【中島美嘉が経験している様々な身体の症状について】

中島美嘉は、耳管開放症だけに関わらず、身体に大量に入れられている「闇の気」によって様々な好ましくないことを経験しています。記憶が消えたりすり替わったりすることや、過食や拒食、夢遊、悪夢をよく見たり、睡眠の問題、変なこけ方をすることによって怪我をしたりすることなどです。また、神々は中島美嘉に長時間眠らせたりすることなどを行なっていたりします。ここではそれらのことがどのようにして起こっているのかということを説明していきます。

 

[記憶の消去・書き換え]

どうして「闇の気」を抱えると記憶の問題が生じるかというと、我々はそもそも「気」を脳細胞に宿すことによって記憶を保存しているからです。脳科学者は、脳のどの部分にどのような記憶が保存されているのかは知っていても、どのような形で脳に記憶が保存されているのかを本当は知りません。脳とパソコンのハードディスクは同じようなものであって、情報の保存装置です。そして、情報は必ずデータに変換しないとハードディスクに保存できません。それと全く同様に、記憶はデータに変換しないと脳に保存できません。では、どのように記憶はデータに変換されるかというと、「気」に宿すことによってデータ化されます。何故ならば、「気」には情報を乗せることができるからです。だからこそ、中島美嘉の楽曲に神々も悪魔も「気」に言葉という情報を乗せて、人間に教えることができています。そういった意味で、記憶が宿った「気」が脳細胞に宿ることによって、我々は記憶を保存しているからこそ、悪魔の司る「闇の気」によって記憶を保存していくと、悪魔がその記憶を好きに消したり、書き換えを行なうことができます。そのことによって、記憶が消えたり、記憶がすり替わったりしてしまいます。記憶が消えたり、記憶がすり替わるのは、誰かがそれを消したり、書き換えたりしているからであって、悪魔がそれらのことを行なっています。記憶についてはこちらに詳しく書いています。

http://junashikari.com/body/記憶について/

また、「闇の気」が溜まっていると、普段使っている言葉が出てこないということも経験します。それはその記憶が宿っている「気」に悪魔が関与しているのではなくて、「神経」に関与している形になります。「神経」とは「神が経る」と書きますが、これは「気が経る」ということを意味している言葉です。何故ならば、神々は「気」のレベルに生き、「気」を司っている存在だからです。ですから、「神経」とは「気」が流れるためのラインです。そして、心臓に宿った魂が脳から記憶を引き出す時、心臓と脳の間を通っている「神経」を使って情報を引き出す形になります。しかし、神経に「闇の気」が宿っていると、「神経」が遮断されているように悪魔に関与され、記憶をうまく引き出すことができなくなります。悪魔はこういったことをよく行ないます。何故ならば、そういったことをすると人間に「私はボケてきたのかな、、」という「不安」や「またか、、」という「嫌悪」などを抱かせられるからになります。そして、ここで「不安」や「嫌悪」を抱かせることによって、「闇の気」に共感しやすい状況を用意します。悪魔は我々の会話に関与するために、こういった形で「神経」に関与することで、我々の心を「闇」に寄せていきます。

 

[過食・拒食]

過食や拒食が何故起こるかというと、悪魔は我々に食欲や「食べたくない」という嫌悪感を「気」で関与することによって起こす事ができるからです。何かを食べたいという気持ちは「欲望」であって、何も食べたくないという気持ちは「嫌悪」です。悪魔は「闇の気」を司っており、「欲望」「嫌悪」は「闇」の感情ですから、悪魔は簡単に我々に拒食や過食を引き起こすことができます。どうして悪魔はこのようなことを起こすかというと、あまりにも食べないと人は「闇の気」で生きるようになるからです。我々が食べるのはそもそも「光の気」の摂取のためです。カロリーとは熱量のことであって「火の気」のこと、水分とは「水の気」のことです。そういった「光の気」の摂取のために我々は食べているのであって、あまりにも食べないと「闇の気」で生き始めます。「闇の気」は「闇」の感情の原因ですから、そうすると、「闇」の感情をより抱きながら生きていくこととなります。悪魔は我々に「闇の気」を入れるために、「闇の気」を摂取しないと生きていけないような状況を作ります。その1つの方法が拒食です。

また、どうして過食にするかというと、その人間を太らせれば、より「気」を宿すための体積を確保できるからです。物体には「気」が宿ることができますが、我々の身体とは物体であって、大きければ大きい程「気」は宿せます。悪魔はその人間により「闇の気」を宿すための体積を確保させるために過食を引き起こします。よく芸能人などで急に激太りする人などはいますが、そういった人は基本的に悪魔に太らされている形になります。芸能人とは現代社会で影響力を持った人間ですから、悪魔に狙われやすい存在です。悪魔は自分の「闇の気」をその芸能人に入れるために、過食によって太らせるということを使います。

また、こういった拒食や過食を悪魔は繰り返させることで、「闇の気」を我々の魂に植え付けていきます。過食の段階と拒食の段階は心の動き方が少し異なります。何故ならば、「闇の気」がどのように我々に関与するのかということが変わるからです。そういった違いを作ることで、様々な「闇」を悪魔は我々の魂に植え付けていきます。

 

[夢遊症状]

夢遊症状は実際は神々も悪魔も作ることができるものです。しかし、神々は我々の意志を大事にしているが故に、基本的に勝手にその人間の身体を使おうと思いません。それに対して、悪魔は我々の意志など大事にしていませんから、遊びとして勝手にその人間の身体を使います。悪魔が時折行なうのは、その人間の身体を勝手に使い、何かをその人間に作らせることです。実際中島美嘉も寝ている時に詩が書けてしまうことがありますが、そういったことは基本的には悪魔によってやらされています。何かが生まれるためには必ずそれを作る魂が必要です。勝手に何かが生まれることは決してありません。中島美嘉が眠っているような状態で詩が書けてしまうのは、中島美嘉以外の何者かがそれを作っているからであって、基本的には悪魔がそのようなことを行なっています。

また、悪魔はそういった夢遊状態を使って人間に怪我をさせるということも行ないます。何故ならば、悪魔からするとそれは面白いからになります。また、怪我をすると痛みや見た目の悪さから、その人間に「嫌悪」の感情を抱かせやすくなるので、そういった「闇」の感情を抱かせるために、寝ている時に怪我をさせます。これは映画『ブラックスワン』で主人公のニナが寝ている時に身体に引っ搔き傷を作ることも全く同様です。悪魔は引っ掻き傷を作ることで、ニナの母親の不満を強くし、母親の不満を使ってニナを「闇」に落とそうとしていきます。

睡眠の役割や夢遊症状についてはここに詳しく書いています。

http://junashikari.com/body/人は何故眠るのか?/
http://junashikari.com/body/寝返り、夢遊病、寝ている時に身体を傷付けるこ/

 

[悪夢]

悪魔は我々に悪夢をよく見せますが、どうして彼らがそういったことを行なうかというと、何らかの「恐怖」を夢を通して我々に植え付けたいからです。例えば、自分のコンサートにお客さんが全然来ないという夢を中島美嘉が悪魔によって見させられる時、中島美嘉は現実のコンサートにおいてもお客さんがちゃんと来てくれるか「不安」になります。悪魔としては、こういった「不安」や「恐怖」を我々に植え付けるために、悪夢を我々に見せます。何故ならば、そういった「不安」や「恐怖」を植え付ければ、現実世界でその人間が「不安」や「恐怖」の感情を抱いている時間を長く強くしやすくなるからです。悪魔は我々に「闇の気」を入れることによって、我々の感情や思考に様々な関与ができます。そして、我々が悪魔からの「闇の気」を受け入れるためには、我々が「闇」の感情を抱く必要があります。だからこそ、悪魔は「闇の気」を入れるために、我々が「闇」の感情を抱きやすくすることを狙って、悪夢を我々に見せます。夢についてはこちらに詳しく書いています。

http://junashikari.com/body/夢について-2/

 

[長時間睡眠・不眠症]

中島美嘉の睡眠は普通の人の睡眠と異なります。実際に本人から詳しく聞いたわけではないので、完全に当てはまるわけではないと思いますが、予想できること、その意味を説明していきたいと思います。睡眠とは人間において非常に大事な行為であるからこそ、神々も悪魔も中島美嘉の睡眠を奪い合っています。

睡眠とは「闇の気」の浄化のためにあります。そのことについてはこちらに詳しく書いています。

http://junashikari.com/body/人は何故眠るのか?/

そして、中島美嘉は大量の「闇の気」を抱えています。ですから、神々は中島美嘉の身体に入っている大量の「闇の気」を少しでも浄化するために中島美嘉をできるだけ長く眠らせたいと思っています。それに対して、悪魔は中島美嘉を眠らせたいとは思いません。何故ならば、眠られると「闇の気」の浄化をされてしまうからです。「眠気」とは「眠りの気」と書きますが、神々も悪魔も「眠気」は司っています。そういった神々と悪魔の闘いの中に中島美嘉の睡眠はあり、その中で中島美嘉の睡眠は成立しています。

例えば、中島美嘉は非常に長時間眠ることができると思います。それは、神々が長時間中島美嘉を眠らせているからになります。また、中島美嘉は不眠症になったこともあると思います。それは、悪魔が中島美嘉を眠らせないように仕向けているからです。また、眠っている途中でよく目覚めてしまうことはあるようですが、それも悪魔が中島美嘉の睡眠を邪魔している形になります。

悪魔は我々が眠らないようにするために、様々な「闇の気」を入れようとします。我々は「眠気(眠りの気)」に「共感」する時に眠りに入ります。そして、我々が1つの時間に「共感」することができる「気」は基本的には1つです。ですから、悪魔は我々が「眠気」に「共感」しないように、「闇の気」に「共感」させます。だからこそ、眠れない時というのは不愉快な感情を抱いたり、悪い思考が頭に浮かんできます。悪魔からの「闇の気」によって「闇」の感情・思考を経験させられているからです。それに対して、非常に気分がいい時、我々は基本的にスムーズに眠ることができます。何故ならば、悪魔の「闇の気」に捕まっていないが故に、神々がスムーズに我々に「眠気」を感じさせられるからです。

金星神が創った楽曲の1つに『LAST WALTZ』という曲があります。この歌は中島美嘉と金星神が支え合って生きていることを表現している歌であって、金星神が中島美嘉が眠っている時に支えていることを説明している歌でもあります。タイトルは、「一日の終わり=眠りの始まり」という意味を「LAST」という言葉に、「中島美嘉と金星神が二人で共に生きているということ」という意味を「WALTZ(二人で踊る円舞)」という言葉に込めています。それをよく表しているのが、「深い眠りから ラララ 溢れる 夢の歌  遠い私から ラララ 溢れる 夢の雫」という歌詞であって、どうして「遠い私」なのかというと、ここで言われている「私」が地球からはるか遠くにある金星にいる金星神のことを意味しているからです。また、「夢の雫」とは金星神が中島美嘉に送っている「光の気」のことを意味します。つまり、中島美嘉が眠っている時に金星神が「光の気」を通して、中島美嘉の睡眠を支えていることを意味しています。そして、この歌の最後は、「眠る時にもどうか忘れないで 揺れるココロを強く受けとめてね」という歌詞で終わります。これは「眠る時にどうか闇の感情に堕ちず、光の感情を維持してほしい。それによって、美嘉の眠りを支えられる」という金星神からの中島美嘉に対する語りかけを意味しています。金星神が中島美嘉の睡眠を支えていることは『火の鳥』のPVにおいても表現されています。

 

『四分間のピアニスト』『ブラックスワン』に関連して、神々が悪魔のことを描いた映画に『マシニスト』『ファイトクラブ』がありますが、この2つの作品においては主人公は悪魔に襲われることを通して、不眠症を抱えています。中島美嘉も不眠症状を抱いたことがあると思いますが、それは悪魔によって引き起こされています。

こういった意味で、今の中島美嘉にとって、長時間睡眠は神々が行なっている「導き」、不眠症状は悪魔が行なっている「コントロール」と理解して頂ければ、と思います。

 

[怪我・事故]

悪魔は中島美嘉に様々な怪我をさせようとします。また、事故を起こそうともします。今の中島美嘉において、最も恐ろしい問題はこの点にあります。我々はいつも自分の身体を100%意識しているかというと、全然そうではありません。何故ならば、我々人間の認識能力は1つの時間に1つのことしか認識できないからです。例えば、中島美嘉が歌っている時は歌に集中するのであって、その他のことに対する意識は薄くなります。そして、神々や悪魔は我々と違い、1つの時間に膨大な数の認識をできます。ですから、神々や悪魔は我々の身体の全てを常に意識することができます。そして、中島美嘉の身体には悪魔からの「闇の気」が大量に入っていますから、悪魔は中島美嘉の身体をかなりその悪魔の意志で動かすことができます。中島美嘉が自分では無意識に身体を動かしていることなどがそういった時に当たります。そして、人間はかなり無意識に身体を動かしていますから、実際はかなり神々や悪魔によって動かされています。例えば、中島美嘉は変なこけ方をしてしまい、それで怪我をしてしまうこともありますが、実際にこけ始めてからどういう風に自分の体を守るのかというのは瞬時の判断です。そういった瞬時の判断に悪魔は「闇の気」で関与し、できるだけ中島美嘉に変なこけ方をさせようとします。また、当然どういった形でこけ始めさせるかということも悪魔は元々狙って中島美嘉の身体に関与しています。また、金星神は悪魔がそういった形で中島美嘉に怪我をさせないように、一瞬たりとも気を抜けないような形で中島美嘉を守り続けています。中島美嘉の身体は神々が元々かなり頑丈に作っていますが、それでも怪我をしてしまうリスクは常にあります。

また、怪我と関連して事故も非常に恐ろしいものです。転ぶのと全く同じで、車の運転などもほんの一瞬の誤った判断が致命的な結果をもたらします。悪魔は中島美嘉に関してはそういったことを狙っていますから、今は中島美嘉は車の運転はすべきではありません。また、マネージャーなどが運転している時も、そのマネージャーに悪魔は関与しようとしていますし、中島美嘉が路上を歩く時も車のドライバー側に関与する事で中島美嘉を事故に遭わせようともします。そして、神々はそういったことが起こらないように、中島美嘉を徹底的に守っています。

中島美嘉の2015年のツアーにおいて、中島美嘉は空中ヨガを命綱無しに行なっています。悪魔としては中島美嘉に怪我をさせるつもりでした。場合によっては殺していたかもしれません。実際中島美嘉も公演中にヒヤッとした経験をしています。金星神はこの空中ヨガの間も全力で「気」を送りながら中島美嘉を守っていました。

中島美嘉はスリルを楽しむことができる人間です。だからこそ、このツアー中の空中ヨガも行なっていますが、悪魔が中島美嘉にやらせている形になります。また、この公演は当初ここまで空中ヨガの高さを出すつもりはなかったようなのですが、悪魔がこの公演の関係者に関与したことにより、高さを上げています。中島美嘉を強く襲っている悪魔はこの地球において非常に力のある悪魔であり、そのような力のある悪魔だからこそ、多くの人が同じ悪魔の「闇の気」を抱えています。だからこそ、中島美嘉を襲っている悪魔は中島美嘉の周りの人間を動かすことが簡単にでき、そのことによって中島美嘉を苦しめようといつもします。このことは『四分間のピアニスト』や『ブラックスワン』と全く同じ構造です。そもそも、『四分間のピアニスト』と『ブラックスワン』は中島美嘉を襲っている悪魔のことを描いた映画になります。

 

[シャワー・風呂]

これを書くと御本人に嫌がられそうで申し訳ないのですが、中島美嘉は風呂やシャワーが好きではありませんでした。これは悪魔によって嫌いにさせられている形になります。どうして悪魔は風呂やシャワーを嫌わせるかというと、風呂やシャワーも睡眠同様に「闇の気」の浄化を促すからです。水は「気」を洗い流す力がありますから、シャワーを浴びているだけで「闇の気」は浄化されます。また、風呂に入ると体温が上がりますが、体温が上がると「闇の気」は浄化されていきます。我々が風邪を引くと熱が出るのは、その熱が必要だからです。では何故その熱が必要かと言うと「闇の気」の浄化のためにになります。現代人は風邪を悪い病だと思ってしまっていますが、基本的に風邪とは神々が我々の身体に宿っている「闇の気」の浄化を熱を通して行なうために行なっているものであって、ありがたいものです。熱とは「火の気」そのもののことを意味し、「火の気」とは「光の気」の1つであって、神々が司っている「気」になります。

シャワーや風呂はいつ行なうかということは非常に重要です。もし一日に一回だとしたら間違いなく一日の最後に行なうべきです。何故ならば、一日の最後は様々な「闇の気」が身体に付着しており、それを洗い流さなければ、身体に付いている「闇の気」が睡眠の邪魔をするからです。また、理想的にはシャワーや風呂は一日の最後と一日の最初に行なう形になります。何故ならば、睡眠とは「闇の気」の浄化ですから、起きた後は身体の表面に睡眠によって浄化された「闇の気」が付着しています。ですから、3分でもいいので、朝はシャワーを浴びるべきです。夜に風呂やシャワーを行なわず、朝出かける前に行なう形だと、睡眠を「闇の気」によって邪魔されてしまい、疲れが取れにくくなります。そういった生活リズムは「闇の気」が溜まりやすい生活リズムになってしまいます。

最近のラジオで、最近は風呂に浸かるようにしているということを中島美嘉が話しています。これは、金星神の関与によって起こっていることです。悪魔は中島美嘉が風呂に浸かることをさせないように中島美嘉の心に関与しているのに対して、金星神は風呂に浸かることをするように中島美嘉の心に関与しています。何故ならば、悪魔は「闇の気」が浄化されることを望まず、神々は「闇の気」が浄化されることを望むからです。ですから、最近中島美嘉が風呂に浸かっているということは、金星神が関与していると言えます。風呂に入るか入らないかに神々と悪魔の闘いがあると考えることは、現代人からすると意外だと思われてしまいますが、風呂は本当に大事なものです。だからこそ、神々と悪魔はそれを奪い合います。中島美嘉が風呂に入るかどうかということは、そういった神々と悪魔の闘いの末に表れている結果であって、「気」の観点で考えると非常に重要な一つの結果になります。

 

[身体と「気」の関係性、中島美嘉の治療法・治療内要、私の立場について]

中島美嘉の身体のことを書いたので、非常に大雑把にでも身体と「気」の関係性、中島美嘉の治療法、私の立場を書いておきたいと思います。

我々の身体は我々よりも圧倒的に賢く、必要なことをいつも行なってくれます。水が必要な時は喉が渇き、食べたら栄養を吸収した後に排泄で不要なものは体外に出してくれ、悲しい時は涙によって我々の気持ちを楽にしてくれ、といった形で、いつも我々の身体は我々を助けてくれています。そういった観点で考えれば、風邪を引くと熱が出るのはその熱が必要だからということも理解することができます。しかし、現代人は風邪を引くと薬を飲んで熱を下げようとします。これは本当に間違ったことであって、西洋医学に「気」の観点が無い故にこのような本末転倒なことを行なってしまっています。

西洋医学の医者達は何故人間が眠るのか、何故呼吸をするのか、何故くしゃみをするのか、何故あくびをするのか、何故せきをするのか、といった我々の日常で当たり前に行なわれていることの根本的な理由を知りません。現代人はお医者さんは身体のことを何でも知っていると思い、医者の言うことを何でも信じますが、彼らにも分からないことは非常に多くあります。西洋医学で理解し切れない部分を補うのが「気」の観点になります。

逆に、私は西洋医学のことを詳しく知っているわけではありません。ですから、私には西洋医学の医者が行なうような手術はできません。つまり、「気」の観点だけでは実践不可能な部分を補うのが西洋医学になります。

このように、西洋医学と「気」の観点はお互いを補う合うように成立すべきです。そして、西洋医学と「気」の観点は矛盾し合うものではなく、繋がっているものです。西洋医学は比較的最近進歩してきた分野であり、その過程と平行して、人間の「気」に対する理解は退歩してきました。ですから、この両者を繋げることを人間はまだ行なうことができていませんが、これからの時代はそういう方向性へ向かうべきですし、私も西洋医学を勉強する中で両者を繋げられるように最大限に努力するつもりです。

今はそのことよりも、中島美嘉を通して人間が「気」と感情・思考の関係性について理解することの方が優先順位が高い段階になります。何故ならば、我々にとって最も大事なことは感情の問題であって、中島美嘉は感情のことを我々人間に伝えるために、15年間も苦しんできたからです。

我々の身体の様々な反応とは全て神々が「気」で行なっています。水を飲ませないといけない時は喉を渇かせ、どうしても浄化をしなければならない時は風邪を引かせ、脳の「闇の気」の浄化のためにあくびをさせ、心臓や肺の「闇の気」の浄化のためにくしゃみや咳をさせ、胃の「闇の気」の浄化のためにといったことをさせ、といった形で神々は我々に「気」で関与することによって、それらの行為を起こしています。「眠気」は非常に分かりやすく、寝るべき時は神々が「眠気」を送って、我々に眠ることを促します。また、あくびは人にうつりますが、それは「あくびの気」にその場にいる人が触れてしまうからです。また、太陽を見るとくしゃみが出やすくなりますが、くしゃみの原因とは太陽神様が司っている「火の気」だからです。

こういった観点から中島美嘉の身体について分析すると、彼女がどこに「闇の気」を強く抱えているのかを分析することができます。例えば、中島美嘉はあまり喉が渇きません。何故ならば、悪魔としてはまず最初に中島美嘉の喉に「闇の気」を大量に宿したからです。「闇の気」が身体のどこかに大量に宿ると、その部分に関して神々が関与しにくくなります。悪魔は中島美嘉の歌に強く関与したいと思っており、歌に関与する上で非常に重要な場所が喉になります。だからこそ、悪魔は中島美嘉の喉に大量の「闇の気」を宿し、そのことによって中島美嘉の喉は正常には乾かないようになっています。

水は「気」の浄化を促しますから、水分摂取が少ないと「闇の気」の浄化がその分だけ難しくなります。また、中島美嘉はデビューして15年の内に大量の「闇の気」を身体に抱え込んできましたから、神々はできるだけ中島美嘉には水を飲んでほしいと思っています。しかし、喉が「闇の気」に満ちているが故に、神々が喉を渇かせるということが普通の人よりも困難な状況にあります。ですから、中島美嘉は喉が渇かなくても水はもっと飲むべきです。こういったことは些細なことに思えるかもしれませんが、こういったことの積み重ねが「闇の気」の浄化を促し、よりいい形で生きていくことに繋がります。

私はシャーマンであって、シャーマンとは気功師ですが、そういう立場として中島美嘉の身体の様々な問題を解決できると言うと、胡散臭く思われがちです。しかし、このように非常に着実に1つ1つの身体の症状と向かい合っています。そして、必ず説明は行なっています。現代社会において、私のような立場が胡散臭く見えるのは、現代社会に「気」の観点が無いからであって、そういった観点を持つと当然のものとして認識できます。

また、私の治療の方法は一度その人間の身体に宿っている「闇の気」を全て自分の身体に移し、その「闇の気」を自分が全部浄化します。ですから、毒を一度全部自分が吸って、その毒を自分で解決する形になります。また、その後に必要であれば、声や楽器を使ってその人間を「光の気」で満たします。声や楽器の音には「気」を強く乗せることができますから、音を使ってその人間を「光の気」で満たすということを行なっています。

これらの一連の作業を神々と行なっています。ですから、触れる必要もなく、治療される人は音楽を聴くだけになります。人によっては、その音楽を聴いている間に何らかのイメージを見たりすることもあります。また、よく身体がポカポカと温かくなっていく人もいます。何故ならば、「光の気」の1つである「火の気」をその人は私の音を通してもらっているからになります。

中島美嘉を私が治療する場合も、これと同様の方法だと思います。中島美嘉の身体に宿っている「闇の気」を全て私の身体に移し、その「闇の気」を私が浄化します。そして、その後は声や楽器を使って中島美嘉の身体を「光の気」で満たします。金星神を私の身体に宿し、金星神からの大量の「金の気」を中島美嘉に送ることも、もし必要であれば行ないます。

自然治癒力とは神々が病を治す力です。それを神々は「光の気」によって行なっています。ですから、自然治癒力を高めるために必要なことは神々からの「光の気」を増やすことです。そのための方法として、瞑想やヨガといった方法があります。もし「闇の気」で身体が満ちているのであれば、神々はその人間に「光の気」で関与することができず、病を治すことはできません。だからこそ、「闇の気」を浄化し、「光の気」で満たす必要があります。

病の原因は「闇の気」であって、自然治癒力の原因は「光の気」です。そもそも「病気」と「元気」という言葉は、「病の気(闇の気)」と「元の気(光の気)」から来ています。私が治療した瞬間に全ての病が治るというような形ではなく、その後神々が自然治癒力を通して病を治していく形になります。私が行なっているのは病の原因である「闇の気」を取り除き、自然治癒力が働くためのきっかけである「光の気」で満たしている形になります。

よく私が治療を行なった後に人が経験することは、しばらくの間、眠気が強くなるといったことです。神々がその人間を一気に自然治癒力で治したいと思っているからこそ、神々がその人を眠らせようとします。何故ならば、睡眠中は起きている間よりも身体の治療を行ないやすいからです。おそらく中島美嘉の場合も神々は中島美嘉を眠らせて、自然治癒力を最大限に発揮するのだと思います。

私が治療した後にいきなり耳管開放症が治るわけではなく、その後ゆっくりと徐々に回復していく形になります。また、記憶の問題や、過食・拒食、夢遊症状、悪夢などはすぐにかなり改善すると思います。何故ならば、記憶の問題や、過食・拒食、夢遊症状、悪夢は「闇の気」が無くなれば起こらなくなることだからです。

また、中島美嘉自身の中で起こる不愉快な感情・思考もかなり減ります。今は中島美嘉の身体に大量の悪魔からの「闇の気」が宿っているが故に、悪魔がその「闇の気」を通して様々な不愉快な闇の感情や思考を中島美嘉にもたらしています。そういったことはすぐになくなります。また、身体から「闇の気」が無くなると、「光の気」に対する感じ方が変わります。例えば、より夕焼けや朝日が綺麗に見えるようになるといったことや、旦那さんに対しての「愛」が強くなったりするといったことです。「闇の気」が身体に多く宿っている状態だと、「光」のものをしっかりと感じられなくなります。何故ならば、悪魔が「闇の気」を通してそういった「光」を感じさせないようにさせるからです。