2012年12月に金星からの「金の気」が再び降り注ぎ始めたことについてについて書きます。この話は中島美嘉と金星神のことを説明する上で重要であって、人間にとって非常に重要な情報ですので、書く必要があります。

星には「光」の時代と「闇」の時代があります。そして、それを決定するのが、金星からの「金の気」が地球に降り注いでいるかどうかという違いです。金星からの「金の気」が降り注ぐ時代は「光」の時代となり、金星からの「金の気」が降り注がない時代は「闇」の時代となります。そして、2012年12月より金星からの「金の気」は再び地球に降り注いでいます。このことは私に限らず、様々な世界のシャーマンなども言っていることでもあります。何故ならば、「気」を感じる力があれば、金星からの「金の気」が降り注いでいることは感じられるからです。

このことが中島美嘉の楽曲やPVの中で表現されていますので、そのことを表す歌詞やPVを例に挙げたいと思います。

 

「明日になれば 今日とは違う星が きっと輝くはず」(『STARS』)

※この歌詞は金星からの「金の気」が再び降り注ぐことを意味している歌詞です。その星から「光の気」が地球に降り注ぐということを「輝く」という言葉で表現し、「今日とは違う星」と言われているように、この曲が生まれた2001年当時は地球に「光の気」を降り注いでいる星ではないということが分かります。そして、ここで言われている「明日」とは2012年12月のことを意味します。

この歌詞だけだと、この歌詞が金星からの「金の気」が再び降り注ぎ始めるということの根拠としては甘いですが、この歌詞が歌われる時のPVを見ると、この歌詞がそういったことを意味していることに確信を持つことができます。このPVにおいては、金星にいる金星神の姿が描かれていますが、その金星から「金の気」が出始めることが描かれているからです。
 


地球に生きる我々人間にとって、その地球に「光の気」の1つである「金の気」が降り注ぐということは非常に重要なことです。何故ならば、「金の気」とは「愛の気」であって、「金の気」が降り注いでいるならば我々はその「金の気」を受け取ることができますから、「愛」を抱きやすくなるからです。「愛」とは「光の感情」の中で最も大事なものであるからこそ、「金の気」が降り注ぐ時代とは「光」の時代となります。

だからこそ、金星神と繋がっている歌手であり、非常に似た顔を持つ中島美嘉に、この歌詞とこの映像を金星神が用意しています。

 

「今 時は流れ何時かは また 星はきっと美しく光るでしょう」
「今 時は流れ何時かは その愛はきっと 深く伝わるでしょう」(『沙羅』)

※「また 星はきっと美しく光るでしょう」とは金星からの「金の気」が再び降り注ぎ始めることを意味します。どうしてそのように言えるかというと、この歌詞と対の構造を持ち、共通の「今 時は流れ何時かは」という歌詞の続きに「その愛はきっと 深く伝わるでしょう」という歌詞があるからです。

中島美嘉の様々な楽曲解説を読んで頂ければ納得して頂けると思いますが、金星神が関与した詩は構造的に読むことで、その詩に金星神が込めた意味を読み解くことができるように創られています。ここでは、「星はきっと美しく光るでしょう」「その愛はきっと 深く伝わるでしょう」という歌詞が同じ意味を持っているからこそ、このような構造を持たせています。ここで「その愛はきっと 深く伝わるでしょう」という歌詞があるからこそ、「星はきっと美しく光るでしょう」という歌詞の意味が金星からの「金の気」が降り注ぐことを意味しているという根拠を見出せることになります。何故ならば、金星からもたらされる「金の気」は「愛」の原因であり、「金の気」が地球に降り注ぐことは「愛」が深く伝わることを意味するからです。

 

「立ち止まり見る星のない空  私はいつも無力で  寂しさ共感(わか)り合えた人より こんな寂しさくれるあなたが 愛しい」(『見えない星』)

※2012年以前に金星からの「金の気」が降り注いでいないことを意味している歌詞も中島美嘉の楽曲の中には存在し、その1つが『見えない星』のこの歌詞です。『見えない星』とは地球からは非常に見えづらい星である金星のことを描いた歌であり、2012年以前の金星神の気持ちが歌われています。この「私はいつも無力で」という言葉は「金の気」を降らせることができないという金星神の状況を表した歌詞であり、そのことを根拠付けるために「立ち止まり見る星のない空」という歌詞を置いています。『STARS』では「輝く」、『沙羅』では「美しく光る」といった言葉で金星からの「金の気」が降り注ぐことを「星がある空」という方向性で表現したのに対して、「立ち止まり見る星のない空」という言葉で金星からの「金の気」が降り注いでいないことを表現しています。また、「こんな寂しさくれるあなたが 愛しい」という言葉は金星神が「金の気」によって、我々人間に関与することができない苦悩を表す歌詞です。金星神は地球に生きる人間に対する強い「愛」を抱いているからこそ、我々を支えたいと思っていて、しかしながらそれができないということをこの歌詞で表現しています。

先程は中島美嘉の楽曲解説は構造的に読み解くことが重要ということを書きましたが、複数の詩の中での言葉の使われ方を分析することによっても、その詩に金星神が込めた意味を理解できるようになっています。

 

また、2012年12月に発表された『初恋』のPVの中では、金星神と中島美嘉が描かれていますが、金星神が「金の気」を降らせ始める様子が描かれています。2012年12月より金星からの「金の気」が再び降り注ぎ始めたからこそ、神々はこのPVに徹底的に関与し、「金の気」が降り注ぎ始める様子を描いています。

 

このように、中島美嘉の作品の中には、2012年12月より金星からの「金の気」が降り注ぐことについて多く表現されています。何故ならば、この情報が極めて地球にとって大事であるからです。そのことについて少し深めておきたいと思います。


[マヤ暦について]

金星からの「金の気」の有無によって「光」の時代と「闇」の時代が交互に繰り返されるということをよく理解していたのがマヤ文明でした。マヤ文明の人々は「歴史は繰り返す」という考え方を持ち、そのことが星から地球に送られている「気」の違いによって成立することが分かっていました。つまり、マヤ文明の人々は「気」のことや、星の神々のことをよく理解していた形になります。しかし、彼らの知識はほとんど燃やされてしまったが故に、我々には彼らの知識のごく一部しか残されていません。その1つが彼らの残した暦の考え方です。

2012年12月とはマヤ文明で使われていた長期暦が終わった時でした。ですから、人類滅亡論などが流行った時でもありました。しかし、実際は地球は滅びず、地球は今でもあります。しかし、変わったことが1つあり、それが金星からの「金の気」が降り注ぎ始めたということです。

マヤ文明においては、地球は5125年周期であり、その周期の中で「光」の時代と「闇」の時代が成立していることを知っていました。だからこそ、紀元前3114年8月12日とはマヤ人にとって「金星が誕生した日」と呼んでいます。これは金星が誕生したということを意味するのではなく、金星からの「金の気」が降り注ぎ始めた時のことを意味します。整理すると、以下のような形で地球の歴史は流れています。

紀元前3114年8月12日〜紀元前三世紀頃:「光」の時代(金星からの「金の気」が降り注いでいる)
紀元前三世紀頃〜2012年12月22日頃:「闇」の時代(金星からの「金の気」が降り注いでいない)
2012年12月23日頃〜現在:「光」の時代(金星からの「金の気」が降り注いでいる)

現代人は過去の文明は我々に劣るという偏見を知らず知らずの内に植え付けられています。これはとても傲慢な考え方です。実際は、現代が過去の文明よりも優れたものもあれば、過去の文明が我々の文明よりも優れたものもあるはずです。マヤ文明は我々が忘れている様々なことにおいて進んでいたのであって、今でもまだ残っている資料から我々が学ぶことができる点は多くあります。
 

金星からの「金の気」が降り注ぎ始めたということが根拠の無い話に思って頂きたくないが故に、中島美嘉の歌詞とマヤ暦のことを説明しました。しかし、最も重要なことは感じることであって、金星を見ていると目から金星の「金の気」が入り、「愛」を感じます。そして、今日本で生きていると日常的にその「愛」を感じる瞬間が必ずありますので、金星からの「金の気」が降っていることは、そういった御自身の経験から実感として分かって頂くことはできます。