強さとは何なのか?それは意思のことです。我々は元々とても弱い存在です。しかしながら、他の魂のために生き始めると強くなります。

言い換えると、あなたは自分が何をすべきかということを自分で強く実感を持って生きるならば、自分でも驚く程に強くなります。なぜならば、強さとは意思によって生まれることであるからです。

ですから、「私は弱いから何もできない」と考えることは間違っています。強さとはあなたの中にもともとあるようなものではなく、「どのように生きるのか」という問いとセットで生まれるものです。

だから、「自分が何のために生まれてきたのか?」「自分が何をすべきなのか?」ということをまず深く考えるのです。それをしない限り、あなたの人生は始まりません。今の日本人が間違っているのはそこを考えないからです。日本人は人生を始める前に人生が終わってしまっています。

強さが無い人間には何も成し遂げることができません。弱い人間はいつも途中で止めてしまいます。

なによりも大事なことは、自分が成し遂げるべきこととは他人のための何かでなければならないということです。自分のためのことであっては人は魂の強さを得ることはできません。自分のためのことであれば、少し辛いだけで簡単にそれを止められるからです。

そして、より大きなことを成し遂げるためにはより大きな強さが必要です。そして、成し遂げるべきことが大きければ大きい程、大きな決断が必要ですから、そのことに伴って、人はとても強くなるはずです。

自分が成すべきこと(人生の役割)を成すことができるだけ、人は強くならなければなりません。強くなるためにはそれだけの強い意志を持たなければなりません。そして、それだけの強い意志を持つためには「なぜそれをやるのか?」という問いに対して明確な答えを見出さなければなりません。

今の人間は「なぜ私が生きているのか?」ということを考えることが甘いのです。

そこで答えを出せない程に我々は馬鹿なのかもしれません。
それを考えることができない程に我々は怠惰なのかもしれません。
その答えを探しに出るために旅に出るだけの勇気が我々には無いのかもしれません。

何故あなたが生きているのかを真に考えるのです。今の日本人は「中二病」という言葉を使って、思春期にこの問いを考えることを止めさせます。今の日本の常識を目の前にしたならば、若い人間は絶望すべきなのです。こんなどうしようもない社会を目の前にして絶望しないことなど、どうかしているのです。そして、その絶望を乗り越えるために全力で答えを探さなければならないのです。それを我々は自分達でできないようにしています。

我々は記憶が無くなると、かなり人格が変わります。逆に言うと、我々は記憶によって人格を形成しているのです。もっと正確に言うならば、我々の魂の性質に加えて、記憶が我々の人格の形成に大きく関わっています。

どうして記憶を失くすと人格が変わるかということの大きな原因は、どのような動機によって生きているか、ということが分からなくなるからです。言い換えると、どのような動機によって生きているのか、ということが変われば我々の性格とはかなり変わります。

そして、我々は素直に生きていくのであれば自分の人生の役割に気が付きます。この役割こそが「どのような動機によって生きているのか?」ということに他なりません。人間は自分の役割に気が付くのであれば、自分が何のために生きているのかを明確に意識するならば、驚く程に人格が変わっていきます。そこで特に変わるのが「強さ」です。

どうか、自分には何もできないなどと、この国の常識によって思わされないで下さい。他人があなたに植え付けるアイデアに支配されてはなりません。常識とは誰かの言ったアイデアが広がったことに過ぎません。アイデアの恐ろしさを知って下さい。

あなたが本気を出せば何だってできます。そういった人間が少しずつ増えれば、世界など簡単に変わります。

まず「何故生きているのか?」ということを考えて下さい。忙しいからそんな時間が無いと思うのであれば仕事など辞めて下さい。路上生活者になってでも、この問いに対するあなたなりの答えを出さなければなりません。何故ならば、あなたは生きているからです。