【金星神と「金の気」、「気」が感情・思考の原因であることについて】

金星は大量の「金の気」が宿った星であり、地球に「金の気」を降り注いでいる星になります。だからこそ、金星という名前を持っています。そして、金星に宿っている魂が金星神であり、金星神が地球に「金の気」を送るということを行なっています。そして、「金の気」とは我々の「愛」の原因の「気」になります。

「気」と言うと、難しく感じるかもしれませんが、「気分」とは「気を分ける」と書き、「気持ち」とは「気を持つ」と書きます。我々はある「気」を持つことによって、その「気」の「気分」や「気持ち」を感じています。つまり、「感情」の原因は「気」です。我々が大事なことを忘れていても、言葉にはまだ真実が残っています。「気」と「感情」の関係性についてはこちらの文章を読んで頂ければ、と思います。

http://junashikari.com/energy/

我々は自然の多い場所に行くと「気分」が良くなります。何故ならば、それは自然が「光の気」に満ちているからです。それに対して、新宿に行くと「欲望」が強くなります。何故ならば、新宿が「欲望の気」に満ちているからです。そういった形で我々の生きている世界は「気」に満ちていて、そういった「気」に影響されながら我々は自分の感情を抱いています。

「金の気」について、例えば我々は恋人同士で見つめ合う時に「愛を感じる」ということを経験したりします。それは相手の目から「愛の気」である「金の気」が出ているからです。我々はいつもある感情を持つ時に、その感情の「気」を目から出しています。「目は心の窓」と言われる理由はそういうことに依ります。だから、愛の感情を抱いて恋人同士で見つめ合う時、見つめている相手の目から「金の気」を受け取り、「愛を感じる」ということになります。また、目から「気」が出ていることをよく表している言葉に「視線が刺さる」といった言葉もあります。

また、「気」は我々の感情だけに影響を与えているものではなく、我々の思考にもかなり影響を与えているものです。何故ならば、「気」は感情だけではなく、様々な情報も乗せることができるものだからです。そのことをよく表しているのが、「気付く」「気が付く」という言葉です。「気付く」という現象は「気が我々に付く」ことによって生まれている現象であって、だからこそ「気付く」という言葉があります。

例えば、我々が用事のために家を出て、目的地へ向かっているとします。すると、ふとした瞬間に自分が財布を忘れていることに「気付く」ということを経験したりします。どうしてこのようなことを我々は経験するかというと、財布を忘れていることを我々以外の存在に教えられているからです。この場合、この本人は自分の意志で財布を忘れていることを気付こうと思って気付いているわけではありません。つまり、その人の意志を越えて、「気付く」という現象は成立しています。もちろん、「何か忘れ物はないかな?」と思って1つ1つ自分の持ち物を確認するのであれば、自分自身で気付いたことにはなります。しかし、我々の日常においては、ふとした瞬間に自分が忘れ物をしていることが頭に浮かぶということはあります。このケースは確実に「気」によって、我々以外の存在に教えられています。そういったことを教えているのが、基本的に神々になります。

そして、神々は忘れ物だけではなくて、様々なことを我々に「気」を通して教えています。例えば、ある悩み事を考えている時に、ふと解決策が頭に浮かぶということはあります。これも神々が「気」を通して我々に行なっている「気付き」の例です。こういった形で、神々が我々をいい方向へ向けるために「気」で行なう関与のことを「導き」と言います。

また、悪魔もこういったことはでき、我々が生きているとふとした瞬間に酷いことを想像したりすることもあります。例えば、横断歩道で信号を待っている時に、「今目の前の車に引かれたら楽になれるかもしれない」といったアイデアです。こういった悪いアイデアは悪魔が我々に「気」を通して我々に行なっている「気付き」の例であって、こういったことを「悪魔の囁き」と言ったりします。悪魔はその悪魔自身が楽しむために人間にこういったことを行なうので、悪魔の人間に対する「コントロール」とも言います。

「気」にはこういった形で情報を乗せることはでき、我々の日常は「神々がもたらす気付き」=「神々の導き」と「悪魔がもたらす気付き」=「悪魔のコントロール」に満ちています。また、思考というものは「気付き」の連続です。何か考え事をしていて、そのことをどのように考えていくかということは、次々に自分の中に思い浮かぶことだからです。ですから、我々の思考というものに神々も悪魔もかなり関与しています。

しかし、現代人は「気」を忘れているが故に、「気付き」「気が付く」という言葉が残っているにも関わらず、全ての「気付き」は自分自身が行なっていると思ってしまっています。そして、全ての思考は自分自身で行なっていると思ってしまっています。

「気」が「気持ち」の原因であること、「気」が「気付き」の原因であること、つまり、「気」が感情や思考といったものの原因であることは、このホームページの中島美嘉の文章を読む上で前提となる部分ですから、ここに書いておきました。

中島美嘉の解説をよく読んで頂ければ、中島美嘉の楽曲やPVに間違いなく神々と悪魔が関与し続けてきたということは確信を持って頂けると思いますが、どうして神々と悪魔が中島美嘉の作品に関与できたかというと、神々も悪魔も「気」を通していつも我々に語りかけているからです。

この話を前提とした上で金星神と「金の気」の話に戻りますが、金星神は「金の気」を太陽系全体で支えている、太陽系において最も偉大な「愛」の女神になります。そういったことは中島美嘉の歌においてもよく表現されていますので、以下例を挙げていきたいと思います。

 

「安心して泣いていいよ 誰も笑ったりしないよ 夢を抱いている君の 側に勇気 空に放つ」
「心配しないで 私はいつでもここで君を見てる   どれ程 遠くに 君が居てもかまわないから   月色に輝く誇り胸に 君を抱きしめ  a miracle for you」(『A MIRACLE FOR YOU』)

※『A MIRACLE FOR YOU』は中島美嘉自身が作詞していますが、金星神が一人称で我々人間に語りかけている形で成立している歌詞になります。この歌詞が金星神の我々に対する語りかけであるからこそ、「心配しないで 私はいつでもここで君を見てる   どれ程 遠くに 君が居てもかまわないから」という歌詞が置かれています。金星神は地球から遠い金星にいるのであって、そういった遠さを表しているのが「どれ程  遠くに 君が居てもかまわないから」という歌詞であり、そういった遠くからいつも地球上の全ての命を見つめていること表現しているのが「心配しないで 私はいつでもここで君を見てる」という歌詞だからです。また、どうして「月色に輝く誇り胸に」という言葉があるかというと、月は日によっては金色に見えるからです。ですから、この歌詞は「金色に輝く誇り胸に」という意味の歌詞であって、金星神の魂が「金の気」で満ちていること、その「金の気」を金星神は「誇り」に思っていることをこの歌詞は表しています。「安心して泣いていいよ 誰も笑ったりしないよ」という言葉は「愛」の言葉です。そして、ここで「夢を抱いている君の 側に勇気 空に放つ」という言葉が置かれていますが、これは金星神が地球にいる我々に向けて「金の気」を放つことを意味しています。どうしてそのように言えるかというと、「勇気」とは「愛」によって強くなるものだからです。我々は本当に強く「愛」を抱いている相手のためであれば、その相手のために何でも行なえる程の「勇気」を持つものです。金星神は我々に「金の気」を送ることで、我々の「愛」を強くし、そのことによって我々の「勇気」を強くしています。そのことをこの歌詞は表しています。また、金星神はそのことを我々に対する「愛」の気持ちから行なっています。金星神がそういった「愛」の気持ちで我々に「金の気」を与えていることを表現しているのが「君を抱きしめ」という歌詞です。では、どうして最後に「a miracle for you」という歌詞が置かれているかというと、金星神が「金の気」を我々にもたらすことによって「奇跡」を起こしているからです。「気」が感情だけではなく「気付き」や思考の原因であることも先程説明しました。神々は我々に「気」を通して様々な「気付き」や思考をもたらすことで、「奇跡」を起こすものです。例えば、ある人が朝起きて「今日は美術館に行きたい」と神々からもたらされる「気」によって、ふと思ったとします。そして、美術館に行くと、自分の運命の人と出会い、恋に落ち、結婚まで発展するというようなケースです。神々は我々の出会いにかなり関与しています。これは我々にかなり起こっている「奇跡」なのですが、人間は気付く事ができていない形になります。この「a miracle for you」という歌詞は金星神が「金の気」を通してそういった「奇跡」を起こすということを意味している歌詞であって、この歌のタイトルが『A MIRACLE FOR YOU』であるのは、そういった「奇跡」の構造を金星神は人間に伝えたいからです。「気持ち」「気付き」という言葉の真の意味を理解するならば、「気」というものが何なのかを我々は知ることができます。そして、「気」というものが何なのかということを理解できれば、神々が我々に「奇跡」を起こしていることも知る事ができます。そういった奇跡の構造を、金星神の気持ちから表現したのが、『A MIRACLE FOR YOU』という歌になります。『A MIRACLE FOR YOU』については、こちらに詳しく書いています。

http://junashikari.com/中島美嘉について/『a-miracle-for-you』について/


このように、金星神の「金の気」のことを説明している歌詞は中島美嘉の楽曲の中で様々に歌われています。そして、中島美嘉が金星神と繋がっているということの意味は、中島美嘉と金星神の間に「縁」があるということを意味しています。「縁」とは、「気」を送り「気」を受け取るための、魂の繋がりのことです。だから、中島美嘉は金星神からの「金の気」を受け取りながら生きていて、金星神と共に歌を歌ってきました。

中島美嘉は、時折他人の病気などが分かることがあります。どうして彼女にそういうことが分かるかというと、金星神が中島美嘉に「気」を送ることを通して教えているからです。神々は人間の全てが見えます。ですから、その人の病気などは当然分かります。そういった情報を金星神が中島美嘉に「気」で教えている形になります。そういった他人の病気だけに限らず、中島美嘉は様々なことを金星神から教えられながら生きています。彼女がよく経験している胸騒ぎもその一つの「気」を使った情報伝達の一種になります。

 

金の気、縁、神々との繋がり、太陽系については、以下を御覧下さい。

金の感情について
http://junashikari.com/emotion/金の感情について/

縁について
http://junashikari.com/energy/縁について/

神々や天使と繋がっている人間について
http://junashikari.com/gods/神々や天使と繋がっている人間について/

太陽系について
http://junashikari.com/solar-system/太陽系について/

 

【歌について】

歌を歌うということは、「気」によって成立しています。「気持ちを込めて歌う」と言いますが、歌とは本来そうあるべきものであって、「気持ち」を込めて歌うと、その「気持ち」が音によく表れます。

中島美嘉は「気」で歌うことについて、非常に高い能力を持った魂です。「伝えることは得意」だと彼女自身がよく言う言葉にも、そのことはよく表れています。これは本当で、彼女は「気」を使って歌うことについての能力が並外れています。その能力がとてつもなく秀でているからこそ、金星神と共に歌うという役割を神々から授かっています。

例えば、中島美嘉が「愛」の感情で歌を歌うのであれば、それは「愛の気=金の気」で歌うことになり、その声は「愛」に満ちた声になります。もし彼女が「欲望」で歌うのであれば、それは「欲望の気」で歌うことになり、その声は「欲望」に満ちた声になります。ですから、その声をよく聴けば、中島美嘉がどういった「気」で歌っているかは分かります。

そして、歌声自体に「気」が反映されるだけでなく、その歌声に「気」が乗ります。例えば、中島美嘉が「愛」の感情で歌を歌うのであれば、聴衆はその歌から「愛の気」=「金の気」をもらうことになります。そして、中島美嘉は金星神と繋がっている歌手ですから、中島美嘉が「愛」の感情で歌う時、中島美嘉自身からの「金の気」だけではなくて、金星神からの「金の気」を我々は受け取ることができます。そのことによって「中島美嘉の歌を聴いていると愛を感じる」という状態が成立します。そして、そのことによって我々の「愛」は強くなっていきます。

そのことをよく表している曲が『雪の華』です。この曲は作詞・作曲に金星神が強く関与し、この録音において、中島美嘉は金星神と共に歌っているので、我々はこの曲を聴くことを通して、強い「愛」を感じます。だからこそ、この曲は名曲として誰もが知っています。そして、「金の気」を中島美嘉と金星神から受け取ることができます。
 


中島美嘉がこの曲をレコーディングスタジオで歌っている時に、金星神は中島美嘉に「金の気」を送り、中島美嘉はその「金の気」に「共感」したからこそ、つまり「愛」の感情で歌えたからこそ、この録音において中島美嘉は金星神と共に歌うことが出来ています。『雪の華』の詳しい解説はここに書いていますので、読んで頂けると幸いです。

http://junashikari.com/art/『雪の華』について/

また、中島美嘉と金星神が共に歌い、人々に「金の気」をもたらしていることをよく表している歌詞も非常に多くありますので、以下列挙していきたいと思います。

 

「歌うよ この声 張り裂けて燃え尽きても 救われるなら 叶うよ たとえば 君が罪を背負う時でも 星屑を集めて明かり灯し 道を創るよ a miracle for you」(『A MIRACLE FOR YOU』)

※これも『A MIRACLE FOR YOU』の歌詞ですが、ここで「歌うよ この声」という歌詞があるのは、中島美嘉と金星神が共に歌っていることを表している歌詞です。中島美嘉の身体を使って金星神が歌っていることを伝えるために「この声」という言葉が置かれています。また、ここで「星屑」と言われているものは「金の気」のことです。何故ならば、「金の気」は金星に宿っているものであって、そういう意味で「金の気」とは金星の「星屑」と言うことができるからです。つまり、中島美嘉が歌を歌うということは金星神との共同作業であって、その声には金星神からの「金の気」が乗っているということをこの歌詞は説明しています。中島美嘉の楽曲の中では「金の気」のことを「星屑」「星のかけら」「光のかけら」といった形で様々に言い換えていますので、そういった観点で様々な楽曲を分析すると、神々がそれらの楽曲に非常に重要な意味を込めていることが分かります。また、どうしてここで「星屑を集めて明かり灯し 道を創るよ」という言葉が置かれているかというと、我々は神々のもたらす「気」によって自分自身の人生の役割を見つけていくことができるからです。ここで歌われている「道」とは我々全員が持っている人生の役割のことを意味しています。我々は自分の人生の役割を実践していくのであれば、自分自身が幸せになり、この世界を少しでもいい場所にしていくことができます。だからこそ、神々は我々一人一人とこの世界のことを大事に想っているが故に、我々に「道」を教えようとします。これも神々が我々にもたらしている「奇跡」の一例です。

 

「光の雫が無数にこぼれ 静かに心を癒す 全ての願いと 全ての祈りを ふたり 愛の歌にのせて」
「果てしない宇宙の海で 真実の愛 抱きしめる 遠く輝く星の瞬きのように 強く君を照らす Just trust in our love」
「ありふれた地球の海で 現実の愛 受け止める 浅く沈んだ星の欠片を見つけて そっと君に贈る Just trust in our love」(『JUST TRUST IN OUR LOVE』)

※ここで歌われている「光の雫」は「金の気」のことであり、「ふたり」とは中島美嘉と金星神のことです。この二人が共に歌うことによって、その歌を聴いている人間は「金の気」を受け取るということを様々な形で表現しています。「静かに心を癒す」という歌詞は「金の気」を受け取ることによって「愛」を感じるということを説明している歌詞。「遠く輝く星の瞬きのように 強く君を照らす」という歌詞は金星からの「金の気」を二人の歌から人間が受け取り、そのことでその受け取った人は「光」を強くするということを歌っている歌詞。「浅く沈んだ星の欠片を見つけて そっと君に贈る」とは金星に宿っている「金の気」を金星神が中島美嘉との歌を通して「贈る」=「送る」ということを意味している歌詞です。ですから、これらの歌詞から間違いなく、中島美嘉と金星神はふたりで共に歌うことによって、金星に宿っている「金の気」を聴衆に送っているということを行なっていると言えます。

 

「声にならない声と 言葉に出来ない想いを  ひとつひとつ拾って  あなたのその胸に 投げつけられたなら…」
「私が生きて 今も こうして声張り上げて  気づいてくれないなら それでいいと こなしてきた命でも」
「“私は此処にいる”と 影は私を描くの   見つけてほしい なぞってほしい   夕日が沈む前に」

「悲しすぎる笑顔も 嬉しすぎて伝う涙も  ひとつひとつ重ねて   あなたのその胸に 焼きつけられたなら…」
「私は生きたい 今も こうして声張り上げて   込み上げる想いなら   きっといつか 受け止めてくれるよって」
「あなたの中に私が 生きてると感じたいの   たとえ私が あなたの世界の景色だったとしても」

「私が生きて いつか この声だけが残って   気づいてくれた人が  愛を求め 抱きしめてくれるのなら」
「私は生きて生きて こうして声張り上げて  歌い続ける 燃え尽きるまで   あなたへと紡いでゆく」
「私は此処にいるから」(『声』)

※これらは全て『声』の歌詞ですが、全て中島美嘉と金星神が共に歌う事によって、「金の気」を与えていることを歌っている歌詞です。「声にならない声」「言葉に出来ない想い」「悲しすぎる笑顔」「嬉しすぎて伝う涙」は様々な形の「愛」のことを表しています。「愛」は決して一種類ではなく、様々な「愛」があります。これは「金の気」が決して一種類ではないということを意味しています。金星神はそういった様々な「金の気」を司っている神様であって、この歌ではそういったことを伝えるために「愛」のことを「声にならない声」「言葉に出来ない想い」「悲しすぎる笑顔」「嬉しすぎて伝う涙」という歌詞で表現しています。どうして、これらの言葉が「愛」の言い換えと言えるかというと、「私が生きて いつか この声だけが残って   気づいてくれた人が  愛を求め 抱きしめてくれるのなら」という言葉で、これらの4つの歌詞を「愛」とまとめているからです。そして、そういった「金の気」を送るということを「ひとつひとつ拾って  あなたのその胸に 投げつけられたなら…」「ひとつひとつ重ねて   あなたのその胸に 焼きつけられたなら…」という言葉で表現しています。「投げつけられたなら…」「焼きつけられたなら…」という歌詞は「与える」ということ、「愛を求め 抱きしめてくれるのなら」という歌詞は「求める」ということを表します。この「与える」と「求める」の構造からも、「声にならない声」「言葉に出来ない想い」「悲しすぎる笑顔」「嬉しすぎて伝う涙」=様々な「愛」=様々な「金の気」と言えます。また、「“私は此処にいる”と 影は私を描くの   見つけてほしい なぞってほしい   夕日が沈む前に」という歌詞は冒頭でも書いたように、金星のことを示す歌詞です。また、「あなたの中に私が 生きてると感じたいの   たとえ私が あなたの世界の景色だったとしても」という歌詞も「あなたの世界の景色」という言葉で金星のことを表しています。そして、「金の気」を与えるということを「あなたの中に私が 生きてると感じたいの」という言葉で表現しています。最後の「私は此処にいるから」という歌詞は、「“私は此処にいる”と 影は私を描くの」という歌詞からの繋がりの歌詞であって、 「私は金星にいるから」ということを意味する歌詞です。

 

また、中島美嘉が金星神と共に「金の気」をもたらしていることは、歌詞だけではなく中島美嘉自身の話している言葉にもよく表現されています。中島美嘉のライブDVD『The First Tour 2003 Live & Document』の中で、MC中、中島美嘉はこう言います。

「私は今、気持ちで、気持ちを皆に伝えることが今一番だと思っているので、今回のツアーでも、これからもずっと、私のライブに来た時は、目に見えない何かを持って帰ってもらえたらな、と思っております。」

彼女は金星神と一緒にこの言葉を言っています。詩の言葉選びと同様に、我々が何を話すかということに神々は関与ができます。そして、重要な場面では神々は我々が何を話すかに関与します。どうしてこの場面が重要だったかというと、このライブは撮影されており、後にDVD化され、ずっと残ることを金星神は分かっていたからです。

ここで彼女が言っている「目に見えないもの」が「金の気」のことです。この中島美嘉の一言は日本語の並びとしては変です。しかし、その変な並びを作っているのは金星神であって、そういう並びにすることで、この言葉に意味を込めています。逆に言うと、この言葉の本当の意味が分かると、この日本語の並びが変でないことが分かります。神々の導きによる我々の発言とは、我々が思っている以上に意味内容を持つということはよく起きます。この言葉を意味が分かるように、分かりやすく言い換えると以下のようになります。

「私は『気持ち』で歌うことによって、『気持ち』を皆に伝えることが今一番大事だと思っています。だから、私の歌を聴いて、目に見えない何か=『金の気』を持って帰ってほしいと思っています。今回のツアーでも、これからもずっと。」

ですから、この言葉とは、「気持ち」で歌うことによって、聴いている人は「気」を受け取っているということの説明にもなっています。そもそも、「気持ち」とは「気を持つ」と書きますが、ある者が「気を持ち」、それによって他者が同じ「気を持つ」という現象が起こるためには、一方がもう一方に「気」を与えると考える方が自然です。その「気」を送る作業を歌が果たしています。

この中島美嘉の一言がこの解説に都合がいいから選んだのではなくて、彼女の歌や発言とはこのようなメッセージに満ちています。何故ならば、重要な場面においては金星神がよく彼女の歌や発言に関与してきたからです。そういったことをこのホームページでは書いていきます。

中島美嘉は金星神と共に歌を歌っているからこそ、その歌には「金の気」が乗り、その歌を聴いている人間は「金の気」を受け取ります。その「金の気」によって、人々はより幸せに生きていくことができます。この一言で「今回のツアーでも、これからもずっと」と中島美嘉が言っているのは、これは金星神の気持ちでもあります。金星神からの中島美嘉に対する「これからもずっと、一緒に歌っていこうね」というメッセージです。なぜならば、金星神は皆の幸せを願っており、中島美嘉と共に歌うことによって、中島美嘉を含む多くの人が幸せになっていけるからです。