「光の気持ち(愛)」の強い「気合い」があれば、簡単には「闇の気持ち(欲望)」に堕ちません。それに対して、「気合い」が足りないと、簡単に「闇の気持ち」に堕ちてしまいます。

例えば、「何としてでもアイツを助けるんだ!」と思っていれば、「けど、だるいなー(怠惰)」とは絶対に思いません。それに対して、「アイツを助けてあげないとなー」くらいに思っていると、「けど、だるいなー(怠惰)」と思いやすいです。(「怠惰」は怠けることを欲する「欲望」の一種です。)

だから、我々を守るのは強い「光の気持ち」の「気合い」です。自分を守ることを「自分のため」に行なうことは「欲望」なのですが、自分を守ることを「誰かのため」に行なうことは「愛」です。「誰かのため」に生きるためには、自分が「闇」に堕ちてはならならないので、「誰かのため」に自分を守る必要があります。そして、自分自身の「気合い」が自分を守ります。

そして、「気合い」を入れるためには強い「動機」が必要です。そして、強い「動機」を持つためには、徹底的に自分の力で様々なことを考えて、一生懸命生きて、自分にとって絶対に間違いない生き方を見つける必要があります。

例えば、自分自身の人生の役割が医者として多くの人々を助けることと分かっている人は、なんとなく医者になってしまった人よりも「動機」が強いですから、「この相手の病気をなんとか治してあげたい」という強い「光の気持ち」を持ちやすいです。そして、自分自身の人生の役割が医者であることを理解するためには、自分が医者になる必然性を自分の人生の中に見出す必要があります。そのためには、徹底的に自分自身のことを見つめる必要があります。

「迷い」は「動機」を分からなくさせ、「気合い」を小さくしますが、「確信」は「迷い」を断ち、「気合い」を大きくします。だからこそ、「確信」を持てる生き方を見つけ、それを強く実践する必要があります。

医者の例だと、なんとなく医者になってしまった方は、「俺はこの生き方でいいんだろうか」と「迷い」が迫ってきます。そういった「迷い」を抱えていると、目の前の助けるべき人に集中もしづらくなっていきます。「動機」が揺らいでいるからです。

また、「気合い」を強くするためにもう一つ重要なことは、様々な物事の意味を理解することです。様々な物事の「意味」を理解することは、言い換えると、何に「価値」があって何に「価値」がないのかを理解することです。様々な物事の「意味」を理解していれば、何にどれだけの「価値」があるのかを理解できるので、「価値」があると思えることをやる際には「動機」が強くなります。「価値」を知れば、「動機」が強くなるので、「気合い」が強くなります。

例えば、掃除・洗濯の「価値」を分かっていれば、掃除・洗濯をする時にでさえも「気合い」が入ります。逆に言うと、掃除・洗濯の「価値」を知らなければ、掃除・洗濯を行なっている時に「やりたくないなー」といった「嫌悪」などにも堕ちやすくなります。

様々な物事の「意味」と「価値」を理解するためには、日々そういったことを考える癖を付ける必要があります。言い換えると、日々様々なことを「問う」必要があります。何故ならば、「真実」を明らかにするのは「問い」の姿勢だからです。徹底的に様々な物事を「問う」ことによって、様々な物事の「意味」と「価値」は見えてきます。

また、そういったことを何らかの方法で学ぶことも大事です。例えば、このホームページでは、以前洗濯について書きましたが、こういった文章を読んでもらうことによって、洗濯の「価値」を理解できます。一度そういった「価値」を知れば、掃除をすることに対する「動機」が強くなるので、「気合い」が大きくなり、「闇の気持ち」に堕ちることを防ぎやすくなります。

http://junashikari.com/dailylife/cloth-laundry/

こういったことを行なうためにも、このホームページを用意していますので、活用して頂けると幸いです。また、世の中には様々なことを学ぶ媒体がありますが、そこに書いてあることが正しければ問題ないのですが、間違っている場合は、物事の「意味」や「価値」を間違った形で理解してしまいます。この点は注意して下さい。

何かを「知る」ことは人間の心に大きな作用を与えます。人生の役割を「知る」ことも、様々な物事の「価値」を「知る」ことも、結局は「知る」ことです。「知る」ことが「気合い」を強くすることに繋がることを理解して頂き、自分の「気合い」を強くするためにも「真実」を理解するための日々の努力を行なって頂ければ、と思います。

ここまで、

「気合い」の重要性
「気合い」と「動機」の関係性
「動機・気合い」と「確信・迷い」の関係性
「動機・気合い」と「意味・価値」を知ることの関係性

について書きました。これらのことを意識化して生きて頂けると、きっと役に立つと思います。

最後に、「気合い」が入っている実在の人間を例に出したいと思います。「気合い」が入っている人間の姿は「気合い」について理解する上で、とても参考になるからです。

「気合い」について理解する上で、最も我々日本人が参考にすべき人間は宮崎駿です。宮崎駿のドキュメンタリー映像などを見ていると、宮崎駿がどんな「気合い」を入れているのかを理解できます。また、強い「動機」と物事の「価値」を理解することが、「気合い」を入れることに繋がることも理解できます。
 

https://www.youtube.com/watch?v=LLOYaZYmP2A&t=168s


ただ、宮崎駿でさえも「迷い」と闘っている側面があります。そういった点からも、「迷い」が「気合い」を殺すことを理解できます。宮崎駿の作品ではなく、宮崎駿についての分析はいつか別で書きますが、ここにも少し書いているので、読んで頂けると宮崎駿について理解する上で参考になると思います。

http://junashikari.com/hayaomiyazaki/宮崎駿について/

具体的な人間の姿を通して、心の成り立ちを理解することは大事ですし、日本人で最も大きな「光」を実践している人間の一人が宮崎駿です。ですから、宮崎駿の人間像を様々な媒体を通して知って頂けると、宮崎駿との比較を通して御自身について理解できます。

例えば、宮崎駿のように様々な物事を「問う」ための「気合い」を自分が入れられているのかを吟味することもできますし、宮崎駿のように自分自身の道を貫けるだけの「気合い」を自分が入れられてるのかを吟味することもできます。そういった比較を通して、自分に何が足りないのかを理解できます。

その人間の「気合い」は声や表情に表れます。是非、宮崎駿のインタビュー動画などを通して、宮崎駿の声と表情をよく感じて頂き、「気合い」が入っている人間とはどういう人間なのかを理解して頂ければ、と思います。

宮崎駿が非常に重要な作品を世に生み出すことができたのは、彼が大きな「気合い」を持って生きているからです。「気合い」は我々人間にとってエンジンの「馬力」のようなものです。「馬力」が強ければ強い程、スピードが出て遠くまで行くことができます。人生はそんなに長くはありません。できるだけ遠くまで行くためには、我々はスピードを最大限に出す必要があります。そのために大事なことは「馬力」を上げることであって、言い換えると「気合い」を入れることです。

「気合い」とは「気」が「合わさる」と書きます。このホームページをよく読んで頂いている方には理解して頂けると思いますが、「気」は「ガソリン」のようなものです。「気合い」を入れると「気」が「合わさる」ので、「ガソリン」を獲得することになります。

「心」は「エンジン」、「気合い」は「馬力」、「気」は「ガソリン」です。「気合い」を入れることによって、「馬力」を上げ、「ガソリン」を「心」にガンガンに入れて頂き、全力で生きて頂ければ、と思います。


※補足説明

人生の役割のことを少し書きましたが、人生の役割は必ずしも知る必要があるものではありません。大事なことは、自分が「誰かのため」に何をするのかを決めることです。本当に「誰かのため」に何かをしたいと思う人間は、何だったら自分が最大限に他人に貢献できるのかを考えます。そういったことを考えると、自分の長所が何なのかを分析する態度に繋がりますし、自分の長所を活かせるようなことを「誰かのため」にしたいと思い始めます。こういった形で自分が何をするのかを決めることが大事です。

また、こういったスタンスで自分が何をするのかを決めていけば、自ずと自分の人生の役割に達していることが多いです。自分の人生の役割に「確信」を持てないからといって「迷い」に堕ちるのではなくて、自分が何をするのかを決めることによって「迷い」を断ち切って頂ければ、と思います。このことについては、また別で文章を書きます。

また、「気合い」の種類についても別で文章を書きます。