ここでは、文章を読むことと論理の関係性を書いていきます。ほとんど国語の勉強のように読んで頂けると幸いです。

人は学校教育などで誰しも文字の読み方は学びますが、文章の読み方を学ぶことはほとんどありません。学んだことがあったとしても、読み方を意識化していなければ使うことはできません。ここでは、文章の読み方の基本を説明します。このページを通して、文章の読み方を意識化して頂き、文章を読む時に実践して頂けると幸いです。


【論理構造を考えながら読む(二項対立)】

文章を適切に読む上で非常に重要なことは、その文章の論理構造を意識しながら読むということです。それを行なわなければ、その文章で使われている言葉の位置づけを適切に捉えることができないからです。例えば、以下のような文章があったとします。

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「愛」は「相手のために何かをしたいと思う気持ち」であって、「欲望」は「自分のために何かをしたいと思う気持ち」です。そして、人が「愛」を抱く時は相手が「幸せ」な時に「喜び」を感じ、人が「欲望」を抱く時は自分が「得」をする時に「快楽」を感じます。そして、「喜び」は「幸せ」をもたらし、「快楽」は「飽き」をもたらす。

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こういった文章は二項対立の構造を持っています。二項対立の文章とは、対立する2つの事柄を並列的に並べて書く文章の書き方です。このホームページでいつも行なっている書き方でもあります。この文章をなんとなく読んでしまうと理解が浅く、二項対立の構造を明確に意識すると多くを学ぶことができます。この文章を二項対立を意識しながら書くと以下のように色分けできます。

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「愛」は「相手のために何かをしたいと思う気持ち」であって、「欲望」は「自分のために何かをしたいと思う気持ち」です。そして、「愛」を抱く相手が「幸せ」な時に我々は「喜び」を感じ「欲望」を抱く自分が「得」をする時に我々は「快楽」を感じる。そして、「喜び」は「幸せ」をもたらし「快楽」は「飽き」をもたらす

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ちゃんと文章を読むことができる人はこういった色分けを頭の中で無意識に行なっています。そして、この対立を明確に意識化しなければ、対立する2つのものの共通点と相違点を浮き彫りにすることができません。共通点を黒で、相違点を赤と青で分かりやすくかくと以下のようになります。

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」は「相手のために何かをしたいと思う気持ち」であって、「欲望」は「自分のために何かをしたいと思う気持ち」です。そして、人が「」を抱く時は相手が「幸せ」な時に「喜び」を感じ、人が「欲望」を抱く時は自分が「」をする時に「快楽」を感じます。そして、「喜び」は「幸せ」をもたらし、「快楽」は「飽き」をもたらす。

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このように書くだけで色々な事が見えてきますし、考えるきっかけ=文章をより深く理解するきっかけを獲得する事に繋がります。何故ならば、単語ごとの対立軸が見えてくるからです。以下に単語ごとの対立軸を整理して書きます。

愛⇔欲望
相手のため⇔自分のため
相手が「幸せ」⇔自分が「得」(求めるもの)
喜び⇔快楽
幸せ⇔飽き

このような単語ごとの対立軸を意識化することで、それぞれの言葉に対する理解を深めることに繋がります。我々が何かを理解したい時、それと対立する何かとの関係性を捉えることは理解を深める手伝いをしてくれます。

例えば、「不幸せ」な状態を経験するからこそ、我々は「幸せ」になった時に「幸せ」の価値が分かります。そして、「幸せ」の価値を分かるということは、より「幸せ」のことを知っている状態と言えます。つまり「不幸せ」があるからこそ、その対立軸にある「幸せ」のことを知ることができます。もしこの世界に「幸せ」しか無ければ、「幸せ」の価値は理解できないからこそ、この世界は「不幸せ」も経験できるように設計されています。

上のように単語ごとに対立関係を整理しながら読むことは、その文章で書かれている言葉の意味を理解する上で非常に大事なプロセスです。なんとなく読んでいるとこのような単語単位の対立関係を意識する事ができないので、理解が非常に浅くなります。本当に文章を深く読むことができている人はこのようなことを行っていますし、本当に文章を深く読みたいと思う人はこのように読むことが有効です。

また、文章で使われているそれぞれの言葉のイメージをすることによって文章は深く読むことができます。例えば、自分が「喜び」を感じた時と「快楽」を感じた時を思い出し、その2つの経験を比較することで「喜び⇔快楽」という対立はより深く見えてきます。もし、こういった対立軸が無ければ「喜び」と言われても、「快楽」のことをイメージしてしまうことはあると思います。そして、こういった対立をしっかりと意識しながら読まない場合も同様の現象が発生します。こういった形で、言葉に対する適切なイメージを抱く上でも対立軸を踏まえて文章を読むことは非常に重要になります。

単語の意味をこのような形でより深く理解することは、その文章全体の意味を深く理解することに繋がります。何故ならば、文章を構成している大きな一つの要素が単語だからです。また、我々人間は単語の意味を同じように皆捉えているのかというと、必ずしもそうではありません。特に「喜び」「幸せ」「快楽」といった言葉に関しては、非常に曖昧に捉えています。書き手がどういう意味でそれらの言葉を使っているのかを理解するためにも、その書き手が作った文章の構造を理解することは必ず必要になってきます。


【論理構造を考えながら読む(=、→、←、⇔、+)】

文章とはほとんど単語と論理によって成り立っています。そのことを説明するために、以下の例文の解説を行なってみたいと思います。

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「愛」とは「相手のため」という気持ちのことです。なぜならば、「愛」とは「相手のことを大事だと想う気持ち」であって、「相手のことを大事だと想う気持ち」から「相手のため」という気持ちは生まれるからです。では、どうして「相手のことを大事だと想う気持ち」から「相手のため」という気持ちは生まれるかというと、「相手のことを大事だと想う気持ち」は「相手に幸せになってほしい」という気持ちに繋がるからです。

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これを下のようなA,B,C,Dで言い換えるとします。

A:「愛」
B:「相手のため」という気持ち
C:「相手のことを大事だと想う気持ち」
D:「相手に幸せになってほしい」

すると、以下のように文章になります。

「AとはBのことです。なぜならば、AとはCであって、CとはBだからです。では、どうしてBとはCであるかというと、BとはDだからです。」

これをもっと分かりやすく書くと以下のようになります。

A=B ∵ A=C and C=B
B=C ∵ B=D (C=Dは前提)

※「∵」は「なぜならば」という意味を表す記号です。

何かを説明している文章とは、このような形で、言い換え「=」や因果関係「←」によって何かを説明する行為です。この、言い換え「=」や因果関係「←」が、文章における論理です。このように書くと、ほとんど数学のように見えますが、何かを説明している文章は本質的に数学と何も変わりません。何故ならば、数学とは論理に基づくものだからです。

そして、こういった論理を意識しない限り、文章を適切に読むことはできません。何故ならば、書き手があることを説明するために用意した論理を適切に捉えられないからです。もし、その文章が間違った説明を書いている場合には、論理を意識しない限り、間違いに気付くこともできません。

例えば、上のように整理して考えないと暗黙の了解として「C=D」が前提となっていることに気付くことができません。間違った文章はその文章に書いていない前提条件の部分が間違っていることなどよくあります。このことについては、このホームページの芥川龍之介の文章の解説を読んで頂けるとよく分かって頂けると思います(後日書き足します)。

論理構造は「しかし」「そして」といった言葉に示されています。例を書くと以下のようになります。

AとはBである:A=B(AとBは同じ)
A何故ならばB、AというのはB:A←B(BはAの原因)
AよってB、A故にB、AだからB:A→B(AはBの原因)
AしかしB:A⇔B(AとBは対立)
AそしてB、AまたB:A+B(Aの話に付け加えてBの話)

上の例文は「A=Bであり、B=Cである。故にA=Cである」という論理法則(三段論法)を使った文章です。こういった物事の説明方法・証明方法があるということは意識化しておくと、同じ論理によって書かれている様々な文章が同じように見えるようになります。

論理構造を意識しながら文章を読む癖が付くと、ほとんどの説明文章は同じように見えてきます。何故ならば、「=」「←」「→」「⇔」「+」といった要素によってしか説明文章は成り立っていないからです。このように見えてくると、文章を適切に読むことができるようになりますし、どんなに難しく見える文章でも難しく感じることがなくなります。

論理を意識しながら読む上で非常に有効な方法は、文章に「→」「←」「⇔」「=」「+」という記号を文章上に書いてしまうことです。また、2項対立の文章などは、蛍光ペンなどで2色に色分けをしてしまうと構造がよく見えるようになってきます。書くと、構造が非常に見えやすくなります。

パソコンで読む場合は予めコピー&ペーストをワードなどで行い、それに書き込み・色分けをすることも有効だと思います。面倒だと思いますが、このように文章を読んでこなかった方は訓練のためにも行なって頂けると、今後の人生のためにもとてもいいと思います。

書き込みを使わない場合は、自分の頭の中でこういった論理構造を読み解くことを行なうことになります。そして、文章を読む過程で捉えていった構造を覚えたり、吟味しながら文章を読まなければなりません。意識して頂けると幸いです。

このような読み方をしない限り、絶対に「真実」や「間違い(嘘)」を見抜くことはできません。例えば、最初に書いた例文を変更して、以下のような文章があったとします。

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「愛」は「相手のために何かをしたいと思う気持ち」であって、「欲望」は「自分のために何かをしたいと思う気持ち」です。そして、人が「愛」を抱く時は相手が「得」をする時に「喜び」を感じ、人が「欲望」を抱く時は自分が「得」をする時に「快楽」を感じます。そして、「喜び」は「幸せ」をもたらし、「快楽」は「飽き」をもたらす。

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この文章では「人が『愛』を抱く時は相手が『幸せ』な時に」という部分を「人が『愛』を抱く時は相手が『得』をする時に」という書き換えを行なっています。なんとなく読んでいると、この文章は正しいことのように思えてしまう方もいると思います。しかし、この文章を信じると人は「闇」を増やすことを始める危険な文章です。

この文章はこの文章の中で矛盾を犯しています。「人が『愛』を抱く時は相手が『得』をする時に『喜び』を感じ」ということは「相手のために何かをしたいと思う気持ち」を持っているにも関わらず、相手を「欲望」に陥れているからです。本当に相手のために何かをしたいのであれば、相手に「喜び」をもたらす必要があります。何故ならば、「幸せ」は「喜び」の方にあるからです。この文章では「幸せ」は「喜び」の方にあるということを書いているにも関わらず、このようなミスをしています。色分けすると、非常に分かりやすく間違いを発見できます。

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」は「相手のために何かをしたいと思う気持ち」であって、「欲望」は「自分のために何かをしたいと思う気持ち」です。そして、人が「」を抱く時は相手が「」をする時に「喜び」を感じ、人が「欲望」を抱く時は自分が「」をする時に「快楽」を感じます。そして、「喜び」は「幸せ」をもたらし、「快楽」は「飽き」をもたらす。

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また、「得」をだと判別するためには、「人が『欲望』を抱く時は自分が『得』をする時に『快楽』を感じます」という言葉の意味をよく理解していなければなりません。そうでなければ、「得」がただ「愛」にとっても「欲望」にとっても共通のもののように見えてしまうからです。一行一行の文の意味を深く理解することが、文章の構造を捉える上で前提となっていることについても理解して頂けると幸いです。

この例文のように論理的に矛盾している文章は多くあります。しかし、文章の論理構造を捉えて読まなければ、なんとなくの感覚でこの文章を正しいものとして捉えてしまいます。そういった場合は、書き手もそういった論理構造を捉えること無しに文章を書いているので、書き手も気付かない内に間違った文章を書いてしまっている形です。

これは例文の内容について余談ですが、相手に対する「愛」が故に、相手のために何でもしたいと思う人は相手に「得」=「快楽」を与え続けるということを行なってしまいます。すると、どんどんその相手は「闇」に堕ちていくことになります。例えば、彼氏のことを愛している彼女が、その彼氏のためにありとあらゆる性行為をしてあげることなどはそれに該当します。このようなことをすると、彼氏の方はどんどん「欲望」に堕ちていくので、本当に「相手のため」を思うのであれば、彼女はこのようなことはするべきではありません。特に、性行為は強い「快楽」を人間にもたらし、だからこそ魂に強い影響を与えるものであって、このようなケースは本当に危険です。このように、現代日本では「愛」の強い人であっても「光」と「闇」の関係性を知らないが故に、「闇」を増やしているケースは本当によくあります。


【修飾語を省略する】

論理的に読むということを行なう上で有効な方法は文章の骨格をよく捉えながら読むことです。一つの文章には修飾語(飾り言葉)が多く含まれていますが、そういった修飾語は単語の説明をしているだけで、文章の骨格とは無関係なので、論理構造を捉える上では無視した方が文章の骨格を見やすくなります。例えば、上に取り上げた文章に多くの修飾語を付け足してみたいと思います。

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「愛」とは「自分のため」ではなく「相手のため」という気持ちのことです。なぜならば、「愛」とは相手とのいい思い出を思い出すだけでついつい笑顔になってしまうような「相手のことを大事だと想う気持ち」であって、「相手のことを大事だと想う気持ち」から「相手のため」という気持ちは生まれるからです。では、どうして「相手のことを大事だと想う気持ち」から「相手のため」という気持ちは生まれるかというと、「相手のことを大事だと想う気持ち」は相手が幸せになっている未来を想像するとついつい笑顔になってしまうような「相手に幸せになってほしい」という気持ちに繋がるからです。

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この文章は元々書いた例文よりも骨格が捉えにくいです。何故ならば、修飾語が入ったことによって文章が長くなっているからです。文章が長くなると、骨格が見えづらくなるということはどうしても起きます(ただ、修飾語が入ったことによって感覚的な分かりやすさは増しています)。だからこそ、一度読んだ後に修飾語を頭の中などで()でくくるなどの工夫が必要になってきます。修飾語だけをオレンジで書き、()でくくります。

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「愛」とは(「自分のため」ではなく)「相手のため」という気持ちのことです。なぜならば、「愛」とは(相手とのいい思い出を思い出すだけでついつい笑顔になってしまうような)「相手のことを大事だと想う気持ち」であって、「相手のことを大事だと想う気持ち」から「相手のため」という気持ちは生まれるからです。では、どうして「相手のことを大事だと想う気持ち」から「相手のため」という気持ちは生まれるかというと、「相手のことを大事だと想う気持ち」は(相手が幸せになっている未来を想像するとついつい笑顔になってしまうような)「相手に幸せになってほしい」という気持ちに繋がるからです。

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こういった文章があったとしたら、一度全体を読んだ後に、このオレンジの部分を頭の中で無視するような形で文章の骨格を捉え、先程説明したような「A=B ∵ A=C and C=B」「B=C ∵ B=D (C=Dは前提)」という構造を見抜く必要があります。このような読み方をしない限り、文章の論理構造を見抜くことができず、間違った論理構造を鵜呑みにしてしまうことに繋がる可能性があるからです。こういった点も意識してみて頂けると幸いです。


以上が文章の基本的な読み方について、論理の観点からの説明になります。より発展的なことについても、いつか書かせて下さい。ただ、ここで書いていることが文章を論理的に読む上で最重要な情報になります。

文章を読む時はどういった気持ちを抱くかということも非常に重要なので、そのことについても文章を書きます。そちらも読んで頂き、文章を読む行為について理解を深めて頂けると幸いです。

説明文章を読む上で重要なことは大きく分けて2つあります。1つはこのページで書いたような、具体的な文章の読み方の方法を知り、それを実践すること。もう1つは、そういったことを実践することができる状態に自分の気持ちを持っていくことです。例えば「甘さ」といった気持ちを抱いていると、このページで書いているような読み方は絶対にできません。そういった「甘さ」に象徴されるように、文章を読む行為は感情と密接な関係にあります。だからこそ、文章を読む行為は気合いの勝負とも言えます。文章を読む行為は、本当はスポーツのように気合いを入れるべきものなのですが、そういったことを学校教育では学ばず、そのことが日本人にいい加減な文章の読み方を促しています。文章を読む時のそういった感情のことについて『文章を読むことと気持ちについて』のページに書いています。