一般的に、「与える」の対義語は「奪う」ですが、実際は、「与える」の対義語は「奪う・手に入れる」です。「与える」の対義語が「奪う」と考えてしまうと、「愛」と「欲望」の関係性の「真実」を理解することができないので、注意して頂けると幸いです。

「奪う」という言葉はとても強引な感じがするのに対して、「手に入れる」という言葉はそういった強引さは感じません。ですから、「欲望」=「奪う」と理解してしまうと、「手に入れる」ということが「欲望」という感じがしなくなります。しかし、実際は「手に入れる」ということも「自分のため」に何かを「得る」ことを目指しているからこそ、「欲望」です。ですから、「愛」⇔「欲望」の関係性を「与える」⇔「奪う」と理解してしまうことは一つの罠です。

「愛」⇔「欲望」の対立関係の本質は、「与える」⇔「得る」であって、「得る」ということには「奪う」という方向性と「手に入れる」という方向性があると理解して頂けると幸いです。そして、「奪う」という方向性は相手の意志を無視して、強引に相手の持っているものを「得る」方向性であって、「手に入れる」という方向性は相手の意志との合意の中で、相手の持っているものを「得る」方向性であると理解して頂けると幸いです。少なくとも、このホームページではそういった意味が伝わりやすいように、「手に入れる」という言葉を「ギブ&テイク」の場合に使い、「奪う」という言葉を相手から強引に「奪う」ような場合に使っています。

現代を生きる我々日本人は、他人の持っているものを「奪う」ことは良くないと感じますが(例:盗み)、自分が何かを「手に入れる」ことに関しては全く問題の無いことだと考えています。また、「消費活動は経済を活性化させるいいこと」といった理由によって、「手に入れる」ことをいいことと考えている傾向さえもあります。しかし、実際は「手に入れる」ことを目指すだけで「欲望」に囚われていくので、「自分のため」に「手に入れる」ことを目指すことは、本当はもっと警戒すべき恐ろしいことです。

そういったことを意識して頂くためにも、「与える(愛)」⇔「奪う・手に入れる(欲望)」という対立構造を意識して頂きながら、「与える」ことを目指し、「奪う・手に入れる」ことを目指さないように生きて頂けると幸いです。そのことで、ご自身も周りの人も「幸せ」に生きていきやすくなります。