中島美嘉の『A MIRACLE FOR YOU』について解説を書きます。この曲は中島美嘉のシングル曲ではなく、ファーストアルバム『TRUE』の最後の一曲なのですが、非常に重要な意味を持っています。中島美嘉のコンサートでもよく最後に歌われています。

この曲は金星神が創り、中島美嘉は金星神と共にこの曲を歌っています。ですから、ここでは、金星神がどのような意味をこの歌に込めたのかを書いていきます。歌はその歌の持つ感情を経験することが重要なので、上のYouTubeを繰り返し聴いて頂きながら、この解説を読んで頂ければ、と思います。『A MIRACLE FOR YOU』には複数の録音がありますが、2004年のこのライブ映像の録音が最も中島美嘉と金星神が一体となって歌っています。

あと、まだ『中島美嘉について』を読まれていない方はこちらから先に読まれて下さい。こちらの文章が前提となります。

・中島美嘉について
http://junashikari.com/art/中島美嘉について/

 

この歌の歌詞は中島美嘉本人が書いています。そして、中島美嘉がこの歌詞を書く時、金星神は中島美嘉に「気」を送ることによって、詩に使ってほしい言葉を中島美嘉に教えています。中島美嘉としてはそれは「詞が降ってくる」感覚です。金星神が様々な「詞」を中島美嘉に教え、その中で中島美嘉が共感し、良いと思う「詩」が歌詞となっています。だから、詩を書くという行為も神々との共同作業です。

本当にこの『A MIRACLE FOR YOU』の詩は、中島美嘉は真に金星神と共に書いていて、この歌詞の持つ意味はとても重要なものです。この解説を通して、この歌詞の持つ様々な非常に重要な意味を理解して頂けると幸いです。

この『A MIRACLE FOR YOU』は冒頭から最後まで金星神が一人称として歌っている形の歌詞になっています。中島美嘉は金星神と共に歌っている歌手であって、この二人のシンクロ度が非常に高い時、我々は中島美嘉の歌を聴きながら、金星神の歌を聴くことになります。我々が聴いているのは一人の歌声ですが、それは中島美嘉と金星神の二人の歌声であって、この二人が一緒に歌っているからです。

そして、中島美嘉が金星神と真に一緒に歌を歌い、その時に金星神が一人称で歌うような歌詞を歌うのであれば、我々は本当に金星神の歌を聴くことになります。何故ならば、歌っているのも金星神であり、その歌の内容も金星神の言葉であるからです。

『A MIRACLE FOR YOU』とは、そういった曲であって、金星神の想いが強く込められています。また、金星神が我々に向けて何を行なっているのかということの説明にもなっています。ですから、我々はこの曲を聴くことで、心を強く動かすだけではなくて、金星神について、とても多くを学ぶことができます。そして、金星神とは太陽系を強く支えている神々の一人ですから、金星神について理解することとは、この世の成り立ちについて理解することでもあります。

そして、なによりも、この曲を聴くと我々は「光」の力を受け取ります。それは、この曲でも歌われている「勇気」とも言えます。そのことについても、この解説を通して具体的に説明していきたいと思います。

一度歌詞を全て書いた後に、それぞれの言葉の解説を書いていきます。
 

[歌詞]

本当は不安で 無理をしてる人がいるとしたら
たまにはここへ来て力抜くその時間も必要でしょう

安心して泣いていいよ
誰も笑ったりしないよ
夢を抱(いだ)いている君の 側に勇気 空に放つ

心配しないで 私はいつでもここで君を見てる
どれ程 遠くに 君が居てもかまわないから
月色に輝く誇り胸に 君を抱きしめ
a miracle for you

君が膝抱え 泣いて 空を 見上げてるとしたら
この魂声(こえ)届けて側にいる その時間は泣いてあげる

行っておいでここで待つよ
そして帰っておいでよ
夢が溢れている君の 側に勇気 空に放つ

歌うよ この声 張り裂けて燃え尽きても 救われるなら
叶うよ たとえば 君が罪を背負う時でも
星屑を集めて明かり灯し 道を創るよ
a miracle for you

心配しないで 私はいつでもここで君を見てる
どれ程 遠くに 君が居てもかまわないから
月色に輝く誇り胸に 君を抱きしめ
a miracle for you


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「本当は不安で 無理をしてる人がいるとしたら」
「たまにはここへ来て力抜くその時間も必要でしょう」

この歌詞が意味する「ここ」とは、この歌を聴くということです。逆に言うと、「ここ」に来てほしいという金星神の願いでもあります。例えば、車を運転しながら歌を聴く時、その時我々は歌に対して100%の集中力を持つことはできません。何故ならば、運転をしているからです。しかし、イヤホンをして眼を閉じて、その歌だけを聴くのであれば、我々は100%の集中力でその歌を聴くことができます。そして、その時「ここ」と言うことができる状態に達します。他に何もせずに、その歌だけに集中すると、その歌の世界に入ることになるからです。金星神はそんな風にこの歌を聴いてほしいという願いをまず我々に伝えています。

「不安」とは「闇の感情」の1つです。我々が抱く感情には「光の感情」と「闇の感情」があります。「光の感情」をいつも抱いていると、肯定的で、性格は良くなっていきます。それに対して、「闇の感情」をずっと抱いていると、否定的で、性格が悪くなっていきます。例えば、ものすごいストレスを抱えながらずっと生きていると、元気が無くなり、どこか性格が歪みやすくなります。それに対して、愛するパートナーととても「愛」に満ちた生活を送っていると、元気が出て、性格もどんどん良くなっていきます。これは、色んな人を見ていたり、自分の人生を振り返るとそうだと納得して頂けると思います。

つまり、我々は自分がどういう感情をいつも抱いているかということによって、自分の性格を決めています。そのことは、性格の悪い人がいきなり性格が良くなったり、とても性格がいい人がいきなりとても性格が悪くなることはあまりないことにも表れています。過去の自分が抱く感情が、今の自分の抱きやすい感情を決定します。

だから、「不安」の感情をずっと抱いていると、その人の人格に「不安」が染み付いてしまい、その人の人生はどんどん辛くなっていきます。何故ならば、「不安」とは心地良い感情ではないからです。「幸せ」とは相反する感情です。金星神はそのことを懸念して、まず最初にこの歌詞を置いて、「もしあなたが不安なら、この曲を聴いて、この曲の感情の中に入ってほしい」と言っています。そして、この曲が持つ感情は「愛」です。

「不安」の感情のまま「愛」の歌を聴いても心は動きません。しかし、「愛」の感情で「愛」の歌を聴くのであれば心は動きやすくなります。我々が心を動かす時とは必ず、我々が鑑賞しているものと自分の感情の間で「共感」が起こる時です。そして、「共感」が起こらない限り、心は動かず、心が動かない限り、その人を歌で助けることはできません。金星神はこの歌によって、聴く人を助けたいと思うからこそ、まず最初に「愛」の感情の中に入ってこられるようにこの言葉を置いています。それを非常に優しい言葉で歌っています。

また、「本当は不安」だけど、それを隠すように「無理をしてる」状態とはどのような状態かというと、「不安」が「強がり」や「甘さ」などに転じている状態です。「闇の感情」は他の「闇の感情」に転じます。人は「不安」に囚われたまま、何かをし続けたいとは思わないので、どこかでその「不安」を隠そうとします。では、「不安」を隠すために何をするかというと、「強がり」や「甘さ」などを使います。「強がり」とは自分の状態を真に見ることはせず、根拠無しに「自分なら大丈夫」と思う心の動きです。「甘さ」は自分の置かれている状況を真に見ることはせず、根拠無しに「なんとかなるだろう」と思う心の動きです。こういった「闇の感情」を使うと、「不安」を隠すことができます。そして、この「強がり」も「甘さ」も「闇の感情」になります。「不安」を乗り越えずに、「不安」を隠すのであれば、我々はこのように、ある「闇の感情」を別の「闇の感情」に転じさせます。感情のことについてはこちらに詳しく書いているので、読んで頂けると幸いです。(ここでは分かりやすく「強がり」と書きましたが、正しく言うと「負けず嫌い、傲慢」になります。「強がり」=「負けず嫌い、傲慢」です。)

http://junashikari.com/emotion/感情一覧(光・闇・中立)/

この歌では、そういった「闇の感情」にも捕まらず、「愛」の感情で聴いてほしいということを最初に歌っています。また、そのことを「そういう時間も必要でしょう」という形で、頑張り過ぎる魂を休ませるようにも歌っています。その上で優しく言葉をかけ続ける形でこの歌は進んでいきます。

 

「安心して泣いていいよ」
「誰も笑ったりしないよ」 

泣くことは心の浄化のためにあります。逆に言うと、泣くと気分がすっきりするのは、浄化されているからになります。では、具体的に何が浄化されているかというと、「闇の気」や「悲しみの気」といったものです。「気分」とは「気を分ける」、「気持ち」とは「気を持つ」と書きますが、この言葉が表すことは「気分・気持ち」の原因は「気」であるということです。「闇の気」を抱えると、「闇の感情」になり、「悲しみの気」を抱えると「悲しみ」の感情になります。水は「気」を流す力を持っていて、泣くという行為は、そういった「気」を水で流すためにあります。だから、泣くと辛い気持ちや悲しい気持ちが少しおさまることに繋がります。

だから、泣くことはとてもいいことです。金星神は泣くことによって我々に浄化をしてほしいと思っています。何故ならば、我々を助けたいからです。我々を苦しめるのは「闇の感情」や「悲しみ」であって、金星神はそういった辛い感情から我々を助けたいと思っています。だからこそ、ここで、「安心して泣いていいよ」という言葉を置いています。

そして、どうして「誰も笑ったりしないよ」という言葉が置かれているかというと、「被害妄想」という「闇の感情」を持ってほしくないからです。「誰かに笑われてしまうかもしれない」という気持ちは「被害妄想」の感情であって、日本人が非常によく抱えている「闇の感情」の1つです。だからこそ、その「被害妄想」に堕ちてしまわないように、ここで「大丈夫だよ」と伝えています。

この歌の冒頭に「不安」や「被害妄想」のことが歌われているのは、金星神は明確な意図を持っています。日本人の多くは「不安」や「被害妄想」の感情で動いています。「不安」だからこそ、安定を求めて多くの人は既にある組織に所属し、自分のやりたいことを仕事にしようとはしません。逆に言うと、自分のやりたいことを仕事にできないのは、「不安」に囚われているからです。また、日本人は人目を気にします。「もしこれをやったら、こう思われてしまうかもしれない」「白い目で見られるかもしれないから、こうしよう」といった形の思考は、「被害妄想」の発想であって、日本人の多くはこういった発想の中で動いています。これは魂にとって、非常に悪影響の出る生き方です。何故ならば、そういった感情が魂に染み付いてしまい、よりそういった感情を抱くようになり、「幸せ」から遠ざかってしまうからです。「幸せ」とは「愛」の感情です。「幸せ」についてはここを読んで下さい。

http://junashikari.com/emotion/幸福について/

この歌詞には、「闇の感情に囚われないようにしてほしい」という金星神の想いが込められています。我々の社会において、あまりにも「不安」や「被害妄想」は当たり前であるが故に、「光」に満ちた人であっても、少しは抱えてしまいがちです。しかし、少しでもこういった「闇の感情」を抱く癖があると、その癖から色々なことが悪い方向へ向かってしまいます。そういったことを防ぐためにも、これらの「闇の感情」のことをここで歌っています。

また、「不安」や「被害妄想」のことがここで歌われていることは、心からこの歌を聴き、心を動かしてほしいがために、心を縛っているものを1つ1つ取り除く過程とも言えます。そういった、心を縛っているものを取り除く意味で、「安心して泣いていいよ」という言葉を置いています。なぜならば、泣くことは浄化に繋がるからです。

これらの歌詞は、優しい言葉と涙によって、我々の持っている「闇」を取り除く過程です。金星神はこの歌に「共感」をしてほしい、つまり「愛」の感情で聴いてほしいと思っています。そのために、最初の段階で、「闇の感情」を取り除くことを意図して、この歌詞を置いています。

 

「夢を抱いている君の 側に勇気 空に放つ」

金星神は「金の気」を司っている神様です。「金の気」とは「愛」の原因の「気」になります。ここで、「勇気 空に放つ」と言っているのは、「金の気を空に放つ」ということです。「勇気」と「愛」は異なるものではなく、「愛」が強くなると「勇気」も持ちやすくなります。なぜならば、『雪の華』でも歌われているように「誰かのために何かをしたいと思えるのが愛」ですが、「愛」が強くなると、その「誰かのために何かをしたい」と思う気持ちが強くなるからです。そうすると、「勇気」も持ちやすくなります。

例えば、本当に愛する人のために命を投げ出してまでその相手を守ろうとする人はいます。他人からすると、これはとてつもない「勇気」に見えます。しかし、その本人としては「勇気」なのではなくて、その相手に対する強い「愛」から、それだけ大きなことができているだけです。このようにして、「愛」と「勇気」とは繋がっています。

だから、「愛」が強くなれば、「勇気」も強くなり、「不安」や「被害妄想」といった「闇の感情」さえも振り切るようになれます。なぜならば、本当に誰かのために何かをしようと思うと、自分がどう思われるかなど気にしなくなるので「被害妄想」は持たなくなるし、全力で走り始めるので「不安」になる時間さえも無くなるからです。我々が「不安」になるのは、何かしらの「不安要素」があるからです。しかし、我々が全力を尽くすのであれば、そういった「不安要素」は1つ1つ潰していくことができますし、本当に全力な人間とはそのように動き始めます。

また、ここで言う「勇気」が「愛」のことを意味するからこそ、この「夢を抱いている君の」という歌詞の「夢」とは、「愛」のある「夢」のことを意味しています。つまり、「誰かのため」の「夢」ということを意味します。もし、「自分のため」の「夢」であるのなら、金星神が「金の気」を与えても意味がありません。なぜならば、「自分のため」の「夢」とは「欲望」の「夢」であって、「愛」とは矛盾するものであるからです。

例えば、自分が有名になるために歌手になりたいというのは、「欲望」の「夢」です。何故ならば、「自分のため」の「夢」だからです。それに対して、多くの人々に愛の喜びを伝えるために歌手になりたいというのは、「愛」の「夢」です。何故ならば、「誰かのため」の「夢」だからです。金星神は、こういった「誰かのため」の「夢」=「愛」の「夢」を支えたいと思っています。というか、金星神は「金の気(=愛の気)」の神様であって、「愛」を支える立場であるからこそ、必然的に「愛」の「夢」を支えることになります。

『STARS』の解説でも書きましたが、中島美嘉が金星神と真に共に歌う時、その歌声には「金の気」が乗ります。我々が「気」を見ることができるのであれば、本当にこれらの写真のような状態に見え、本当に「勇気(金の気) 空に放つ」という状態になります。

また、金星神にとってこれはいつも我々に向けて行なっていることになります。金星から「金の気」を地球に降り注ぐことをいつも行なっているからです。そういった意味でも、金星神はいつも「勇気(金の気) 空に放つ」ということを行なっています。しかし、金星神と共に歌う中島美嘉の歌声を聴く方が圧倒的に受け取る「金の気」の量は増えます。

金星神はこの「夢を抱いている君の 側に勇気 空に放つ」という歌詞に、この二重の意味を込めています。それは、この歌を歌うことによって「金の気」を空に放つということ、金星から「金の気」を地球に向けて空に放つということです。

 

「心配しないで 私はいつでもここで君を見てる」
「どれ程 遠くに 君が居てもかまわないから」

誰かが優しく自分のことを見守ってくれているということを知るだけで、我々は少し気分が楽になります。また、誰かがいつも自分を支えてくれていること、支えようとしてくれていることを知ると、「不安」はなくなります。そして、金星神はそれをいつも我々に対して行なっています。そのことを「私(金星神)はいつでもここで君を見てる」という歌詞に込めています。

自分が如何にあなたのことを想っているか、どういった「愛」の気持ちであなたのことを見つめているかを知ってほしいという気持ちを金星神は強く抱いています。何故ならば、そのことを知ってもらうだけで、人間を少し救うことができるからです。金星神は太陽系一の「愛」の神であって、我々一人一人を本当に愛している神様です。だからこそ、その一人一人のことを意味するために、ここで「君」という言葉が置かれています。

そして、我々を「金の気」で支えてくれています。だからこそ、「心配しないで」という言葉をここに置いています。金星神は「金の気」を地球に降り注いでいますが、その金星神からの「金の気」を受け取るために我々がしなければならないことは、その「金の気」に「共感」することです。つまり、我々が「愛」の感情を抱かない限り、「金の気」は受け取ることができません。ある「気」を受け取るために必要なことは、その「気」に対する「共感」です。

だからこそ、「不安(心配)」といった感情を抱いてしまっては、我々は金星神からの「金の気」を受け取ることができません。我々に「金の気」を受け取ってほしいがために、冒頭から「どうか闇の感情を抱かないでほしい」ということを歌い続けています。

「金の気」を我々が受け取ったならば、金星神は我々に「導き」を行なうことができ、我々にとって重要な人に出会わせたり、いい「アイデア」を落としたりといったことができるようになります。「気」が我々の抱く「アイデア」の原因になっていることについては、ここを読んで頂けると幸いです。

http://junashikari.com/energy/アイデアと気(エネルギー)について/

金星神は我々のことを大事に想っているからこそ、我々に幸せになってほしいと思っていて、「導き」をしたいと思っています。そして、そのために「金の気」を受け取ってほしいと思っています。

また、「どれ程 遠くに 君が居てもかまわないから」という歌詞がどうして置かれているかというと、金星神は地球から遠く離れた金星にいるからです。自分(金星神)の想いを込めた歌詞であるということを伝えるために、自分(金星神)がこの歌詞を書いたということを人間に気付いてほしいがために、金星神はこの歌の中に、自分(金星神)が書いたという様々な根拠を残しています。そういった根拠が残るように、中島美嘉に詩の言葉を「気」で教えているからです。そのことは次の歌詞にもよく表れています。


「月色に輝く誇り胸に 君を抱きしめ」
「a miracle for you」

月は日によって金色に輝きます。そして、金星神は「金の気」を強く抱えた魂です。人間の魂は胸に宿っていますが、神々であっても、魂は胸に宿っています。だから、ここで「月色に輝く誇り胸に」という言葉が置かれているのは、「金の気が強く宿る魂を胸に」ということであって、金星神のことを表しています。それはこういう状態です。

中島美嘉は金星神と顔がそっくりであることは度々書いてきましたが、この「月色に輝く誇り胸に」という金星神の状態を表すために金星神が作った写真がこの写真になります。

また、ここで「誇り」という言葉が置かれているのは、自分の「金の気」が「誇り」そのものであるということを意味します。星の神とは、自分の魂の持つ「気」を地球に生きる全ての命に与えることをその役割としています。そして、神様ですから、強く「相手のため(愛)」という気持ちで動いています。本当に「相手のため」を思いながら、その相手のために、自分の魂の持つ「気」を与えることは、自分の魂の「気」を「誇り」に思っていない限り、できることではありません。何故ならば、ちょっとでも自分の魂の持つ「気」が不完全だと思うのであれば、その「相手のため」に自分の「気」を与えようとは思わないからです。

「気」とは「感情」の原因です。ある「気」を摂取すると、その「気」の「感情」となります。だから、自分の「気」を相手に与えることは、自分が経験している「感情」を相手に与えることを意味します。そして、その与えた「気」は相手の魂の一部となり、その人の人格の一部となります。だから、少しでも不完全な「気」であれば、その「気」によって、相手は苦しむことになります。だからこそ、相手のために、自分の魂の「気」を与えるということとは、相当な「誇り」無しには絶対に行なえないことです。

神々はそういった葛藤の中を生きている魂達です。そして、金星神は自分の魂の抱える「金の気」を「誇り」に思っています。だからこそ、金星神は金星の神であり、地球に「金の気」を送るという役割を実践しています。そういった意味を込めて、ここで、「月色(金色)に輝く誇り(金の気)胸に」という言葉を置いています。この「誇り」という言葉にこれだけの意味があります。

そして、ここで「君を抱きしめ」という言葉が置かれているのは、金星神が「金の気」で我々に関与する時の状態が、金星神にとっては「君を抱きしめ」という状態であるからです。彼女は「愛」の気持ちで、我々に関与します。そして、「愛」を象徴する行為とは「抱きしめる」という行為です。だからこそ、自分が人間に関与している時の「愛」の気持ちを伝えるために「君を抱きしめ」という言葉を置いています。ここで「君」と歌われているのも、彼女が地球に生きる全ての一人一人の魂に対して、そのような気持ちで向き合っているということを伝えるためです。

「a miracle for you」とは「君に奇跡を」という意味ですが、我々が金星神から「金の気」を受け取ることができ、金星神が「導き」を行なえた時、「奇跡」が起きます。それは運命の人に出会うことかもしれないし、自分の人生の役割に気付くきっかけを与えられることかもしれないし、様々な「奇跡」です。そういった「奇跡」によって、我々は「幸せ」になっていきます。

 

「君が膝抱え 泣いて 空を見上げてるとしたら」
「この魂声(こえ)届けて側にいる その時間は泣いてあげる」

身体のポーズには意味があります。例えば、物を考える時に腕を組む人は多いと思いますが、我々はそれを無意識に行ないます。どうしてかというと、腕を組むというポーズが物を考えている時の感情のポーズだからです。そして、中島美嘉の歌の中にはよく「膝を抱える」という言葉が出てきますが、このポーズとは「悲しみ」のポーズです。だからこそ、ここでは「泣いて」という言葉が置かれています。そういった、ポーズの持つ意味を伝えるためにも、こういった歌詞はあります。

そして、ここで「空を見上げてるとしたら」と書かれているのも、同じような意味があり、空を見上げるということは極めて重要だからです。空を見ていると、空にある「光の気」を摂取することになり、そのことによって気分が穏やかになります。だから、辛い時や悲しい時は空を見るべきであって、空を見ていると少し助けられます。そういった意味で、この歌詞は「悲しい時は空を見て」という金星神からのメッセージでもあります。

「この魂声(こえ)届けて側にいる」という歌詞が意味するのは、「この歌を聴いている時に金の気を届けて、側にいることができる」ということを意味します。だからこそ、「この魂声(こえ)届けて」という言葉が置かれています。中島美嘉の歌をCDなどで聴く時も、金星神からの「金の気」は乗ります。金星神としては、「金の気」を我々に与える時は、「側にいる」感覚です。なぜならば、金星神にとって「金の気」とは自分の一部のような感覚であるからです。

また、金星からの「金の気」が地球に降り注ぎ始めたのは、2012年の12月以降ですが、それ以降は「空を見上げてる」だけで我々は金星神からの「金の気」を受け取ることになります。だからこそ、「空を見上げてるとしたら この魂声(こえ)届けて側にいる」という繋がりの中で、この歌詞は置かれています。金星からの「金の気」が降り注ぎ始めたことについてはここに詳しく書いています。

http://junashikari.com/energy/2012年12月より金星の気が降り注ぎ始めたことについ/

つまり、「空を見上げてるとしたら この魂声(こえ)届けて側にいる」という歌詞は三重の意味を持っています。1つは、辛い時は空を見てほしいという金星神の願い。もう1つは、この歌を聴いている時は「金の気」を受け取れるので、金星神が「側にいる」ことができるということ。もう1つは、2012年12月以降は「金の気」を空を見るだけで受け取れるということです。

そして、「その時間は泣いてあげる」という詩の意味は、我々が悲しんでいる時に金星神としても同じように悲しいんでいるということを表しています。金星神は我々一人一人を本当に強く愛しています。だから、我々一人一人が悲しむ時、彼女としても本当に悲しんでいます。逆に言うと、それだけの悲しみをいつも引き受けているのが金星神でもあります。「愛」が強いということは、とても大変です。何故ならば、誰かが苦しむのであれば、自分も苦しいからです。そして、金星神は地球上に生きる全ての命に対して「愛」を抱いています。だから、膨大な悲しみを引き受けている神様です。

また、どうしてこのことを金星神は言いたいかというと、我々は自分一人で悲しんでいると思うよりも、誰かが一緒に悲しんでくれていることを知るだけで少し救われるからです。それは、誰かに愛されているということを感じるからです。どんなに悲しくても、誰かに愛されていることを思うだけで、我々は少し救われます。金星神はそういった形で我々を助けたくて、そして、我々を大事に想うからこそ、悲しみに堕ちてほしくはなくて、この歌詞をここに置いています。

また、ここでは「その時間は泣く」ではなくて、「その時間は泣いてあげる」という言葉が使われています。「〜〜してあげる」という言葉は誤解も招きやすい言葉です。聴き方を誤ると「上から目線」や恩着せがましい言い方にも聞こえるからです。しかし、金星神としてはどのような感情かというと、我が子を見つめるような気持ちでこの言葉を心に抱いています。我々は自分の子供や小さな子供達に向けて、何かをしてあげる時、非常に素直な気持ちで、純粋にその子達のために「〜〜してあげるね」と「愛」の気持ちで言えます。金星神は我々に対してそういった気持ちを頂いています。

金星神とは我々にとって母親に当たる存在です。我々が生まれたばかりの魂の頃から我々を支えて来てくれた一人の神様であるからです。だから、彼女としては本当に母親の気持ちで我々を見つめています。そういった、母親の目線を伝えるために、「〜〜あげる」という言葉を置いている形です。誤解も起きそうな言葉ですが、この母親の感情がよく伝わる言葉だからこそ、この歌に置かれています。


このように、1つの詩がそこにあることには様々な意味があります。そして、金星神としては、そういった意味の持たせ方を全て計算して、このように歌詞を置いています。このホームページでは、金星神が中島美嘉の歌に持たせている様々な意味について書いていますが、分かりやすさを考えて、書いていない意味もかなりあります。実際、この「君が膝抱え〜〜泣いてあげる」の歌詞についても、解説していない点は複数あります。

神々は我々と認識能力が違います。我々は1つの時間に1つのことしか考えられません。しかし、神々になると、1つの時間に膨大な思考を行なうことができます。もし、神々が膨大な認識能力を持っていないのであれば、地球を支えることができるわけありません。なぜならば、この地球上でいつも膨大な出来事が起こっているからです。だから、神々は膨大な認識能力を持っていることは真実です。

神々は膨大な認識能力を持っているからこそ、1つの詩をそこに置くことについて、膨大な意味の計算ができます。金星神の詩の書き方とは、大切な想いが最大限に伝わるような書き方をしながら、そして、非常に分かりやすい言葉を並べながら、その言葉に様々な重要な意味を込めています。どうして、金星神がこのような構造を好むかというと、できるだけ多くの人に少しでも大事なことを伝えたいと思っている神様であるからです。なぜならば、一人一人をあまりにも大事に想っているからです。

これは金星神が創る様々な芸術において同様に言えることです。例えば、小津安二郎の映画や漫画の『彼氏彼女の事情』も金星神が創っていますが、中島美嘉の歌と非常に造りが似ています。そういったことに気付いて頂けると、金星神がどういった方であるのかということについて、とても理解が深まります。

中島美嘉が金星神と詩を書く時、金星神は中島美嘉が選ぶ一言一言の詩を踏まえながら、より素晴らしい歌にするために次にどういう詩を置くべきかということについて、膨大な計算を行なっています。そして、その計算の結果選んだ言葉を中島美嘉に「気」として送ります。そして、その送られてくる言葉を中島美嘉が使うかどうかは中島美嘉次第です。そこで選んだ詩を踏まえて金星神は膨大な計算を行ない、、、といった形で、詩を書くという行為は神々との共同作業です。だからこそ、これだけ素晴らしい歌詞も生まれます。そして、この共同作業はありとあらゆるアートにおいて同様に言えることです。

 

「行っておいでここで待つよ」
「そして帰っておいでよ」
「夢が溢れている君の 側に勇気 空に放つ」

「ここ」とはこの歌を聴いている我々の状態です。「ここ」を離れて、自分の「夢」に向かって「行っておいで」、そして、「ここ」に「帰っておいでよ」と言っている形になります。どうして、このような構造を持たせているかというと、金星神は「金の気」を使って我々に「導き」を行ないながら、我々の「夢」を支えていきたいからです。

この歌を聴くこと、この歌に共感して心を動かすことは、金星神からの「金の気」を受け取ることができる1つの場所のような意味を持っています。だからこそ、「ここ」という言葉が使われています。「金の気」を受け取っても、それはずっと我々の中に残るようなものではなく、ある程度の時間が経つと抜けていってしまいます。だからこそ、また新たに「金の気」を受け取る必要があります。だからこそ、「ここ」に「帰っておいでよ」という歌詞を置いています。

この歌を聴き、「金の気」を受け取り、その「金の気」に支えながら「夢」に向かい、そして「金の気」が無くならないように、絶えず「金の気」を受け取ってほしいという金星神の願いがこの歌詞には込められています。例えとしてはあまり良くないですが、この歌を聴くことは、「夢」に向かうためのガソリンを受け取るようなものだと思って頂けると、とても分かりやすいと思います。

我々が「誰かのため」の「夢」を抱きながら努力をすることを金星神は支えたいと思っています。なぜならば、それはその夢を抱いている人間のためでもあり、その「夢」によって救われていく誰かのためでもあります。そのようにして、世界は「光」に満ちていきます。そういったことを神々は目指しています。

「夢が溢れている君の 側に勇気 空に放つ」という歌詞については、冒頭の解説と同じです。「愛」が強くなると人は「勇気」を持ちます。そして、金星神からの「金の気」が我々の「愛」を強くします。

 

「歌うよ この声 張り裂けて燃え尽きても 救われるなら」

先程も書きましたが、金星神は膨大な悲しみを引き受けている魂です。つまり、自分を犠牲にして、他者のために尽くしている魂です。自分よりも他者を大事だと想うからこそ、こういったことが彼女にはできます。そういった彼女の「愛」がここでは表現されています。

我々を救うためだったら何でもするというのが彼女の気持ちであって、そういった彼女の気持ちが「歌うよ この声 張り裂けて燃え尽きても」という言葉に込められています。どうしてこのことを伝えたいかというと、我々一人一人がそれだけ金星神から愛されていることを知るだけで、我々は心が救われるからです。金星神は我々を救うために、こういった自分の気持ちを我々に伝え、そして、この歌を中島美嘉と共に全力で歌っています。

 

「叶うよ たとえば 君が罪を背負う時でも」

「光」は「許す」立場であり、「闇」は「許さない」立場の魂です。だから、神々は我々がどんな「罪」を犯しても、それを許します。もし、神々が我々の「罪」を許さないのであれば、我々に「導き」を行なわなくなるかもしれないので、「夢」は叶わなくなるかもしれません。しかし、神々は我々の「罪」を許すので、我々が犯した「罪」が原因で「夢」が叶わないことはありません。

とにかく、我々がどんな罪を犯していても、もしこれから「誰かのため」の「夢」を抱くのであれば、神々はその「夢」を支えます。なぜならば、その「夢」を抱いている本人のためであって、その「夢」によって救われていく誰かのためでもあるからです。神々は「愛(相手のため)」で動いている魂です。ですから、「誰かのため」になることであれば、それを強く支えていきます。

 

「星屑を集めて明かり灯し 道を創るよ」
「a miracle for you」

「星屑」とは「金の気」のことです。なぜならば、金星とは「金の気」が宿る星であり、その「金星の屑」とは「金の気」と言えるからです。昔の人は今の人間よりも「気」をよく感じながら生きていましたが、「金星」という星の名を名付けた人は、金星の「気」を感じた時に、「金の気」を感じたために「金星」という名前を付けています。

金星神とは金星に宿る「金の気」を操ることができる神様です。だから「金星神」という名前を持っています。だから「星屑を集めて明かり灯し」という言葉の意味とは、金星に宿る「金の気」を集めてそれを「光」のために使うということを意味します。なぜならば、「明かり灯し」という言葉は「光を生む」ということを意味する言葉だからです。だから、「星屑を集めて明かり灯し」という歌詞の意味は、我々の「愛」を強くするために、我々が「幸せ」になるために、この世界の「光」のために、「金の気」を金星から我々に送るということを意味します。

「道を創るよ」という言葉の意味は、我々が「夢」を実現できるための「導き」を行なっていくということを意味します。我々が「誰かのため」の「夢」を抱き、その「夢」の実現のために動いていくのでれば、我々は「愛」の感情で動いていくことになりますが、そうすると、金星神からの「金の気」に共感しやすい状態になります。つまり、「金の気」を受け取りやすい状態になります。

「金の気」を我々が受け取れば、金星神が我々の進むべき「道」を教えていくことになります。例えば、分かれ道に出くわした時に、一体どっちに進むべきかということに金星神が関与しやすくなります。その金星神の関与は、我々にとっては「なんかこっちの道の方がいい気がする」という「直感」です。このようにして、金星神は我々に「金の気」を入れることで、我々の「直感」や「アイデア」に関わってくることになります。

そうすると、「奇跡」が起き始めます。なぜならば、金星神が「奇跡」を起こすからです。「奇跡」とは、神々が用意するものです。神々は「奇跡」を前もって用意し、その「奇跡」に至るように、我々に「気」を使って「導き」を行ないます。我々人間にとって、「奇跡」とはその時に起こるものです。しかし、神々はその「奇跡」が起こるずっと前から、その「奇跡」を起こすために準備をしています。

例えば、太郎という男性がヴァイオリン奏者になりたいと思っていて、たまたまあるコンサートに行くと、そこで自分が最も求める演奏をしているヴァイオリン奏者に出会い、その人に弟子入りすることが起きたとします。これは1つの「奇跡」なのですが、現代人としてはこれは「偶然」です。太郎としては「たまたま(偶然)行ったコンサートに今の師匠がいてさ」というような言い方になります。しかし、神々は我々の「気分」に関与できます。だから、太郎をそのコンサートに行きたい「気分」にさせることはできます。そして、そのことによって太郎はそのヴァイオリン奏者に出会っています。神々としては、太郎にその師匠となるヴァイオリン奏者を出会わせることを前もって意図して、太郎がそのコンサートの情報を見るように「導き」を行ない、そのコンサートに行きたいという「気分」にするという「導き」を行なっています。

このように、我々にとって「偶然」と思われるようなことは、本当は神々が起こしている「奇跡」です。そして、こういった「奇跡」によって我々はより「幸せ」な人生を送ることに繋がっています。もし、こういう運命的な出会いによって、人生が良い方向に向かったことがあるのであれば、それは神々が起こした「奇跡」であることを知ってほしく思っています。

もし我々が「愛」の感情で生きるのであれば、金星神は絶えず我々に「導き」を行なえるので、金星神が我々に「奇跡」をもたらし始めます。そして、金星神はそういったことができるように願っています。そういった意味を込めて、「a miracle for you」という歌詞が置かれています。

そして、この歌詞はただ一人の「夢」を叶えるだけではなくて、そういった一人一人の「夢」が実現されていく中で、「光」に満ちていく世界のことを意図しています。

誰かが「愛」の気持ちで、誰かのための「夢」を抱き、その「夢」に向かっていくことを金星神が支え、その「夢」が実現し、その「夢」によって誰かが救われて、そこで救われた人が「愛」によって動き始め、更なる「愛」を生んでいくという世界を金星神は望んでいます。そして、これは金星神だけではなくて、神々が望んでいる地球の姿でもあります。この歌詞にはこれだけの意味が込められています。

その上で最後にこの歌詞がもう一度歌われます。

 

「心配しないで 私はいつでもここで君を見てる」
「どれ程遠くに 君が居てもかまわないから」
「月色に輝く誇り胸に 君を抱きしめ」
「a miracle for you」

この歌詞は途中解説した歌詞と全く同じですが、最後に金星神がこの歌詞を置いているのは、彼女が我々にこのことを最も伝えたいからです。金星神は我々一人一人を本当に愛しています。そして、いつも我々一人一人を見守り、支えています。そのことをどうか知ってほしいという彼女の願いです。

 

一番最初に貼付けているライブ映像において、中島美嘉は最後のこの歌詞を歌っている時に泣いてしまいます。そして、歌えなくなってしまいます。どのタイミングかというと、「どれ程遠くに 君が居てもかまわないから」という部分です。

この涙は金星神がわざと流させています。それは金星神が自分の気持ちを我々に伝えたかったからです。このライブ映像の中で中島美嘉と金星神は真に共に歌っています。つまり、中島美嘉は金星神からの「金の気」に強く共感しながら、歌っています。だからこそ、本当に素晴らしい歌を歌っています。

そして、我々人間は、どういう時に泣き始めるかというと、自分の感情が限界に達する時です。それは「悲しみ」であっても「悔しさ」であっても同じです。そして、我々は強い「愛」の経験をする時も泣き始めてしまいます。なぜならば、もうその「愛」の感情が我々にとって限界のところまで来てしまうからです。

金星神はこの「どれ程遠くに 君が居てもかまわないから」という歌詞を歌う時に中島美嘉に強い「金の気」を入れることで、中島美嘉の「愛」を限界まで高め、涙を流させています。中島美嘉はこの映像において、「愛」の感情で歌っています。だから、いきなり違う感情が彼女に迫ってくることはあり得ません。

この映像の、中島美嘉が泣き始める瞬間を見てもらえると分かると思いますが、いきなり彼女に強い感情が迫ってきていることが表情からよく分かります。中島美嘉自身、目が見開いて、目が泳ぎ、少し驚いたような表情を見せます。笑いで少し感情を抑えようとしますが、こらえ切れない程の「愛」が溢れてしまい、涙が出てきます。

勝手に涙が溢れてくるということを経験したことがある方もいると思いますが、それは神々が行なっています。神々は「気」を強く送ることで、我々に涙を流させることができます。なぜならば、急に強い「気」を我々が受け取るならば、涙が流れるように我々の身体はできているからです。そういったことをこのライブ中に金星神は中島美嘉に行なっています。

どうして金星神がこのようなことを行なったかというと、金星神はこの「どれ程遠くに 君が居てもかまわないから」という歌詞を歌ってほしくなかったからです。それは、金星神が「どれ程遠くに 君が居てもかまわないから」と思えていないことを我々に伝えたいからになります。つまり、金星神は我々に対して「側にいたい」と思っていて、そのことを伝えるために歌うことを止めました。そして、「この魂声(こえ)届けて側にいる」の部分の解説で書きましたが、この歌において「側にいる」とは「金の気」を我々人間が受け取ることを意味しています。

だから、この中島美嘉の最後の涙は、金星神からの「どうか側にいたい」=「どうか『金の気』を受け取ってほしい」というメッセージになります。それは、我々一人一人が苦しむ姿をもう見ていられないということを意味しています。金星神は我々一人一人を幸せにしたいと強く願っています。しかし、我々が「金の気」を受け取らない限り、彼女は我々に関与することがあまりできません。だから、「どうか側にいさせてほしい(どうか『金の気』を受け取ってほしい)」ということを、ここで伝えたかった形になります。言い換えると、どうか「愛」の感情を抱いてほしいと金星神は願っています。何故ならば、我々が「愛」の感情を持つことによって、初めて「金の気」を受け取ることができるからです。

「どれ程遠くに 君が居てもかまわないから」という歌詞は歌えないように関与していますが、最後の「a miracle for you」という歌詞ははっきりと歌えています。これは、この涙自体が1つの「奇跡」であるということを金星神は我々に伝えたかったからです。

このライブが撮影されていることは金星神は当然分かっていました。そして、この『A MIRACLE FOR YOU』の歌が素晴らしい形になったことは、歌が進む中で金星神は感じていました。だからこそ、自分のメッセージを残そうとしたのが、この涙です。そして、この映像はDVDに収録され、販売されるように神々は関与しています。神々は、重要な金星神のメッセージを人間に伝えたかったからです。

中島美嘉は複数の『A MIRACLE FOR YOU』の録音を発表していますが、このライブ映像・音源以上に素晴らしい『A MIRACLE FOR YOU』はありません。それは中島美嘉と金星神が真に共に歌っているからでもあるし、最後の涙が1つの「奇跡」でもあるからです。

 

 

『A MIRACLE FOR YOU』の購入方法

このライブ映像は音源化されておらず、DVD(『FILM LOTUS Ⅳ』)としてしか販売されていません。ですから、音源で手に入れることはできません。しかし、このライブ音源ではない録音は二種類あり、それは音源として購入できます。1つはアルバム『TRUE』の中の一曲、もう1つはシングル『Dear』のカップリング曲になります。

いつか人間が中島美嘉の価値に気付く時が来たならば、このライブ映像の音源をシングルとして発売するなどして、この貴重な録音を広げていくべきだと思っています。そして、この解説を真に理解できたら、神々もそのようにしてこの録音と映像を広げてほしいと思っていることについて、納得して頂けると思っています。最後が歌えていないということが、普通に考えると発売することに関してはよくないのですが、この歌えなかったということに重要な意味が込められています。

・『FILM LOTUS Ⅳ』(DVD)
https://www.amazon.co.jp/FILM-LOTUS-4-DVD-中島美嘉/dp/B0007IOJWK

・『A MIRACLE FOR YOU』iTunesダウンロード(アルバム『TRUE』より)
https://itunes.apple.com/jp/album/a-miracle-for-you/id574780183?i=574780248

・アルバム『TRUE』(2002)
https://www.amazon.co.jp/TRUE-中島美嘉/dp/B00006D2EH/ref=sr_1_1?s=music&ie=UTF8&qid=1472122660&sr=1-1&keywords=中島美嘉%E3%80%80true

・『A MIRACLE FOR YOU』iTunesダウンロード(シングル『Dear』カップリング)
https://itunes.apple.com/jp/album/a-miracle-for-you-2011/id574714528?i=574714574

・シングル『Dear』(2011)
https://www.amazon.co.jp/Dear-中島美嘉/dp/B004P0A1JQ

 

私はソニーミュージックの回し者でもなく、個人的なファン精神といったことから薦めているわけでもありません。シャーマンの目線から、人類にとって重要な作品を薦めています。人間が大事なことに気付いていくと共に、これらの作品は人々が再び手に入れるようになってほしいと願っています。私としてはこれらの作品の持つ意味をこれからも書いていきます。私の解説とセットでこれらの作品を鑑賞する中で、神々が我々に伝えたい様々な重要なメッセージを受け取って頂ければ、と思っています。