この一ヶ月は地獄のような日々を過ごしていました。一時期は大変御心配をおかけしてしまい本当に申し訳ないです。数日前ようやく落ち着きました。

神々は時に「試練」というものをシャーマンに与えます。この一ヶ月はその「試練」の時期で、精神的にも肉体的にも、生と死の狭間をウロウロせざるを得ない時期でした。

具体的にどのようなことが起こったかということについては、説明しても理解されるようなものではありません。ありとあらゆる闇の感情を実際に経験することで、それらの闇の感情について深く理解するためのものでした。闇の感情は30個前後ありますが、その全てを深く経験しました。

・感情一覧(光・闇・中立)
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例えば、神々によって自分が愛する恋人とも引き裂かれたりといったことを通して、闇の感情の中にどこまでも堕ちざるを得ない状況を神々に用意され続けてきました。今は恋人との関係は元に戻っています。

また、闇の感情を学ぶことだけに限らず、「死」というものの考え方を変えることもこの試練の大きな目的でした。今回の試練の間、実際に死のうとしたことが複数回あり、「人間を終えます」という投稿をアップしたこともありましたが、その投稿はその時のものです。

(私が人生に絶望して死のうと思ったと誤解されている方もおりましたが、そのような形で死のうとしていたわけではないので、御理解頂けると幸いです。そのような理由で死ぬ程、弱くありません。)

どのような形で死に向かって行ったかというと、私はただ寝ているだけで、神々が私の心臓に関与することで心臓の鼓動が極限まで小さくなっていき、身体の感覚が失われ、息が止まるその瞬間ギリギリのところまでいくといった形でした。薬物などは何も服用していません。

そうやって本当の死に際に向かっていくことで、死の覚悟を抱きます。我々は輪廻転生をしています。ですから、死への覚悟というよりかは、次の存在になることに関しての覚悟を抱くといった方がいいかもしれません。こういったことは実際に経験しない限り、本当の覚悟にはなり得ません。

私は死んだら多くの神々の中の一人になります。「死んだら神様になる」などと言ったら大きく誤解されそうですが、神々はこの世に一兆以上います。その内の一人になるだけですから、何も特別なものではありません。我々宇宙人とは神々・天使になる前の一つの試練の場という認識が、この生の正しい認識です。

人間であろうと、神々の内の一人になろうと、他の魂のために全力を尽くすということは変わりません。そして本当に他の魂のために生きるのであれば、他の魂のために人間である方がいいのか?それとも神々の内の一人になった方がいいのか?という問いを抱くことになります。実際最近私が抱いてきた問いはこの問いでした。

純粋にこの問いへ向き合うためにも、死への恐怖は克服しなければなりません。その死への恐怖は今回の件を通して拭い去ることができ、今はただ、人であるべきか神であるべきか、ということだけを考えて生きています。そして、まだ人間であろうと思っています。

自分の死は自分で決めます。これは「自殺」ではなくて、仏教で言う「入滅」と思って頂けると幸いです。お坊さんが飲まず食わずで瞑想をして、それによって死ぬということはありますが、こういったケースを「入滅」と言います。私の場合も全く同じで、私が上へ行くべきだと確信し、神々に頼めば、神々が私の心臓を止めます。

今回の「試練」は神々が上で行なっている水準以上のものでした。どうしてこのようなことを行なったのかという最も大きな理由は、私の魂を神々のレベルにシフトするためです。今回私の指導に当たった1人の神様は神々の国で最も優秀な闇の使い手であり、悪魔以上に悪魔のような存在でした。

今回の件を通して、自分の不完全性をよく理解できました。ですから、これからも生の修行をより良い形ですることに繋げられそうです。

シャーマンを目指している方もいると思いますが、このような「試練」は通常ないので、あまり御心配なさらなくていいかと思います。ただ、生きている時間が全て「魂の修行」として引き受けられなければ、シャーマンになることは不可能だと思います。「魂の修行」は「苦行」などではなく、「この生の喜びを本当に理解するための過程」だと思って頂ければ、と思います。それはシャーマンでなくとも皆同じです。


今回の件で御心配かけまして大変申し訳ないです。
まだまだ人間の形でこの地球のために尽くしたいと思っています。

人間に決定的に足りないものは「意思」です。
ですから、共に本当の「意思」を持って生きていきたく思っています。

今後ともどうぞよろしく御願いします。