金星からの「金の気」が降り注ぐことが描かれています。逆さ向きの東京に光の粒が降り注ぐ様子が描かれていますが、これは金星にいる金星神の目線から、地球に「金の気」を送っていることを表現するためです。

また、歌詞が表示される時と表示されない時がありますが、これはAimerが金星神に言っている歌詞なのか、金星神がAimer(人間)に言っている歌詞なのかを説明するためです。歌詞が表示される時はAimerが金星神に向けて語りかけている歌詞であって、表示されない時は金星神がAimer(人間)に語りかけている歌詞になります。

さらに、後半の「こんな小さな星座なのに ココにいたこと 気付いてくれて ありがとう」の歌詞の部分で女の子の影が強く映りますが、これはAimerのことを表します。金星神は自分が金星に宿っていることを人間に伝えたくてしょうがなく思っています。何故ならば、星に神々が宿っていることや星から「光の気」が降っていることを人間が理解すれば、金星神はより人間を支えやすくなるからです。

例えば、星からの「光の気」が空気中にあることを人間が理解すれば、もっと換気を行なうようになります。人間が窓をもっと開けて換気を心がけてくれるだけで、星の神々は「光の気」をもっと人間に与えられるようになりますから、かなり人間を支えやすくなります。逆に言うと、我々現代人は「換気」=「気を換える」ということを見失っているが故に、神々からの「光の気」を自ら受け取らないようにしてしまっています。

Aimerが金星神と非常にいい形で働けることを金星神は元々分かっていました。何故ならば、神々には魂が見えますから、Aimerを見ればAimerの魂が非常に優れた魂であることは分かるからです。だからこそ、金星神はAimerのデビューシングルで既にAimerに対して強い感謝の気持ちを表現しています。

つまり、「こんな小さな星座なのに ココにいたこと 気付いてくれて ありがとう」という歌詞はAimerが金星には金星神が宿っていることを伝えるような歌を歌っていくことについて、先取りして金星神がAimerに感謝の気持ちを伝えている歌詞です。また、Aimerが金星神と共にデビューできるところまで辿り着いてくれたことに対する感謝の気持ちでもあります。そういった感謝を伝えるために金星神はAimerの作詞に関与し、PVでこの歌詞が歌われる時にAimerの姿を映し出しています。

この歌は金星からの「金の気」が降り注ぎ始めることを歌った歌であって、PVの最後には「夜明け」を迎える東京が映し出されています。これは金星からの「金の気」が降り注ぎ始めることによって、「闇」の時代が終わり「光」の時代が始まることを「夜明け」という形で描いている形になります。「夜明け」の中の流れ星も描かれていますが、それは「金の気」が「夜明け」をもたらすことを比喩的に表現している形になります。後で説明しますが、Aimerのことを理解する上で「夜明け」は1つのキーワードとなっています。


・『悲しみはオーロラに』
 


歌詞:http://www.kasi-time.com/item-55962.html

この歌の中では「金の気」を「オーロラ」という形で表現しています。以下の歌詞はこの曲で度々歌われる歌詞です。

「世界中の孤独をつなぎあわせ 夜空を包むオーロラ」
「(今夜も輝いて)(祈りは果てしなく)どれくらいの願いをかなえるだろう」
「どれくらいの想いが まだ見えない明日へと届くだろう」

本物のオーロラは見える場所が非常に限られている意味で「世界中の孤独をつなぎあわせ」ることはできませんし、「願いをかなえる」力はありません。しかし、「金の気」は世界中に降り注ぎます。そして、「金の気」は「愛」の原因ですから「孤独をつなぎあわせ」ることもできますし、「愛」を強くすることで「願い」を強くし、「願いをかなえる」ことができる力を人間にもたらすことができます。そういう意味で、この歌で歌われている「オーロラ」とは「金の気」を意味しています。


・『TWINKLE TWINKLE LITTLE STAR(きらきら星)』
 

 

『キラキラ星』もAimerのデビューシングルのカップリング曲ですが、この曲自体は星の神々のことを歌った神々が創った歌です。以下に歌詞を書いておきたいと思います。

Twinkle, twinkle, little star,    きらめく、きらめく、小さな星よ
How I wonder what you are !   あなたは一体何者なの?
Up above the world so high,  世界の上空はるかかなた
Like a diamond in the sky.   空のダイアモンドのように
Twinkle, twinkle, little star,    きらめく、きらめく、小さな星よ
How I wonder what you are !   あなたは一体何者なの?

この歌詞は星に魂が宿っていることを示唆している歌詞であって、しかしながら人間は星の神々のことを忘れていることを歌っている歌詞でもあります。

これから人間が星の神々のことを思い出していく過程において、Aimerは非常に重要な役割を果たしてきた歌手です。だからこそ、Aimerのデビュー曲のカップリング曲として、『きらきら星』が収録されている形になります。


【Aimerの役割】

Aimerは金星からの「金の気」が降り注ぎ始めることによって生まれる「闇」の時代から「光」の時代への変化を金星神と共に歌で表現することを今までに強く行なってきました。これは『六等星の夜』でも強く描かれていることですし、Aimerのアルバムタイトルにもよく表れています。『Sleepless Nights(眠れない夜)』→『Midnight Sun(真夜中の太陽)』→『Dawn(夜明け)』→『daydream(白昼夢)』という形で夜(闇)から昼(光)という流れが描かれてきました。また、『Sleepless Nights』『Midnight Sun』『Dawn』のそれぞれのアルバムの中で『AM02:00』『AM03:00』『AM04:00』という曲があり、朝へ向かっていくことも歌われています。

時代の変化を歌うことがAimerの役割であることは、「Aimer」という名前にも表現されています。「Aimer」は日本語読みすると「合い間」です。そして、「合い間」とは「物事のとぎれる間の時間」という意味であって、「闇」の時代から「光」の時代への移り変わりの「合い間」をAimerは歌ってきました。

Aimerは「闇」の時代から「光」の時代へ移り変わっていく過程で、金星神と共に重要な歌を歌ってきました。どのような意味で重要かというと、二つの意味があり、一つはこの時代に日本人が理解すべき重要な「真実」を歌ってきたということであって、もう一つは金星神の「水の気持ち」を歌ってきたということです。この二点について説明をしていきます。
 

[Aimerがこの時代において重要な「真実」を歌ってきたことについて]

その時代ごとに、重要な人物はいます。Aimerはそういった重要な人間についての歌を多く残してきました。例えば、この時代においてとても重要な人間の一人に中島美嘉がいます。

 

中島美嘉の「美嘉」は「美」と「喜」を「加」えると書き、逆さに読むと「かみ(神)」ですが、金星神は古代から「愛」と「美」の神様として信仰されてきた神様です(「愛」は「喜」の原因です)。ですから、中島美嘉もAimerと同様に金星神と繋がっています。ただ、中島美嘉の人生の役割は金星神とだけ働くことではなく、神々と悪魔の両方と歌を歌うことによって、「光(神々)」と「闇(悪魔)」の両方を強く歌で表現することです。ですから、初期の中島美嘉は金星神と共に強く働いていたのに対して、徐々に悪魔と共に働くようになっていく過程が音源や映像として保存されています。また、悪魔と共に働くことによって悪魔の「闇の気」を抱え込み、耳の病も患っています。「病気」は「病の気」と書きますが、「病の気」とは悪魔の司る「闇の気」のことであって、「病気」は悪魔が引き起こすものです(ただ、Aimerが抱えた喉の病はAimerの声を変えるために神々が引き起こしています)。

我々人間には神々も悪魔も見えません。しかし、神々や悪魔と共に働く人間は見ることができます。ですから、神々と悪魔のことを理解するためには、神々または悪魔と共に働いた人間を通して学ぶしかありません。そして、中島美嘉は神々と悪魔の両方と強く働いてきた歌手なので、我々日本人は中島美嘉を通して神々と悪魔のこと、「光」と「闇」の関係性について多くを学ぶことができます。中島美嘉はそういったことをするために生まれてきた人間であって、だからこそ非常に重要な人間です。

中島美嘉はそういった意味で非常に重要な人間だからこそ、「闇」の時代から「光」の時代への変化を歌ってきたAimerの歌の中には、Aimer自身も意図せず中島美嘉のことを歌った歌が多くあります。例えば、Aimerの『StarRingChild』は中島美嘉に対して金星神が歌っている曲です。
 


歌詞:http://www.kasi-time.com/item-71899.html

この歌の中では、「ザラついた響きばかり選んで 耳鳴り止まず ノイズまた被せる 歪んだ膜はもう真意も拾えないまま」「本当と嘘を混ぜた強がりは 見失った声を隠せない」といった歌詞がありますが、これらの歌詞は耳の病を抱えたことによって歌が歌えなくなった中島美嘉のことを意味している歌詞です。また、「まだ小かった頃の手が描く全てに ノートからはみ出す未来がいた」という歌詞もありますが、ここでは「未来」がある人物のように表現されています。中島美嘉はドラマ『傷だらけのラブソング』がデビュー作であって、その中で「未来」という女の子の役を演じており、この「未来」という歌詞はそのことを意味しています。また、「無垢な愛の詞(うた)さえかき消してゆく」という歌詞もありますが、『StarRingChild』のちょうど一年前に中島美嘉が発表した歌が『愛詞(中島みゆき作詞作曲)』であって、『StarRingChild』の一年半後には中島美嘉は『花束』のカップリング曲で『愛の歌(前川真悟作詞作曲)』を発表しています。神々は『StarRingChild』が中島美嘉について歌った歌であることを人間に伝えるために、『愛詞(2013年5月)』「愛の詞(2014年5月)」『愛の歌(2015年10月)』という流れを作っている形になります(中島みゆきも前川真悟も神々と共に働く歌手です)。また、「手を振らない子供達が 終わらせなかった 好きに広がる宝地図」という歌詞もありますが、この歌詞は中島美嘉の『PASSION(2013年1月)』の中にある「宝探ししたって 大抵見つかりゃしない あれは希望持つこと 大事だと知るため」という歌詞と繋がっています。中島美嘉の『PASSION』は悪魔が作詞に関与していますが、その内容に対して神々は『StarRingChild』で反論している形になります。悪魔は中島美嘉を諦めさせることによって「闇」に堕とそうとしているのに対して、神々は中島美嘉を助けるために宝地図を作り続けている構造があります。

『StarRingChild』のPVの中でも中島美嘉やAimerのことは表現されています。金星のようなものを抱える子供達が三人描かれますが、これは金星神と繋がっている日本人三人のことを意味し、女の子二人は中島美嘉とAimerです。一人の女の子は現実の中島美嘉のようにぬいぐるみが好きであることが描かれていることから、この子が中島美嘉であることが理解できます。そして、その女の子がステージの上でパフォーマンスをしている様子を他の二人が見ている様子も描かれますが、これは、Aimerがデビューの前からテレビで中島美嘉を見ていたことを視覚的に表現した形になります。また、金星からの「金の気」が降り注ぎ始めることも描かれています。

 
 

どうしてこのような形で神々は中島美嘉のことを描いた楽曲をAimerが歌うことを導いてきたかというと、神々は中島美嘉自身に中島美嘉がどういう人間であるのかを伝えたいからです。悪魔は「気」を操ることによって人間の心を「支配」してくるので、今の中島美嘉は悪魔からかなり心を掴まれてしまっている状態であって、そういった状態の時に「真実」を理解することはとても難しいことです。だからこそ、どう考えてもそれが中島美嘉に関する「真実」であることを伝える歌を金星神と共に歌を歌うAimerが歌うことを目指してきました。

また、中島美嘉だけに「真実」を伝えるためではなく、日本人全体に「真実」を知ってもらうためにも、神々はこのような歌を作ってきました。中島美嘉は日本人が「光」と「闇」といった大事な事柄を思い出すために、自分自身が悪魔に襲われることも選んだ魂です。だからこそ、日本人に中島美嘉が本当にそういった役割を持った人間であることについて確信を持ってもらう必要があります。そういった確信を日本人が持たない限り、中島美嘉の歴史を通して大事なことを学ぼうという気持ちに日本人がなれないからです。日本人に中島美嘉の重要性を伝えるために、神々はAimerが中島美嘉に関する曲を多く歌うことを導いてきた形になります。

ですから、Aimerが持っている一つの役割は中島美嘉と日本人全体を繋ぐ橋渡し役です。Aimer自身そういったことのために生まれた歌を歌ってきたことは知りませんが、楽曲を分析すると明らかに中島美嘉のことを歌った歌は多くあります。

また、Aimerはこのような形で、中島美嘉のことだけに限らず、「光」の時代へ向かっていく上で非常に重要な事柄を多く歌ってきました。どういったことについて歌ってきたのかは、別で書いていきたいと思います。


[Aimerが金星神の「水の気持ち」を歌ってきたことについて]

「愛」の実践方法には複数の種類があり、大きく分けると「相手を助けたい・相手を元気にしたい・相手を守りたい・相手を支えたい」という4つの方向性があります。そして、「相手を助けたい」という方向性の「愛」の気持ちを「水の気持ち」と言います。Aimerはこの「水の気持ち」を今までに多く歌ってきました。

「水の気持ち」とは「愛」の実践のために「問題解決」を行う気持ちのことを意味します。そういった「問題解決」の態度が自分自身へ向けられる時には「向上心」となり、自分以外のものに向けられる時には「問題解決の心」となります。「水の気持ち」についてはここに詳しく書いています。

http://junashikari.com/emotion/水の気持ち/

「Aimer」という名前が持っているもう一つの意味が、この「水の気持ち」に関することです。「Aimer」の「aim」は英語で考えると「〜をねらう、〜を志す」という意味であって、「水の気持ち」の自分自身の「問題」を「解決」していく方向性は、言い換えるとより良い自分を「志す」スタンスと言えます。ですから、「aim」は「水の気持ち」と繋がりがある言葉です。Aimerはとても「向上心」が強い人間なので、「向上心を実践する人」の意味を込めて「Aim+er」=「〜を志す人」(「-er」とは「〜をする人」)という名前を持っています。

「気持ち」という言葉が「気」を「持つ」と書くように、「水の気持ち」は「水の気」を「持つ」ことによって生まれる気持ちです。Aimerは金星神との「縁」を通して、金星神の「水の気」を受け取ることによって「水の気持ち」を抱き、その「水の気持ち」を歌によって表現している歌手です。ですから、我々日本人はAimerの歌を通して金星神の持っている「水の気持ち」がどういったものなのかを感じ、学ぶことができます。

「水の気持ち」は「愛」のために「問題解決」を目指す方向性だからこそ、時に「厳しさ」も持ちます。相手の抱える問題を解決するためには、時に厳しいことを言うことも必要だからです。例えば、上で例に挙げた『StarRingChild』は「水の気持ち」から生まれる「厳しさ」を歌った歌です。金星神は中島美嘉のことを深く愛しているからこそ、中島美嘉を助けたいと思っています。だからこそ、『StarRingChild』は「厳しさ」を使って中島美嘉が抱えている「問題」を指摘し、「解決」のためのアドバイスを「まだ小かった頃の手が描く全てに ノートからはみ出す未来がいた」という形で歌っています。中島美嘉の昔のノートには金星神が関与しているので、中島美嘉自身の人生の役割が書かれています。だからこそ、中島美嘉が自分が昔書いたものを見れば自分自身について確信を持つことができます。そういった形で「問題解決」をするためのアドバイスです。

こういった形で、一曲一曲から我々日本人は金星神の「水の気持ち」がどういうものであるのかを学ぶことができます。Aimerは出来事の面での重要な「真実」を歌ってきただけではなく、「気持ち」に関する重要な「真実」を歌ってきたと理解して頂けると幸いです。

金星神の「水の気持ち」を表現している他の歌手は他にもいます。例えば、UAやSalyuは金星神の「水の気持ち」を歌ってきましたし、宇多田ヒカルも曲によっては金星神の「水の気持ち」を歌ってきました。しかし、Aimer・UA・Salyu・宇多田ヒカルは「水の気持ち」を抱いているにしても異なる個性を持った魂なので、表現は異なります。Salyuについてはここに書いています。

http://junashikari.com/singer/salyuについて/


【最後に】

これらの根拠から、Aimerが金星神と共に様々な重要な事柄を歌ってきたことについて御理解頂けると幸いです。Aimerが金星神と共に歌を生み、歌を歌ってきた根拠は、ここで取り上げなかった楽曲の中にも多くありますし、金星のような星を持っているAimerのこの写真のように、視覚的にAimerと金星の繋がりを示唆するようなものも多くあります。また、Aimerがどのような重要な事柄を歌ってきたのかということについては、別で書いていきます。

Aimerは非常に重要な歌手です。そういったことを人間に伝えるために神々も様々な出来事を起こしています。例えば、2016年は54年ぶりに11月の東京に雪が降った年であって、だからこそ、その頃にAimerが発表したシングル『茜さす/everlasting snow』のジャケットと同じ状態が東京で実現しました。天気は「天の気」と言うように、神々が司っているものなので、神々がAimerのジャケットと同じ状態を作るために11月の東京に雪を降らせたと言えます。

 

『everlasting snow』の歌詞の中には「It's just arrived 今夜 奇跡は 空から舞い降りて」「Everlasting snow 冬の奇跡 今年も街を白く染めて」「Everlasting snow 冬の奇跡 世界を今日も白く染めて」という歌詞もありますが、54年ぶりに降った11月の雪は神々が起こした「奇跡」そのものです。また、「everlasting」は「神」の意味も持っているので、「everlasting snow」で「神の雪」とも無理矢理解釈できます。こういった歌との一致も踏まえて神々は雪を降らせています。

金星神は自分自身がどういう神様であるのかを伝えるために、金星神と繋がっている歌手の歌に関与し続けてきました。例えば、今井美樹は金星神の「金の気持ち」=「愛」そのものを表現している歌手です。それに対して、Aimerは金星神の「水の気持ち」=「向上心・問題解決の心」を表現しています。

こういった全体像を捉えることは、Aimer自身にとっても重要なことです。Aimerは「向上心(水の気持ち)」が強いが故に、自分自身についてよく「問う」ことを行なっています。何故ならば、自分自身の「問題」を「解決」するためには、必ず「問い」を実践することが大事であって、「問い」を行なうことによって「問題」は浮き彫りにされていくからです。このような意味で「水の気持ち」が「問題解決」を目指す姿勢は「問い」につながっていきます。

しかし、こういった「問い」の態度は、問題ではないものまでも問題と考えることに繋がりやすい側面もあります。例えば、自分にはものすごく「元気」な歌い方はできないといったことが自分自身の問題のように思えてきたりしますが、それは本当は問題ではないものを問題と捉えてしまっていることを意味します。何故ならば、Aimerの人生の役割は金星神の「水の気持ち」を表現することであって、金星神の「元気」の側面を表現することを人生の役割として持っている歌手は他にいるからです(例えば、原田郁子など)。

そして、こういう風にして、本当は問題ではないものまでも問題と考えるようになると、「自己嫌悪」に堕ちやすくなります。何故ならば、自分を認められなくなっていくからです。しかし、「自己嫌悪」と「水の気持ち」は相反するものなので、Aimerがちょっとでも「自己嫌悪」を持つとAimerの歌はその分悪くなっていきます。「自己嫌悪」を抱いていると「嫌悪の気」が身体に溜まり、金星神からの「水の気」と共に働くことを「嫌悪の気」が邪魔するからです。

これは「不安」なども同様であって、「不安」を抱くと「不安の気」を身体に抱え込むが故に金星神と働きにくくなり歌は悪くなっていきます。「水の気持ち」は「問題解決」を目指すからこそ、色々な問題のことを考え、そういった態度が「不安」にも繋がりやすいものです。

歌は身体を使って行うものだからこそ、身体にどういう「気」が宿っているかによって、歌は変化します。「気」を「持つ」ことによって「気持ち」は生まれるので、「嫌悪」や「不安」といった「闇の気持ち」を抱くと「闇の気」が身体に抱え込まれていくことになり、その「闇の気」が歌の邪魔をします。逆に、「水の気持ち」を強く抱き続けることができれば「水の気」という「光の気」が身体に満ちるので、金星神がAimerの歌を導きやすくなり、歌はとても良いものになります。「光の気持ち」と「闇の気持ち」の一覧はここに書いています。

http://junashikari.com/emotion/気持ち一覧/

歌はこのような意味で「気」で行うものです。「光の気持ち」は「愛」を基本にする「相手のため」の「気持ち」であるのに対して、「闇の気持ち」は「欲望・嫌悪」を基本とする「自分のため」の「気持ち」です。だからこそ、素晴らしい歌を神々と共に歌うためには「自分のため」ではなく「相手のため」に歌い続ける必要がありますし、歌を歌っていない時間にもどれだけ「相手のため」を思い、「闇の気持ち」に堕ちないようにするのかが重要です。Aimerは「相手のため」に歌い続けてきたからこそ、素晴らしい歌を多く残し続けることができてきました。

Aimerは強い「水の気持ち」を持った人間だからこそ、「水の気持ち」が故に陥りやすい罠といつも闘っています。また、Aimerの場合は喉の状態が悪くなる「不安」とも闘っているので、Aimerが行なっている心の闘いはとても大変なものです。我々人間には他人の心は見えないので、Aimerがそういった心の闘いを行なっていることは多くの人には分かりません。また、Aimer程に「水の気持ち」が強い人はとても少ないですから、Aimerの心を理解することは他人にはとても難しいことです。気持ちに関することは、その気持ちを経験したことがなければ理解ができないからです。けれども、こういった文章を通して、Aimerがどんな闘いの中でずっと金星神と共に働き、とても価値のある作品を残してきたことは知って頂けると幸いです。

この世界は心の成り立ちについての「真実」を見失っているが故に、「愛」の価値と「欲望」の危険性を忘れ、そのことによって、多くの人が「欲望(自分のため)」を選び、「愛(相手のため)」を選ばなくなってしまっています。だからこそ、お互いの首を絞め合う社会が生まれ、皆が知らず知らずの内にお互いの「幸せ」を奪い合っています。

そんな中で「真実」を思い出すための道具をAimerは金星神と共に作り続けてきました。Aimerが残してきた多くの作品は神々と共に残してきた「奇跡」の数々です。仮に「奇跡」でなければ、絶対に『六等星の夜』のような歌は生まれるわけはありませんから、我々日本人はAimerが金星神と共に働いてきたことについて納得することができ、Aimerの歌を通して大事な「真実」を学ぼうと思えます。

例えば、『六等星の夜』があるからこそ、金星からの「金の気」が降り注ぎ始めていることについて、日本人はより確信を持ちやすくなります。実際、神々と共に歌を歌う多くの歌手はその歌手も意図せず金星からの「金の気」が降り注ぎ始めることを歌った歌を作ってきました。こういった現象を通して、我々は金星からの「金の気」について確信を持ちやすくなります。『六等星の夜』だけに限らず、Aimerはこういったありとあらゆる「真実」を表現し続けてきました。

この世界は一人一人の人間の「意志」によって成り立っています。ですから、どんなに金星からの「金の気」が降り注ごうとも人間が「愛」を実践する「意志」が無ければ「夜明け」は始まりません。そして、「愛」を実践する「意志」を持つことを促すのが、「愛」の価値に関する「真実」や世界の成り立ちに関する「真実」を知ることです。Aimerは金星神と共にそういった「真実」を歌によって伝えてきた歌手であって、だからこそ、Aimerの歌を通して我々日本人は「愛」を実践する「意志」を強くすることができます。

「真実」を「真実」だと理解してもらうためには根拠が必要です。例えば、ある人間が「真実」を話していたとしても、それが「真実」である根拠が無い限り、人は簡単に「真実」に対して「疑い」を抱きます。そうすると、「真実」は伝わりません。Aimerは金星神と共に、「真実」の根拠を残してきたと理解して頂けると幸いです。これはAimerだけに限らず、神々と共に歌を歌う歌手が皆行なっていることです。

神々は人間を支えるために、人間に伝えたい「真実」があります。そして、その「真実」を表現することができる様々な表現者を地上へ送り、その人間達と様々な表現を通して「真実」を描いてきました。そういった様々な「真実」はパズルのピースのような意味を持っています。神々と共に働く表現者がどのような神々のパズルのピースを残してきたのかを分析することによって、パズルの全体像が解けるように神々はパズルのピースを作り続けてきました。

このパズルのピースの一つ一つが「真実」の根拠の意味を持っています。誰も「真実」の全体像を表現するために、それぞれの表現をしてきたわけではありません。それぞれの表現者はそれぞれの人生の中で、自分が感じてきたことを表現しているだけだからです。しかし、パズルを解いていくと必ず「真実」の全体像が見えてきます。だからこそ、これは神々が起こしてきた「奇跡」と考えることができ、人はそれが「真実」であると納得することができます。

そういった意味で最も重要なパズルのピースを作ってきたのが宮崎駿です。宮崎駿についてはこちらに詳しく書いています。

http://junashikari.com/hayaomiyazaki/宮崎駿について/

 

Aimerは宮崎駿も残してこなかったパズルのピースを作っていますし、宮崎駿とAimerはお互いに同じことを表現している部分もあります。例えば、『崖の上のポニョ』のグランマンマーレは金星神の姿そのものです。どうしてそのように言えるかというと、アプロディーテ(金星神)という名前は「泡の女神」と解釈できる古代ギリシャ語であって、『崖の上のポニョ』のグランマンマーレは「私達は泡から生まれたのよ」と言うシーンがあるからです。

『崖の上のポニョ』の中でポニョはグランマンマーレのことを「お母さん、だーいすき!!とーっても怖いよー。」と言います。この「とーっても怖いよー。」の部分を少し表現しているのが、Aimerの『StarRingChild』でもあります。金星神は「愛」の女神だからこそ、とてつもなく大きな「愛」を持っています。そういった「愛」が「問題解決」を目指すようになると、とてつもなく強い「水の気持ち」になります。そういった「水の気持ち」は相手に対する「厳しさ」にもなりますが、その「厳しさ」のことを『StarRingChild』は表しているからです。

 

これは『風の谷のナウシカ』のナウシカの姿とも繋がっています。ナウシカは普段は強い「金の気持ち」で「愛」に満ちていますが、その「愛」が「問題解決」を目指すようになると、人に対して銃を向けることができるほどの「厳しさ」に繋がります。

このような意味で、神々が人間に伝えたい「真実」について、宮崎駿は「光」の部分の全体像を表現してくれています。ですから、神々と共に「光」を歌う歌手の歌は宮崎駿作品のどこかと重なります。

こういう風にして、我々日本人は心の成り立ちに関する「真実」を神々が人間と共に残してきた作品から学ぶべきであって、アニメーションや歌だからこそ学ぶことができるものです。こういったことは絶対に文章だけから学ぶことができるものではありません。ただ、説明が無ければ学びは漠然としたものになるので、このホームページでは言葉を使って、「真実」を言語化することをずっと行なっていますし、これからも行なっていきます。

このことを分かりやすく言い換えると、既に「聖典」=「神々の教え」はあり、それが神々と共に働いてきた人間が残してきたアニメーションや映画や歌などです。「聖典」と言うと大げさに聞こえるかもしれませんが、「聖典」とは心の成り立ちを理解するための教科書だと理解して頂ければ、と思います。しかし、そういった教科書はまだ理解されていない現状があります。だからこそ、それを理解してもらうための説明が必要であって、このホームページはその教科書を理解するための参考書に相当します。

Aimerがいなければ人間に伝わらない「真実」をAimerは表現してきました。ですから、それはとても大きな価値を持ったものであって、人間が「愛」を実践することを促す「真実」です。「夜明け」の時代が来るにあたって、人間が「愛」を実践するための「意志」を生むためにAimerが金星神と共に歌を歌ってきたことを知って頂けると幸いです。そして、Aimerの歌から「真実」を学んで頂けると幸いです。そのことを通して、この世界をもっといい場所にしていくことができます。

Aimerは非常に重要な歌を多く歌ってきました。ですから、このホームページではAimerの重要な楽曲について、詳しい解説を書いていきます。