中島美嘉の『STARS』について解説を書きます。この曲は中島美嘉のデビュー曲であって、非常に重要な意味を持っています。

この曲とPVは金星神が創り、中島美嘉は金星神と共にこの曲を歌っています。ですから、ここでは、金星神がどのような意味をこの歌に込めたのかを書いていきます。歌はその歌の持つ感情を経験することが重要なので、上のYouTubeを流しながら、または曲をダウンロードして頂き、繰り返し曲を再生して頂きながら、この解説を読んで頂ければ、と思います。

『Stars』の歌詞の解説を書き、その下にPVの解説を書いていきます。あと、まだ『中島美嘉について』を読まれていない方はこちらから先に読まれて下さい。こちらの文章が前提となります。

・中島美嘉について
http://junashikari.com/art/中島美嘉について/

 

【歌詞解説】

一度この歌の歌詞を全て書いた後に、歌詞の一行一行の意味を解説していきます。
 

やっぱりあの星は
見つからなかったと
夜空に背を向けた
願いに疲れた自分がいたよ

ひとつの真実に
瞳を閉じてしまいたい
明日になれば
今日とは違う星が きっと
輝くはず

Wondering Stars
未だ暗い空に
散らばる夢のかけらよ
無力な言葉よりも
ただ見つめ合えた瞬間
煌めくよ

I Wanna Be Loved
いつかは 未来
最後の奇跡の中で
光と闇に抱かれて
心の空に
かすかな夢を見つける

あんなに離れてる
小さなあの星が
輝いているのは
想いを信じているからでしょう

手に触れられないと
存在しないような
あきらめ方を
してしまうけど
遠い光
消えやしない

Forever Star
Forever Crying 永遠に
忘れることはないでしょう
涙に滲む空を
ふと思い出した瞬間
そばにいる

I Wanna Be Loved
あなたはずっと
悲しい別れの後も
1人で歩き出すこと
教えてくれる
見えない星に祈りを…

窓の向こうには夜があるよ
輝くために
ずっと待っている
もう一度 灯り消せば
どこかに あの星

We're Wondering Stars
あなたがいる
描いた夢のむこうに
最後に大事なのは
喜びを分け合える
愛しさよ

I'm Gonna be a Star
新たな未来
つないだ奇跡の中で
光と闇に抱かれて
心の空に
心の空に
確かな夢を見つける
 

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「やっぱりあの星は 見つからなかったと」

彼女のデビュー曲である『Stars』はこの一行から始まります。どうして、「やっぱりあの星は見つからなかった」のかというと、その星が見えづらい星であるからです。金星は「明けの明星」「宵の明星」と言われるように、朝日が昇る頃と夕日が沈む頃に見える星で、地球からは非常に見えづらい星です。ですから、ここで言われる星とは金星のことを表しています。

『中島美嘉について』において書いていますが、中島美嘉は金星神と繋がっている歌手です。そして、この歌は中島美嘉のデビュー曲なので、中島美嘉の歌の歴史の第一声に金星のことが表現されていることになります。では、どうして金星のことが歌われているかというと、中島美嘉と金星神が繋がっているということを示唆するためです。

この歌は冒頭が「金星は見えなかった」という歌詞であり、歌の最後は「金星神と1つになる」という意味を持った歌詞が置かれています。この対の構造はそもそも「闇」と「光」の構造でもあります。最後までこの解説を読んで頂けたら、こういった構造も分かって頂けると思っています。

 

「夜空に背を向けた 願いに疲れた自分がいたよ」

「あの星」とは金星のことであって、金星神のことです。そして、金星に金星神が宿っていることと同様に、火星や土星には火星神様や土星神様が宿っています。そのようにして、星には神々が宿っています。ですから、ここで「夜空に背を向けた」というのは「星に背を向けた」ということであり、「神々に背を向けた」ということを意味しています。神々は「光」の存在です。ですから、「光」に背を向けることとは「闇」を選びつつあるということを意味します。

そして、「願い」とは「光」の立場の行なうことです。「光」も「闇」も自分の「目的」を持ちますが、「光の目的」のことを「願い」と言い、「闇の目的」のことを「欲望」と言います。ですから、ここで「願いに疲れた自分がいたよ」というのは、「夜空に背を向けた」という言葉と同様に、「闇」を選びつつある中島美嘉のことを表現しています。

『中島美嘉について』で、中島美嘉が悪魔に襲われることは生まれる前の中島美嘉自身も神々も分かっていたということは書きましたが、そのことがここで示唆されています。悪魔に襲われ続けると、多くの魂は「闇」を選ぶようになりますが、そういった形で、中島美嘉が「闇」を選ぶということがここで書かれているからです。どうして、生まれる前の中島美嘉も神々も中島美嘉が悪魔に襲われることで「闇」を選び始めることは分かっていたかというと、中島美嘉は強い「光」の魂ですが、「闇」も少し抱えていたからです。「闇」を少しでも抱えている魂は、悪魔に襲われると、その「闇」を悪魔によって非常に大きくされてしまいます。中島美嘉の魂は生まれる前に少しの「闇」も抱えていたが故に、悪魔に襲われれば、「闇」を選び始めるであろうということは、本人も神々も分かっていました。

とにかく、この『Stars』の冒頭において、金星神と繋がっていることと悪魔に襲われ中島美嘉が「闇」を選ぶであろうことが描かれているということは、非常に重要なことです。これは金星神が中島美嘉のために残した「手掛かり」になります。中島美嘉は悪魔に襲われ、自分の「闇」を大きくされた後に、悪魔に襲われてきたことを「認める」必要が出てくる時が来ることを、金星神は当然分かっていました。だからこそ、中島美嘉のデビュー曲の冒頭に非常に重要なメッセージを残しておくことで、中島美嘉が自分が悪魔に襲われてきたことを「認める」ことを手伝うような「手掛かり」を作っています。

悪魔に徹底的に襲われると自分の心を悪魔に「コントロール」されていきます。しかし、その「コントロール」されている本人は、自分が「コントロール」されていることに気付くことはできません。なぜならば、悪魔に心を「コントロール」されているからです。悪魔は自分が「コントロール」していることを気付かせないように、その人間の心を「コントロール」します。だからこそ、悪魔に「コントロール」されることは恐ろしいことになります。

そのような時に、自分が悪魔に襲われているということを「認める」ことは非常に大変なことです。何故ならば、そういったことを「認める」ということをさせないように悪魔に感情や思考を「コントロール」されるからです。悪魔は中島美嘉の心に働きかけることで、こういったことを「認める」ことを邪魔します。

金星神は、こういった「手掛かり」を中島美嘉の曲の中に残すことで、その「認める」ことを支えようと考えていました。だからこそ、この曲のこの冒頭部分にこれだけのメッセージを金星神は残しています。ですから、これは金星神の優しさでもあります。

 

「ひとつの真実に 瞳を閉じてしまいたい」

この「ひとつの真実」というのが、悪魔に襲われ続けたことを意味します。「瞳を閉じてしまいたい」ということは、そのことを「認めたくない」ということを意味します。どうして「認めたくない」と思うかというと、悪魔が「認めたくない」と中島美嘉に思わせるからになります。こういった形で、悪魔の「コントロール」とは、我々の「感情」や「思考」といったものを悪魔が操作することを意味しています。

自分の感情は自分だけで成立していると我々は思いがちです。しかし、我々は太陽を浴びれば気分が良くなります。何故ならば、太陽から「光の気」を摂取することによって、「光の気分」になっているからです。「気分」とは「気を分ける」と書きますが、このことが意味しているのは「気」が「感情」の原因であるということです。我々は何らかの「気」によって、「気分(感情)」を抱いています。

そして、この太陽を浴びるケースと全く同様に、悪魔は「闇の気」を我々にもたらし、「闇の気分」を我々にもたらします。そして、悪魔から「闇の気」を大量にもらっている中島美嘉は、悪魔に「認めたくない」と「感情」を操作されます。それは、そういった話をすることになる私に対する「疑い」の感情かもしれません。

とにかく、どんな手段を使ってでも悪魔は中島美嘉にこのことを「認めない」方向性で中島美嘉の心に関与してきます。だからこそ、このホームページでは、どう考えても間違いないと考えてもらえるように、様々な根拠を書いている形になります。そして、長年に渡って、そういった根拠を出し続けてこられたのは神々の努力のおかげです。だから、ずっと神々は中島美嘉がデビューして15年経つ頃に中島美嘉を助けるために全力を尽くしてきました。そのことは彼女の楽曲やPVや、彼女に関する様々なことを理解することで、確かに理解できるものです。

 

「明日になれば 今日とは違う星が きっと輝くはず」

この歌詞は2つの意味を持っています。1つは、中島美嘉が悪魔から解放され、再び「光」の方向へ生きていくことができるということです。なぜならば、「星」とは「光」の存在ですが、それが「輝く」とは「光」が強くなるということを意味するからです。

そして、もう1つの意味は金星からの「金の気」が再び降り注ぎ始めることを意味します。この話は少し難しいのですが、中島美嘉の歴史を理解する上で非常に重要なので理解して頂けると幸いです。金星神は2012年の12月までの2300年間、「金の気」を降り注ぐことができていませんでした。2012年12月とはマヤ暦が終わった時で、その時に地球は新しい時代を迎えています。星には「光」の時代と「闇」の時代が交互に来るようなルールが元々定められています。その「光」の時代と「闇」の時代を決定付けるのが、「金の気」の有無です。金星からの「金の気」が2012年12月より降り注ぎ始めたことについてはここに詳しく書いています。このことは私だけではなくて、世界中の多くの気功師・シャーマンは同じことを言っています。

・2012年12月より金星の気が降り注ぎ始めたことについて
http://junashikari.com/energy/2012年12月より金星の気が降り注ぎ始めたことについ/

また、後で詳しく書いていますが、この『STARS』のPVにおいてこの歌詞が歌われる時、実際に金星から「金の気」が出始める様子が映像として表現されています。

このように、中島美嘉の様々な楽曲とはPVと合わせてその歌詞を読み解く時に、その歌詞に金星神が込めた意味を理解できるように金星神が関与しています。

「金の気」とは「愛の気」であって、「愛」という感情の原因の「気」です。ですから、「金の気」が金星から地球に降り注いでいると、我々は「愛」を抱きやすくなります。これは地球において、極めて大きな出来事であって、だからこそ、この歌にも表現されています。この歌は2001年の歌ですが、「明日になれば 今日とは違う星が きっと輝くはず」の「明日」とは「未来」のことを意味し「2012年12月以降」のことを意味します。そして、「今日」とは「2001年現在」のことであって、「2012年12月以前」のことを意味します。「今日とは違う星が きっと輝くはず」という言葉の意味は、「今までになかった星が輝く」という意味であって、金星からの「金の気」が降り注ぎ始めるということです。なぜなら、今まで金星はそこにあっても「金の気」は地球に降り注いでおらず、それは金星が無いのと同じで、その金星が「金の気」を降り注ぎ始めるからこそ、「今までになかった星(金星)が輝く」と言えるからです。

また、金星からの「金の気」があれば、中島美嘉自身も悪魔の「コントロール」から助かりやすくなります。何故ならば、金星神が「金の気」を通して、中島美嘉の周りの人間に関与しやすくなるからです。また、中島美嘉はデビューして15年後に悪魔の「コントロール」から救われることは元々決まっていました。その時期は現在なので、2012年12月以降になります。金星からの「金の気」が降り注ぐ時代が始まった後に、中島美嘉が助かるということも、この歌詞に表現されています。つまり、中島美嘉が悪魔から解放され、再び「光」へ向かうことと、「金の気」が降り注ぎ始めることの2つがここで重ねて表現されています。

 

「Wondering Stars 未だ暗い空に 散らばる夢のかけらよ」

「wondering」をどのような意味で解釈するかということは複数の選択肢があります。この曲を創った金星神はわざとそのようなことを行なっています。金星神がこの「wondering」という歌詞に込めた意味とは、星には意識があるということ、星には魂が宿っているということです。「wondering」とは、「wonder(思案する)」の現在分詞で、「思案している」ということを意味します。「思案」とは様々な意味の「考えること」全般を表す言葉です。ですから、ここで「Wondering Stars」と歌われているのは、星というものが「考えている」ということを意味し、星には意識があるということを意味しています。つまり、星には魂が宿っていることを意味し、その星に宿っている魂が星の神々です。ギリシャ神話に描かれているように、昔の人間は星に神々が宿っていることは知っていましたが、今の我々は忘れている形になります。だからこそ、そういった我々が忘れてしまっている大事なことをこの「wondering」という歌詞に金星神は込めています。

「未だ暗い空に」とは、今もなお「闇」が強いということを意味し、そこに「散らばる夢のかけら」とは神々からの「光の気」のことを表します。何故神々と言えるかというと、この歌詞の出だしが「Wondering Stars」であり、星の神々を意味しているからです。そして、星の神々とは地球に「光の気」を送ることをその役割としています。そして、どうして彼らがそれを行なうかというと、地球に生きる命を「光」の方へ導きたいという「夢」を持っているからです。そういった「夢」の想いの下、彼らが地球に送る「光の気」は「散らばる夢のかけら」と言えます。

中島美嘉の楽曲において、「光の気」は様々な形で表現されています。全てではないですが、分かりやすいものを列挙しておきます。これらの言葉が「光の気」のことを表していることが分かると中島美嘉の様々な楽曲に込めた神々からのメッセージを読み解くことはできます。星は光の存在であるからこそ、「星」=「光」、「光の気」が宿っているのが星であるからこそ、「気」=「(星の)かけら」「(星)屑」です。

「光のかけら」(『Forget Me Not』)
「星のかけら」(『JUST TRUST IN OUR LOVE』)
「星の花粉」(『CRESCENT MOON』)
「星屑」(『A MIRACLE FOR YOU』)

この歌のタイトルは『Star』ではなくて、『Stars』です。もし、『Star』だったならば、金星のことだけを意味していることになりますが、『Stars』なので、太陽系において非常に重要な星である、太陽、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星は最低でも意識されています。この10個の星に宿る神々を10星神と言い、ここでは「Wondering Stars」と言われています。この太陽系という場所はこの10星神を中心に支えられているシステムです。そういったことが歌われています。太陽系のシステムについてはこちらに詳しく書いています。

http://junashikari.com/solar-system/太陽系について/

 

「無力な言葉よりも ただ見つめ合えた瞬間 煌めくよ」

この歌詞の意味は、人間同士において「言葉を使うよりも見つめ合った方が心は通じ合う」という意味と重ねて、人間と星の関係性が描かれています。だからこそ、「煌めくよ」という言葉が使われていますし、この歌詞は「Wondering Stars」から始まるこの歌詞のまとまりの最後であるからです。ここで金星神が我々に伝えたいこととは、「人間が星を見る時、星の神と見つめ合っている」ということです。

「気」の摂取の方法として、我々は「見る」という方法を持っています。例えば、空を見ると気分が穏やかになるのは、空を見ることによって空にある「光の気」を目から摂取するからです。そして、星の神々は「光の気」を地球に送ることをその役割としています。だからこそ、もし我々が星を見るのであれば、その星から「光の気」を目から受け取ることになります。それは人間と人間が見つめ合っていることと全く同じです。

「目は心の窓」とも言われますが、目から我々は「気」を出し、受け取っています。そして、人間同士で見つめ合う時、お互いの目から出ている「気」を我々は交換することになります。だからこそ、見つめ合っていると「気分」が変わってきます。相手から「気」を受け取ることで、相手を感じるからです。

星を見るという行為は、星の神と見つめ合っていることと全く同じです。何故ならば、我々は星から「光の気」を摂取し、星の神もこちらを見ているからです。そして、我々は星の神と言葉を使って話すことはできません。だからこそ「無力な言葉」と言われています。しかし、我々は星の神と「見つめ合う」ことはできます。そして、「見つめ合う」と「気」を摂取するので、我々は気分を変えたり、「アイデア」を得ることになります。「アイデア」とは「気」によって得ることができるものですが、「気」と「アイデア」の関係性については、こちらを読んで下さい。

http://junashikari.com/energy/アイデアと気(エネルギー)について/

星の神は我々のために「光の気」を与えたいと切実に思っています。何故ならば、「光の気」を我々が多く抱えれば、より星の神は我々に「導き」を行ないやすくなり、我々が「幸せ」になりやすいからです。神々が我々に「気」で関与することを「導き」と言います。「気」を送ることによって、「気分」を変えたり、「アイデア」を与えることで、その人が「幸せ」になりやすいように神々は我々に「導き」をいつも「気」で行なっています。そういった意味で、神々から「気」を受け取るために、どうか星を見てほしいという想いを込めて、この歌詞は書かれています。

 

「I Wanna Be Loved いつかは 未来  最後の奇跡の中で 光と闇に抱かれて 心の空に かすかな夢を見つける」

この歌は『傷だらけのラブソング』というドラマの主題歌でもあります。このドラマの主人公は「島崎未来」という名前であり、その島崎未来を中島美嘉が演じています。島崎未来は元々は不良少女なのですが、歌手という「夢」を見つけ、その「夢」を追いかけていく様が描かれています。

※『傷だらけのラブソング』も金星神が創ったドラマであって、解説を別で書きます。「光」と「闇」の関係性を非常によく表現しているドラマであって、中島美嘉にとって非常に重要な意味を持ったドラマです。

ここで「いつかは未来」と言われているのは、「future」の意味と、このドラマの主人公の島崎未来のことが意識されています。そして、この島崎未来という女の子は中島美嘉自身のことを意味しています。つまり、島崎未来と中島美嘉が歌手という「夢」を見つけることがここで歌われています。しかし、それは「かすかな夢」と歌われていることも非常に重要です。

中島美嘉にとって、歌手という「夢」は「かすかな夢」です。この歌の最後には「確かな夢」という言葉が歌われていますが、この「かすかな夢」と「確かな夢」は対の構造を持ています。中島美嘉は金星神と共に歌う歌手です。そのことを中島美嘉が知り、そのことを「夢」と考えるのであれば、それは中島美嘉にとって「確かな夢」であり、単純に歌手ということは「かすかな夢」です。何故ならば、金星神と共に働くということが中島美嘉にとって非常に重要な点だからになります。そういった金星神の要素があるかどうかということ、そのことを中島美嘉自身が知っているかどうかということの違いを説明するために、「かすかな」「確かな」という言葉の使い分けを金星神は作っています。

また、どうしてここで「最後の奇跡の中で」と言われているかというと、金星からの「金の気」が降り注いでいない時代の「最後」の時期であるからです。この曲が生まれたのは2001年であって、2012年12月に金星からの「金の気」が2300年ぶりに降り注ぐ時代が始まる前の、「最後」の時期です。そういった意味が込められています。

そして、「奇跡」とは神々が起こすものです。どういったものを「奇跡」と言うかというと、ある人と出会ったりして人生がものすごく変化することといったことです。神々は「気」を司っていて、「気」を操ることができれば、ある人間とある人間を出会わせることなどは起こせます。これは「奇跡」の一例です。

中島美嘉の人生の「奇跡」について例を挙げると、彼女が『傷だらけのラブソング』のオーディションで合格したことなどが挙げられます。これは神々が完璧に行なった1つの「奇跡」です。『傷だらけのラブソング』は中島美嘉が主演を演じるために金星神が創ったドラマであって、だからこそ、神々は中島美嘉を主演にするために全力を尽くしました。この時の神々の「導き」について説明すると、中島美嘉は非常に緊張をしやすい魂なのですが、彼女はこのオーディションの最終選考まで自分が何のオーディションを受けているのかを知りませんでした。どうして、このようなことになったかというと、もし中島美嘉がオーディションの内容を知っていたら、緊張してしまって本気を出せず、途中でオーディションに落ちてしまったからです。だからこそ、神々は中島美嘉やその関係者に「気」で関与することによって、中島美嘉に何のオーディションかは絶対に伝わらないように、徹底的に「導き」を行なっていました。だからこそ、中島美嘉は最終選考まで辿り着き、そして、最終選考においても、神々はその審査を行なった人間に徹底的に「気」で関与することを通して、中島美嘉を合格させました。これは1つの「奇跡」です。

この例は「いつかは 未来  最後の奇跡の中で 光と闇に抱かれて 心の空に かすかな夢を見つける」ということの具体例でもあります。「光と闇に抱かれて 心の空にかすかな夢を見つける」と言われていますが、「空」とは「光」の存在です。ですから、「光」と「闇」に抱かれて、「光」の「夢」を見つけるということを意味します。

金星神が創った中島美嘉の歌において、「夢」という言葉が「光の夢」のことを意味していることは非常に重要なので覚えておいて頂ければ、と思います。「欲望」によって生まれる「夢」は「闇の夢」であって、それは「光の夢」と異なります。「光の夢」とは神々が我々人間一人一人にもたらしている「人生の役割」のことであって、そういった「人生の役割」を我々が行なっていけば、世界はより良い場所になっていきますから、「愛の夢」とも言えます。

また、どうして、このまとまりが「I Wanna Be Loved(愛されたい)」で始まっているかというと、神々の起こす「奇跡」は、神々が我々のことを大事に想っている、愛しているからこそ、起きるものであるからです。神々は「光」の立場の魂であって、「光」の立場とは「相手のため」に生きている立場です。だからこそ、神々は我々のために様々なことをしたいと思っていて、そういった気持ちから、神々は様々な「奇跡」を起こします。そういった形で、神々の我々に対する「愛」によって、様々な「奇跡」が起こっていることを説明するために、ここでは「I Wanna Be Loved」という言葉が初めに置かれています。

 

「あんなに離れてる 小さなあの星が 輝いているのは 想いを信じているからでしょう」

この歌詞は星の神々の説明であって、星が輝いているのは、星の神が地球に生きる命に対する「想いを信じているから」ということです。この「想い」とは神々からの我々に対する「想い」のことです。では、どうして、ここで、「想いを抱いているから」ではなくて、「想いを信じているから」と歌われているかというと、「『導き』ができるということを信じているから」という意味が込められています。以下、そのことの説明をします。

神々はいつも我々に「導き」ができるわけではありません。例えば、先程の例で言うと、いつも我々に出会わせたい人間を出会わせることができるわけではありません。神々と悪魔には明確なルールがあり、その1つが、我々人間が「愛」といった「光の感情」を抱くのであれば、神々が人間に「導き」を行なうことができ、我々人間が「欲望」といった「闇の感情」を抱くのであれば、悪魔が人間に「コントロール」をすることができるというルールです。

もし、神々が我々にいつも「導き」を行なえているのであれば、我々は皆「幸せ」になっています。しかし、それでは、我々自身の「意志」によって「幸せ」になったとは言えず、神々によって「幸せ」にさせられていることになります。これでは、それぞれの魂の「意志」が尊重されておらず、それでは我々は神々の奴隷です。神々によっていつも「幸せ」にさせられるのであれば、魂は成長しません。そうではなくて、その魂の「意志」によって幸せを実現していくことで、その魂は成長していきますし、真に自分の「意志」で生きているということになります。

また、悪魔が我々にいつも「コントロール」を行なえているのであれば、我々は皆「不幸」になっています。しかし、それは当然地獄のような世界です。魂の「意志」も尊重されず、「不幸」でもある世界であるわけなので。

だからこそ、我々の「意志」を尊重するために存在するルールが、人間が「光の感情」を抱くのであれば、神々が人間に「導き」を行なうことができ、人間が「闇の感情」を抱くのであれば、悪魔が人間に「コントロール」をすることができるということです。それを神々も悪魔も「気」によって行なっています。つまり、人間が「光の感情」を抱くのであれば、神々が人間に「光の気」を入れることができ、人間が「闇の感情」を抱くのであれば、悪魔が人間に「闇の気」を入れることができます。先程も書いたように、「気」によって我々の感情や「アイデア」は生まれます。神々も悪魔も日常的にそこに関与しながら、我々はその中を生きています。

ですから、この歌詞で「想いを信じている」と書かれているのは、「『導き』ができるということを信じているから」ということであって、それは「人間が愛といった光の感情を抱いてくれることを信じているから」ということを意味します。神々がどんなに我々に対する「想い」を持っていても、人間が「光の感情」を持たない限り、神々は我々に「導き」を行なうことはできません。そういう意味を込めて、ここでは「想いを抱いているから」ではなくて、「想いを信じているから」と歌われています。神々は人間が再び「愛」を抱いてくれることを信じています。それに対して、次の歌詞は人間の側の話を描いています。

 

「手に触れられないと 存在しないような あきらめ方をしてしまうけど」

今の人間は測れるものしか信じず、測れないものは信じません。そのことがここでは歌われています。神々は「気」を司っています。そして、「気」は測ることができません。しかし、感じることはできます。今の人間は測ることばかりに頼って、感じることの重要性を忘れていることがこの歌詞には表現されています。このことは非常に大きな問題なので、この歌にこの言葉を金星神は入れておきたかった形になります。

 

「遠い光 消えやしない」

その上で、この言葉が意味するのは、神々は「光の気」を送り続ける、神々は自分達の想いを信じ続けるということです。どんなに人間が大事なことを忘れてしまっても、神々は地球に生きる全ての命のために、諦めることなく「光」を実践し続けるという意味が込められています。

 

「Forever Star  Forever Crying」

ここでどうして「Stars」という複数形ではなくて、「Star」という単数系かというと、これは金星神の気持ちの言葉だからです。彼女は「永遠に星の神でありたい」と願う魂であるということを意味しています。今の人間は星の神が何をしているのかをほとんど知らないために、「永遠に星の神でありたい」と願う心がどれ程の気持ちなのかは分かり得ません。それは今の私にも少ししか分かり得ません。星の神々が一体何をどういう気持ちで行なっているのかについては、別で書きます。

この中島美嘉の解説において、星の神々が何を行なっているかについて、最低でも理解して頂きたいのは、星の神が地球に「気」を送っているということです。太陽神様は「火の気」、水星神様は「水の気」、金星神は「金の気」、火星神様は「火の気」、木星神様は「風の気」、土星神様は「土の気」という形で、地球に「水・火・風・土・金の気」という「光の気」を星の神々は地球に送ることを役割としています。

ここで歌われている「Forever Crying」という言葉の意味は、文字通り、「永遠に泣き続ける」という金星神の気持ちを表しています。彼女は太陽系一の「愛(金)」の神であって、地球に生きる命に対して、とてつもなく深い「愛」を抱いています。そういった大事な魂達が「闇」によって苦しむ様を見ているのは、とても苦しいことです。だからこそ、ここで「泣き続ける」ということが言われています。

「永遠に星の神でありたい」という金星神の気持ちは「自分のため」ではなくて「他者のため」です。「他者のため」に自分が星の神という役割を引き受けたいという願いが、「Forever Star」の意味であって、その役割を引き受けることによって自分が苦しみ続けるということも永遠に引き受けるという気持ちが「Forever Crying」という歌詞の意味です。そして、この歌詞は、金星神自身が自分のことを言いたいから言っているのではなくて、自分のことを我々のために説明すべきと思っているからこそ、金星神はこの歌詞で自分のことを描いています。

 

「永遠に 忘れることはないでしょう」

この言葉の意味は金星神が、今この時期の地球のことを「永遠に忘れることはない」と言っているだけではなく、我々全員が忘れることはないということを意味しています。

我々は輪廻転生をしています。我々の魂が生まれた後、蟻といった非常に小さな生き物から、ウサギといったより大きな生き物に宿って一生を過ごすことを繰り返すことによって、魂をどんどん成長させていきます。様々な動物としての生を生きた後に宿るものが人間です。そして、人間としての生をまた繰り返しながら、ある程度魂が進歩すると天使や神々になります。そして、神々になると自分の魂の歴史全てを思い出すことになります。なぜならば、神々の役割とは様々な命を支えることであって、様々な命を支えるためには、自分が動物や植物だった頃に何を経験していたかを覚えておいた方がいいからです。このことについて、以前、金星神と共に書いた詩があるので、リンクを貼付けておきます。

http://junashikari.com/poetry/記憶/

この世は永遠に続いていきます。だから、我々はいつか神々か悪魔になります。(悪魔も全ての記憶を思い出します。)その時に全てのことを思い出すからこそ、ここでは「永遠に 忘れることはないでしょう」という歌詞が置かれています。

 

「涙に滲む空を ふと思い出した瞬間 そばにいる」

金星神はいつも地球に生きる全ての命を見つめています。この歌詞はそのことを歌っています。そして、「金の気」は2012年12月以降は降り注いでいて、「金の気」は我々の周りにあります。だから、それは「そばにいる」ということと全く同じです。何故ならば、「金の気」とは金星神の身体の延長線上のような存在だからです。

ここでどうして「涙に滲む空」と言われているかというと、「Forever Crying」からの繋がりで「涙」という言葉が使われていて、多くの魂が苦しんでいるのを見て、「涙」を流している神々のことを意味しています。「空」とは神々からの「光の気」に満ちた場所です。ですから、「空」とは神々とも言い換えられます。だからこそ、「涙に滲む空」とは「涙を流している神々」のことを意味します。

そんな神々のことを「ふと思い出した瞬間」には「私はそばにいる」という金星神の気持ちが歌われています。そして、特にこの歌詞が意図しているのは中島美嘉です。中島美嘉は金星神と「縁」があるが故に、この二人は共に生きています。金星神は「気」で常に中島美嘉を支え続け、「気」を送っているからこそ、中島美嘉が神々のことを思う時は必ず金星神が中島美嘉を見つめ、「気」で支えているということを意味しています。

 

「I Wanna Be Loved  あなたはずっと 悲しい別れの後も 1人で歩き出すこと 教えてくれる 見えない星に祈りを…」

ここで言われている「あなた」とは誰なのかということがとても重要になります。一般的な聴き方だと、恋人と別れている状況などをイメージしそうですが、もし、その別れた相手が「あなた」だとすると、この歌詞はよく意味が分かりません。例えば、別れた相手を「太郎」だとするならば、

「太郎との悲しい別れの後も、太郎はずっと1人で歩き出すことを教えてくれる。見えない星に祈りを。」

ということになりますが、これでは「見えない星に祈りを」という言葉が唐突になってしまいます。また、別れた後に太郎が1人で歩き出すことを教えてくれるというも、あり得ない状況ではないですが、少し不自然です。

では、実際ここで言われる「あなた」とは誰かというと、金星神のことになります。この歌の冒頭の説明でも書きましたが「見えない星」とは金星のことです。ですから、「見えない星」とは金星神のことを意味しています。

そして、『中島美嘉について』で書いていますが、中島美嘉は神々との相談の下、今回の役割を行なうことを決めました。だから、中島美嘉と金星神は今回中島美嘉が生まれる前に会っています。金星神はとても素晴らしい方なので、中島美嘉は金星神のことが好きでした。そして、好きな人との別れとは「悲しい別れ」です。だから、中島美嘉が生まれ変わり、金星神と会えなくなるということが、この歌詞で言われている「悲しい別れ」のことです。

ですから、この歌詞を言い換えると

「金星神との悲しい別れの後も、金星神はずっと1人で歩き出すことを教えてくれる。金星神に祈りを。」

ということになります。このように考えるとより流れとしてスムーズになります。「祈り」とは、「気」を神々に送る行為です。そして、その我々が送った「気」を神々は使うことができます。だから、中島美嘉が金星神に祈るのであれば、金星神は中島美嘉から受け取った「気」を使って、中島美嘉に「導き」を行ないやすくなります。その「導き」のことを、ここでは「1人で歩き出すこと 教えてくれる」と表現しています。

「気」を通して神々が我々に行なっていることの1つは、感情や「アイデア」をもらたすだけではなくて、我々の「直感」に関与するということです。例えば、我々が分かれ道に出くわしたとして、その時に左に行くべきか右に行くべきかを迷ったとします。そういった時に神々は我々の「直感」に「気」を使って関与しようとします。そういう時に、もし我々が正しく「祈り」を行なえているのであれば、神々が我々の送った「気」を我々に送ることができるので、我々は自分が行くべき道が神々からの「直感」によって分かったりします。

「あなたはずっと 悲しい別れの後も 1人で歩き出すこと 教えてくれる 見えない星に祈りを」という歌詞には、そういったことが歌われています。「祈り」については、ここに詳しく書いています。「祈り」はやり方によっては危険なので、「祈り」を行なう方は読んで頂ければ、と思います。

http://junashikari.com/energy/祈りについて/

また、ここで「I Wanna Be Loved」と歌われているのは、金星神から中島美嘉が愛されているということを意味する言葉です。中島美嘉が金星神から愛されているからこそ、金星神は中島美嘉に、1人で歩き出すことを教えてくれています。

先程書いた、金星神と中島美嘉が会っていたその時のことは『marionette』という中島美嘉の歌にも書かれています。この『marionette』という曲は中島美嘉が作詞をしています。

「待ちに待ったこの人形 出番がやって来た」 
「ホコリの中 取り上げた1人の老婆は何も言わずこれまでの全てを見ていたの 微笑んだらそこら中光が包んだ」
「恐いほど美しく生まれ変わった 瞳にすい込まれてゆく・・」

この歌において、登場する「人形」が中島美嘉のことであり、「老婆」が金星神のことです。『中島美嘉について』で書きましたが、中島美嘉は金星神とそっくりの顔を持っているので、そのことが「恐いほど美しく生まれ変わった」ということに表現されています。どうして金星神が「老婆」と表現されているかというと、彼女が我々と比べて圧倒的に長い間生きている魂であるからです。『marionette』については、別の記事で詳しく書きます。

 

「窓の向こうには夜があるよ 輝くために」

「夜」とは「闇」のことであり、「輝く」のは「光」です。ですから、この歌詞には「光のために闇はある」という意味が込められています。この世界に「闇」があるのは、それが必要だったからです。では、どうして「闇」が必要かというと、「光」だけの世界では、「光」の価値に気付くことができないからです。「光」しかない世界においては、「光」というものが何なのかが分からなくなってしまいます。しかし、「闇」があることによって「光」とは何なのかがよく分かります。これをもう少し分かりやすく言うと、例えば、深い「絶望(闇)」の経験をした人は「愛(光)」の価値がよく分かるといったことです。深い「闇」を経験したことがある人だからこそ、「光」のもたらす「喜び」を強く知ることになります。いつも、「光」しか経験していないと、それが当たり前になってしまって、「光」の価値が分からなくなってしまいます。

また、もしこの世界に「光」しかなければ、魂は弱くなってしまいます。なぜならば、闘わなくなるからです。魂は闘うことによって強くなります。そして、「光」は「闇」と闘い、そのことによって「強さ」を手に入れていきます。「闘い」と書くと戦争のようなイメージをされては困るのですが、例えば、一般的な例だと、愛する人がいて、その相手の健康のために、タバコをやめるといったことです。愛する人を大事に想う気持ちは「愛」です。それに対して、タバコは「欲望」によるものです。「愛」のために「欲望」と闘うといった形になります。しかし、タバコをやめるのは楽なことではありません。その過程において、魂の「強さ」を手に入れていきます。

また、もしこの世界に「光」しかなければ、魂は馬鹿になってしまいます。なぜならば、闘わなくなるからです。大事な人を守ろうとするからこそ、魂は全力を尽くし、その中で「賢さ」を使っていきます。その過程において、「賢さ」を魂は手に入れていきます。

このようにして、「闇」があるのは、この世に必要だからです。より「光」を強くするために、この世には「闇」があります。この歌において、度々登場してくる歌詞に「光と闇に抱かれて」という歌詞がありますが、この歌詞もこういった「光」と「闇」の関係性を表しています。

 

「ずっと待っている もう一度 灯り消せば どこかに あの星」

この歌詞は金星神が金星からの「金の気」を再び降り注ぐことができる時代のことを「ずっと待っている」ということを表す歌詞です。だからこそ、「ずっと待っている」という歌詞の後に、「もう一度 灯り消せば どこかに あの星」という形で金星のことが歌われています。もし、この「ずっと待っている」の主語が金星神でなければ、「もう一度 灯り消せば どこかに あの星」という歌詞は唐突です。

また、この「ずっと待っている」という歌詞は1つ前の「窓の向こうには夜があるよ 輝くために」という歌詞からの繋がりで歌われている歌詞でもあります。つまり、「輝くために ずっと待っている」という意味を持っています。そして、今まで「輝く」ことができていなかったのが、金星です。「明日になれば今日とは違う星が きっと輝くはず」のところで解説したように、金星からの「金の気」を降り注ぐことをこの歌では「輝く」という言葉で表現しています。

この歌は、このようにして、一体誰が言っている言葉なのか、一体誰のことを意味して言っている言葉なのかを明らかにしないと不自然な流れの歌詞に感じるように創られています。そういった構造を金星神が持たせているからです。

そして、誰が言っている言葉なのか、一体誰のことを意味して言っている言葉なのかが分かると非常にスッキリと流れを持った歌として感じられるようになっています。どうして、このような構造にしたかというと、今までにここで書いてきたこういう解釈が正しいことを金星神は証明したかったからです。

金星神は、今の人間にこのような解釈を根拠無しに説明しても、「それはこじつけでしょ?」と相手にされないことは目に見えていました。だからこそ、徹底的に様々な根拠を残しておいておくことで、こういった解釈が間違いなく正しいということを証明しようということを意図して、金星神が一言一言を選び、その「情報」をこの作詞者である秋元康に「気」で送ることを神々全体で全力を尽くしていました。だからこそ、この歌はこれほどまでに完璧な作詞ができています。

 

「We're Wondering Stars  あなたがいる 描いた夢のむこうに 最後に大事なのは 喜びを分け合える 愛しさよ」

この「We're Wondering Stars」という歌詞には金星神からの「私もあなたも同じ1人の魂」というメッセージが込められています。神々も我々と同じ一人の魂です。人間は神々をやたらと高く見たり、低く見たりしがちです。そうではなくて、同じ1人の魂であるということを、ただ一緒に生きているんだということを伝えるために、この言葉が置かれています。

そして、「あなたがいる 描いた夢のむこうに」という歌詞は中島美嘉からの金星神に対する語りかけの言葉として成立しています。この言葉には様々な意味が込められており、中島美嘉が歌を歌うという「夢」を行なっている時に、それを金星神と行なっていること、いつか中島美嘉が金星神と繋がっているということを知るということ、いつか中島美嘉が金星神と会うということを意味しています。

この金星神と会うということについて説明すると、これは中島美嘉が死ぬということではありません。何故ならば、この歌詞の次に「心の空に確かな夢を見つける」という言葉が置かれているからです。もし、この金星神と中島美嘉が会うということが、中島美嘉が死んだ後のことを意味しているのであれば、この歌の流れとしては非常に不自然です。

では、どのようにして中島美嘉が金星神と会うかというと、チャンネリングを通して会うことになります。私は今までに度々金星神とチャンネリングを行なってきました。チャンネリングとは神々が自分の身体に宿ることです。金星神とチャンネリングする時、私に金星神が宿って言葉を話したり、動いたりすることになります。その時、金星神が私の身体を完璧に使うので、そこにいるのは私ではなくて、金星神になります。私は男ですが、金星神は女なので、私が急に女言葉を話し始めるような形になります。

中島美嘉が私の身体に宿った金星神に会う時、「最後に大事なのは喜びを分け合える愛しさよ」という言葉の状態に達します。中島美嘉は自分をずっと守ってくれていた金星神に会うことができ、金星神は自分がずっと守り続けてきた中島美嘉に会うことができるからです。

また、中島美嘉は金星神から直接様々な話を聞くことになります。その1つが例えば、「中島美嘉」という名前についてです。ここで「喜びを分け合える愛しさよ」という言葉が置かれているのには、そういう意味もあります。『中島美嘉について』でも書いたように、「中島」とは「日本」のこと、「美嘉」とは「美」と「喜」を「加」えると書きます。また、「みか」とは反対から読むと「神」でもあります。そして、金星神とは「美」と「愛」の女神です。「美嘉」とは「美」と「喜」、金星神は「美」と「愛」なので、「喜」と「愛」だけが違っているように見えてしまいます。

しかし、「喜」と「愛」は同じことであって、「愛」は「喜」を与えるということを説明しているのが、この「喜びを分け合える愛しさよ」という歌詞です。この歌詞があるからこそ、中島美嘉は自分の名前が、「中島(日本)」で、金星神と共に「美」と「喜」を「加」えるということを意味しているということに納得することができます。

名前とは重要なものであるからこそ、中島美嘉が自分の名前について真に理解できるように、デビュー曲の中にそのヒントを金星神は残しています。そして、こういった形で、中島美嘉が納得のいくような説明を私の身体に宿った金星神からたくさん聞くことになります。そういった説明の時が来るということを意味するためにも、ここでは、「喜」と「愛」のことが歌われています。

そして、この「喜びを分け合える愛しさよ」という歌詞の持つ意味の中で、なによりも重要なのは、中島美嘉が金星神と共に歌うことによって、「喜びを分け合える愛しさ」を感じるということです。中島美嘉は金星神と共に歌っていることを知り、そして、一緒に歌う力をより上げていくことによって、とても大きな「喜び」を感じながら歌うことになります。

1つの身体で中島美嘉と金星神が共に歌うことができるのは、中島美嘉が生きている間だけです。だからこそ、これは人間だからこそ、感じることができる「喜び」であって、中島美嘉はその「喜び」を感じながら生きていくことになります。中島美嘉自身忘れていますが、中島美嘉は元々金星神のことが好きでした。そして、金星神は中島美嘉のことがとても好きです。金星神は当然地球に生きる全ての魂に対して「愛」を抱いていますが、中島美嘉にはとりわけ強い「愛」を抱いています。金星神の中島美嘉に対する「愛」は『初恋』という曲の中で表現されています。

お互いに愛し合う魂が1つの身体を使って共に歌うという経験は、強い「喜び」に満ちています。そして、中島美嘉と金星神が共に歌うことで、その歌を聴く人間はとても救われていきます。だから、どんどん「愛」が広がっていくことになり、そのことで世界はより良くなっていきます。そのことはとても「喜び」に満ちています。そういった意味を込めて、ここでは「最後に大事なのは 喜びを分け合える愛しさよ」という歌詞が歌われています。

その上でこの歌の最後の歌詞になります。

 

「I'm Gonna be a Star 新たな未来 つないだ奇跡の中で 光と闇に抱かれて 心の空に 心の空に 確かな夢を見つける」

この「I'm Gonna be a Star」とは、「星になろうと思う」という意味ですが、これは何を意味するかというと、中島美嘉が金星神と共に歌を歌うことを意味しています。ここで言われている星とは金星神のことです。だから、ここで「金星神になろうと思う」と言っているのは、金星神と一体化するということであり、中島美嘉は歌を歌う時に金星神と真に一体化できる人間です。だからこそ、この歌詞の意味は、中島美嘉が金星神と共に歌を歌うということを意味しています。

ここで「新たな未来」と歌われているのは、「future」の意味と重ねて、「新たな(島崎)未来」のことも意味されており、それは「新しい中島美嘉」のことを意味しています。『傷だらけのラブソング』の主人公である島崎未来は、元々不良少女ですが、吉村浩輔と出会うことを通して、魂が「光」の方向へ向かい、歌を歌うという「夢」を実現していきます。

どうして島崎未来が不良少女として描かれているかというと、あの姿はデビューから15年後の悪魔から攻撃を受け続けた中島美嘉のことを表しているからです。そして、吉村浩輔(高橋克典)の役割を持っているのが自分になります。だからこそ、神々が中島美嘉のデビュー日と私の誕生日を11月7日で一致させています。

ただ、私自身が中島美嘉を変えるわけではなくて、私が行なうことはあくまで神々との仲介です。私を通して、中島美嘉は神々と話すことになり、その中で多くのことに気付いていくことになります。実際、『傷だらけのラブソング』で吉村浩輔が行なっていたことも神々の仲介です。島崎未来は元々歌手という役割を持っているけれども、自分の「闇」のせいで、歌手になることができていない女の子として描かれます。そんな島崎未来を「光」の方へ導くために、吉村浩輔は路上で歌っている島崎未来の歌を神々の「導き」によって聴くことになります。そして、島崎未来は「導き」によってその場所に忘れ物をしてしまい、その忘れ物をきっかけにまた二人は会うことになります。こういった形で、『傷だらけのラブソング』で描かれていることとは、神々に支えられている人間の姿です。島崎未来は吉村浩輔に会うことで、神々からの「導き」を強く受けていくことになります。

私はこの人生で一度だけ高橋克典に似ていると言われたことがあります。高校時代のことで、当時は何とも思わなかったのですが、何故かそのことをずっと覚えていました。私の記憶能力は非常に低くできていて、覚えていることにはいつも相当な意味を持っています。そして、その意味を最近『傷だらけのラブソング』を初めて見て、ようやく理解できた形になります。吉村浩輔の役割を自分が担当しているからこそ、神々は「高橋克典に似てる」という友人の発言を自分に覚えさせた形になります。

我々は自分の記憶のどこを残し、どこを消すかということを自分では決められません。それを行なっているのが基本的に神々になります。ですから、我々がやたらと覚えていることには何かしらの意味があります。このことについてはここに書いています。

http://junashikari.com/body/記憶について/

歌詞の話に戻りますが、中島美嘉の人生では様々な「奇跡」が既に起こっています。それは中島美嘉本人が知っている「奇跡」も、知らない「奇跡」もあります。そういった「つないだ奇跡の中で」、そして、そういった「奇跡」のことを中島美嘉自身が理解していく中で、中島美嘉は自分自身について真に理解をすることになります。

中島美嘉が自分の人生について真に理解する時、それは神々が起こした「奇跡」だけではなくて、悪魔が中島美嘉に行なったことも理解することになります。神々は「光」であり、悪魔は「闇」ですが、そういう意味を込めて、「光と闇に抱かれて」という歌詞がここでは置かれています。

その上で、「心の空に」という言葉が二度歌われるのは、先程も書いたように「心の中の『光』の部分に」という意味であって、その「光」のことを強く強調するために、二度歌われています。ここで「光」が強調されているのは、「闇」を振り払ったということを伝えるためであって、その「闇」とは悪魔からの「コントロール」になります。つまり、悪魔からの「コントロール」を取り除くこということを表現するために、ここで「心の空に」という言葉が二度歌われています。

中島美嘉が自分の人生について真に理解を行ない、悪魔からの「コントロール」からも救われ、本来の中島美嘉になった時、中島美嘉は中島美嘉の人生の役割である「金星神と共に歌を歌う」という「確かな夢」を見つけることになります。どうしてこの歌の歌詞において、最初は「かすかな夢を見つける」という言葉が置かれ、最後に「確かな夢を見つける」という言葉が置かれているかというと、「歌手」という「夢」は中島美嘉にとって「かすかな夢」であり、「金星神と共に歌を歌う」ということが「確かな夢」であるからです。

 

【PV解説】

『Stars』は歌だけではなくて、PVも金星神が創っています。中島美嘉の顔は金星神とそっくりであることは『中島美嘉について』で書きましたが、このPVでは、金星にいる金星神の姿が描かれています。そして、金星神だけではなくて、中島美嘉自身も登場します。赤い服を着た中島美嘉が金星神であり、黒い服を着た中島美嘉が中島美嘉自身になります。どうしてこのようなことが言えるかというと、このセットがどこかの星を思わせるものであり、星にいるのは金星神であるからです。そして、黒とは「闇」を象徴する色なのですが、この歌が生まれた時、これから「闇」を抱えることになるのは金星神ではなくて、中島美嘉であったからです。

以下、流れに沿って説明していきます。

冒頭、中島美嘉の魂(球体)が蓮の花に宿り、その蓮の花が咲くところが描写されます。中島美嘉自身、蓮の花が好きですが、蓮の花とは「金の気」によって生きている花です。どうして、中島美嘉が蓮の花のことが好きかというと、蓮の花とは中島美嘉自身であるからになります。中島美嘉は金星神との「縁」があります。だからこそ、金星神から「金の気」を受け取りながら生きています。それは蓮の花が「金の気」を摂取しながら生きているのと似ています。そういった意味があるからこそ、中島美嘉は金星神の「導き」によって蓮の花を好きになっています。神々は我々が何を好きかということに関わることができますが、蓮の花は中島美嘉にとって重要なものであるからこそ、金星神は「導き」を行ない、中島美嘉に蓮の花を好きにさせている形です。

『DESTINY’S LOTUS』という中島美嘉の曲がありますが、その曲の中でも蓮の花(lotus)と中島美嘉は重ねて表現されています。この曲についても別で解説を書きます。

蓮の花が「金の気」によって生きていること、中島美嘉が「金の気」を受け取りながら生きていることは、中島美嘉がデビュー前に描いた絵にもよく表れています。中島美嘉が『STARS』の仮歌入れをやっていた頃、受け取った『STARS』の歌詞の紙に中島美嘉はこのような落書きをしています。

蓮の花と星が描かれているのは、蓮の華が金星からの「金の気」を受け取っている様子です。また、同じ星が目の中に描かれているのは、中島美嘉が「金の気」と共に生きていることを示しています。目は心の窓であって、人は目から「気」を出しています。だからこそ、中島美嘉の目から「金の気」が出ていることがここでは描かれており、それは中島美嘉が金星神の「金の気」と共に生きていることを表しています。中島美嘉は自分の絵をほとんど公開していませんが、中島美嘉の絵にも様々な重要なメッセージが込められています。

中島美嘉の魂が中島美嘉の身体に宿り、成長していったことと、中島美嘉の魂が蓮の花に宿り、花を咲かせることをここでは掛けて表現しています。どうしてこの球体のものが中島美嘉の魂であると言えるかというと、途中、中島美嘉自身から出しているからです。また、蓮の花と中島美嘉が同じであるということは、このPVの最後に中島美嘉と蓮の花が一緒に映る映像にも表現されています。

PVの話に戻りますが、蓮の花が咲くと画面が切り替わり、金星神の姿が映されます。しかし、画面全体は割と暗めです。この場所は金星のことですが、蓮の花が生えています。これは何を意味するかと言うと、蓮の花が「金の気」によって生きているということを映像として表現しています。

金星は「金の気」が宿る星だからこそ、「金星」という名前を持っています。昔の人は今の人間よりも、「気」のことをよく感じながら生きていたので、星に名前を付ける時に、その星の「気」を感じて、名前を付けています。星を見る時、我々は星の神と見つめ合っているということを書きましたが、星を見ていると「気分」が変わってきます。これは是非やってみて頂きたいのですが、水星や金星や火星や木星や土星などの星を真剣に見つめている時、どの星を見ているかによって、自分の「気分」が変わってきます。何故ならば、その星からもらっている「気」が異なるからです。昔の人はこのような素直な方法によって、星に名前を付けています。(ただ、「闇の気」を身体に多く抱えている人、悪魔に襲われている人はこの過程を邪魔されるので、うまくいきません。)

「ひとつの真実に瞳を閉じてしまいたい」の部分では中島美嘉自身を意味する黒い服を着た中島美嘉が少しの時間だけ映されます。これは中島美嘉自身が「ひとつの真実に瞳を閉じてしまいたい」と思うことになることを示唆しているからになります。最初に書きましたが、「ひとつの真実」とは「中島美嘉が悪魔に襲われてきたこと」を意味します。

そして、「明日になれば 今日とは違う星が きっと輝くはず」という歌詞の時に、金星から「金の気」が出始めることが表現されています。歌詞の解説でも書きましたが、「今日とは違う星が きっと輝くはず」という言葉の意味は、「今までになかった星が輝く」という意味であって、金星からの「金の気」が降り注ぎ始めるということを意味しています。そのことがPVにもよく表現されています。

金星からの「金の気」が地球に降り注ぐということは、金星から「金の気」が出ることを意味しています。我々人間には「気」は見えませんが、「気」が見えると本当にこの映像のような形に見えます。金星には「金の気」が宿っています。金星神はその金星に宿っている「金の気」を操ることができる神様であって、2012年12月に、この映像のように金星から「金の気」を出し始めました。

そして、金星からの「金の気」が出た後に、「未だ暗い空に散らばる夢のかけらよ」と歌われる場面において、金星神が上を見つめる様子が映ります。これは何を意味するかというと、宇宙に飛んでいる「光の気」を見ているのであって、太陽系の星々から地球に向けて飛んでいる「光の気」を見つめている形になります。なぜならば、歌詞解説でも書いたように、「散らばる夢のかけら」とは太陽系の星の神々の「光の気」のことを表しているからです。

「無力な言葉よりも ただ見つめ合えた瞬間 煌めくよ」の部分では金星神(赤い服を着た中島美嘉)とこのPVを見ている人が見つめ合うような形になります。我々が星を見る時、それは星の神と見つめ合っているということは、歌詞解説で書きましたが、そのことを表現するために、このような映像の形となっています。

この後も金星神と中島美嘉が交互に映るような形でこの映像は進んでいきますが、中島美嘉がどの歌詞の時に映るのかは完璧に金星神が関与しています。「光と闇に抱かれて」という歌詞や、「窓の向こうには夜があるよ」という歌詞といった、「闇」を意味する歌詞を歌っている時に中島美嘉は登場します。これは、中島美嘉が「闇」を選ぶということを表現するためです。また、中島美嘉の周りに色の付いた霧が動いているように見えますが、これは「闇の気」のことを意味しています。

そして、中島美嘉が自分の魂を息で吹き飛ばすことが描かれます。

これは何を意味するかというと、中島美嘉が自分自身の力で、自分の魂に入っている「闇」を取り除き、「光」に満ちることを意味します。我々は自分の魂を自分の「意志」によって形成しています。神々や悪魔であっても、決して我々の魂に直接関与することはできません。彼らはあくまでも間接的に我々の魂に影響を与えるだけです。

だから、中島美嘉の魂が「光」に満ちるためには、中島美嘉が自分自身の意志で「闇」を捨て、「光」を選んでいかなければなりません。ここで中島美嘉が自分の魂を吹き飛ばすのは、そういった自分の力で自分の魂を「光」で満たすことを描いています。

冒頭部分から出てくる中島美嘉の魂は少し「黒」も混ざっています。「黒」は「闇」の色ですが、これは中島美嘉が今世生まれた時から少しの「闇」を抱えていることの説明でもあります。だから、この映像は、中島美嘉が前世から抱えている「闇」を取り払うことができる魂であると神々が信じているということの根拠でもあります。神々は今世において、中島美嘉の魂が「光」に満ちることを信じています。だからこそ、中島美嘉に金星神と歌う歌手という役割を授けています。

そして、中島美嘉が自分自身の魂の「闇」を取り払うと、金星神の周りに「金の気」が舞い始め、その中で金星神は歌い始めます。これは何を意味するかというと、中島美嘉が自分の「闇」を取り払ったことで、金星神と真に歌を歌うようになるということです。金星神は「光」の存在です。だから、真に金星神と共に歌うためには、中島美嘉は「闇」を取払い、「光」の存在にならなければなりません。なぜならば、「光」と「闇」では矛盾してしまうからです。そういったことを映像で表現しています。

そして、中島美嘉が真に金星神と歌を歌う時、中島美嘉の歌に金星神からの「金の気」が強く乗ります。歌は音であって、音はその空間全体に広がるので、中島美嘉が真に金星神と歌う時、この映像のような形で「金の気」が舞うことになります。

そして、「あなたがいる描いた夢のむこうに最後に大事なのは喜びを分け合える愛しさよ」の歌詞の部分で、金星神が「あなた」を中島美嘉であることを意味するように、中島美嘉が少しだけ映ります。この歌詞は、中島美嘉が金星神に対して歌っても、金星神が中島美嘉に歌っても成立する歌詞です。ここでは、金星神側がこの歌詞を歌う構造にしています。

最後は金星神が「心の空に 心の空に 確かな夢を見つける」という歌詞を歌い、その歌詞が終わった後に蓮の花と中島美嘉が重ねて映されます。これは、中島美嘉が本当の意味で咲くことを意味しています。この歌の歌詞で言うと、「新たな未来」=「新しい中島美嘉」になることを意味しています。

 

【最後に】

この『Stars』という歌とPVが抱えている金星神からのメッセージは膨大です。そして、どれも非常に重要なメッセージになります。歌詞とPVの持つ意味について、もう一度そのメッセージをまとめると、以下のようになります。


[歌詞]

・中島美嘉が金星神と繋がっていること
・中島美嘉が悪魔に襲われ「闇」を選び始めること
・中島美嘉が悪魔からの「コントロール」から救われること
・金星からの「金の気」が降り注ぎ始めること
・神々が星に宿っていること
・「闇」が強い中で神々が我々のために全力を尽くしていること
・星を見ることの意味
・「気」や「導き」の説明
・測れるものしか信じず感じることの意義を見失った今の人間の姿
・金星神がどのような魂なのかということ
・我々はいつか全てのことを思い出すということ
・神々はいつも我々の側にいるということ
・中島美嘉と金星神が以前に会っていたこと
・金星神が中島美嘉のことを支えていること
・祈りの意味
・「光」と「闇」の関係性
・中島美嘉と金星神が会うことになることの喜び
・中島美嘉が自分自身のことを真に理解すること
・中島美嘉が金星神と真に共に歌を歌うようになることの喜び
・「愛」と「喜」の関係性と中島美嘉の名前の説明
 

[PV]

・蓮の花の意味
・金星からの「金の気」が出る様子
・中島美嘉の魂が今世生まれる時に「闇」を抱えていたが、その「闇」を取り払えると神々は信じていること
・中島美嘉が魂の「闇」を取払い、「光」で満たすことによって、金星神と真に歌を歌うことができること

※歌詞の意味をPVが補うような形で、この歌詞とPVは成立しています。

 

たった6分間の歌なのですが、これだけのメッセージを金星神は込めています。どうして、これほどまでにメッセージを込めたかというと、中島美嘉のデビュー曲であるからです。


[中島美嘉が自分自身について理解するための「手掛かり」として]

これは歌詞解説のところにも書きましたが、中島美嘉は悪魔に襲われることを元々分かっていて、今回人間として生まれ変わった魂です。この世界のために自分が悪魔から15年も襲われることを選んだ魂、つまりこの世界のために自分の15年を犠牲にすることを選んだ魂です。金星神としては絶対に15年後には助けたいと強く思っていました。だから、15年後に、中島美嘉自身が何を経験してきたのかを理解できるように、その「手掛かり」をこの『Stars』の歌やPVにできるだけ多く残しておきたかった形になります。

そういった「手掛かり」は他の曲にも多くあります。例えば、『WILL』の「記憶が星座のように輝きながら繋がる バラバラに見えていたけど今ならわかるよ 記憶が星座のようにひとつになって教える 偶然のしわざじゃなくて 選んだのは 僕の”WILL"」という歌詞は中島美嘉の人生そのものを意味しています。彼女が苦しんで来たのは彼女自身の「意志(WILL)」であって、中島美嘉自身が後に自分の人生のことを理解した時に、自分でそれを選んだということに確信を持ってもらえるように、前もって中島美嘉が歌う形を金星神は用意しました。

ちなみに、この『Stars』のカップリング曲である『TEARS(粉雪が舞うように…)』も「手掛かり」の意味を持っています。この曲の冒頭の歌詞である「息もできないほど打ち拉がれしゃがみ込んだ 歩き続けて来た道のまん中で」という言葉は、日本で歌手として活躍しながらも、悪魔に襲われ非常に苦しい思いをする中島美嘉の様子を描いています。そして、「重なってく」という金星神の優しい歌声がずっと響くのは、後で中島美嘉が全てのことを理解する様子を描いているからです。全ての辻褄が合うように中島美嘉が自分自身について理解していく過程の感覚を、雪と重ねて「重なってく」という言葉で金星神が表現しています。

この頃の中島美嘉は18歳で幼さも残る声をしているのですが、この「重なってく」という歌詞の声は金星神が強く関与しているので、とても大人っぽく聞こえます。そして、この「重なってく」という歌声と重ねて、中島美嘉のポエトリーリーディングが聞こえてきます。そして、このポエトリーリーディングには金星神はわざと全く関与していません。同時に聞こえる2つの声の一方に強く関与し、一方に全く関与しないことで、金星神と中島美嘉の二人が別々に歌っている構造を金星神が創っています。このようにして、金星神は大事なメッセージを声に違いを付けることでも残しています。(『TEARS(粉雪が舞うように…)』については別で詳しく書きます。)

とにかく、こういった形で中島美嘉が中島美嘉自身について理解する「手掛かり」の意味を持った曲は非常に多くあります(それぞれ別で解説を書きます)が、デビュー曲にそういった「手掛かり」があるかどうかということは非常に重要なことになります。何故ならば、デビュー曲にその「手掛かり」があるならば、より説得力が増すからです。中島美嘉を助けるために金星神はデビュー曲に「手掛かり」を強く残しています。


[「聖典」として]

これは『雪の華』のところでも書きましたが、神々が徹底的に関与したアートとは、「聖典」の意味を持っています。つまり、神々からの「教え」としての意味を持っています。誰か人間が書いた「聖典」は合っているかどうかは分かりません。その人間次第だからです。しかし、それを創った人間が全然意識せずに、結果的に様々な真実を含み込んだアートとは、それは人間が創ったものではなく、神々が創ったものなので、「聖典」として成立します。人間が創ったものではないが故に、それはより確かな「聖典」です。

所謂「聖典」とは文章です。しかし、文章で伝わることとは非常に限られており、読み手がどう解釈するか、読み手がどう感じるかで随分異なってきます。しかし、歌という方法は言葉に感情を乗せているので、作り手と読み手との感情のギャップが生まれにくいものです。人間は録音技術や映像技術を伸ばしてきたおかげで、録音や映像を使って、言葉だけでは伝わらない重要な感情の部分を伝えていくことができます。

『Stars』が「聖典」の1つと言っても、今の人間には違和感があると思いますが、これだけ大事なメッセージに溢れていることや、文章と歌の違いなどを確かに理解したならば、『Stars』が聖典の1つであるべきだということは分かって頂けると思います。

金星神としては、この曲を「聖典」にすることを意識して、曲を創っています。だからこそ、中島美嘉の話だけではなくて、様々な重要な事柄について話しています。特に、この曲が持つ最も大きな「教え」とは、金星からの「金の気」が降り注ぎ始めるということです。そういった時代が来る前の深い「闇」と、これからもたらされる「光」の喜びの感覚がこの曲においては表現されています。どうしてこのことが最も大きな「教え」かというと、金星からの「金の気」があるかどうかということは、太陽系にとってとても大きな違いであるからです。
 

[新しい時代の始まりとして]

この歌は何かとても素晴らしいことが始まったような感覚を感じるメロディーや曲調です。それは、実際にとても素晴らしいことが起こり始めるからこそ、金星神がそのような曲調にしています。そして、それは金星からの「金の気」だけのことだけではなくて、中島美嘉という金星神と共に歌を歌うという役割を持った人間が、歌手として羽ばたき始めることも意図されています。

この当時、中島美嘉がどのような人生を経験していくのかは、神々も悪魔もはっきりとは分かりませんでした。未来は誰も知らないからです。しかし、金星神と神々は、中島美嘉と共に多くの苦悩も乗り越えながら、結果的に素晴らしい結論を生み出したいという「希望」を抱いて、中島美嘉を歌手として世に出しました。

この曲はそういった金星神の「希望」が込められています。だからこそ、『傷だらけのラブソング』の主人公は「未来」という名前を持っていて、この歌でも度々「未来」という言葉を使っています。「未来」を信じることはとても大変なことです。これだけ深い「闇」を抱えている地球において、そして、その「闇」の現状を見ることができる神々が、「未来」を信じていくということは本当に大変なことです。

2012年12月以降に金星神はやっと「金の気」を地球に降り注ぐことができ、本気を出すことができるようになりました。この曲が「希望」の感情を持っているのは、金星神の「決意」の表れでもあります。彼女は自分が地球を「光」に導くという「決意」があるからこそ、この曲を「希望」に満ちた曲にしています。

そして、これは、とても大きなことを中島美嘉と共に行なおうとする金星神の気持ちでもあります。中島美嘉と金星神は、この地球においてとても重要な一組の魂のパートナーです。ある人間と、その人間と「縁」で繋がっている神様とは、共に生きるパートナーになります。この星で「光」を実践するために「縁」で結ばれた、二人の魂です。

神々であっても、我々と同じ1つの魂です。そして、神々にできて人間にできないことも、神々にできなくて人間にできることもあります。例えば、神々は「気」で人間に関与することができますが、人間は神々のように「気」を操ることはできません。そして、神々は人間に歌を聴かせることはできませんが、人間は人間に歌を聴かせることができます。だからこそ、金星神は中島美嘉に「気」で関与し、中島美嘉は金星神からもらう「気」を使って人間に歌を聴かせます。金星神と中島美嘉はパートナーとして、お互いを補い合い、この世界の「光」を増やすために「縁」で結ばれています。

金星神は中島美嘉と共に非常に重要なことを地球で行なっていくということを「決意」していましたし、中島美嘉の魂はそれができるということを金星神は信じていました。だからこそ、この曲は「希望」の音を持っています。

この曲の持つ感情は金星神の感情です。それは中島美嘉と共に大きなことをこれから行なっていくという「決意」であり、「希望」です。1つの新しい時代が始まることに対する「喜び」の感情でもあります。そういった金星神の想いを我々は『Stars』を聴く度に感じることができます。

そういった金星神の想いを真に感じることができれば、我々はこの曲を聴くだけで、前に進む力を金星神からもらえます。それはこの解説を読む前にこの曲を聴いた時の自分の心の動きと、この解説をよく理解した上でこの曲を聴く時の自分の感情の動き方の違いを分析するとよく分かります。

その歌詞の意味を真に理解すると、どうしてここでこの歌い方をしたのかといったことがよく分かるようになります。そういったことが分かることによって、歌い手の想いを感じることができます。逆に言うと、そこまでやらないと歌い手の想いを真に感じることはできません。

中島美嘉の歌には金星神は関与してきました。具体的にどのように関与するかというと、金星神が中島美嘉に歌い方を教えるということです。では、どのように歌い方を教えるかというと、その歌詞の持つ感情を教えるということになります。その感情を決めるためには、その歌詞をどう読むかということを決めなければなりません。金星神はその読み方を中島美嘉に「気」を送ることによって教えます。そして、そういった歌詞の意味を踏まえて、中島美嘉はいつも歌っていくことになります。

中島美嘉は自分自身で、読解力のある人間であることを知っています。では、どうして彼女が読解力があるかというと、金星神と共に働いているからです。歌において、読解力とは非常に重要であって、神々と繋がっている人間は、その言葉の意味を神々から教わりやすい立場にあります。

もし、いつか中島美嘉自身がこの解説を読んで、この解説に共感するのであれば、彼女の『STARS』の歌い方は変わります。何故かと言うと、中島美嘉はこの歌詞の持つ意味を理解するからです。意味を理解すると、気持ちの込め方が変わってきます。そうすると、歌い方は変わってきます。

だから、この解説は金星神が中島美嘉に行なっていることと似ています。金星神はいつもこの解説のようなことを中島美嘉に「気」で語りかけることによって教えています。中島美嘉が歌詞と向き合って様々なことを考える時に、中島美嘉の思考に金星神は「気」で関与するからです。

また、その歌詞の意味にどれだけ「実感」を持つかということは、経験によって変わっていきます。だから、中島美嘉はこれから様々な経験をしていく中で、この歌詞の意味にどういった「実感」を持つかが日々変化し、その中で歌い方は変わっていきます。そして、その「実感」の幅をできるだけ広く持てるようにも、金星神は『STARS』を創っています。例えば、「光と闇に抱かれて」という一言は中島美嘉が永遠に強く関わるものであって、その時にどういった「光と闇」の経験をしているかによって、この歌詞の歌い方は強く変わってきます。

金星神としては、中島美嘉の生涯に渡って、歌い方が変わることができるだけの幅の持った曲を創り、その歌い方の変化の過程を録音や映像で保存することを目指しています。その記録はこれから永きに渡って、人類にとって非常に重要な資料となるからです。なぜならば、その過程は、中島美嘉が金星神のどういった面と共感するかという歴史になるからです。

金星神には様々な側面があります。そして、中島美嘉の魂も日々変化していきます。この二人が共感する部分が生まれる時に、中島美嘉は金星神と真に共に歌うことになります。中島美嘉は金星神にただ人形のように歌わされているわけではありません。中島美嘉が金星神の「気」に「共感」するのであれば、中島美嘉は金星神と共に歌うことになります。それを言い換えると、「愛」の感情で歌うかどうかということになります。なぜならば、金星神とは太陽系における「愛」の神であるからです。また、金星神のどういった「愛」の側面と「共感」するかということでもあります。

「愛」に「共感」するかどうかは中島美嘉の「意志」次第です。だから、全ては中島美嘉の魂次第です。そして、「愛」に共感したいかどうかは、彼女がどういったことをこれから経験するかにも影響されます。「愛」を選ぶためには、「愛」の「喜び」を経験し、「欲望」の「快楽」を捨てていく必要があります。「愛(光)」と「欲望(闇)」の違いについては、こちらに書いています。

http://junashikari.com/emotion/「愛」と「欲望」/

中島美嘉が日常生活において何を経験するかということに、神々と悪魔は強く関与します。中島美嘉は悪魔に襲われ続けたが故に、酷い経験を山のようにしてきました。そして、そういった「闇」の経験が、彼女を深い「闇」に落としてきました。

中島美嘉は、人類のために、その深い「闇」の経験をすることを自分で選んだ魂です。そして、ようやくその時期は終わります。この『STARS』で歌われている「闇」の時期は終わり、これから中島美嘉は「光」の時期を経験していきます。

深い「闇」を知っている魂であればあるほど、「光」の価値をより強く気付いていくことができます。中島美嘉は既に深い「闇」を経験してきました。これから彼女は「光」の価値に気付いていく時期を経験していきます。その中で、彼女がこれから「愛」を歌っていくこと、その「愛」の変化を我々が歌を通して感じることができるということ、それをこれからずっと保存できるということは、とてもすごいことであるし、素晴らしいことでもあるし、この星が「光」を取り戻していくために必要なことでもあります。

この『STARS』という歌は、中島美嘉の15年を表す曲です。ようやく最後の

「We're Wondering Stars あなたがいる 描いた夢のむこうに 最後に大事なのは 喜びを分け合える愛しさよ」
「I'm Gonna be a Star 新たな未来 つないだ奇跡の中で 光と闇に抱かれて 心の空に 心の空に 確かな夢を見つける」

という歌詞の時代に入りつつあります。この時代に入るために、神々も私も全力を尽くしています。そして、悪魔達はこの時代に入らないように、徹底的に邪魔を行なっています。

これから中島美嘉がどういう人生を過ごすのかは、全ては中島美嘉の「意志」次第です。彼女は「光(神々)」を選ぶのか、「闇(悪魔)」を選ぶのかという分岐点に立っています。

私は中島美嘉が「光(神々)」を選ぶことができるように、現状を説明している立場になります。「選択」をする上で重要なことは、状況を理解することです。こういった現状説明は現場にいる人間にしかできず、神々にもできません。だからこそ、この役割は重要だと思っています。そして、こういった説明の内容は、根拠をできるだけ書くようにしているので、何度もこれらの文章を読み返す中でこれらの情報が確かであるということには確信を持ってもらえると思っていますし、確信を持ってもらえるように、できるだけ多くの文章を書き続けるつもりです。私の現状としては、中島美嘉について既に分かっていることは山のようにあるのですが、それを書き切るまでにあまりにも多くの時間が掛かってしまうという形になります。

長くなりましたし、『STARS』の解説から少し外れている部分もありますが、大事なことなので、ここまで書きました。いつか、中島美嘉本人がこれらの文章を読み、御自身について理解を深めて頂けることを切に願っています。

 

 

『STARS』の購入方法

中島美嘉のこの『STARS』の録音やPVは以下のリンクのいずれかから買えるので買ってみて下さい。

[録音]

・iTunesダウンロード
https://itunes.apple.com/jp/album/stars/id645758529?i=645758536

・シングル『STARS』(2001)
https://www.amazon.co.jp/STARS-中島美嘉/dp/B00005Q87Q

・アルバム『TRUE』(2002)
https://www.amazon.co.jp/TRUE-中島美嘉/dp/B00006D2EH/ref=sr_1_1?s=music&ie=UTF8&qid=1472122660&sr=1-1&keywords=中島美嘉%E3%80%80true

・ベストアルバム『DEARS(ALL SINGLES BEST)』(2014)​
https://www.amazon.co.jp/DEARS-SINGLES-BEST-初回生産限定盤-DVD付/dp/B00NJ1MLBS/ref=sr_1_4?s=music&ie=UTF8&qid=1471427315&sr=1-4&keywords=中島美嘉+tears

※一番重複無く、様々な重要な曲を買って頂く方法としては『TRUE』と『DEARS(ALL SINGLES BEST)』を買って頂く方法だと思います。『TRUE』には重要な楽曲が多く入っています。ベストアルバムは2005年のものと2014年のものがありますが、この二つはかなり重複しています。あと、2014年のベストアルバムは二枚あり、もう1つは『TEARS(ALL SINGLES BEST)』になります。『DEARS』も『TEARS』も重要な楽曲は多く入っています。2014年までの全てのシングルを聴いてみたい方は『DEARS』『TEARS』の両方を買ってみて頂ければ、と思います。『STARS』は入っていませんが、『TEARS』はこちらです。

・ベストアルバム『TEARS(ALL SINGLES BEST)』(2014)
https://www.amazon.co.jp/TEARS-SINGLES-BEST-初回生産限定盤-DVD付/dp/B00NJ1MJW4/ref=sr_1_2?s=music&ie=UTF8&qid=1471427315&sr=1-2&keywords=中島美嘉+tears


[PV]

・iTunesダウンロード
https://itunes.apple.com/jp/music-video/stars/id890411199

・『GREATEST LOTUS』
https://www.amazon.co.jp/GREATEST-LOTUS-DVD-中島美嘉/dp/B0070YG0L2/ref=sr_1_fkmr0_1?s=dvd&ie=UTF8&qid=1471426183&sr=1-1-fkmr0&keywords=中島美嘉%E3%80%80FILM+LOTUS

・『BEST』
https://www.amazon.co.jp/BEST-DVD-中島美嘉/dp/B000BZ8JBG/ref=sr_1_6?s=dvd&ie=UTF8&qid=1471426075&sr=1-6&keywords=中島美嘉

・『FILM LOTUSⅠ』
https://www.amazon.co.jp/中島美嘉-FILM-LOTUS-DVD/dp/B000062VDQ/ref=pd_bxgy_74_2?ie=UTF8&psc=1&refRID=5T6Q20B26K400CCKPXK0

※中島美嘉のPVは非常に重要なものばかりですので、44曲のPVが入っている『GREATEST LOTUS』を購入して頂くのがいいと思います。

私はソニーミュージックの回し者でもなく、個人的なファン精神といったことから薦めているわけでもありません。シャーマンの目線から、人類にとってどの作品が重要かという観点で薦めています。人間が大事なことに気付いていくと共に、これらの作品は人々が再び手に入れるようになってほしいと願っています。私としてはこれらの作品の持つ意味をこれからも書いていきます。私の解説とセットでこれらの作品を鑑賞する中で、神々が我々に伝えたい様々な重要なメッセージを受け取って頂ければ、と思っています。