私が生まれた時から現在までの人生の流れを『私の人生の流れ』というタイトルで書かせて下さい。何ページかに分けて書きます。

どうしてこのことを書く必要があるかというと、このホームページには、「気」に関する様々な知識だけではなく、私自身のことをできるだけ説明することもとても重要だからです。また、どのようにして「気」の知識を学んでいったのかということを説明することがとても大事だとも思っています。短いプロフィールはこちらに書いているので、このプロフィールを読んで頂いた後にこのページの文章を読んで頂けると幸いです。

http://junashikari.com/profile/profile/

以下、『私の人生の流れ』のそれぞれの文章を読んで頂くための前提となることを書いていきます。

『私の人生の流れ』のそれぞれの文章では、私自身がどのようにして「光」のシャーマンになったのか、私が生まれた時から現在に至るまで、どういった人生を過ごしてきたのかということを書いていきます。ただ、そのことを今の私がただ説明するのではなくて、自分の過去に自分が作った詩や日記や音楽や映像を取り上げながら、書いていきたいと思います。

どうして、それらのものを取り上げる必要があるかというと、それらのものに神々は強い関与をしてきたからです。神々としては、後々私が作ってきたものを私や他の方が見た時に、元々私が「光」のシャーマンになるために生まれてきたということが分かるように、昔の私の様々なものに関与し続けてきました。そういったものをここで根拠として取り上げることで、私が本当に「光」のシャーマンになるために生まれてきたということに関して、確信を持って頂けると思いますし、そう思って頂けると幸いです。

シャーマンとして生きていると、本当に色々な人から疑われてしまいます。そういった可能性を極力減らすために、神々は膨大な根拠を私の人生に散りばめた形になります。また、私自身、自分自身の道がこの道で正しいのか考えることは今までに何度もありました。しかし、神々が様々な根拠を散りばめてくれたことでとても助けられています。

こういったことは私に限定した話ではありません。昔自分が起こした出来事や自分が作ったものが、今の自分へのメッセージとなるといったことを経験したことがある方もいるかもしれません。というか、多くの人はそういったものを持っているけれども、気付いていないことがほとんどです。ですから、『私の人生の流れ』のそれぞれの文章を読んで頂くことは、御自身の過去に神々が込めてきたメッセージを読み取る方法を学ぶ上で参考にもなると思います。

私は自分の恥ずかしい部分も含めて書いていくので、皆さんの御自身の人生に置き換えて考えて頂けると幸いです。そうすると、御自身の人生について何らかの発見を得られることもあると思います。特に、我々の人生に神々と悪魔がどのように関与しているのかということはよく分かるように書いていきます。そういう風にこのページを活用して頂けると、とても嬉しいです。

どうして、神々は我々が何かを作る時にそれに関与ができるかというと、我々が何かを作る時に神々は「気」で関与ができるからです。例えば、文章を書く時はいつも自分の中に浮かんでくる言葉を文章にしていきますが、我々の心に浮かんでくる言葉に神々はかなり「気」で関与しています。

我々は自分自身の意志で「アイデア」を生むことはできません。「アイデア」とは自分の中に浮かんでくるものであって、必ずしも自分の意志で作っているものではありません。そして、「アイデア」には、発想や言葉や音楽など様々なものがあります。「アイデア」が自分の中にどのように起こっているのかを理解する上で非常に参考になるものが「気付き」という言葉の構造です。

「気付き」という現象は自分の中に、何か新しい「アイデア」が生まれる時のことを意味します。「あ、そうか!そういうことだったのか!」「これはこういうことかもしれない」というような形で、自分の中に新しい発想が浮かぶことが「気付き」の一つの意味です。

そして、「気付き」という言葉は「気」が「付く」と書きます。これは「気付き」という現象が「気」が「くっ付く」ことによって起こっていることを説明している言葉です。昔の人間は今の人間よりも「気」のことを理解していたので、言葉を創る段階で、その言葉の意味が分かるように言葉を創ってくれています。これは本当にありがたいことであって、我々がもっと活かすべき点でもあります。

「気」には「情報」=「アイデア」を乗せることができます。そして、そういった「情報(アイデア)」が乗った「気」が我々に「付く」時に、「気付き」という現象が我々に起こります。例えば、家を出た後に、ふとした瞬間に忘れ物に「気付く」ということを経験したことがある方はいると思いますが、こういった現象は自分が自分の意志で起こせるものではありません。では、どのようにこのような現象が発生しているかというと、自分以外の魂が「忘れ物をしているよ」という「アイデア」を「気」に乗せて我々に送っているからこそ起こります。

では、誰がそういった「情報」=「アイデア」の乗った「気」を我々に与えているのかというと、神々のような霊的な存在がそういったことを行なっています。逆に言うと、神々がいつも我々に行なっている関与の一つが「気付き」を与えるという方法であって、神々は我々の日常といつも密接な関係にある存在です。何故ならば、我々の日常はいつも「気付き」に満ちているからです。

そういった意味で、文章を書く行為は神々との共同作業です。自分の中に浮かんでくる言葉とは、「気」で与えられる「情報(アイデア)」の一つですが、だからこそ、神々は我々の心に言葉を教えることができ、我々人間は神々から教えられた言葉をそこで書いているからです。また、非常に真剣にやればやるほど「気合い」が入るので、強く神々や悪魔と共に働くことになります。

「気合い」とは「気」が「合わさる」と書きますが、これは我々人間が他の魂から「気」をもらいながら生きていることを説明している言葉です。他の魂から「気」をもらうことによって、我々人間は「気合い」を入れています。そして、そこでもらう「気」の量が多ければ多い程、「気合い」が入ります。

そして、「気分」「気持ち」とは「気」を「分つ」、「気」を「持つ」と書く事に表れているように、感情の原因は「気」です。我々は何らかの「気」を「持つ」ことによって「気持ち」を抱いています。だからこそ、「気合い」を入れると、他の霊的存在から「気」を強くもらい、「気持ち」が強くなります。表現活動をする時も、スポーツをする時も、我々はこのような構造で「気合い」を入れ、「気持ち」を強くしています。そして、その「気持ち」を使って様々なことを行なっています。

我々はいつも「気持ち」によって物事を行なっています。逆に「気持ち」が小さいとモチベーションが上がらず、物事を進めるのは困難です。そして、「気合い」という言葉の構造に書かれているように、我々が「気合い」を入れる時、「気」を神々からもらうことで「気持ち」を作り、様々なことを行なっています。「気」をもらうと言うと分かりづらいと思いますが、そういった瞬間とは、一般的に言うと、「何かスイッチが入る瞬間」と考えて頂けると幸いです。そういった瞬間は我々の日常に非常に多いと思います。そういう意味で、本当に我々人間にとって、神々は身近な存在です。

私は昔から日記・音楽・映像を創る時にはかなり「気合い」を入れていました。そういった「気合い」によって、神々は私にかなり「気」を送ることができ、私が使う言葉や音や映像にかなり多くの「アイデア(情報)」をもたらしてきました。だからこそ、私が創った日記・音楽・映像には、神々からのメッセージが多く、それらのメッセージをこのページでは解説していきたいと思います。当時の私はこのような構造は全く知らず、自分自身が創っていると思っていたのですが、実際はかなりが神々の導きによって生まれています。これは特別なことではなくて、皆さんの日常でも起こっていることになります。

また、「気持ち」という言葉が「気を持つ」と書いていることから明らかなように、神々は我々に「気」を与えることで、「アイデア」だけではなくて、我々の「気持ち」に関与できます。では、神々が我々人間にメッセージを届けるためにどのように「気持ち」に関与するかというと、何を好きになるのかという部分にはかなり関与します。この文章の中では私が最初に買ったCDなどについても解説しますが、神々は我々人間に大事なメッセージを届けるために、よく最初に買うCDに関与します。

歌にはメッセージを込めることができますが、神々はその人間に必要なメッセージを届ける為に「このCDを買いたい」という「気持ち」に関与し、それを人間が買うことを導きます。そして、最初に買ったCDのことを覚えさせます。そのことで、将来的に我々がその曲からメッセージをもらうことができるという構造を用意してくれています。

また、これはCDだけではなくて、絵本や本や映画といったメッセージを込めやすいものに関してはこういった関与をかなり行ないます。私の場合は、初めに買ったCDだけではなく、カラオケで絶対に歌っていた一曲や、初めてライブでコントラバスを弾いた曲や、初めてライブでボーカルを務めた曲などの選曲に神々はかなり関与しています。だからこそ、それらの曲には神々からのメッセージが込められています。

あと、これはこのページではあまり書きませんが、神々は我々にメッセージを届けるために記憶に関与します。記憶とは脳の一つ一つの細胞に「情報」を乗せた「気」を宿すことによって成立しているものです。そして、我々人間は記憶の保存や削除を自分自身の意志では行なうことはできず、基本的に神々が行なっています。そして、神々は我々人間にとって重要な記憶を残し、不必要な記憶を消します。ですから、我々に残っている記憶とは神々からの我々人間に対するメッセージです。だからこそ、大事なことを我々人間が知った時に、自分に何故それらの記憶が残されているのかということに気付きます。そうすると、中島美嘉の『WILL』で歌われているように「記憶が星座のように 一つになって教える」という現象が起こります(中島美嘉の『WILL』は、神々が記憶を一つのテーマにして創った非常に重要な歌です)。

私の持っている記憶は私にしか分からないので、このページで私が持っている記憶を根拠に私がシャーマンになるために生まれてきたという話をすることはできません。ですから、このページでは記憶の話はほとんど書かないので、記憶について理解されたい方は以下の文章を読んで頂けると幸いです。記憶の成り立ちは人間が理解すべきとても重要なものであって、記憶の成り立ちが分かると神々が自分に残してきたメッセージを多く受け取ることに繋がります。

http://junashikari.com/body/記憶について/
http://junashikari.com/中島美嘉について/『will』について/

私の今までの人生全体は生まれた時から自分の人生の役割を実践することができるようにするための試練ばかりでした。全ての人間は必ず自分の人生の役割を持っています。私の人生の役割は「光」のシャーマンですが、「光」のシャーマンにも様々な種類があります。私の人生の役割は、説明担当の「光」のシャーマンです。私は「気」の成り立ちを伝えるために生まれてきています。

神々は私に「気」のことを教えるために、ありとあらゆる試練を課してきました。「気」とは「気持ち」の原因なので、「気」のことを理解することは、実際に様々な「気持ち」を経験することを意味しています。「気」のことを学ぶことは単純な勉強とは異なり、必ず経験が必要になります。

そして、「気」には「愛」の「気持ち」の原因である「光の気」と「嫌悪・欲望・絶望」といった「気持ち」の原因である「闇の気」があります。だから、私が自分の役割を実践する為に必要なことは「光」と「闇」のことを真に理解することです。

ですから、私は地獄のような経験を数多く経験しています。「絶望」という「闇」の「気持ち」を知るためには実際に「絶望」する必要があります。そのためには地獄のような経験がどうしても必要になります。また、そういった経験をしているからこそ、誰かと「愛」を感じ合うという「喜び」の価値を本当に理解しています。

この世界に「闇」があるのは、「光」の価値を理解するためです。「光」しかなければ、「光」の価値はよく分からなくなってしまいます。私は説明担当の「光」のシャーマンだからこそ、誰よりも「光」の価値を理解しなければなりません。そして、そのためには誰よりも深い「闇」を経験しないといけません。また、「闇」を経験することによって、深い「闇」を経験してきた人の「気持ち」も理解できます。

そういう意味で、ここに書いていくことは神々が私にどのような形で「光」と「闇」のことを私に教えていったのかという流れでもあります。また、そういった流れを理解して頂く中で、神々が我々をどのように自分の人生の役割の方へ向けていくのかということも理解して頂けると幸いです。そのことが、御自身が自分の人生の役割を実践していく上で、とても参考になるからです。そういったことを人間に伝えることも私の人生の役割なので、神々は私の人生を一つの参考題材になるようにも、私にずっと関与してきました。

あと、これはとても大事だと思うのですが、私は元々神様のことは信じていませんでしたし、魂が存在することも知りませんでした。特に「気」のことは何も知らなかった形になります。よくCDの宣伝文句に「魂の歌声」といったキャッチコピーが使われていることはありますが、私もそういった感覚では「魂」という言葉を日記などでは使ってきました。しかし、魂が存在することを前提として書いたわけではなくて、なんとなく「魂」という言葉を使っています。ですから、取り上げる私の過去の日記の中で使われる「魂」という言葉は、そういった感覚で当時は使っていたと理解して頂けると幸いです。

大きく分けて、以下のように分けて書きたいと思います。下の文字をそれぞれをクリックすると、それぞれのページに飛ぶことができます。

【私の人生の流れ1(生まれてから高校時代まで)】0歳〜18歳:1986/11/7〜2005/3/31
【私の人生の流れ2(浪人時代)】18歳〜21歳:2005/4/1〜2008/3/31
【私の人生の流れ3(大学時代)】21歳〜25歳:2008/4/1〜2012/3/31
【私の人生の流れ4(大学卒業後〜旅立ち)】25歳〜27歳:2012/4/1〜2013/11/7
【私の人生の流れ5(旅の一年目前半)】27歳:2013/11/7〜2014/6/23
【私の人生の流れ6(旅の一年目後半)】27歳〜28歳:2014/6/23〜2015/1/31
【私の人生の流れ7(旅の二年目〜シャーマンになるまで)】28歳:2014/11/7〜2015/3月頃
【私の人生の流れ8(シャーマンとなった後の台湾・日本での活動)】28歳:2015/3月頃〜2015/8/20
【私の人生の流れ9(シャーマンとしての日本での活動)】28歳〜29歳:2015/8/20〜2016/1/20
【私の人生の流れ10(修行期間)】29歳〜30歳:2016/1/20〜現在

このそれぞれの時期で、私が常に維持してきたのは「水の気」=「向上心・問題解決の心」という「光」です。それに対して、私が闘ってきた「闇」は様々です。その時々において、学ぶべき「闇」と闘っていた形になります。そういった形でこれらの文章を読んで頂くと理解しやすいかもしれません。

とても前置きが長くなりますが、お付き合い頂けると幸いです。この文章を読んで頂ければ、色々なことを皆さんが理解出来るような形になるように、私としても全力を尽くしたいと思います。日々書き足していくような形になると思いますが、どうぞよろしくお願いします。