悪魔はいます。悪魔に取り憑かれた人々から悪魔を取り払うことはよくありますが、そうすると皆さん良くなっていきます。もし悪魔がいないのであれば、このような現象は起きるはずがありません。

悪魔の目は基本的には赤いです。決して彼らの目を見てはいけません。目から心を奪われ始め、呪われ始めるからです。目を閉じて悪魔が見える人もいるでしょうし、目を開けた状態で見える人もいるでしょうし、夢うつつの時に見える人もいると思います。とにかく、彼らが見えた時に彼らの目は見てはなりません。

悪魔とは何なのか、ということを分かりやすく申し上げますと「好き好んで幽霊をやっている幽霊」だと思って下さい。幽霊とは基本的に望まず彷徨うことになった魂ですが、悪魔とはそれを望んでやっています。しかし、単純に好き好んで幽霊をやっている魂だとそれはまだ幽霊です。では何を以て、悪魔になるかというと、悪魔と契約を結ぶことによって魂は悪魔となります。

悪魔と契約を結ぶとは悪魔と取引を行なうことです。彼らと取引を行なった場合、彼らから何かを得る代わりに魂を差し出すことになります。そして、魂を差し出すこととは悪魔になるということを意味します。彷徨っている幽霊に悪魔が語りかけ、その幽霊がその悪魔と契約を結び、悪魔となるケースが悪魔になるプロセスとしては最も多いケースです。

生きている人間であっても悪魔と取引を行なえば、生きながらにして悪魔となります。そして死後は当然悪魔となります。これは本当に気を付けなければならないことであり、悪魔に決して頼み事をしてはなりません。例えば、自分が憎い人に対して「あの人なんて死ねばいいのに」と心の中で思い、それをたまたま悪魔が聞いていただけで、悪魔に頼むことになってしまいます。そして、もしそれがその悪魔によって実現してしまった場合には、その頼み事は悪魔との契約となってしまいます。

ギブアンドテイクとは闇の発想です。悪魔達の契約とはそういうものであって、頼み事を実現してもらった場合には、頼んだ者は魂を差し出す=悪魔となることになってしまいます。ちなみに、これだけ今の現代社会はギブアンドテイクの発想で回っていますから、それは闇の社会です。光の側のスタンスは、見返りを期待せず「ただ与える」という発想です。我々はそういった「ただ与える」という思考に変えていかなければなりません。そして、そのことで助け合いの社会を実現していかなければなりません。

もし、悪魔によって頼み事が実現してしまった場合にはその頼み事を成立させないようにすることで契約は撤廃されます。上のような、誰かを殺すように頼み、その方が亡くなってしまったケースにおいてはもうどうしようもありません。何故ならば、死んだ人間は生き返らないからです。それに対して、「お金持ちにしてくれ」などと悪魔に頼みそれが実現してしまった方であれば、そこで儲けたお金を全額寄付などすることにより頼み事を成立させないようにすることができます。それによって、悪魔から再び人間に戻ることができます。

もし、悪魔が頼み事を実現し、その頼み事を成立させないようにすることができない場合は、その頼み事をした方は基本的にはもうどうしようもありません。そういった方は人間である内も悪魔、そして死後に魂は悪魔となりますが、運良く何らかの光のシャーマンにあの世に送ってもらわない限り、悪魔であることを終わらせることは基本的に不可能です。もちろん例外もありますが、ケースバイケースです。

悪魔になるとはどういうことかというと、それは悪魔の長であるサタンやサタンの子供達に感情を支配されるということです。我々は自分の意思で感情を選んでいるのですが、悪魔になると選ぶ前に悪魔の感情や思考が出てきます。例えば、嫌悪感や嫉妬や欲望がとても強くなったり、といった様々なケースが考えられます。とにかく、感情がサタンやサタンの子供達に支配され、その感情によって様々な行動を起こしていくようになります。

闇の霊能力者にはそういった形で生きながらにして悪魔になった方が多いです。闇の霊能力者には本当に気を付けて下さい。闇の霊能力者には3パターンおり、悪魔と共に働いている霊能力者または本人が既に悪魔となっている霊能力者、そしてその両方を満たしている霊能力者です。悪魔と共に働いているだけの霊能力者の場合、その繋がっている悪魔をあの世に送りさえすればその霊能力者は力を失うのですが、本人が悪魔となっている場合はその方が亡くなるまでは基本的にはどうしようもありません。

本人が悪魔となってしまっている霊能力者と会うだけでその方と縁ができてしまい、その霊能力者が亡くなるまで悪い気をもらうことになったりもします。もしそういう繋がりができてしまっている方はその霊能力者との縁を切って下さい。縁についてはこちらに詳しく書いております。

縁について
http://junashikari.com/energy/縁について/

霊能力者と会うということはこれは皆さんが思っているよりも本当に大きな出来事ですから気を付けて下さい。会う方が、光の霊能力者なら人生は良くなっていきますが、闇の霊能力者であると人生は悪くなってしまいます。シャーマンや霊能力者とは、本当に他人に与える影響が大きすぎる程大きいのです。

悪魔が一体どういった存在なのか、それを理解するいい方法があります。映画『ダークナイト』を観ることです。

映画監督クリストファー・ノーランは神に愛された映画監督であり、彼はある神様と繋がっています。映画『ダークナイト』も神々の意図によって作られました。その意図とはこの作品の中で悪魔を描くことです。ですから、この作品を観ると悪魔のことがよく理解できます。

闇の帝王ジョーカーを演じたヒース・レジャーはこの役を演じるために本物の悪魔と共に働きました。当時のヒース・レジャーは悪魔に取り憑かれていたということです。そして、悪魔と共に最高の演技をした後、その悪魔によって殺されました。ヒース・レジャーは悪魔から最高の演技というギフトをもらうと共に、自分の魂をその悪魔に差し出さなければならなかったのです。

ちなみに、『ダークナイト』の続編『ダークナイト・ライジング』の試写会にて銃乱射事件が起き、12名が亡くなりました。その犯人は警察に対し「俺はジョーカーだ」と語ったと言われます。自分は分かるとしか言いようがないですが、これらは同じ一人の悪魔の仕業です。

http://www.mtvjapan.com/news/cinema/21368

このことから分かって頂けるように、ヒース・レジャーは悪魔と共にジョーカーを演じています。そして、監督クリストファー・ノーランもこの時期だけは悪魔と共にこの作品を作っています。神々は悪魔を描かせるために、わざとノーランをぎりぎりのところまで守らないということを行なっていました。ですので、この作品全体が悪魔を描いています。

生まれた時から悪魔だった悪魔とは、魔王サタンしかおりません。サタンだけは神によって創られた悪魔です。この宇宙は光と闇によって成り立っていますが、サタンはその闇のトップに位置する悪魔であり、生まれた時から呪われています。それぞれの魂が光を知るために闇を創らなければならず、そのためにサタンを創り、闇の気の担当者にしたということが創造神の行なったことです。

悪魔が人に憑くと、霊よりも強くコントロールされてしまいます。その人が持っている性格の悪い部分が何十倍にも膨れ上がり、そこからありとあらゆる問題が生じます。

急におかしくなった人がいる場合、周りはこういったことが起きていることを理解しないといけません。もし理解せずに本人の問題と思うならば、色々な人間関係が崩れてしまっていきます。実際、本当にこういった第三者(悪魔や霊)によって人間関係が崩れるということはよく起きています。これはあまりにももったいないことですし、悪いのは我々の無知です。

悪魔は基本的に重要な役割を持った人を狙います。全ての人間の役割は等しく重要ですが、とは言ってもその役割の影響度合いというのはあります。その影響度が高い人間に悪魔はよく憑きます。なぜならば、その人間を活躍させないためです。その人間が自身の役割を果たすことは、悪魔にとっては不都合なことだからです。

最もよくあるのが、霊能力者系の人間を攻撃することです。なぜならば、霊能力者とは悪魔にとって最も都合の悪い人間であるからです。ですから、彼らは徹底的に霊能力者を攻撃します。しかし、現代は霊能力者になるべき人の道がちゃんと無いですから、何が何だか分からない内に悪魔に取り憑かれ気違いまたは薬漬けになってしまっているのが現状です。

悪魔は本当に賢いです。『ダークナイト』のジョーカーも本当に賢いですが、悪魔はまさにそうです。彼らは何でも使って我々を攻撃してきます。例えば、自分の場合、悪魔は自分に手を出しても無駄なことは分かっているので、周りの人達を攻撃し、その人と自分との縁を使って自分を攻撃してきたりします。

悪魔の長がサタン、その下に30人近くのサタンの子供達がおり、それぞれ司っている気が異なります。そして、その下に数え切れな程の悪魔が宇宙中で誕生しては光のシャーマンによってあの世に送られるということを繰り返しています。今のこの宇宙はそういった現状ですから、そのことも知っておいて下さい。

サタンとサタンの子供が司っている気と感情についてはここに書いておりますので、まだ読まれていない方はチェックされて下さい。

感情一覧
http://junashikari.com/energy/感情一覧(光・闇・中立)/