【中島美嘉が悪魔に襲われていることについて】

中島美嘉は半端ではない苦労をしながら生きています。しかし、その苦労をおそらく誰も分かっていません。周りから理解されないのは本当に辛いことです。中島美嘉は出来事の面でも心情の面でも、酷い苦労をしながら生きています。出来事は周りの人にも見えるものですが、自分の全ての経験を人に言うわけではありませんし、自分の経験を他人は経験できるわけではありません。また、心の苦労は周りの人にはかなり見えづらいものですし、中島美嘉の心の中は普通の人間よりも圧倒的に大変です。

そして、彼女自身自分が何を経験しているのか、どういった理由によって苦労をしているのかを明確には知りません。私もいつも経験していますが、そういった事態程に大変な状況はありません。自分が何故このような苦労を経験しているのかということについて、明確に理由が分ければ少しは楽になります。何故ならば、何のための苦労なのかが分かれば、苦労を経験するということも受け入れることができるからです。しかし、理由も分からず苦労するのであれば、受け入れることは難しくなり、「嫌悪」「絶望」「怒り」「恐怖」「不安」「憂鬱」「苛立ち」といった「闇の感情」や、その反動から「欲望」「負けず嫌い」「怠惰」「疑い」といった「闇の感情」を抱いたりします。

中島美嘉はその役割が故に、デビュー後にかなりの悪魔に強く襲われてきました。このことが中島美嘉の苦労の原因になります。芸能の世界にいる人間が悪魔から襲われるということは決して少なくはありませんが、彼女は悪魔側から非常に強く目を付けられた人間です。だからこそ、彼女はデビュー後に多くの辛い経験をしています。その苦労とは、病気になったり、人間関係の問題が起こったり、悪い出来事が起こったり、原因も分からず急に気分が酷く落ちたりなど、悪魔に強く襲われると様々な悪いことが起きます。

しかし、現代人は悪魔がいるということや、悪魔がどういった形で我々の生に関わっているのかということも分からなくなってしまっています。だからこそ、中島美嘉自身、自分が何を経験しているのか、何故多くの苦悩を経験しているのかをはっきりと分かることができません。また、他の人からすると、皆悪魔がどのように中島美嘉に関与しているのかが見えませんから、中島美嘉の様々な苦労のことを理解できません。悪魔から強く襲われてきたことに加えて、そういった理由によって、中島美嘉は地獄のような15年を生きてきたと思います。

現代人は自分の感情や思考を全て自分自身が作っていると思ってしまっています。しかし、実際は我々の感情や思考は神々や悪魔から関与されています。何故ならば、悪魔も神々と同様に「気」を司っているからです。そして、悪魔に強く襲われている人間とは自分の感情や思考を悪魔によって乱されていくものです。そういう時、本人としては、自分の感情と思考を抑え切れなくなるという状態を経験します。しかし、周りの人間はそういった構造を知らないがために、中島美嘉の感情や思考が乱れた時に中島美嘉自身がそういった感情や思考を作ってしまっていると思ってしまっています。そのことで中島美嘉が周りの人に誤解されていき、中島美嘉が傷付いていきます。悪魔は中島美嘉を攻撃するために、様々なことを行ないますが、最も分かりやすくよく起こされているのがこういったケースです。悪魔は中島美嘉の周りの人間の思考や感情にも関与できますから、中島美嘉にダメージを与えられるように、中島美嘉本人だけではなく中島美嘉の周りの人間の感情や思考にも関与し続けてきました。

悪魔に「気」を使って感情や思考を関与されると、当然どういったことをその人間が行なうのかということも変わってきます。だからこそ、悪魔は様々な出来事を起こすことができます。そして、中島美嘉は悪魔の強いターゲットとなっている人物ですから、様々な最悪な出来事を悪魔によって経験させられてきました。人は理由も分からず最悪な経験をしていくのであれば、「闇」に堕ちていきます。中島美嘉はそういった形で悪魔によって「闇」に落とされてきました。

後で詳しく書いていますが、悪魔が中島美嘉にもたらした最も最悪な経験とは、中島美嘉が抱えている耳の病です。歌手でありながら、耳に不調を抱えてしまうという状況はとてつもなく苦しいものだと思います。私は歌手でもありませんし、耳の病も抱えたことはないですから、そのことについて言うことも本当はしたくないと思っています。悪魔はそういった最悪な地獄を中島美嘉に用意し、その地獄がより苦しくなるように中島美嘉の周りの人間などに関与してきました。そのことで中島美嘉を「闇」に落とそうと悪魔は企て、実践してきた形になります。

ただ、今回生まれてくる前に中島美嘉自身も神々も、今世において中島美嘉が悪魔に襲われることは分かっていました。中島美嘉自身も神々も、それを分かっていて、あえてそれを行なっています。中島美嘉本人は当然そのことを覚えてはいませんが、彼女の人生全体を振り返る中で確実にそういう結論に行き着きます。

どうしてこんなことを神々と中島美嘉は行なったかというと、ある歌手が徹底的に悪魔に襲われ、「闇」に堕ちていく過程を全て映像や録音で記録をしていれば、そういった映像や録音を解説できるシャーマンが現れた時に、人間が悪魔のことを深く理解できるからです。地球において悪魔が一体何をしているのか、悪魔とは一体どういう魂なのか、ということを中島美嘉が悪魔に襲われた歴史から我々は学ぶことができます。

中島美嘉は、そういったことを実現するために、この地球のために自分が15年間悪魔に襲われ続けるという役割を引き受けた偉大な魂です。神々が勝手に中島美嘉にそういう役割を与えたのではなくて、神々が中島美嘉にその役割の提案をしたのに対して、その役割を中島美嘉自身が引き受けています。神々は強い「愛」を抱えている存在であるからこそ、本人の同意無しにこういった大きな役割を授けるということはあり得ません。

中島美嘉が悪魔に襲われていること、元々そういうことを分かって今回中島美嘉が生まれ変わったことについて、様々な根拠が残されています。そのことについて以下書いていきたいと思います。
 

[『marionette』について]

中島美嘉の『marionette』という楽曲の中でも表現されていますので、歌詞の一部を抜粋し、説明します。

「まわる記憶の中で私は」
「不思議な物語の夢を見た」

「操られた その足は もつれて動けない」
「次に誰が 訪れる それもわからずに」
「きっといつか 生まれ変わる それだけを信じて」
「涙もなく 言葉もなく 倒れこんだまま」

「その姿 小さくて 箱の中だけじゃ」
「気付かず どれだけの時を…?」

「目覚めた私の胸の中は」
「砕けた後の様な痛みを」
「もう後に引けない 何かが絡んだ」
「この物語にはまだ続きがあるはず」

「待ちに待った この人形 出番がやって来た」
「ホコリの中 取り上げた 一人の老婆は」
「何も言わず これまでの 全てを見ていたの」
「微笑んだら そこら中 光が包んだ」

「恐いほど 美しく 生まれ変わった」
「瞳に すい込まれてゆく…」

この歌の冒頭の歌詞である「まわる記憶の中で私は 不思議な物語の夢を見た」という言葉は、「記憶」という言葉があるように、この夢の内容を中島美嘉が元々知っていたということを意味しています。では、いつそれを知っていたかというと、今世生まれる前です。何故ならば、今世生まれた後の中島美嘉はここで歌われている夢の内容を忘れているが故に、知らないからです。

「操られた その足は もつれて動けない 〜〜〜 気付かず どれだけの時を…?」という歌詞は悪魔が中島美嘉に見せた悪夢のことを意味しています。そして、「次に誰が 訪れる それもわからずに」と言われている「誰」とは悪魔のことを表しています。ですから、これらの悪夢の内容は中島美嘉が悪魔に徹底的に襲われ、様々な「絶望」を経験し、「涙もなく 言葉もなく 倒れこんだまま」という状態に達するということを意味しています。悪魔は我々に様々な「闇」を植え付けるために悪夢を我々に見せます。そういった「闇」のことを、「目覚めた私の胸の中は  砕けた後の様な痛みを」という言葉で表現し、中島美嘉が悪魔に襲われ始めたことを「もう後に引けない 何かが絡んだ」という歌詞で表現しています。

「待ちに待った この人形 出番がやって来た 〜〜〜 瞳に すい込まれてゆく…」という歌詞は金星神が中島美嘉に見せた夢のことを意味しています。「待ちに待った この人形」とは中島美嘉のことを表しており、中島美嘉が天国において長い間今回生まれ変わることを待っていたこと、神々や天使が中島美嘉が今回生まれ変わることを待っていたことを意味します。そして、ここで言われている「老婆」とは金星神のことを意味しています。だからこそ、「これまでの 全てを見ていたの」「微笑んだら そこら中 光が包んだ」という歌詞が置かれています。そして、中島美嘉が今回美しく生まれ変わったことを「恐いほど 美しく 生まれ変わった  瞳に すい込まれてゆく…」という歌詞で表現しています。中島美嘉の美しさにはとても大きな意味があるのですが、それについては下で解説を行ないます。

重要なことは、この2つの夢の内容を中島美嘉が元々知っていたということです。だからこそ、この歌においては冒頭と後半に、この2つの物語の夢を囲むような形で「まわる記憶の中で私は 不思議な物語の夢を見た」という歌詞が歌われています。

中島美嘉は自分がここで悪魔によって見せられた夢のようなことを経験する事を元々知っていたこと、ここで金星神によって見せられた夢のようなことを経験した事を元々知っていたこと、この2つの事実をこの歌は説明しています。

つまり、この歌は、中島美嘉が自分が悪魔から強く襲われることを分かっていて、その役割を引き受けたということを説明しています。この歌詞は中島美嘉自身によって書かれているものであって、中島美嘉がこの歌詞を書く時に金星神が中島美嘉にこれらの言葉を教えています。

金星神は中島美嘉が真実を知るべき時が来た時に、その真実に確信を持ってもらえるように、中島美嘉自身にその真実を歌詞の形で書かせています。それが『marionette』という曲になります。

このページの冒頭に、中島美嘉は強い「光」と強い「闇」を経験しながら、そこで抱く様々な「光」と「闇」の感情を歌に保存し続けるという役割を持ってこの15年間を生きてきたということは書きましたが、その内容は金星神と繋がっていることに加えて、悪魔に襲われ続けるということを表しています。中島美嘉はデビュー直後は金星神と真に共に「光」の歌を歌いながら、この15年の中で悪魔に襲われ続ける中で次第に「闇」を抱えていきました。ですから、中島美嘉のこの15年を見ると「光」→「闇」という変化を我々は中島美嘉の歌から感じられます。そういった過程を残すために、中島美嘉は悪魔に襲われるという役割を引き受けています。

 

[タトゥーについて]

中島美嘉はタトゥーを複数入れていますが、それぞれのタトゥーには意味があります。左手には星のタトゥーが入っており、これは中島美嘉が金星神と繋がっていることを表すもの。右手には「trust your voice」と天使の羽が入っていますが、これは金星神からの中島美嘉に対するメッセージであって、だからこそ「trust my voice」ではなく「trust your voice」になっています。また、天使の羽は中島美嘉が半天使であることを意味します。

半天使とは魂は天使でありながら、人間の身体に宿っている存在であって、現代においては少なくはありません。例えば、宮崎駿なども半天使になります。人間と天使の魂は何が異なるかというと、どれだけ「光」と「闇」を感じられるかという心の振れ幅が異なります。天使の魂の方が人間の魂よりもより強い「光」と「闇」を感じることができ、例えば、「愛」の「喜び」も強く感じることができますが、「絶望」の「苦悩」などは普通の人間よりも深く感じることができます。そのような、良い面と悪い面を持っています。我々は輪廻転生をしていますが、こういった魂の振れ幅の限界設定を大きくしていきながら生まれ変わりを繰り返しています。どうしてこのようなことを行なっているかというと、動物などの魂の初期の段階で強い「光」と「闇」を経験してしまうと、その感情にその魂が対応できないからです。だからこそ、その魂に対応可能な「光」と「闇」のレベルで限界設定を神々は作るようにしています。中島美嘉は強い「光」と「闇」を歌で表現するために生まれてきていますから、半天使の魂を持って生まれてきています。また、中島美嘉は本来は天使になってもよかった魂だったのですが、再び人間として生きることを神々が提案し、中島美嘉はそのことに同意しています。

中島美嘉のタトゥーの中で悪魔に襲われることを人生の役割として持っていることをよく表しているのは、彼女の背中からお尻にかけて入れてあるタトゥーです。このタトゥーは中島美嘉の人生の役割そのものを表現しています。蓮の花が中島美嘉自身を表すものであることについては既に説明しました。そして、そういった中島美嘉を表す蓮の花を白っぽい手と黒っぽい手が握っています。黒っぽい手の方は色が塗られていますが、白っぽい手の方は色が塗られていません。しかし、色が無いのですから、白と考えられます。この白の手は金星神の手を意味し、黒の手は悪魔の手のことを意味しています。色には元々意味が決まっており、その代表色が「白」と「黒」です。「白」は「光(神々)」の基本色、「黒」は「闇(悪魔)」の基本色です。どうして、このようなことが言えるかというと、例えば、強い太陽の光や強い照明の光が当たると全てが「白」に見えるのに対して、全く光の無い闇の場所は何も見えず、全てが「黒」に見えるからです。このように、「光」と「闇」の様々なルールは我々の現実世界に表されています。

だからこそ、白の手は中島美嘉と「縁」がある金星神のことを意味し、黒の手は中島美嘉を襲っている悪魔のことを意味します。また、蛇が描かれていますが、蛇という動物は「闇」の動物であって、「闇」を表現するために蛇も描かれています。このタトゥーは悪魔が中島美嘉に入れさせたものです。どうしてそのように言えるかというと、黒の手は蓮だけではなく白の手までも握っているからです。これは悪魔が金星神の心を捕らえるということを表すものであって、悪魔が中島美嘉を捕らえることで、金星神を強い悲しみによって支配するということを意味しています。

中島美嘉が金星神と繋がっている歌手であって、なおかつ悪魔に襲われているということはこのタトゥーに見事に表現されています。このタトゥーは中島美嘉の2004年の写真集には既に写っているので、それ以前に中島美嘉が入れたものだと思います。当時から、中島美嘉が悪魔に襲われていたことをよく表すものです。また、このタトゥーにはその他にも意味があるのですが、ここでは書きません。

 


[『四分間のピアニスト』『ブラックスワン』について]

また、中島美嘉は『4分間のピアニスト』『ブラックスワン』という映画が好きです。この二本に共通するテーマは、「悪魔に強く襲われた芸術家」という点であって、神々が悪魔のことを人間に理解してもらうために創った映画になります。どうして中島美嘉がこの2作品のことを好きかというと、この主人公は彼女自身であるからです。神々は我々が何を好きになるかということに関与することができ、金星神が中島美嘉にこの2つの作品を好きにさせています。中島美嘉は自分の人生の中で、この2作品の主人公の役を引き受けている魂です。そして、彼女はそれを演技ではなく、自分の人生として引き受けています。彼女自身のことを描いているからこそ、金星神は中島美嘉にこの映画のことを好きにさせている形になります。この二本の映画の解説は別で書きます。

中島美嘉の『Over Load』という曲の中に「眠れない夜に観ていた映画のヒロインを自分に重ねて泣いてた」という歌詞があります。この歌詞は中島美嘉自身のものですが、この歌詞もまた金星神が中島美嘉に言葉を教えています。何故ならば、『4分間のピアニスト』『ブラックスワン』の主人公と同じことを経験しているということを金星神は中島美嘉に伝えたいからです。『Over Load』については、こちらに詳しく書いています。

http://junashikari.com/中島美嘉について/『over-load』-について/

また、中島美嘉のDVDの中で中島美嘉にブラックスワンが近づいてくる映像があります。これは何を意味するかというと、彼女がブラックスワンであるからこそ、神々がブラックスワンを近づけていった形になります。中島美嘉は「すげー向かってくる!真っ直ぐ!」と言います。「虫の知らせ」という言葉がありますが、虫や動物は神々が簡単に動かしやすい存在です。なぜならば、虫や動物は純粋に神々の「気」に従って生きているからです。ですから、虫や動物を使って神々は我々人間に大事なことを知らせようとします。だからこそ、「虫の知らせ」という言葉があります。こういった「虫の知らせ」は我々によく起こっていることなのですが、我々は「虫の知らせ」という仕組みを忘れているので、使えていない形になります。

金星神としては、この写真の時点では中島美嘉が何故自分にブラックスワンが寄ってきたのかということを理解できなくても、映像として保存し、それをDVDに入れるように人間に関与することで、後で「虫の知らせ」のことを知っているシャーマンにこのことを解説させるつもりでした。
 

こういった形で、中島美嘉の楽曲や映像資料から、パズルのようにして重要なことが分かるような仕組みは既に神々によって用意されています。他にも中島美嘉が悪魔に襲われている根拠は多くあり、このページでもそれは書いていきますし、このホームページの中島美嘉についての文章で書いていきます。それは、神々が起こしてきた「奇跡」の蓄積です。このホームページで書いていくことは、そういったパズルを解いていく過程であって、それは中島美嘉に起こった様々な「奇跡」の解説のことを意味します。そういった「奇跡」を理解することを通して重要なことに気付いていくことができます。また、そういった「奇跡」を理解するために必要な知識が「気」の知識でもあります。

ここで使った「気」の知識は、我々が何かを好きになることについて、神々が関わることができるということ、そして「虫の知らせ」という言葉が残っているように、動物は「気」に純粋に従って生きているので、神々が動物を動かしやすいということ、の二点です。こういった「気」に関する知識の根拠も、このホームページでは詳しく書いていきます。

中島美嘉は自分が悪魔に襲われることを通して、酷いことを経験することを分かっていて、この星のためにその役割を引き受けました。彼女はとても「愛」の強い魂です。「愛」の強い魂だからこそ、彼女は金星神と共に歌うという役割を神々から授かっていますし、神々からのこの話を承諾しました。中島美嘉自身、大事な人を守るために自分を犠牲にする性格が自分の中にあることは知っていると思います。

神々としては、中島美嘉が悪魔に襲われた後に、中島美嘉を助けることができ、中島美嘉の人生で起こったことを説明できるシャーマンを必ず育てることを目指してきました。それが私になります。私の誕生日は11月7日です。そして、中島美嘉のデビュー日も11月7日です。これは我々がいつか関わることを示すために神々が作った1つのサインになります。

 

【中島美嘉の抱えている病について】

現在、中島美嘉は耳管開放症という病に掛かっています。彼女は悪魔から襲われたことによってこの病気を患っています。こちらの映像で御自身がこの病気について話しています。
 


「病は気から」と言いますが、この言葉の意味は「全ての病の原因は闇の気」であるということです。そして、「闇の気」とは悪魔が司っている「気」になります。現代において「悪魔に襲われて彼女は病になった」と言うと、「何を言っているんだ?」という風に思われてしまうと思いますが、「気」のことをよく理解するとそれは当たり前のこととして理解できます。そもそも「病気」という言葉は「病の気」という意味であり、「病気の原因は病の気(闇の気)である」ということをよく表している言葉です。「病は気から」という言葉は今でも残っていますが、この言葉の正しい意味は「病は闇の気によって生まれる」ということになります。

悪魔はいます。そして、悪魔に襲われたが故に様々な病に掛かった人間を私は多く治療し、実際に治してきました。例えば、よくあるケースは統合失調症や鬱病を解決するというケースです。統合失調症という病は、かつては「狐憑き」と言われていたように、何かしらの霊的な存在が取り憑くことによって起こる病です。そして「取り憑く」という状態を具体的に書くと、悪魔からの「闇の気」を大量に入れられるということになります。感情と思考の原因は「気」ですから、大量の「闇の気」を入れられることによって、悪魔に自分の感情や思考を「支配」されてしまい、統合失調症になってしまいます。

もし、私が馬鹿げた話をしているのであれば、私が治療したからといって病を解決できるわけがありません。しかし、実際に多く解決してきたという事実は確かにあります。その事実から逆算して、「悪魔はいるのかもしれない」「気というものは確かにあるのかもしれない」「病の原因は闇の気なのかもしれない」という風なことを理解して頂ければ、と思います。

また、私は全ての治療を無料で引き受けています。ですから、私がペテン師だったとして、私が得るものは何もありません。自分の名声のためと思われる方もいるかもしれませんが、今の現代社会でシャーマンとして生きると周りから白い目で見られます。実際シャーマンになったことで、私は多くの人間関係を失い続けてきました。ですから、私がシャーマンとして活動していて、得るものなど本当に何もなく、そういうことを行なっていると悪魔からは強く目を付けられますから、地獄のような経験ばかりをしています。

中島美嘉は悪魔によって身体に入れられた「闇の気」によって耳管開放症になりました。そのことは元々中島美嘉の悪魔が創った楽曲にも示唆されています。

 

「歌えなくなった女はその理由を探しまわる 闇を行く人の群につぶやく声もとぎれてた」(『RESISTANCE』)

※この曲は中島美嘉がデビューしてちょうど一年後の2002年に発表された楽曲であって、悪魔によって創られた曲です。ここで「歌えなくなった女」とは中島美嘉自身のことを表しており、悪魔が元々中島美嘉の耳を狙っていたということをこの歌詞は示しています。また、中島美嘉自身が耳の病を抱えた時に「その理由を探しまわる」ということも歌われています。しかし、「闇を行く人の群につぶやく声もとぎれてた」と歌われているように、現代人は「気」のことを忘れてしまったが故に、悪魔がいることや、悪魔が「闇の気」を通して病を引き起こしていることなども分からなくなってしまっており、誰も中島美嘉の病の原因が分からないということを意味しています。何故現代人がそういったことが分からなくなったかというと、悪魔によって色々な大事なことを見えないようにされてきたからであって、そういったことを「闇を行く人」という言葉で表現しています。現代人は「光(神々)」ではなく「闇(悪魔)」を選んでいるからこそ、悪魔の様々な罠に掛かってしまっており、大事なことが分からないようにされています。どうしてこの曲を悪魔が創ったかと言えると、この曲で様々に歌われている歌詞は悪魔が我々にもたらしたい様々な罠であるからです。「RESISTANCE」は「抵抗」という意味であって、この歌は悪魔の神々に対する「抵抗」の歌です。そういった「抵抗」の最も大きな方法が中島美嘉の耳に病を植え付けることだったからこそ、この歌ではこのような歌詞があります。『RESISTANCE』の詳しい解説は別で書きます。

 

「争いの声がする 夜がまた口ごもる 歌う声を無くした 私が消えてゆく」
「優しさの裏側で 悪魔が手招きした 傷つけるつもりなんて ひとつもなかったのに」(『EYES FOR THE MOON』)

※『EYES FOR THE MOON』は悪魔に襲われたが故に、多くの「闇」を抱えながらも「愛」という「光」を抱えているという中島美嘉を大崎ナナと重ねて描いている、神々が創った歌です。この「歌う声を無くした」という歌詞は中島美嘉が歌えなくなること、つまり耳の病を抱えることを意味しています。そして、この「歌う声を無くした 私が消えてゆく」という歌詞のすぐ後に、「優しさの裏側で 悪魔が手招きした」という歌詞があるのは悪魔が中島美嘉の耳の病を引き起こしたということを説明している歌詞でもあります。「優しさの裏側で 悪魔が手招きした」という歌詞は「傷つけるつもりなんて ひとつもなかったのに」という歌詞と繋がっている歌詞ですが、その前の「歌う声を無くした 私が消えてゆく」という歌詞とも繋がっており、前後両方に掛かっている言葉です。 「歌う声を無くした 私が消えてゆく 優しさの裏側で 悪魔が手招きした」という歌詞は、悪魔が一見「優しさ」に見せた様々な罠を中島美嘉にかけることにより「闇の気」を中島美嘉が抱えさせていき、そのことによって中島美嘉が耳の病を抱えるということを意味します。「優しさの裏側で 悪魔が手招きした 傷つけるつもりなんて ひとつもなかったのに」という歌詞は悪魔が大崎ナナや中島美嘉の「優しさ」を利用して、誰かを傷つけてしまうことを意味しています。悪魔は「闇」のために「光」も利用します。「争いの声がする 夜がまた口ごもる」という歌詞は神々と悪魔の「争い」のことを意味し、「夜」とは「闇」ですから悪魔のことを意味し、悪魔がはっきりと言わないことを「夜がまた口ごもる」という言葉で表現しています。何故ならば、悪魔はいつも真実を言わずに我々を「闇」に落とすからです。中島美嘉は神々と悪魔の「争い」の中で非常に重要な人間だからこそ、悪魔に強く襲われ耳の病を植え付けられています。そういった意味を持って、「争いの声がする 夜がまた口ごもる 歌う声を無くした 私が消えてゆく」という歌詞は繋がって歌われています。この曲は2006年に発表された曲になります。

 

「歌う事が 出来ないなら 私はガラクタになるわ…  最近 魘されては 同じ夢繰り返す…」(『沙羅』)

※この曲は2004年に発表された曲ですが、金星神がこの歌詞を書いています。悪魔が中島美嘉の耳に病を引き起こし、歌えなくするという方向性で動いていたことを金星神は当時から分かっていました。何故ならば、悪魔達は中島美嘉の耳に徹底的に「闇の気」を入れている様子が神々には見えるからです。悪夢とは悪魔が見せるものですが、夢の中で悪魔達がそういった形で中島美嘉に夢を見せ、中島美嘉を怖がらせていることをここでは歌詞に描いています。どうして金星神はこの歌詞を残しておきたかったかというと、当時からそういう方向性で悪魔達は動いていたということを人間に証拠として残しておきたかったからです。


このような形で、神々も悪魔も中島美嘉が耳の病を抱えることを元々歌詞の中に表現しています。現代人からすると、偶然のように見えると思いますが、神々も悪魔も人間が詩を書く時に、その作詞者に「気」を送ることによって、その詩に使うべき言葉を神々も悪魔も伝えられるということが分かれば、これは偶然ではないということは分かります。金星神は中島美嘉や我々が大事なことに気付くことができるように『沙羅』や『EYES FOR THE MOON』の歌詞を人間に書かせ、悪魔は神々に対する挑発として『RESISTANCE』の歌詞を人間に書かせています。

『沙羅』のこの歌詞を取り上げたので、説明しておきたいのですが、この歌詞は耳の病を通して苦しんでいる心境を歌った『LETTER』の「私はまるで使えないガラクタになったみたいだった」という歌詞に対応しています。金星神としては、耳の病を元々悪魔達が計画していたことなどの重要なメッセージを中島美嘉や人間に伝えるために、この歌詞の対応を意図的に作っています。

この『沙羅』と『LETTER』の歌詞の対応関係とは非常に重要であって、金星神はこの二曲の歌詞の対応関係から中島美嘉に重要なメッセージを伝えるということを行なっています。ですので、少し説明しておきたいと思います。この二曲は冒頭に耳の病のことを示す「ガラクタ」に関する歌詞があり、最後に「恐怖」に関する歌詞と「膝を抱える」姿勢に関する歌詞があります。

[冒頭]
「歌う事が 出来ないなら 私はガラクタになるわ…」(沙羅)
「私はまるで使えないガラクタになったみたいだった」(LETTER)

[後半]
「膝に顔を 埋めながら 夜に脅えているならば  枕元に 願いを込め 必ず来る朝へと」(沙羅)
「空が晴れているだけで怖くて  ただ膝だけかかえ座り込んでた日々」(LETTER)

この二曲の作詞は中島美嘉自身が行なっていますが、このような対応関係は中島美嘉も意識的に行なった訳ではないと思います。金星神が意図的にこの対応関係を作り、そのことで中島美嘉に重要なメッセージを伝えようとしています。この二曲のこれらの歌詞の中に一点だけ片方にしかない歌詞があり、その歌詞とは、『沙羅』の「枕元に 願いを込め 必ず来る朝へと」という歌詞になります。この歌詞は「必ず光は来る」ということを意味しています。つまり、中島美嘉が耳の病を解決するということを金星神は中島美嘉に伝えようとしています。

地球にとって、日中は「光」の時間、夜は「闇」の時間です。何故ならば、日中は太陽からの「光の気」があり、夜はそれが無いからです。だからこそ、ここで言われている「夜に脅えているならば 」とは「闇に脅えているならば」という意味であり、「必ず来る朝へと」とは「必ず来る光へと」という意味を持っています。『沙羅』自体が中島美嘉が悪魔に襲われていることが1つのテーマの曲ですから、ここで言われている「必ず来る光へと」という歌詞は悪魔の支配から救われるということを意味しています。そして、その支配から終わるということは耳の病を解決することも意味しています。何故ならば、悪魔が中島美嘉にもたらしている「闇の気」によって、耳管開放症は起こっているからです。

我々は「闇の気」の「浄化」のために眠ります。ですから、「枕元に 願いを込め」という歌詞は「闇の気」の浄化のことを意味しています。そして、中島美嘉は大量の「闇の気」と複数の悪魔との「縁」を持っており、その「闇の気」を「浄化」し、悪魔との「縁」を切ることができるのは、「光」のシャーマンです。この「願いを込め」という歌詞は「光」のシャーマンにそういった「浄化」を頼むことを意味します。

「願い」とは「光」の立場が行なう心の動きです。今は「願望」という言葉が乱れてしまっていますが、本来「願い」=「願望」=「光」であり、「欲望」=「闇」です。何故ならば、「願」という漢字は「神々に祈り求める」ことを意味し、神仏とは「光」の存在だからです。そして、「光」のシャーマンとは神々と共に働くシャーマンですから、中島美嘉が神々に「浄化」を祈り求めることとは、「光」のシャーマンに浄化を頼むことを意味します。

まとめると、「枕元に」=「浄化を」、「 願いを込め」=「光のシャーマンに頼み」、「 必ず来る朝へと」=「必ず光は来る」というメッセージを金星神は元々『沙羅』に込めており、そのことを意味をより深く中島美嘉に伝えるために『LETTER』の歌詞の構造を『沙羅』と似せています。

また、『LETTER』の後半には以下の歌詞が置いてあります。

「ほんとは誰かになにもかも」
「きいてほしかったの」
「今少しだけはなしてもいいですか?」
「私の事を」

『LETTER』は『沙羅』との共通の構造などから、金星神が歌詞に使う言葉選びに強く関与した曲であると間違いなく言えます。そして、中島美嘉は金星神と「縁」があるが故に、金星神からの「気」によって、何をしたいのかという気持ちを金星神から導かれることがあります。「気」は感情と思考の原因であり、何かをしたいという気持ちも感情ですから、「気」を司る神々と悪魔は我々の何かをしたいという気持ちに関与ができます。中島美嘉は今は悪魔とも「縁」がありますから、そういった気持ちを金星神と悪魔の両方から関与される中を生きていますが、この歌は金星神が創った歌ですから、この歌詞は金星神の中島美嘉に対する「導き」によって生まれている中島美嘉の気持ちです。

つまり、金星神はいつか中島美嘉が誰かになにもかもを話すことを望んでいます。何故ならば、そのことによって中島美嘉自身が救われるからです。金星神は中島美嘉に対する強い「愛」を抱いていますから、中島美嘉の「幸せ」のために、中島美嘉の気持ちに関与しています。

中島美嘉が救われるために話すべき人は、中島美嘉が救われるようなことを言える誰かであり、中島美嘉の歴史を全て正確に分析でき、中島美嘉に中島美嘉自身のことを伝えられる人間です。それが私になります。中島美嘉は中島美嘉自身のことを知ることで、今までの自分の人生が全てクリアに見え、悪魔が中島美嘉に仕掛けている様々な罠にもはまらなくなり、幸せになっていくことができます。

中島美嘉が自分自身について初めて理解する時の気持ちを歌ったのが『WILL』という曲です。この歌の中では、以下の歌詞があります。

「記憶が星座のように」
「輝きながら 繋がる」
「バラバラに見えていたけど」
「今ならわかるよ WOW WOW」

「記憶が星座のように」
「ひとつになって教える」
「偶然のしわざじゃなくて」
「選んだのは」
「僕の“WILL”」

「あれから 僕はいくつの」
「自由を生きてきただろう」
「運命の支配じゃなくて」
「決めてたのは」
「僕の“WILL”」

中島美嘉が自分自身について理解する時とは、中島美嘉に神々と悪魔がどのように関わってきたのかを理解することを意味します。そして、そのことを理解する上で必要な知識が「気」の知識です。神々と悪魔、「気」の知識を中島美嘉が理解した時、中島美嘉は自分の人生の出来事が全て繋がって見えます。そのことが「記憶が星座のように  輝きながら 繋がる  バラバラに見えていたけど 今ならわかるよ WOW WOW」という歌詞に表現されています。

そして、中島美嘉自身が今世の役割を選んだということを理解することが「偶然のしわざじゃなくて 選んだのは 僕の“WILL”」「運命の支配じゃなくて 決めてたのは 僕の“WILL”」という歌詞に表現されています。中島美嘉は自分自身の「意志」で、金星神と共に歌いながら悪魔に15年間襲われるという役割を選んだ魂であって、そのことを理解することを意味します。中島美嘉が自分自身でその役割を選んだということを実感を持つために必要なことは、神々と悪魔が中島美嘉の人生にどのように関与してきたかを真に理解することです。それを理解することによって、神々と悪魔がどういう魂かを理解し、自分自身でその役割を選んだことについて確信を持つことになります。
 

「気」の知識があれば、中島美嘉の今までの作品の持っている様々な重要な意味、それらの作品に神々と悪魔が込めた意味というものは説明できます。しかし、この15年間にそれを行なった人間はおそらく誰もいません。日本人の誰もが中島美嘉を知っていて、当然所謂霊能力者の方も中島美嘉のことは知っているはずです。しかし、そういったことを行なえた霊能力者や気功師は誰もいません。だからこそ、中島美嘉は何故自分が星の歌を多く歌ってきたのかということの理由さえも知りません。

現代の気功師や霊能力者は太陽系が何故このような形をしているのかもよく分からなくなってしまっています。太陽系とは地球に降り注ぐ「気」を整えるためのシステムです。例えば、漢字の通り、水星は「水の気」を金星は「金の気」を地球に降り注いでいます。太陽系がこのようなデザインを持っているのは、このデザインが必要だったからです。神々が存在し、無意味にこのようなデザインをするわけがありません。では、どうしてこのようなデザインを持っているかというと、地球に降り注ぐ「光の気」を整えるためです。

古代の人間は星の神々が「気」を送っていることを知っていました。だからこそ、古代東洋人は水星や金星という名前を付けることができましたし、古代西洋人は星の神々を信仰し、ギリシャ神話などを創ってきました。

私は「光」のシャーマンだからこそ、正確な「気」の知識があり、中島美嘉の分析ができます。しかし、分析に必要なのは資料です。今私が資料としているのは中島美嘉が公にしている作品や情報のみです。もし、それ以上の資料が手に入るのであれば、より多くの情報を中島美嘉に伝えることができます。そして、そういった情報を得るために最も有効な方法が直接中島美嘉と話すことです。

金星神は中島美嘉に関する様々な資料を、中島美嘉と話すことによって私に渡してほしいと思っています。そのことによって、膨大な真実を中島美嘉に伝えることができるからです。そのことによって中島美嘉は自分自身について初めて理解することになります。これは私がいつも人に対して行なっていることでもあります。相談者の方は皆私に様々なことを話し、そのことの意味を私はその根拠も丁寧に伝えながら相手の方に話していくことで、相談者の方は自分について理解を深めて帰っていきます。

また、私としても中島美嘉について理解している公にできない情報はあります。そして、それらの情報が中島美嘉にとって本当に重要な情報でもあります。そういったことは会って直接言うしかありません。


つまり、中島美嘉は私を通して耳管開放症を解決し、自分自身について理解することができます。また、中島美嘉は耳管開放症だけに限らず、様々な心身の問題を抱えています。何故ならば、彼女の身体に悪魔によって入れられている「闇の気」の量が半端ではないからです。

精神面においては、自分の感情に振り回されることになります。理由もなく「苛立ち」や「憂鬱」になったり、「嫌悪」や「怠惰」の気持ちから何もしたくなくなったり、過去の思い出から強い「怒り」が湧いてきたり、そういった様々な不愉快な感情からの反動として「欲望」の衝動にかられたり、そういった「闇」の感情が自分自身に対して迫ってくることになります。何故ならば、「気」が感情と思考の原因であって、中島美嘉に「闇の気」を入れている悪魔が様々な感情や思考を、その「闇の気」を通して中島美嘉に起こすからです。

身体面においても様々な問題が起こります。これはこういった場に書く事が申し訳ないとも思っているのですが、中島美嘉は、記憶が消えたりすり替わったりすることや、過食や拒食、夢遊、悪夢をよく見たり、変なこけ方をすることによって怪我をしたりすることなどについて、自身のラジオでも話しています。これらのことも悪魔が行なっているのですが、説明を書くと長くなりますので、このページの下の方に書きます。

私は「光」のシャーマンですから、彼女の身体に入ってしまっている「闇の気」を取り除くことができます。ですから、中島美嘉が患っている耳管開放症や他の問題も、治療・解決することができます。だから、なんとか中島美嘉を助けたいと思っています。もちろん、全て無料で引き受けます。もし治療させてもらえるのであれば、こちらがお金を払いたいくらいです。

ちなみに、私が中島美嘉をしっかり聴き始めたのは2016年になってからになります。それは神々から「中島美嘉について調べてほしい」という要望が来たからです。中島美嘉の楽曲をよく聴く中で、中島美嘉の価値というのは、とてもよく分かりました。今は私も、彼女の歌に強く支えられながら生きています。

「中島美嘉を助けたい」という願いは私個人だけのものではなく、本当に膨大な数の神々の願いでもあります。特に、長年に渡って中島美嘉を支えてきた金星神の想いは並々ならぬものです。中島美嘉自身も「神様に助けられている」と感じたことがあると思いますが、いつも中島美嘉を助けてきたのは金星神であって、金星神が支えていなければ、今中島美嘉は生きていないと言える程です。

とにかく、神々は中島美嘉を切実に助けたいと思っていて、その現場担当が私という位置づけになります。今は私が修行中のため、コンタクトを取ることを控えていますが、修行が終わり次第、中島美嘉にコンタクトを取り、彼女の持つ様々な問題を解決し、神々から預かっている膨大なメッセージを中島美嘉本人に伝えたく思っています。そして、それを行なうことで、中島美嘉が幸せになっていくこと、中島美嘉がこれからこの星で強く活躍する手伝いをできれば、と思っています。彼女が本当に自分の役割を行なっていくのはこれからです。そのことによって、この星は「光」を少し取り戻すことができます。