「感謝」とは「誰かが何かをしてくれたその気持ち自体に対してありがたいと思う気持ち」のことです。長いですが、この説明をよく理解して下さい。「ありがとう」という言葉は「有り難し」という言葉から来ている言葉であって、とてもいい言葉です。「有り難し」とは「本当にこのようなことを貴重に思います」ということであって、相手が自分にしてくれたことに対して、「あなたの善意を本当に貴重に思っています」ということになります。

我々は「ありがとう」とはよく言ってはいるものの、本当の「感謝」の気持ちとは何なのか、ということについては非常に理解が浅いものです。また、「感謝」の気持ちを実践できている人であっても、自分が何をしているのかをよく意識化できていなかったりします。ですから、ここで「感謝」の感情について意識化して頂ければ、と思います。

「感謝」とは「誰かが何かをしてくれたその気持ち自体に対してありがたいと思う気持ち」のことですが、そのことを理解して頂くために例を挙げて説明します。

例えば、電車で席を譲ってもらった御老人がいるとします。そして、その御老人が席を譲ってくれた人に対して何らかの気持ちを持ちます。その時に様々な心の状態はありますが、その例を挙げながら、どういった気持ちが「感謝」で、どういった気持ちが「感謝」ではないかを説明します。


1:「この方は自分が座っていた席を私のために譲ってくれて、私のために立つこと(苦労すること)を選んでくれた。この気持ちは本当にありがたいものです。」

と思うのであれば、これは「感謝」の気持ちになります。相手が自分にしてくれたことを意識し、そして相手がそれを自分にしてくれた気持ちのことを想像し、その上で現在相手がどういう犠牲を払ってくれているかまで目が行っているからです。このように、本当の「感謝」を行なうためには、真にその相手のことを「思いやる」気持ち=想像力が大事です。そういう意味で「感謝」とは光の第三感情である風の感情の要素が強い感情と言えます。

2:「座ることができて本当に良かった。ありがとう。」

この場合は自分のことばかりを考えていて、相手が自分に行なったことや行なった気持ちに対してはほとんど無関心です。このような場合に心の中や会話として「ありがとう」という言葉を使っていても、これは「感謝」ではありません。このように、自分が得たものばかりに関心が向かっている場合は「感謝」の気持ちではなく、実際こういった形で我々現代人の多くは「ありがとう」という言葉を使っていますから、是非こういった誤った「感謝」の方法は改めて頂ければ、と思います。

3:「老人には席を譲るもの。この方はそういったことをよく理解できている。」

この場合も相手のことを一切思っていないですから、当然「感謝」の気持ちにはなり得ません。このケースは相手が自分に行なったことに対して「それは当然のこと」と思っているパターンです。こういった形で「感謝」をしないケースは非常に多いですから、気を付けて下さい。

4:「席を譲ってもらったから、ありがとうと言っておかないと。」

この発想で「ありがとう」と言う人も結構います。我々は何かしてもらったなら「ありがとう」と言いなさい、といった教育を受けますが、これは「ギブ&テイク」の発想でもあります。「ありがとう」と言うことは強制されて行なうことではなく、その人の意思によって行なうものです。そうでなければ、「感謝」の気持ちではないからです。ですから、「ありがとう」と言いなさい、という教育は間違っていおり、そういった習慣の根底にあるのは「何かやってもらう」ということに対して「ありがとう」という言葉を返すことによって、「ギブ&テイク」を成立させる気持ちです。よく書いていますが、「ただ与える」が光の立場、「ギブ&テイク」は闇の立場です。そして、「感謝」は光の感情ですから、こういった発想によって「ありがとう」という言葉を発するのは間違っています。

我々が「ありがとう」という言葉を使う時、基本的に上の4つのパターンのどれかになります。

1:相手がしてくれたことをおもいやった上での感謝(本当の感謝)
2:自分が得たことに対する気持ちのみ(感謝ではない)
3:それを当然だと思うこと(感謝ではない)
4:交換として「ありがとう」と言わないといけないと思う(感謝ではない)

とにかく重要なことは、あなたが誰かに「感謝」の気持ちを抱く時、またはあなたが誰かから何か助けられた時、相手が自分にしてくれたことと相手の気持ちを相手の立場になって考えることです。それを行なわない限り、決してあなたの気持ちは「感謝」ではありません。なぜならば、「有り難し」という言葉が意味するように、相手の立場になって考えない限り「相手がしてくれたことの貴重さ」を理解することができないからです。本来「ありがとう」という言葉はそのような時のみ発するべき言葉です。


また、この「感謝」の気持ちとは「感謝」する側だけの思いで成立する気持ちであることもよく理解して下さい。例えば、上の例をそのまま使うのであれば、席を譲ってくれた人がどのような気持ちによって席を譲ってくれたかは「感謝」の気持ちそれ自体とはあまり関係がないということです。

例えば、席を譲ってくれた人が「周りの人からよく見られたい」と思って席を譲っていたとします。それに対して、御老人が「本当に私のことを思い遣ってこうして席を譲ってくれたのであろう」と「感謝」したとしても「感謝」の気持ちは成立します。こういった「感謝」をされる側と「感謝」をする側の実際のギャップはあってもなくても「感謝」は成立します。

そして、「感謝」とは「誰かが何かをしてくれたその気持ち自体に対してありがたいと思う気持ち」ですから、「感謝」の気持ちを持つ時、その人に向けて気を飛ばすことになります。これは基本的にいつも起こっていることですが、誰かが別の誰かのことを思う時、必ず気がその人に向かって飛んでいます。「思いは届く」と言いますが、これは真実です。恋人同士だと、自分が相手のことを思っている時に、相手が自分のことを思い、「ちょっと声を聞きたかったんだ」と言ってお互いに同じタイミングで電話をかけてしまったりすることもあると思います。

もちろんその質にも依りますが、「感謝」とは基本的に強い光の気持ちです。ですから、光の気が「感謝」をしている相手に向けて飛んでいくことになります。そして、その相手はその光の気を受け取りますから、感情が良くなったり思考が良くなったりします。

ですから、我々が本当の「感謝」の気持ちを日常的に持つだけで、あなたの周りの人や我々の社会はいい方向へ向かいやすくなるのです。我々の社会の大きな問題の一つは我々が本当の「感謝」の気持ちを忘れてしまったことです。ですから、本当の「感謝」の感情について、ここで理解してほしく思います。そして、本当の「感謝」を実践するだけで、あなたやあなたの周りの人は随分と生きやすくなっていくのです。