PVフルバージョン:http://gyao.yahoo.co.jp/player/00100/v08382/v0993900000000543468/?auto=1&rep=2

この『愛してる』という曲は、中島美嘉の楽曲の中でも非常に重要な曲です。この楽曲もPVも金星神が創ったものであって、中島美嘉は金星神と共に歌っています。

中島美嘉と繋がっている金星神とは、太陽系において最も偉大な「愛」の神であって、我々に「愛」を教えている神様です。そういった、最も偉大な「愛」の神様が非常に素直に「愛」の言葉を表現しているのがこの「愛してる」という曲だからこそ、我々にとってこの曲はとても重要です。

中島美嘉はこの『愛してる』の録音において、金星神と真に共に歌っています。中島美嘉は金星神と同じ気持ちになることができたからこそ、そのことを実現しています。だからこそ、この楽曲を聴くことを通して、我々は金星神が男性のことを愛するときに、どういった「愛」の感情になるのかということを中島美嘉の声を通して感じることができます。金星神とは我々に「愛」を教える役割を持っている神様であるからこそ、この『愛してる』の中島美嘉の歌声が我々に感じさせる感情とは、我々にとって「愛」の教科書のような意味を持っています。

『愛してる』の録音には、複数のバージョンがありますが、シングルバージョンの録音が最も金星神の「愛」のことをよく描いています。そして、ここで言われている「愛」とは、恋愛における「愛」です。そしてまたこのPVも非常に重要な意味を持っています。なぜならば、蝶と金星神をかけて表現することで、金星神が一体何をしているのかをよく表現しているからです。

中島美嘉の顔は金星神と非常に似ています。だからこそ、中島美嘉はよく金星神役としてPVの中に登場します。このPVもまさにそうであって、並べられているロウソクとは、我々人間が経験している一つ一つの恋愛における「愛」のことです。そして、金星神がそういった恋愛の「愛」を支えている様子を、蝶の「花粉」と金星神の「金の気」とを掛け合わせて表現することによって描いています。

以下、歌詞の解説を書いた後にPVの解説を書いていきます。

 

〔歌詞〕

愛してる 愛してる 愛してる あなただけを
愛してる 愛している 側にいて 君を照らそう

曇り空の夜月灯りも何も無くて
あなたの笑顔が瞬間消えたような気がして

よけいな事考える 大事な事はあなたが好きで
私を好きかどうかはいいの今だけは

愛してる 愛してる 愛してる あなただけを
愛してる 愛している 側にいて 君に告げよう
 

ありふれた言葉あなたには分からないけど
大好きさ君がなんて嬉しすぎる照れるね

二人の事考える 大事なあなたこの先ずっと
私を好きでいれたらいいねこのままで

愛してる 愛してる 愛してる あなただけを
愛してる 愛している 側にいて 君を照らそう

冷たい夜にキラメク雪を描いて
変わらない背景の色を白くして行く

Ah 限られる 飾られる 語られる 報われる
uhoo 夜になる また朝が来るから

do it. joy to love. love me. let it snow.
love it’s. holy night. love me.(あなただけを)
do it. fallin’love. love me. let it glow.(愛している)
love it’s.(側にいて 君を照らそう)

do it. joy to love. love me. let it snow.
love it’s. holy night. love me.(あなただけを)
do it. fallin’love. love me. let it glow.(愛している)
love it’s.(側にいて)

holy night always love joy to the love.


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「愛してる 愛してる 愛してる あなただけを 愛してる 愛している 側にいて 君を照らそう」

ここで、非常に素直に「愛してる」という言葉が繰り返されています。ただ単純に、「愛してる」という言葉が繰り返されているだけですが、中島美嘉は金星神と共にその言葉の歌い方を変えることによって、非常に多くの意味を込めています。

この冒頭の、これらの歌詞の歌い方を深く感じるように聴くことで、我々は「愛」について深く学ぶことが出来ます。この歌声から我々は、愛おしさ、相手を大事に想う気持ち、相手のために尽くしたいという気持ち、優しさ、切なさといった様々な「愛」の要素を感じとることができるからです。そういったことを、非常に感じやすくするために、金星神はあえて「愛してる」という歌詞を繰り返し、その「愛してる」という一言ひとことの歌い方を、微妙に変えて歌っています。その違いを感じることで、我々は「愛」について学ぶことができます。

もし、ここで違う言葉が様々に並んでいたとしたら、それは「言葉」の違いによって、我々は感じ方が変わっているという可能性があります。しかし、全く同じ言葉を繰り返しているのに、その歌い方を少し変えることで、その「声」によって我々の感じ方が異なるということを、実現しようとしています。同じ「愛してる」という言葉を、どういった愛の感情によって歌うかということを金星神は非常に重要視しながら、これらの歌詞を書いていますし、中島美嘉の歌に関与しています。

「あなただけを」「側にいて」「君を照らそう」という言葉は、「愛してる」という歌詞とは異なる意味があります。それについて説明していきます。

「あなただけを」という歌詞は、恋愛における「愛」とは相手が必ず一人であるということを表現しています。我々は、人によっては、二人の人と同時に恋愛をする人もいますが、これは本当の「愛」ではありません。なぜならば、本当の「愛」とは、「相手を大事に思う気持ち」であって、相手が望まないことは決してしないからです。誰かと愛し合う場合、ほぼほぼ相手が自分のことだけを愛していることを望むものです。相手が、自分とさらに他の人を愛することは望みません。なぜならば、恋愛における「愛」というものが、一人対一人という構造を持っているからです。だからこそ、本当の「愛」を持っているならば、相手を大事に想う気持ちから相手が嫌がることはしたくないと思い、さらに他の人を愛することは行ないません。

では、どういった場合に、一人対複数という恋愛関係が成立するかというと、それは、「欲望」のケースです。「欲望」とは「愛」ではありません。「欲望」はより多くを求めます。一人の相手だけでは満足出来ません。そういった理由によって相手を増やそうとしていきます。なぜならば、「欲望」とは、より多くのものを求めていくという感情だからです。そして「愛」とは「相手のため」という感情に対し、「欲望」は「自分のため」です。ですから、その愛している相手のためによりも、自分のことを大事に思うがゆえに、恋愛をしている相手が望まないことでもします。なぜならば、相手よりも自分の方が大事だからこそ、どこかで相手よりも自分を優先するからです。そういった意味が、この「あなただけを」という言葉に込められています。

「側にいて」という言葉は、金星神の書いた中島美嘉の曲においてよく使われます。この「側にいて」という言葉は、この「愛してる」という歌においては、文字通り、恋人同士が側にいる、「愛する相手の側にいたい」という意味も込められていますが、もう1つの意味は金星神が「金の気」で関与をするということです。どうしてそのように言えるかというと、中島美嘉の楽曲において金星神は、そのような形で「側にいる」という言葉を使うからです。例えば『A MIRACLE FOR YOU』などでもそのような意味で使われています。『A MIRACLE FOR YOU』についてはこちらを御覧下さい。

http://junashikari.com/中島美嘉について/『a-miracle-for-you』について/

「君を照らそう」という歌詞は、恋人同士で「相手を幸せにしたい」と思う気持ちです。なぜならば、先程も書いたように、「愛」とは相手を大事にしたいと想う気持ちであって、そういった気持ちから『雪の華』でも歌われているように「誰かのために何かをしたいと思うこと」だからです。

そしてまた、これは金星神がこの2人の「愛」を支えたいという気持ちでもあります。だからこそ、「君を幸せにしよう」ではなく、「君を照らそう」という言葉が使われています。「金の気」とは非常に輝いている「気」です。なぜならば、「金色の気」だからです。その「気」に触れると、輝きだします。我々には「気」は見えませんが、「気」が見えるとそのように見えます。だからこそここでは、「金の気」によって照らすことを、「君を照らそう」という言葉で描いています。これは恋人同士が幸せになっていく過程においても同様に二人は輝き始めます。何故ならば、幸せとは「愛」の感情を抱くことであって、「愛」の感情を抱くということは「金の気」を抱えるということを意味しているからです。感情の原因は「気」だからこそ、「愛」を抱く時は必ず我々は「金の気」をもらったり作っていたりします。

つまり、恋人が相手を幸せにするにしても、金星神が「金の気」を与えるにしても、その相手は「愛」の感情を抱き、つまり「金の気」を抱え、輝きだすからこそ、この「君を照らそう」という言葉が使われています。

 

「曇り空の夜月明りも何も無くて あなたの笑顔が瞬間消えたような気がして」

曇り空の夜に、月明りも星明りも何も無いということがここで描かれていますが、これは何を意味するのかというと、「光の気」が非常に少ない状態を意味しています。そして、その下の「あなたの笑顔が瞬間きえたような気がして」とは、これは「不安」の感情です。つまり、この主人公は「闇の気」に触れたということがこの歌詞に意図されています。だからこそ、ここで「気がして」という言葉が使われています。

我々は「そういう気がする」とか、「そんな気がした」という言葉を使いますが、どうしてそこで「気」という言葉を使うかというと、「そういう気」「そんな気」にさせているのが、「気」だからです。だからこそ、ここで表現されている言葉の意味が、「闇の気」に触れたということを意味していることが分かります。つまり、この歌詞は「あなたの笑顔が瞬間に消えたような気」に「闇の気」によって感じさせられているという表現です。こういった「不安」の気分は「闇の気」の1つである「不安の気」によって起こるものです。

そして、そう考えない限り、「月明りも星明りも何も無くて」という歌詞を置く必然性がありません。どうしてこの主人公が、「闇の気」に触れてしまったかというと、「光の気」というものが、少ない状態だったからです。我々はいつも「光の気」に助けられながら生きています。しかし、そういった頼れる「光の気」が無ければ、「闇の気」を抱えやすくなります。そして、「光の気」を与えているのが星です。例えば、太陽は「火の気」を、水星は「水の気」を、金星は「金の気」を地球に降り注いでいます。そういった星が見えないとは、星からの「光の気」を摂取しづらい状態です。

そういった、「闇の気」を抱えやすい状態において、「不安の気」をもらってしまい、そのことによって、相手の笑顔が瞬間消えたような気がしてしまっている主人公のことをここでは描いています。どうしてここで、「不安」のことを描いたかというと、「愛」にとって「不安」とは、最も「愛」に身近な「闇」の感情だからです。誰かを愛するとき、その相手が「自分のことを好きじゃなくなってしまうのではないか」という「不安」を抱いたことがある方は非常に多いと思います。「愛」とは「相手を大事だと思う気持ち」です。そして、その気持ちが強ければ強いほど、「相手を大事と想う気持ち」が強くなります。しかし、その相手もまた魂です。そして魂とはそれぞれの「意志」によって生きています。だから、次の瞬間には自分のことを好きじゃなくなるという決定も魂にはできます。だからこそ、「愛」は「不安」に繋がりやすいものです。そして、その「不安」がより強くなった気持ちが「恐怖」です。「愛」が故に「恐怖」までいかなくとも、我々は「愛」が故に「不安」は非常に抱きやすいものです。金星神としては、そういった「愛」に最も身近な「闇」の感情である「不安」をここで描くことで、「そういった不安に堕ちないようにしてほしい」という願いを込めてこの歌詞を置いています。

 

「よけいな事を考える 大事な事はあなたが好きで私をすきかどうかはいいの今だけは」

この歌詞のまとまりの初めに「よけいな事を考える」と書いてあるのですから、考えている「よけいな事」の内容です。

「大事な事はあなたが好きで私をすきかどうかはいいの今だけは」という気持ちは、「愛」が原因で「不安」に堕ちてしまったが故に、抱いている思考になります。「不安」とは「相手を失うことを恐れる気持ち」です。ですから、相手が自分のことを好きだということを、信じることができていない状態とも言えます。ここで、この主人公は相手が自分のことを好きかどうかはいいという形で、相手の気持ちをあまり大事に思ってはいません。そして自分の気持ちの方を大事に思っています。ですから、これは相手よりも自分のことを大事に思っているという内容の歌詞です。そしてこれは「闇」の立場です。なぜならば、「光」は自分よりも相手のことを大事と考え、「闇」は相手よりも自分のことを大事に思うからです。

つまり、この主人公が「不安」を抱いてしまったばかりに、相手よりも自分のことを大事に思ってしまっているという状態をこの歌詞は表現しています。そしてここで「今だけは」と書かれているのは、そういった不安を「早く終わらせたい」という気持ちでもあります。ですから、この主人公は「光」を求めてはいるのだけれども、「闇」を抱いてしまっている状態だということもここでは分かります。

 

「愛してる 愛してる 愛してる あなただけを  愛してる 愛してる側にいて 君に告げよう」

この歌詞は、ほとんど冒頭の歌詞と同じですので、解説は書きません。ただ、「君に告げよう」と歌われています。そして、その「君に告げよう」という気持ちを描いているのが、その次の歌詞です。どうして、ここで、この主人公が「君に告げよう」と思っているかというと、それは、単純に「自分が言いたい」のではなくて、「相手のためにそうしたい」と思っているからです。どうしてそのように言えるかというと、この「愛してる 愛してる 愛してる あなただけを  愛してる 愛している 側にいて 君に告げよう」で冒頭の歌詞と唯一違う点は、「君を照らそう」との違いしかないからです。ですから、ここの「君に告げよう」という言葉の意味も、「君を照らそう」と同様に考える方が自然です。だから、この「君に告げよう」は「不安」ではなくて「愛」を表す歌詞と言えます。そして「愛」とは、「相手のことを大事に思う気持ち」であって、「相手のために何かをしたい」と思う気持ちです。だからこそ、この「君に告げよう」は「相手のために自分の気持ちを言いたい」ということを意味しているということがわかります。

 

「ありふれた言葉あなたには分からないけど 大好きさ君がなんて嬉しすぎる照れるね」

この「ありふれた言葉あなたには分からないけど」という歌詞は、これは我々が、愛する人に想いを伝えるということの難しさのことを表現しています。「愛してる」という言葉はただの言葉です。そういった言葉がここで「ありふれた言葉」と表現されています。そして、我々は、言葉を通して相手に自分の気持ちを完璧に伝えることは、不可能です。そういったことがここでは表現されています。

そしてここで「大好きさ君がなんて嬉しすぎる照れるね」と歌われているのは、この「君を照らそう」という歌詞との対応関係で書かれています。つまり、「照らそう」という言葉の意味を伝えるために、ここではこういった「照れるね」という歌詞を書いています。「照れる」という状態は光の状態であることが多いです。そして、誰かと真に愛し合うときは照れるものであって、恋人同士で照れてるという状態というのは、「愛」の状態です。この「照れる」という状態のことを説明するために「大好きさ君がなんて嬉しすぎる」という言葉を置いています。つまり、強い愛の状態だと人は照れるということを行うということを説明するための歌詞です。

 

「二人の事考える 大事なあなたこの先ずっと私を好きでいれたらいいねこのままで」

この「二人の事考える」という歌詞は、前の「余計な事考える」と対照的に「光」のことを考えている内容です。ですから、この歌詞のまとまりは「二人の事」を考えている内容です。金星神の歌は構造的に見ることでその歌詞の持っている意味が分かるように作られています。「余計なこと考える・・・」「二人の事考える・・・」というこの2つの歌詞の内容は対の関係にあり、「余計な事」とは「不安」の感情によって自分のことを考えている「闇」の思考です。それに対して、「二人の事」とは「愛」の感情によって二人のことを考えている「光」の思考です。

「大事なあなたこの先ずっと私を好きでいれたらいいねこのままで」という歌詞は、二人がこのまま幸せでいれるために発せられている主人公の言葉です。「このままで」という歌詞に表現されているように、二人は愛し合っていて幸せであるということが示唆されています。相手のことを大事に想うのが「愛」だからこそ、その相手の幸せのために二人の関係性がいつまでも続くことを願っている歌詞になります。

また、この「このままで」という歌詞は相手の「愛」を信じている立場も表現しています。「余計な事」の内容は「不安」であって、その「不安」は相手の「愛」に対する「疑い」にも繋がっていたのに対して、ここでは「愛」から「信じる」ということに繋がっています。「光」の立場は「信じる」立場であって、「闇」の立場は「疑う」立場です。そして、我々は「愛」を抱いている時は相手を「信じる」事ができ、その「愛」が「不安」に変わると、「疑う」ことを始めます。この「信じる」「疑う」の「光」と「闇」の関係性を表現するためにも、こういった構造が使われています。

 

「愛してる 愛してる 愛してる あなただけを  愛してる 愛している 側にいて 君を照らそう」

この歌詞は、冒頭に登場する歌詞と全く同じですが、この冒頭からここまでに至る歌詞の意味をよく理解した上でこの歌詞を聴くとより一層その意味が理解できるように作られています。「愛」とは何か、「愛」と「不安」、「信じる」と「疑う」、「照れる」ということの意味といった、「光」と「闇」の構造を踏まえた上でこの冒頭と同じ歌詞を聴くことで、この歌詞が持っている意味合いを強く感じることが出来るように金星神はしています。

 

「冷たい夜にキラメク雪を描いて変わらない背景の色を白くして行く」
「ah 限られる 飾られる 語られる 報われる  uhoo 夜になる また朝がくるから」

中島美嘉の楽曲において「雪」とは非常に重要な意味を持っています。そして「雪」について詳しくは『雪の華』の解説に書いているので、こちらの方をご覧ください。

http://junashikari.com/中島美嘉について/『雪の華』について/

「雪」とは「光の気」に満ちたものであって、そして色が「白」です。「白」とは「光」の代表色です。それに対して「黒」とは「闇」の代表色です。だからこそ、視覚的にも強い明かりは「白」に見え、明かりが全く無いと視界は「黒」に見えます。そのようにして「光」と「闇」というルールはもともと色においても決められています。そしてそれは、我々がいつも見ているものです。

そういった意味を込めて、ここでは「色を白くして行く」という歌詞が置かれています。つまり、「雪」によって「光の気」で満ちていくということを、「白」という言葉使いながら表現することで描いています。そしてまたここで「キラメク雪」と書かれていますが、これは「光の気で満ちている雪」のことを言葉として表現するために、わざと「キラメク」という形容詞を置いています。

そして昼が「光」であるのに対して、夜は「闇」です。我々は昼間より夜のほうが「闇」の感情を抱きやすくなります。何故ならば、「光の気」が昼間より少なく、「闇の気」が昼間より多いからです。そういった「闇」の時間である夜を表すために「冷たい夜」という言葉が置かれています。そして、そういった「闇」の夜を「雪」が「光」にしていくということがここで描かれています。

ですから、ここで「限られる飾られる語られる報われる」と言われているのは、「光」によってこれらのことが行なわれることを意味しています。つまり、「光に限られる」「光に飾られる」「光に語られる」「光に報われる」ということを意味しています。それぞれの意味を説明していくと、「光に限られる」とは「闇を排除する」ということです。そして「光に飾られる」とは「光の感情を抱いている」ということです。どうして「飾られる」という言葉が光の感情を抱いている状態かというと、光の感情を抱くと非常に「幸福感」を感じるからです。そういった「幸福感」をもたされていることを「飾られる」という言葉で表現しています。これは少し感覚的な言葉の使い方です。そして「語られる」とは、「光の気によって語りかけられる」ということを意味しています。「気」には「情報」を乗せられます。我々の心の中から浮かんでくる発想やアイデアとは「気」によってもたらされていることが非常に多いです。そのことについては、こちらに詳しく書いています。

http://junashikari.com/energy/アイデアと気(エネルギー)について/

そしてここでは「雪」によって「光の気」に満ちていることが描写されているので、そういった「光の気」によってとても良い思考やアイデアを与えられているということがこの「語られる」という言葉に描かれています。そしてこの「報われる」というのは、自分が光の状態になって「救われる」つまり「幸福になる」といったことを意味しています。我々は光の感情を抱く時に「幸福になる」からこそ、こういった言葉が置かれています。

そして「夜になるまた朝が来るから」というのは「光」と「闇」の関係性を描いています。地球にとって夜とは「闇」であって、日中とは「光」です。昼と夜とは、我々が「光」と「闇」の両方を経験していくために必要なことだからこそ、この地球にあります。そのために、地球は回っています。地球が回っているということにはそういった意味があります。

そして、「光」のために「闇」はあります。「光」の価値を学ぶためには「闇」を経験しなければいけません。そういった意味を込めて「夜になるまた朝が来るから」という言葉を置いています。つまり、「光を知るために闇がある」という意味が込められています。

 

「do it. joy to love. love me. let it snow. love it’s. holy night. Love me. do it. fallin’love. love me. let it glow. love it’s.」

ここで「joy to love」という言葉がありますが、これは非常な重要な言葉です。何故ならば「愛する喜び」という意味を持っているからです。 どうして「愛する喜び」という言葉が非常に重要かというと、それは中島美嘉の「嘉」という漢字の意味合いとも繋がる話だからです。我々は「喜び」を感じるときに「幸せ」を感じます。そもそも、「喜び」とは「幸せ」のことです。我々は「幸せ」というものをあまり理解していませんが、「幸せ」とは感情です。そして感情とは日々揺れ動きます。だから、「幸せになる」「幸せになった」というような言葉に想定されているように一度「幸せ」になれば「幸せがずっと続く」というようなものではありません。そして、どういう時に「喜び」を感じるかというと、我々が「愛」を実践している時や、「愛」を感じている時に我々は「喜び」を感じることが出来ます。そういった意味がこの「愛の喜び」の言葉に込められています。

そして、中島美嘉の「美嘉」とは「美と喜びを加える」と書きますが、金星神は「美」と「愛」の神です。この両者が異なるのは「愛」と「喜び」の違いです。しかし、「愛」は我々に「喜び」をもたらすものであるからこそ、両者は一緒だと考えられます。金星神は、この中島美嘉の名前の意味を伝えるためにも、よく「愛」と「喜び」の関係性を中島美嘉の歌に込めてきました。なぜならば、「愛」と「喜び」を一緒だと思ってもらえないと、中島美嘉という名前の意味を理解できず、中島美嘉が自分の人生の役割に確信を持つに至らず、将来的に金星神と共に働くということが出来なくなるからです。名前に自分の役割が書いてあるのかどうかということは、自分の役割について確信を抱くかどうかということに非常に強い影響力があることであるからこそ、金星神は度々「愛」と「喜び」についての歌詞を書いてきました。そしてこの「joy to love.」という歌詞も同様な意味を持っています。

そしてここで「let it snow(雪よ降れ)」という歌詞がありますが、これは「光の気で満たしてほしい」という神々に対する人間の願いです。とにかくこの英語の歌詞で言いたいことは、「愛の喜び」を実践し、そして、「愛」をより強めてほしいという金星神の願いです。

 

「側にいて」

このコーラスとの掛け合いの時に、最後に中島美嘉が「側にいて」と歌いますが、どうして「側にいて」で歌詞で終わるかというと、この「側にいて」という言葉に様々な意味を込めているからです。1つは、恋人同士が「相手の側にいたい」と思う気持ちです。もう1つは相手の側にいることによって「相手を幸せにしよう」という気持ちです。そして3つ目の意味は「金星神が金の気でその恋人たちに関与をする」「その二人の愛を支える」という意味です。恋人同士の気持ちはわかりやすいですが、どうして金星神が金の気で関与するのかというと、それは最初に説明した通り、「側にいる」という歌詞が、いつも中島美嘉の金星神が作った楽曲においては、金星神が「金の気」で関与するということを意味しているからです。

 

「holy night always love joy to the love.」

ここで「holy night」と言われているのは「神々」のことです。何故ならば、「神聖な夜」を支えているのが神々であるからです。この曲においては「雪」によって神々が夜を「光」で支えているからこそ、この「holy night」は「神々」のことを意味していると言えます。そして、神々がいつも「愛」というものの「喜び」を愛しているという意味がここで歌われています。どうしてかというと、神々は「光」を選んだ魂達であって、「光」は「愛」を重要視する立場だからです。だからこそ、神々がいつも「愛」の「喜び」を愛しているということは、これは確かに言えることであって、そういったことをこの歌では最後に表現しています。

 

 

【PVについて】

このPVにおいては金星神と中島美嘉が描かれています。中島美嘉の顔と金星神の顔がそっくりであることは『中島美嘉について』で説明をしました。以下、どのように金星神と中島美嘉が描かれているのかについて説明していきます。

冒頭、蝶のシルエットと重ねられる形で中島美嘉のシルエットが描かれています。そして、中島美嘉が映し出されます。どうしてシルエットで映されているかというと、この中島美嘉が金星神であることを示すためです。

蝶と金星神は本質的に似ていることを行なっています。蝶は「花粉」を運ぶことで、花同士の「愛」を支えていています。蝶は自分の身体に「花粉」を付け、その「花粉」を他の花に届けることで、受粉の営みを支えているからです。そのことと同様に、金星神は「金の気」を運ぶことで、人間同士の「愛」を支えています。だからこそ、冒頭に蝶と金星神が重ねて表現されています。

中島美嘉は人間なので、「気」を自在に操ることはできません。「気」を自在に操ることができるのは神々や悪魔です。冒頭で「花粉」を運ぶことで花の「愛」を支えている蝶と重ねて、中島美嘉のシルエットが表現されていることからこの中島美嘉が中島美嘉ではなく、金星神を表していると言えます。また、後半においては「花粉」と「金の気」が見事に重ねて表現されていることも、この中島美嘉が金星神を表していることの大きな根拠です。

金星神としての中島美嘉が映し出された後、人間同士の「愛」というものを一本一本のロウソクに見立てて、そのロウソクを支えている金星神の姿が映し出されています。ですから、最初の中島美嘉の様子は「気功」をする仕草をしていて、それは金星神が「金の気」を一本一本のロウソクに送る様子を表しています。

そして、「愛してる 愛してる 愛してる あなただけを 愛してる 愛している 側にいて 君を照らそう」という歌詞が歌われることで、「君を照らそう」という歌詞と一本一本のロウソクに「火を灯す」ことが同じことであることを映像からよく感じられます。金星神が「愛」を支える様子を、ロウソクに火を灯し、その火を守っている様子で描かれます。

金星神は目も髪も金色です。そして中島美嘉もそれに非常に近い色の髪の色やコンタクトレンズ、そしてマニキュアを使用しています。これは偶然ではなくて、金星神が意図してそのように関与しています。また金星神の髪の長さは、この中島美嘉くらいで、カールしています。そういった形も非常に近いです。ただ、最も金星神に近い姿を描いているPVは『初恋』のPVになります。『初恋』についてはこちらに詳しく書いています。

http://junashikari.com/中島美嘉について/『初恋』について/

そして黒い服を着た中島美嘉が、蛍光色の何かの上で眠っている姿が映し出されます。これは金星神ではなく、中島美嘉本人のことです。中島美嘉は悪魔に非常に強く襲われ、「闇の気」をもらうということは元々決まっていました。では、元々決まっていたのは何故かというと、神々がそのような「役割」を中島美嘉に授けたからです。そして、中島美嘉自身もその役割を引き受けたが故に、彼女は今回中島美嘉として生まれ変わっています。そういった神々が中島美嘉に悪魔に襲われるという「役割」を与えたということが、ロウソクを消す金星神の姿に表現されています。

ロウソクを金星神が消すとは、これは神々が「光を消す」ということを意味しています。つまり、中島美嘉が「闇」に落ちるきっかけを作ったということを意味する映像です。ただ、これは先程も書きましたが、念のために言っておくと、神々が勝手に中島美嘉を「闇」に落としたのではなくて、中島美嘉もその「役割」をしたいと思ったからこそ、神々がそういった「役割」を中島美嘉に授けています。そしてここで描かれている蛍光色のラインは「闇の気」のことを表しています。色には「光」と「闇」が明確に分かれていますが、蛍光色とは基本的に「闇」です。だからこそ、ここで蛍光色のラインが使われています。

ちなみにこのPVを創った武藤眞志はこの蛍光色のラインを安室奈美恵の『LOVE2000』でも使っていますが、そこでも悪魔の「闇の気」を表す形でこの蛍光色のラインは使われています。そして中島美嘉が黒を着ているのは「黒」とは「闇」の代表色だからです。また、ハイヒールを履いていますが、ハイヒールもまたこれは「闇」の履物を意味しているからになります。ハイヒールについてはまた別で詳しく書きます。

そして消えたロウソクから二人の中島美嘉が見えてきます。これは、悪魔のことを意味しています。衣装が変わっていないがために非常に分かりづらいのですが、ここで二人になっているということが、悪魔のことを表しているという根拠です。何故ならば、『WILL』というPVにおいても同様な表現によって中島美嘉が「悪魔」のことを演じるという方法が使われているからです。

『WILL』においては中島美嘉が急に五人になる場面があります。そして『愛してる』においては、急に二人になっています。こういった一致の点からこの表現が悪魔を表しているということが分かりますし、またロウソクが消えて、そこから出てくるということは、ここで描かれている存在が「光」の存在ではなく「闇」の存在を意味していると考えられます。だから「闇」の存在である悪魔と考えても非常に自然です。とにかく、悪魔に襲われている中島美嘉の姿をここでは映し出すためにロウソクから二人の中島美嘉が現れています。

その次の場面で、「花粉」が動き回る形で「金の気」が表現されます。金星神は「金の気」を司っている神様であって、それは蝶が「花粉」を運んでいることと非常に似ていることは説明しました。そういった意味で蝶と金星神を重ねて表現するために、ここでは歌に合わせながら、「花粉」に見立てた「金の気」が動きます。

ちなみに中島美嘉の他の楽曲においても、「花粉」と「金の気」が重ねられて表現されています。例えば『CRESCENT MOON』においては、「星の花粉が舞う海辺の砂の斜面」という歌詞がありますが、「星の花粉」とは「星の気」のことです。そして「星の気」の一つが、金星からの「金の気」のことです。『CRESCENT MOON』についてはこちらに解説を書いています。

http://junashikari.com/中島美嘉について/『crescent-moon』について/

このようにして中島美嘉の楽曲は、他の楽曲でその歌詞がどのように使われているかということが、PVにおいても影響されます。なぜならば、中島美嘉の曲やPVを創っている金星神は根拠を残したいからです。なぜならば、何らかの根拠があればこのような解釈を読んだ時に、勝手な作り話ではないと人間に確信を持ってもらえるからです。

このような根拠からここで動いている花粉が「金の気」のことを表しているということは納得して頂けると思います。ちなみにこの「花粉」の動き方とは中島美嘉の歌の波形に合わせて動くようにプログラミングされています。どうしてそのような表現をしているかというと、歌によって「金の気」を広げるということが出来るからです。中島美嘉は金星神と共に歌っています。そしてその歌には金星神の「金の気」が強く乗ります。ですからもし我々に「気」が見えたならば、実際にこういった映像に近い形で見えます。そういったことを描くためにここで歌と「花粉」=「金の気」を連動させるという手法を使って表現しています。ちなみに、この連動しているということを知っているのは実際にこのPVを作った武藤眞志からお話を聞いたからになります。

「君を照らそう」という歌詞を金星神が歌い、そのことによって中島美嘉が目覚める描写が映されます。これは何を意味しているかというと、「闇」に落ちてしまう中島美嘉を支えているのが「金星神」であるということを映像で表現するためです。中島美嘉は金星神と縁で繋がっており、金星神からの「気」によって支えられながら生きています。

実際に神々が我々を目覚めさせることとは非常に多いです。「眠気」とは「眠りの気」と書きますが、我々が眠くなるのは「眠気」を抱えるからです。神々は「気」を司っているので、我々に「眠気」を送ることは簡単です。逆に我々から「眠気」を完全に取るならば、我々は目覚めることになります。中島美嘉を支えているのは金星神ですから、金星神が中島美嘉を目覚めさせるようなことは実際に起こっているからこそ、このような形で描かれています。(ただ、悪魔も中島美嘉を目覚めさせることはできるので、中島美嘉が目覚める時全てが金星神によるものとは限りません。)ちなみに、睡眠についてはこちらに詳しく書いています。

http://junashikari.com/body/人は何故眠るのか?/

またこの場面でロウソクが映っていないのは、金星神が地球上の恋愛を支えていることを描きたいのではなく、中島美嘉を支えていることを描きたいからになります。

その次に金星神がロウソクの1つを押すと、他のロウソクもそれに影響されていく様子が描かれます。これは、1つの恋愛が他の恋愛に影響を与えるという事を表しているのであって、金星神はそういったことも行なっているということを表現しています。(ただ、全ての恋愛における出来事を金星神が行なっている訳ではありません。)

例えば、我々がある人と出会って愛し合う場合、その相手も基本的には独り身である必要があります。もし相手に恋人がいるのであれば、恋愛に発展する可能性は低くなるからです。ですから、ある女性とある男性が出会い恋愛をするということは、この映像のように将棋倒しのような形で全体に影響していきます。あるAさんとB君が恋愛をすると、AさんとB君は独り身ではなくなり、CさんはB君と恋愛をすることは基本的にはできません。だからこそ、CさんはD君と恋愛をし、、、といった形で全体に少しずつ影響を与えていきます。そういったことを映像として表現しています。

金星神は我々の心も、地球全体も完璧に見えています。それらを全て踏まえた上で、金星神は「金の気」を通して、我々の出会いや別れなどに関与しながら、皆が幸せになれるようにそれぞれの恋愛を支えています。そういったことをこの映像は表現しています。

最後はロウソクと一緒に金星神が「金の気」=「花粉」で関与する様子が描かれます。この描写は中島美嘉に対して「気」で関与していることを表しているのではなくて、地球上の恋愛を支えていることを表すために、ロウソクも映されています。

最後は膨大なロウソクが映りますが、これは金星神が支えている「愛」の数が膨大であることを表現しています。この地球上には膨大な数の命が生きています。金星神はその膨大な数の命の「愛」を支えているのであって、その数の膨大さを表しているのがこの最後の表現です。

 

このPVを創った武藤眞志は、こういった様々な重要な意味が込められた映像を御本人も意図せず創ることができています。実際に私は武藤眞志本人と会って、この『愛してる』のPVについて様々な質問をしたので、本人もこれらのことを意図していたわけではないということを知っています。中島美嘉が金星神と共に歌っていること、蝶と金星神を掛けて表現していること、この映像の中での金星神と中島美嘉の関係性の描き方、『CRESCENT MOON』の「星の花粉」=「星の気」といった言葉の使われ方、などを武藤眞志は知っていたわけではありません。

武藤眞志は非常に優れた映像作家であって、いつも神々と共に働いています。だからこそ、御本人も意図しない様々な重要なメッセージを込めた映像を創ることができています。映像作家本人も意図していないのですから、この映像が神々の導きによって生まれたと言えるはずです。偶然これらの意味を持った映像が生まれたと考える方が不自然だからです。

また、武藤眞志は中島美嘉の『雪の華』『CRESCENT MOOON』『RESISTANCE』『FIND THE WAY』『Always』のPVも武藤眞志が創っていますが、『愛してる』と同様に、それぞれ重要な意味が込められています。ですから、間違いなく武藤眞志は神々と共に働いている映像作家であって、そういった彼の作品から我々は様々な神々からのメッセージを受け取ることができます。

中島美嘉とは地球において非常に重要な存在です。ですから、そのPVにも神々は全力で関与してきました。武藤眞志以外の映像作家のPVにも中島美嘉のPVには重要なものが多くあります。曲だけではなくて、中島美嘉のPVからも神々からのメッセージを受け取って頂けると幸いです。

 

 

【最後に】

この『愛してる』という歌は、金星神自身が誰か異性を愛してるときの感情を歌っている曲です。その歌を聴くことによって我々は本当の「愛」のことを学ぶことに繋がります。何故ならば、本当の「愛」の感情を感じることができるからです。大事な事は、感じることによって学ぶことができます。そして、この歌には「光」と「闇」の関係性も描かれています。

また、PVの方は、金星神が何をしているのかということを「蝶=金星神」「花粉=金の気」といった形で重ねて描くことで非常によく表現できている素晴らしい映像です。また、「中島美嘉がどのような役割を持っているか」ということも説明しています。

この『愛してる』という録音とPVから我々は多くを学ぶことができます。それは、「愛」に関する非常に重要なことです。何故ならば、「愛とは何なのか」ということをよく伝えているのが『愛してる』であって、そして「金星神が愛を支えるために何をしているのか」ということが描かれているのがこのPVだからです。だからこそ、この録音とこのPVは非常に価値あるものであって、人類がこれから長く引き継いでいくべきものです。

今の我々に必要なのは、この『愛してる』の録音やPVが持っている意味を知ることです。意味を知らなければ、流れていってしまい、学ぶことができないからです。そしてそういった意味を知るために、ここで文章を書いています。そして、それは根拠の無い話では無くて、間違いなく根拠がある話であるということは、よく理解が進むと分かって頂けると思います。

そして、神々はそういった根拠をできるだけ残すような形でこれらのPVや楽曲を残してきました。何故ならば根拠があれば、その情報が確かであるということを人間に分かってもらえるからです。だからこそ、このホームページでは根拠を徹底的に書くように努めています。

中島美嘉の歴史とはこういった形で「奇跡」に満ちています。それを「偶然」として考えるには、あまりにも辻褄が合い過ぎています。そういった「奇跡」は中島美嘉の歴史を知れば知るほど、よく分かっていきます。神々は全力で中島美嘉の人生に「奇跡」を残してきました。何故ならば、中島美嘉の歴史自体をこれからの人類の聖典にしたいと思ってきたからです。

人間は根拠の無い話を信じることが、神々や悪魔について理解するというような誤ったイメージを持ってしまっていますが、神々や悪魔がいるとしたならば、この現実世界にいつも影響を与えているはずです。そして、現実世界に影響を与えているのであれば、それは確実に説明ができるものであるはずです。我々は「気」というものを忘れてしまったが故に、その説明ができなくなってしまっていますが、「気」というものの成り立ちを理解すると、我々は誰もがこの世界や我々自身に神々や悪魔が何をしているのかをクリアに理解できるようになります。そして、そのことによって、我々はよりこの生を大事に生きていくことができますし、「闇」に堕ちるのではなく「光」の方へ向かっていくことができます。

大げさに聞こえてしまうかもしれませんが、我々は中島美嘉の人生を通して「気」について理解すべきです。何故ならば、中島美嘉の歴史から学ぶということは、実際の出来事の意味を解釈することであって、それは根拠のある話だからです。中島美嘉はそういった我々が学ぶための教科書を創るためにも生まれてきた人間であって、私はその教科書を解説するという役割を持っています。

これは度々書いていますが、中島美嘉はこの地球のために悪魔に15年間襲われ続けるということを自ら選択した偉大な魂です。そういった彼女のとてつもない勇気や努力や苦労が報われるためにも、我々は彼女の歴史から多くを学んでいくべきだと思っています。