寄付のお願いをさせて下さい。

現在、経済的に非常に厳しい状態になっています。全財産が5万円を切り、家賃や光熱費などの支払いを行なうならばマイナスになってしまう状態になります。

寄付のお願いをするに当たって、自分が今どのように日々を生きているのか・何故そのような形で生きているのか、自分がどういう風に経済的に生活を成り立たせているのかを大まかに説明をする必要があると思うので、そのことをここでは書かせて下さい。そのことを読んで頂いた上で、もし寄付をして下さる方がいらっしゃいましたら、このページの最後に載せている口座に寄付をして頂けると幸いです。
 

【自分が今どのように日々を生きているのか、何故そのような形で生きているのか】

今私が行なっている事は二つで、一つは「修行」、もう一つは「様々な事柄の研究とホームページに文章をアップしていくこと」になります。この生活は修行が始まった一月からずっと続いています。修行が始まった当初は「修行」以外のことは何もできず、「様々な事柄の研究と文章を書くこと」は全くできない状態でした。しかし、今は「修行」よりも「様々な事柄の研究と文章を書くこと」の割合の方が高い形になります。

一日の中で考えると、朝起きた時から夜寝る時まで、「修行」と「様々な事柄の研究と文章を書くこと」以外はほとんど何もしていません。「修行」も「様々な事柄の研究と文章を書くこと」も、地球のためですから、自分の時間は全くない状況になります。食事をしにいく飲食店でお店の人と少し話すことはありますが、そういった時間だけが私の休憩時間になります。これが一月からずっと続いている時間的な状況になります。


[様々な事柄の研究や文章を書くことについて]

「様々な事柄の研究とホームページに文章をアップしていくこと」について説明すると、「気」に関する知識についてそれを行なっています。我々の心がどのような形で「気」に影響を受けているのかを修行を通していつも研究している形です。また、神々はアートに様々な重要なメッセージを込めてきたので、そのメッセージの分析も行なっています。

私のホームページをよく読んで頂いている方には伝わると思うのですが、「気」の知識は我々が生きる上での「ルール」に相当するものです。宗教の教えなどではなく、心の成り立ちや物体の成立の根拠を意味します。しかし、現代はその「ルール」が忘れ去られている現状があり、そのせいで皆が幸せとは何なのかといったことを見失っています。だからこそ、そういった「ルール」を学び、残していく事が何よりも重要なことであることは分かって頂けると思います。

神々はそういった重要な「気」の知識が根拠のあるものであることを人間に示すために、アートに関与し続けてきました。だからこそ、「気」の知識とアートの分析とはセットで理解されるべきものであって、そういった形で「気」の知識が広がっていくのであれば、「気」のことを信じるのではなく、「気」のことを人間は知ることになります。そして、それは神々や悪魔の存在や、彼らが何をやっているのかを知ることに結びつきます。

「気」やアートの研究と私が理解したことを文章にしてホームページにアップすることは異なる段階になります。そして、私が理解することよりも、それを文章にしてアップしていくことの方がより多くの時間がかかってしまいます。ですから、私が既に理解している非常に多くの重要なこともまだアップできていない現状があります。今私が理解していることでホームページにアップしていないことを私が全て書くのであれば、おそらく半年間起きている時間の全てをパソコンで文字を打ち続ける必要がある程に、そういった事柄はあります。

今は、大量の情報をインプットしている段階だと思っていただけると幸いです。特にこの半年は修行と平行してそのようなことをしていると理解して頂ければ、と思います。日々アップしていく文章の量は多くはないですが、それ以上に大量の情報をインプットしています。修行の合間にはいつもそういったことのために全力を尽くしています。
 

[修行について]

修行の内容については何度か書いたことがありますが、改めて説明させて頂くと、多種多様な「闇の気」による攻撃を受けている形になります。感情と思考の原因は「気」ですから、大量の「闇の気」を入れられることは「闇の感情」や「闇の思考」がいつも自分の中に大量に起こされるような形になります。そのような状態において、そういった「闇の感情」や「闇の思考」に同調しないようにすることを行なっています。

このことを分かりやすく説明すると、重度の統合失調症患者が経験するような精神的な状態において、それでも「闇」に堕ちることなく、耐え抜くといった形と理解して頂けると幸いです。重度の統合失調症患者とは、悪魔に徹底的に「闇」に落とされた人のことを意味します。そして、そういった人は感情と思考を「闇」に落とされ、精神を侵されてしまいます。

私はこれから悪魔に強く襲われてきた人々に会っていきます。しかし、自分が悪魔に強く襲われたことがなければ、そういった人達のことを理解することはできません。例えば、私は中島美嘉に会おうとしていますが、中島美嘉とはとてつもなく強く悪魔に襲われ続けた人間です。そして、彼女のことを本当に理解するためには、彼女が経験した程の地獄を経験する他に手段はありません。どんなに悪魔が人間に何をしているのかを知っていたところで、悪魔に襲われた人間の気持ちを理解することはできません。だからこそ、本当に悪魔に襲われた人間のことを理解するためには、自分がそれ以上に襲われるしかありません。そして、中島美嘉だけでなく、多くの悪魔に襲われてきた人間に会う必要がありますから、私は誰よりも悪魔のような魂に襲われる必要があります。ですから、一月から経験してきたことは地獄です。

この修行で私に攻撃をしているのは悪魔ではなく、闇の神様(地獄の長の閻魔大王のような魂)ですが、基本的に悪魔の攻撃と変わりません。また、普通の人間だと「愛」の感情を持つならば、神々に守られますが、これは修行ですから私が「愛」を持とうと神々が自分を守ることはありません。ですから、本当に悪魔のような魂から自分の心をやりたい放題されている状態だと理解して頂けると幸いです。このことを具体的に理解する上でいい方法は悪魔に襲われている人間を描いた映画を観て頂くことであって、『マシニスト』を観て頂ければ、と思います。

私は神々とチャンネリングを通して話すことができますから、今私の修行の指導教官も私の体を使って話すことができます。ですから、毎日その神様と話す時間があります。家の外にいる時は、電話をしているフリをしながら、その神様と話しています。その神様のキャラクターが『マシニスト』で描かれる悪魔と少し似ているので、今の私の状況を理解して頂く上ではいい映画だと思います。ただ、この映画の主人公のように私の精神が「闇」に堕ちてしまうことはありませんし、私は不眠症ではありません。ですから、この映画を観たとしても、この主人公のような精神状態に私がなっているとは思わないで頂けると幸いです。心配はしないでください。この主人公が経験しているような攻撃を私も日々受けていると理解して頂ければ、と思います。

今までの人生、「闇」の霊的な存在によって様々な苦労はしてきましたが、長期に渡って悪魔に徹底的に襲われたことはありませんでした。しかし、私は自分の立場上、そういった経験をする必要があります。今はそういった経験をしていると理解して頂けると幸いです。
 

【自分がどういう風に経済的に生活を成り立たせているのか】

経済的な状況についてですが、私はシャーマンとしての一切の活動でお金を人から取ったことは一度もありません。全ての相談・治療は無料で引き受け、寄付だけで生きています。今後も生涯に渡って、シャーマンとしての一切の活動でお金を人から頂くことはせず、寄付だけで生きていこうと思っています。

どうしてこのようなことを行なっているかというと、シャーマンとしての能力とは神々との協力作業であって、そういった神々から授かった能力を商売のために使うことはしたくないからです。そして、「ギブ&テイク」は「闇」の立場であって、「ただ与える」というスタンスが「光」の立場だからです。

度々書いていますが、「光」とは「相手のため」であるのに対して、「闇」とは「自分のため」になります。私は「光」のシャーマンですから、ただ「相手のため」にシャーマンとして生きていきたいと思っていますし、これが「光」のシャーマンの基本スタンスです。ですから、お金を得るために自分の能力を使うのではなく、ただ単純に「相手のため」に自分の能力を使いたいと思っています。そういった理由があって、シャーマンとしての一切の活動でお金を人から取るつもりはありません。

今の占い師や気功師は平気で人からお金を取るので、私みたいに生きていると違和感を覚えてしまわれるかもしれませんが、本来は正しいシャーマンとはこういったものになります。また、お金を取る占い師や気功師の多くは悪魔と共に働く「闇」のシャーマンが多くいますから、そういったことも影響しています。

現在、毎月寄付をして下さっている方が二名いらっしゃいます。一人は大きな額を毎月寄付して下さっています。また、その他にも時折単発で寄付をして下さる方もいらっしゃいます。そういった寄付によって私は経済的に生かされている形です。このことについて、本当に深く感謝しています。そういった寄付のおかげで自分は自分がすべきだと思うことをできているからです。特に、大きな額を毎月寄付して下さっている方がいらっしゃらなければ、自分の生活は全く成立していません。

自分が受け取っている寄付の話を例に挙げるのは少し気が引けるのですが、本当はこの社会は「ギブ&テイク」ではなくて、お互いが「ただ与える」ということを行なうのであれば、皆が助け合う中で我々は生きていけます。これが「光」の社会です。今の社会は、「闇」の社会であっていつも「ギブ&テイク」なので、こういった「光」の社会は想像が付かないかもしれませんが、そういった「光」の社会でこそ、皆が幸せになっていけます。

そういった「光」の社会を目指している立場として、自分がそのことをまず初めに実践しているという面もあります。私は世界のために全力を尽くし、同じような志の方が私を助けて下さるといった形で、与え合いの構造を目指していますし、善意のある方々のおかげでそのことが実現している形になります。

寄付のおかげで生活は成り立ってきたのですが、寄付よりも少しだけ余計に支出がかかるために、少しずつ貯蓄が削られていき、今の現状に至っています。私が行なっている支出は基本的に、家賃、水道光熱費、ネット代、携帯代、食費、猫の餌代、研究費になります。支出について、生活費と研究費に分けて説明していきます。
 

[生活費について]

一月より行なっている修行が始まる直前に神々から指定された1Kタイプのマンションに住んでいます。この場所に住んでいなければ、修行はかなりやりづらかったと思っていますので、神々が今の部屋を選んだことについては納得しています。ここの家賃と水道光熱費が最も大きな支出です。

食費についてですが、今年に入ってほとんど同じものしか食べていません。一日二食で、昼にカレー、夜はうどんか蕎麦になります。時間はないので、自炊をするわけにはいかず、昼は近所のインドカレー屋、夜は近所の蕎麦屋で食べています。

また、修行中はかなりの「闇の気」をもらうので、その「闇の気」の浄化のために一日5リットル程度水を飲む必要があり、ヴォルビック1.5Lをスーパーで安く買い、一日3本飲んでいます。水は飲食するものの中で最も重要なので、ヴォルビックを飲んでいる形です。

数ヶ月前から神々の指示で猫を飼っていますが、その子の餌代・トイレ道具代が毎月数千円程度になります。猫は神々からの導きに非常に素直ですから、人は猫を通して神々とコミュニケーションが取れます。例えば、猫がパソコンのキーボードを勝手に打ち、神々が猫を使って「OK」などを打ったりします。また、猫は人間から「闇の気」を吸ってくれますし、「愛」の感情を抱きやすくなるので、現代人にとって猫はとても素晴らしい存在です。だから、神々は猫をもっと日本人に飼ってほしいと思っていますし、私も猫を人に薦めるべき立場になります。今まで私は猫を飼ったことはなかったので、今初めて飼い、猫を通した神々とのコミュニケーション方法を整理・体系化、猫と共に生きているとどのような感情を経験するのかを学んでいる形になります。
 

[研究費について]

研究費についてですが、これは何を意味するかというと、様々なアーティスト(歌、映画、アニメ、漫画)のCDやDVDや本になります。できるだけTSUTAYAなどで借りるようにしていますが、どうしても時間が無い場合などはAmazonの中古でできるだけ安いものを買うようにしています。また、レンタルに置いていないものも多く、買わざるを得ない作品も多くあります。また、中島美嘉については実際にどのような「気」で歌っているのかを直に感じるために、今年に入ってコンサートに4回足を運んでいます。あと、風呂場でも歌詞の研究ができるように安い防水スピーカーを買ったりなど、こういった支出が意外と重んでしまっています。

普通に考えると、CDやDVDや本は楽しむものですが、私はそういった形で自分が楽しむために入手しているわけではなくて、徹底的に分析を行なうために入手していると理解して頂けると幸いです。

歌については歌詞の一言一言や構造を分析し、その歌手がどんな「気」で歌っているのかを分析しています。ライブDVDについては身体の動きや衣装を分析し、歌手が書いた本については、神々がその歌手に何故この言葉を書かせたのかを分析するようにしながら読んでいます。歌詞や文章には神々は全力で関与しますし、無意識の身体の動きは共に働いている神々の影響をかなり受けます。だからこそ、こういった分析はとても重要になります。

今私が特に力を入れて行なっているのは日本人歌手の分析です。どうしてこれを行なっているかというと、神々は歌手の歌の中にメッセージを込め続けてきたからです。神々としては歌手をきっかけに日本が「光」の時代に向かうことを行ないたいと思っているということは、様々な歌手の歌を理解するとよく分かります。また、歌と他の表現活動の違いが分かるとそのことがよく分かります。

歌は歌詞があり、歌詞は言葉なので、非常にストレートに神々が我々に伝えたいことを伝えることができます。そして、その歌詞を歌の感情と共に聞くことになりますから、感情のことを学ぶことができます。「気」を送ることで、その歌の感情にも神々は関与しています。また、歌は映画などと異なり5分程です。だからこそ、歌とは我々が神々から様々なことを非常に学びやすいものです。

多くの歌手は意図的にそういったメッセージを残してきたのではなく、神々からの導きの中でそういった歌詞を書いています。そういった歌手はこの世界の成り立ちをはっきりとは知らないにも関わらず、見事にこの世界の成り立ちを説明するような歌詞を書き続けてきました。何故ならば、その詩は神々が書いているからです。この世界を成立させているのは「気」であって、神々と共に働く歌手達は「気」のことを説明するような歌を多く創り、この世界の成り立ちを歌い続けてきました。

これは神々が起こしてきた一つの奇跡であって、非常に分かりやすい奇跡になります。この奇跡の構造を理解することで、日本人は神々の存在や、神々がどのように我々に関与しているのかを知ることに繋がります。そのことを実現するためにも、神々は歌手の歌に全力で関与し続けてきました。このことは重要なので、一度整理します。

1、この世界の成り立ちを知らない歌手が、この世界の成り立ちのことを見事に説明する歌を創り続ける。
2、それらの歌の持っている本当の意味が解説され、日本人がこの世界の成り立ちを知っていく。
3、神々が歌に関与し続けてきたことを日本人が知ることで、日本人が神々の存在や我々にどのように関与しているのかを知る。
4、日本人がこの世界の成り立ちを知るので、生き方を変え始める。
5、そのことによって日本全体の「欲望」が弱まり、「愛」が強くなり、皆が幸せになっていく。

神々が様々な歌に込めてきた本当の意味を理解するためには、この世界の成り立ちを本当に分かっている人間が必要です。その役割を持っているのが私になります。この世界は「気」によって成り立っているので、「気」のことを本当に理解しているシャーマンであれば、様々な作品を分析すれば、それらの中に神々が込めてきた意図はよく分かります。

歌手の重要性については、既にかなり書いてきた『中島美嘉について』の文章を読んで頂けると幸いです。
http://​http://junashikari.com/art/中島美嘉について/

この『中島美嘉について』のページを読んで頂ければ、歌手の分析が如何に重要なものであるのかは分かって頂けると思いますし、神々と共に働くそれぞれの歌手は中島美嘉程に内容は濃くなくとも、それぞれかなり濃い内容を持っています。だからこそ、それらは整理する必要があります。

神々は歌手だけではなく、映画や漫画などでも様々なことを表現し続けてきました。ですから、そういったものも修行が始まってから研究してきました。そういったものを借りたり買ったりする費用もかかっています。

今は、歌や映画といったアートが楽しむためのものとされています。しかし、実際はそういったアートに神々も悪魔も関与し続けてきました。ですから、アートがどのように成立しているのかを本当に理解すれば、神々や悪魔のことは知ることになりますし、そういった方法でこの世界の成り立ちを理解することの方が様々な宗教の教えなどよりも、より確かなものです。

何故ならば、多くの宗教の教えとはそれが書かれてからかなり時間が経っているものであって、今に至るまでに悪意のある人間によってかなり書き換えが行なわれたものも多くあるからです。また、今の人間に必要な教えではなく、当時の人間に必要だった教えだとも言えます。時代が変われば、時代を強く動かしている神々や悪魔も変化します。その変化によって、我々に必要な教えも少し変化してきます。

もし神々や悪魔が存在するのであれば、絶対に我々の生活に関与しているはずです。そして、彼らはアートに強く関与し続けてきました。だからこそ、アートを分析すると神々が作品に込めたメッセージだけではなくて、神々と悪魔の性格が分かります。何故ならば、創り手は自分が創りたいものを創るのであって、どういったものを創りたくなるかということは、その魂の性格に依るからです。

そして、本当に正しい真実(世界の成り立ちの説明=「気」)があるのであれば、その真実を通して全てのアートは全てクリアに理解ができるはずです。何故ならば、真実は絶対に現実に反映されるものだからです。そのことから逆に、「気」というものが真実であることを示したいと神々は思っており、私も全力を尽くしています。

今は、アートの解説を通して、「気」の成り立ちを説明している段階になります。「気」の観点からアートの解説をしているとも言えます。そして、それはアートが間違いなく神々や悪魔によって創られてきたものであるということの解説をしているとも言えます。そういった意味で、アートがこれからの時代の聖典になります。

それぞれの芸術家はそれぞれ異なるものを表現する使命を持って生まれてきています。この世界の成り立ちを説明するために、表現しなければならないことは多くあります。しかしながら、一人の人間ができることは限られています。だからこそ、そういったことを様々な人間に分けて、神々はそれを人生の役割としてそれぞれの芸術家に与えています。

私はそれぞれの重要な芸術家の役割がどのようなものか、神々がその芸術家の作品にどのようなメッセージを込めてきたのかを解説するという役割を持っています。そういった説明を、その芸術家の作品から明らかにするようなことをしばらくは行なう必要があります。とにかく、そういった作品の解説をすることが非常に重要であることは間違いありませんし、様々な作品の解説を本当に理解していただけるのであれば、この解説を行なうことの意義も分かって頂けると思います。

以下、今分析している芸術家の名前を書いておきます。

 

・歌手

中島美嘉
持田香織(ELT)
Aimer
Salyu(Lily Chou Chou)
小林武史
柴田淳
宇多田ヒカル(Utada)
YUKI
UA
浅井健一(ソロ、JUDE、SHERBETS、Blankey Jet City)
Ajico
湯川潮音
原田郁子(クラムボン)
高橋洋子
Piana
鬼束ちひろ
MY LITTLE LOVER
小室哲哉
globe
安室奈美恵
Chara(YEN TOWN BAND)
青葉市子
手嶌葵
元ちとせ
Yui
​中谷美紀
CHEMISTRY
坂元美雨
一青窈
坂本龍一
桑田佳祐(サザンオールスターズ)
トータス松本(ウルフルズ)
かりゆし58
桜井和寿(Mr.Children)
井上陽水
AZUMI(wyolica)
藤井フミヤ
B’z
奥田民生
いきものがかり
降谷建志(Dragon Ash)
松任谷由実
World's End Girlfriend
スガシカオ
Superfly
星野源
野猿
平沢進

※()書きに関しては、そのアーティストが所属しているグループの楽曲についても調べているということを意味します。


・映画監督、アニメ監督、漫画家

宮崎駿
庵野秀明
クリストファー・ノーラン
小津安二郎
井上雄彦
津田雅美
手塚治虫
ダーレン・アロノフスキー
アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
デビット・フィンチャー
ウォルフガング・ペーターゼン
テレンス・マリック
ラース・フォン・トリアー
ヴィム・ベンダース
ピーター・ジャクソン
イングマール・ベルイマン
テオ・アンゲロプロス
セミフ・カプランオール
スタンリー・キューブリック(悪魔)

※その他、様々な作品を研究してきました。例えば『ベルリン・天使の詩』『4分間のピアニスト』『傷だらけのラブソング(テレビドラマ)』『コンスタンティン』『リバティーン』『コンタクト』『アンジェラ』など。映画についてどのような分析を行なっているのかについては、既に解説をアップしている『バベル』の解説を読んで頂ければ、と思います。
http://junashikari.com/art/『バベル』について/

 

・その他

上に書いたようなことだけではなく、必要であれば、政治や様々な宗教のことや絵画やデザインやファッションや俳優などについても調べています。それぞれの事柄は絶対に神々か悪魔が関与しているので、神々と悪魔がどのように関与しているのかという目線で研究するのであれば、同じように理解することができます。人間の行なう行動は全てその人間の心から発生します。そして、人間の心に神々と悪魔もいつも関わることができるので、そういった目線で色々なことを研究することはできますし、これからの時代に必要な目線になります。

政治に関して最も分かりやすい例は、二回の世界大戦が何故起こり、何故二回の世界大戦が終わったのかということです。この二回の世界大戦は悪魔が散々に地球を荒らしていた時期であって、核兵器が生まれ、使われてしまったが故に、悪魔はこの大戦を終わらせています。地球を荒らしている悪魔としては、地球は自分達のゲーム会場です。しかし、核兵器が使われる度にそのゲーム会場は場所を失っていきます。それは悪魔にとっては好ましくないことであって、悪魔は自分達がゲーム会場をキープしておきたいが故に、戦争を終わらせるように人間の心に関与し、戦争は終わっています。世界大戦の時代の人間は「闇の感情」を強く抱いていた時期です。そして、「闇の感情」を抱いているのならば、悪魔は人間に簡単に関与ができるので、人間を悪魔のおもちゃにできます。そういった状況でありながら戦争が終わったのは、悪魔が戦争を終わらせようと思ったからです。

このような形で、この地球上で起こる事は全て人間の心が引き起こし、その人間の心には神々と悪魔のどちらかが関与し、神々と悪魔がこの地球をどのように進めていきたいのかという方向性にかなり影響されます。そういった研究を一人の芸術家に行ない続けることもあれば、戦争といった大きな事柄についても研究していると理解して頂けると幸いです。

 

【最後に】

とにかく、これから多く情報を発信していくことはアートに神々と悪魔がどのように関わってきたのかということになります。何故ならば、我々が生きる上で最も大事なことは感情のことだからです。神々は我々を「光」に導くために、悪魔は我々を「闇」に落とすためのアートを創り続けてきました。ですから、神々と悪魔が創ったアートを真に理解するのであれば、我々は「光」と「闇」について真に理解することに至ります。

その理解が、我々が「光」へ向かい、皆が「幸せ」になる上で必要なことです。何故ならば、「幸せ」とは「光」の方にありますが、「光」という目的地が分からなければ、間違った道を進んでしまうからです。「幸せ」とは「愛」の感情を抱いている状態であって、「喜び」のことを意味します。そういった「愛」の構造はよく知っていた方がいいですし、「愛(光)」と「依存(闇)」や、「愛(光)」と「欲望(闇)」の違いなどを知らなければ、「依存」や「支配欲」を「愛」だと勘違いしてしまいます。

例えば、現代の恋人達はお互いを束縛し合います。これは「支配欲」という「欲望(闇)」によって生まれる行為です。そして、魂にとって「不自由」とは「嫌悪(闇)」の感情に繋がりやすいものであって、束縛されると「嫌悪(闇)」の感情を抱きやすくなります。そして、「嫌悪(闇)」と「愛(光)」は相反する感情であって、分かりやすく言い換えると「嫌い」と「好き」になります。ですから、「嫌悪」の感情を相手に抱いていると「愛」は失われていきます。しかし、そういった構造を知らないので、恋人達はお互いを束縛し合い、その内に「愛」が失われていきます。ですから、こういったことを行なっていると「幸せ」を実現する事は難しくなります。しかし、こういった言われれば当たり前の構造を意識化できていないが故に、現代人はお互いがお互いの首を締め合っています。

こういった意味で、「光」を知ることとは「幸せ」に至るための目的地を知ることであって、「闇」を知ることとは「幸せ」を邪魔する罠を知ることを意味します。そして、「光」と「闇」を確かに理解するために必要な事は、アートに神々と悪魔が関与してきたということに確かに確信を持ち、その上でアートを通して「光」と「闇」について学ぶことです。上に例として挙げた束縛の話であっても、心の動きは様々であって、どのように束縛といった相手に対する「支配欲」に堕ちず、「愛」を維持するかという歌を神々はたくさん創ってきました。しかし、我々人間はそういった歌から学ばなさすぎている現状があります。

こういった、感情に関する大事な事を我々は多く忘れており、それらを再び常識にしていく必要があります。「光」と「闇」と言うと、宗教のように捉えられることが非常に多いのですが、当たり前のことを構造的に説明しているだけになります。そして、そういった構造を歌っている歌は神々は非常にたくさん創っているので、それらの意味を説明しています。ですから、私のやっていることというのは、国語の入試問題を解いていることとあまり変わりがないと思って頂けると幸いです。

「意志」さえあれば、一人の人間は多くの「光」を実践することができます。しかし、「意志」の重要性を日本人は忘れてしまっているが故に本気を出す事ができず、「自分のため」に生きさせられています。

そういった人々に本気を出してもらうためにも私は全力を尽くしています。しかし、なによりも最初に多くの人が「幸せ」になることが大事だと思っています。何故ならば、自分が苦悩しながら誰かのことを思いやることはとても難しいことだからです。だからこそ、日本人の多くを「幸せ」にするために全力を尽くしています。そして、「幸せ」になるために大事な事は「幸せ」とは何なのかを理解することであって、そのために「光」と「闇」の関係性を書いています。

目の前に倒れている人がいたら助けるということに間違いがあるわけがありません。そして、倒れている人は日本にも海外にも山のようにいます。だからこそ、今この星に生きていて、誰かのために生きること、そのために全力を尽くすことは本当は当たり前のことだと思うんです。本音を言うと、私はそう思っています。
 

私がよく思い浮かべる「幸せ」のイメージがあって、自然が豊かな場所で、綺麗な空気で呼吸をしながら、色々な自然の匂いを感じ、昼は太陽と共に生きる。夜には焚き火をし、火のありがたさを肌で感じ、星を眺めながら、その中で語り合っている人もいれば、歌や踊りを楽しんでいる人もいます。人々は星をもっと身近に感じながら生き、自然の中に住み、農業がもっと身近で、作物を皆が分け合い、それぞれの人間は自分がしたいこと・すべきだと思うことをしています。多くの男女や家族や友人同士は本当に愛し合っていて、お互いの笑顔を喜んでいる世界です。

そういった自然に帰る側面を持ちながら、テクノロジーが共存しています。例えば、今は野外フェスのように大きなスピーカーやスクリーンを使って多くの人が一人の歌を聴くことができます。大きなステージがあって、そこでは毎晩違う誰かがライブをしていて、皆がその歌に神々が込めた意味を理解しながらその歌手の歌を聴いています。

(結局今このようなことができないのは、都会に人が集まっていく社会的な構造ができてしまっているからです。自然の方に集まっても大丈夫なような構造ができ、そういったことがもっと流行っていけば、人々は自然の方に移住し始めます。いずれはこういったことを大規模に始めるつもりです。)

教育も今行なわれているものとは異なり、本当に必要な知識が学校では教えられています。例えば、英語は日本人の誰でも話す事ができるくらいの教育がなされていて、今世界がどのような問題を抱えているのかということを子供達が皆よく知っています。そして、そういった様々な問題のことを子供達が真剣に考えていて、「大人になったらどこどこの国に行って、この問題を解決するんだ」といった夢を抱えています。

(今行なわれている教育は本当に必要なことを教えず、教えなくてもいいことばかりを教えています。例えば、微分積分は普通に生きているのであれば死ぬまで使いません。その逆に、自分達がいつも食べている野菜や肉がどのように作られているのかを知らない人は山のようにいます。これは本当におかしな構造であって、日本社会の教育は間違いだらけです。いずれは教育にも関わるつもりです。)

理想の世界像について事細かに書くと果てしなく話が続いていくので、少ししか書いていません。とにかく、自然と共に生きることと、「愛」と共に生きることを実現したく思っています。

果てしない道ですが、一歩一歩進めていくしかありません。そういった一歩を進めるために全力を尽くしていることを理解して頂けると幸いです。
 

死んだ方がよっぽど楽な地獄のような修行をずっと経験していて、それでも死ぬことができないのは、この星を見捨てて生まれ変わることなど間違っていると思うからです。また、私は神々を愛しています。だから、彼らに会いたいとも思います。そういう意味でも、生まれ変わって彼らに会いたいと思っているのですが、今この星を見捨てて自分の幸せを選ぶことなど間違っている思うからこそ、その選択肢を選ぶことはできません。そんな状況の中を全力で生きています。

とにかく、今私が行なうべきことは修行と研究と文章を書くことです。もし、お金がどうしても足りなくなれば、バイトをする必要があり、バイトをする時間の分だけするべきことを行なう事が一歩ずつ遅れてしまいます。そのことは日本人が「光」へ向かっていく上で本当に望ましくないことだと思っています。何故ならば、書くべきことを書くことが一日一日後回しになっていくからです。そして、その間にも悪魔に襲われている人々は苦悩を多く経験します。このことも望ましくありません。バイトをしたくないが故に寄付を募っているわけではなくて、他者のためにバイトをすることは避けたいと思っていることを理解して頂けると幸いです。本当にやるべきことは山積みで、そのことをいつも全力で行なっているのですが、その道は果てしなく、そんな状況下でバイトをすることは望ましくないと思っています。

また、買わないといけないと分かっていてお金が足りないが故に購入していない資料も多くあります。そういったところでケチってしまい、重要な情報を知ることが遅れている現状も好ましくない状況だと思っています。

長くなりましたが、これが私の今の現状報告になります。御支援頂けると幸いです。

 

りそな銀行 福岡支店(店番号:711) 口座番号 0255762(普通預金) 芦刈 純(アシカリ ジュン)

 

余談ですが、最後に私がいつも聴いている音楽を貼付けておきます。歌の部分だけ解説も書いておきます。この歌は本当に好きで、文章を書く時はいつもこれをリピート再生しながら書いています。金星神が創った曲になります。Salyu(歌)は「水の感情(向上心・問題解決の心)」を、ilmari(ラップ)は「風の感情(優しさ)」を歌っています。

タイトルの『Valon』はフィンランド語で「光の中へ」という意味で、金星神は「闇」の時代から「光」の時代へ移行する「夜明け」のことをこの歌に描いています。私が目指している世界は私の文章を読んで頂くよりも、金星神が創ったこの歌を聴いてもらった方がよっぽど伝わるのかもしれません。新しい時代の感情がこの歌のような感情であってほしいと願っています。
 

 


「体の どこかに 流れる あなたとの似たもの」
「それが何か 感じられたら」

※「気」の説明。「あなた」とは神々のことであって、神々が司る「気」が自分の体の中に流れているということ。そして、それを感じたいということ。つまり、神々と同じ気持ちでありたいということであって、「愛」を抱きたいということ。

 

「世界は 疑いの海から 抜けだせていないと」
「思わないで はじめから 歌いだせたら」
「その深さを 測る旋律 (メロディー)」

※「闇の感情」の1つが「疑い」であって、「闇」に満ちた世界は「疑いの海」であるということ。しかし、そのことに「絶望」するのではなく、まだ「光」を信じて「はじめから歌いだせたら」ということ。この気持ちは歌だからこそ伝わるということが「その深さを 測る旋律 (メロディー)」

 

「きっと 月の光と 夜の闇と 宙を舞う夜光虫へと」
「銀の光る雫(しずく)の 先をつたい 渡っていこう」

※「月の光と 夜の闇と 宙を舞う夜光虫」とは「闇の中の光」を表す言葉であって、「闇」に満ちた世界の中の「光」を行なっていこうということ。「金」が「愛」そのものであるのに対して、「銀」とは「水の愛」を意味します。つまり、ここで言われる「銀の光る雫(しずく)」とは「水の気」のことを意味し、「水の気」の「導き」を受けながら、この闇を「渡っていこう」ということ。闇の時代から光の時代に入るために最も重要なのは「水の感情」=「問題解決の心、向上心」です。「水の感情」については以下に書いています。

・水の感情について
http://junashikari.com/emotion/水の感情について/

 

「きっと 壊れた街と それを見てる」
「取り残された瞳の」
「銀の光る涙の 先をつたい 泳いでいこう」

※闇に満ちてしまった街が「壊れた街」であって、「それを見てる取り残された瞳」というのが神々のことです。神々が彼らの我々に対する愛が故に泣いているということが「銀の光る涙」であって、これは同時に「水の気」のことも表しています。その神々の「銀の光る涙」=「水の気」の「導き」を受けながら、問題を解決していこうということが「先をつたい 泳いでいこう」。

 

「波をかいて 沈まないように」
「泳いで行ければいい 遠くない 夜明けに」

※「闇」に満ちたこの世界で「光」を実践していくことは簡単なことではなく、ちょっとしたことから「闇」に堕ちていってしまいます。だからこそ、「波をかいて 沈まないように」という言葉が添えられています。そのような中で、少しずつ「泳いで行ければいい」。「遠くない 夜明けに」という言葉が添えられているのは、神々が光の時代がこれから来るということを信じているということであって、人間のことを神々がまだ信じていることを表しています。

 

Salyuは水の人であって、金星神の「水の気」で歌っています。だからSalyuは金星神の「水の感情」を歌っています。だからこそ、神々は「水」をイメージさせる言葉を彼女に歌わせています。「体のどこかに流れる」「海」「深さ」「銀の光る雫」「渡っていこう」「銀の光る涙」「泳いでいこう」「波をかいて 沈まないように 泳いで行ければいい」。こういった言葉は「水」に関連する言葉だからこそ、小林武が作詞をする時に「水」に関連する「アイデア」を金星神が彼に落としています。

それに対して、ilmariは風の人です。だから彼は「風の感情」でラップをしています。ここでは詳しい解説を書きませんが、冒頭の「(今は)理解しなくてもいい  未来の調べに  すべてどうかなる  すべてそこから」という歌詞は、「すべては島崎未来=中島美嘉の歌から始まる」ということを意味しています。島崎未来とは中島美嘉のデビュー作である『傷だらけのラブソング』というドラマの中で中島美嘉が演じた女の子の名前になります。この歌の重要性や中島美嘉の重要性を様々な歌手の歌を通して理解するのであれば、神々は中島美嘉から世直しを始めたいと思っているということを知ることができますから、そのことから逆に、この歌詞で意図しているのが中島美嘉であることに確信を持つ事ができます。

二本目のSalyuだけのバージョンはPVが非常に重要な意味を持っています。ilmariのラップ、PVの解説については別で書きます。