「愛」から生まれる「喜び」は、愛する人が「幸せ」なことから生まれる感情です。そして、自分がその相手を「愛」し、相手が「幸せ」な限り、「喜び」は永遠に持続します。例えば、愛する我が子の笑顔から感じる「喜び」は、その子を「愛」している限り、「飽き」が来るものではありません。

「欲望」から生まれる「快楽」は、自分が何かしらの「利益」を得ることから生まれる感情です。そして、「快楽」は必ず長続きしません。例えば、どんなに美味しい寿司を食べても、「快楽」を得られるのは一瞬ですし、毎日食べていると「飽き」が来るからです。

この構造が「幸せ」は「欲望」の生む「快楽」ではなく、「愛」の生む「喜び」だということを我々に教えてくれます。

「愛」は相手の「幸せ」のために何かをしていくことに繋がります。そして、相手が「幸せ」な姿を見ることによって、自分も「喜び」=「幸せ」を感じます。愛し合う人間同士は、お互いにこういったことを行うことによって、お互いの「愛」を高め合い、お互いを「幸せ」にしていきます。これが「幸せ」を生み出す構造です。

「欲望」は自分の「快楽」のために何かをしていくことに繋がるので、相手に対する配慮に欠け、気付かない内に相手を苦しめていきます。そして、苦しめられた相手は「嫌悪(嫌い)」を感じるので、「愛(好き)」が失われていきます。また、「嫌悪」を発散させるために「欲望」に手を伸ばしていくことも多いです。これが「不幸」を生み出す構造です。

ですから、「幸せ」を生み出したい方は「欲望」ではなく「愛」を選ぶように生きていって頂けると幸いです。そうすることで、相手も自分も「幸せ」になっていくことができます。