ここでは、映画『スター・ウォーズ』シリーズの概要を書きます。それぞれの作品については、一作品ごとに解説を書きますが、ここではシリーズ全作において共通して描かれていることについて書いていきます。

『スター・ウォーズ』シリーズは神々によって創られた作品であって、人間が忘れてしまった大事な真実を非常に分かりやすい形で世界中に伝えようとしてきた神々の試みです。ですから、『スター・ウォーズ』シリーズを通して我々は多くを学ぶことができます。

以下、神々がどのような真実を伝えようとしてきたのかを書いていきます。


【「フォース」について】

『スター・ウォーズ』シリーズ全作において共通して描かれているのが「フォース」です。この「フォース」というものがとても重要なので、この点について最初に説明していきます。

・「フォース」=「気」

「フォース」は「気」のことを意味しています。神々が人間に最も伝えたいことは「気」の成り立ちです。だからこそ、『スターウォーズ』の中で「フォース」という形で「気」のことを描いてきた形になります。

「フォース」は二種類として描かれ、それが「ライトフォース」と「ダークフォース」です。この「ライトフォース」が「光の気」のことであって、「ダークフォース」が「闇の気」のことを意味します。

「気持ち・気分」という言葉が示すように、我々は「気」を「持つ・分かつ」ことによって自分の感情を抱いています。ですから、『スターウォーズ』の中でも「フォース」が「感情」の原因であるものとして描かれます。

「ライトフォース(光の気)」は「相手のため」という「愛」を基本とする感情を生み、「ダークフォース(闇の気)」は「自分のため」という「欲望」を基本とする感情を生むことが描かれています。そのことをよく表しているのが、ジェダイの騎士とシスの暗黒卿の対立です。

ジェダイの騎士は「ライトフォース(光の気)」を使いこなす存在であり、だからこそ「相手のため」に尽くす存在として描かれます。それに対して、シスの暗黒卿は「ダークフォース(闇の気)」を使いこなす存在であり、「自分のため」に相手を利用する存在として描かれています。

これは「光」のシャーマンと「闇」のシャーマンの違いのことを意味します。人間の立場で「気」を強く使いこなす存在がシャーマンと言われる存在です。そして、シャーマンは二種類であって、「光の気」と共に働くシャーマンを「光」のシャーマン、「闇の気」と共に働くシャーマンを「闇」のシャーマンと言います。ですから、『スター・ウォーズ』の中で描かれるジェダイとシスの対立は「光」のシャーマンと「闇」のシャーマンの対立のことを表しています。また、「合気道」=「合わせる気の道」と言われるように、武術と「気」は非常に密接な関係にあります。だからこそ、『スター・ウォーズ』の中ではジェダイもシスも武術を実践しています。

ただ、「気(フォース)」はシャーマン(ジェダイ・シス)に限定したものではなく、全ての人間が絶えず影響を受けているものです。特別な才能のある人間だけが影響を受けているものではなく、全ての人間が影響を受けています。ですから、『スター・ウォーズ』の中でも登場する全ての存在が何らかの「フォース」に影響を受けているように描かれています。

『スター・ウォーズ』シリーズの中でジェダイの騎士とシスの暗黒卿の両方の立場になった存在がダースベイダーです。ダースベイダーは元々はアナキン・スカイウォーカーというジェダイの騎士だったのですが、ダークサイドに堕ち、ダースベイダーというシスの暗黒卿となってしまった存在として描かれます。

ですから、我々はダースベイダー(アナキン・スカイウォーカー)を通して「光」と「闇」の両方を学ぶことができます。我々人間が見失ってしまった真実は「光」と「闇」の関係性であって、ダースベイダー(アナキン・スカイウォーカー)の歴史は我々に「光」と「闇」のことを強く教えてくれます。

このような意味で、『スター・ウォーズ』シリーズの中で最も重要なことはダースベイダー(アナキン・スカイウォーカー)の歴史です。そのような観点を持って『スター・ウォーズ』を観るのであれば、様々なことを学ぶことができます。

ちなみに、『スター・ウォーズ』の中で「フォース」は「銀河の万物をあまねく包んでいるもの」として描かれますが、これは科学の分野で「ダークマター」と言われるものの性質をそのまま捉えています。科学の世界では重さはあるけれども、科学的に測ることができない物質が宇宙には遍くあるということが長年に渡って言われてきました。この「ダークマター」が「気」のことであり、『スター・ウォーズ』の中で言われている「フォース」も「気」のことを意味しています。つまり、「気」=「フォース」=「ダークマター」と理解して頂ければ、と思います。


・「フォース(気)」が「感情」と「発想」の原因であること

『スター・ウォーズ』シリーズのどの作品の中でも必ず以下の言葉が使われています。

「フォースと共に在れ(May the force be with you.)」
「何だか嫌な予感がする(I have a bad feeling about this.)」

「何だか嫌な予感がする(I have a bad feeling about this.)」という言葉は自分の中に「嫌な感情」が予め起こることで、「何か悪いことが起きる気がしている」状態のことを示しています。「予感」とは「予め感じる」と書きますが、予め「気」を受け取ることによって、何らかの「気持ち・気分」を抱き、これから何かが起こるということを教えられている現象のことを意味します。この台詞は「気(フォース)」が「感情」の原因であることをよく捉えている台詞だからこそ、「フォースと共に在れ(May the force be with you.)」と共に全作において使われている言葉です。

また、「気」は「気持ち・気分」の原因であるだけではなく、「気付く」という言葉が示すように「発想」の原因です。「気」には「情報」を乗せることができ、そういった「情報」が乗った「気」が我々に「付く」時に何らかの「発想」が生まれます。これが「気付く」=「気」が「付く」という言葉の持つ本来の意味です。ちなみに、「思い付き」も同じ意味を持った言葉です。

ジェダイの騎士達は「フォースが導く」という言葉を発しますが、これは「気(フォース)」が我々の「発想」に影響を与えていることをよく捉えている言葉です。例えば、分かれ道があったとして、右に行くか左に行くかということを選択しないといけない時に、「情報」が乗った「気」を受け取ることによって、「右の方がいい気がする」ということを我々は思ったりします。こういった選択の際に「光の気(ライトフォース)」を受け取ることができれば、正しい道を選ぶことができます。このような意味で「フォースと共に在れ(May the force be with you.)」という台詞が全作において言われています。

では、誰が「気(フォース)」に情報を乗せているのかというと、神々と悪魔です。『スター・ウォーズ』の中でもそういったことは描かれています。元々ジェダイのオビワン・ケノービは死んだ後に神々としてルーク・スカイウォーカーを正しい道に導き、エピソード7ではシスの暗黒卿を操っている悪魔が直接的に描かれています。

神々は「光の気」を司り、悪魔は「闇の気」を司っています。そして、神々は我々を正しい道に進めたいと思っているからこそ、「真実」を「光の気」に乗せて教えるのに対して、悪魔は我々を間違った道に進めたいと思っているからこそ、「嘘」を「闇の気」に乗せて教えます(ただし、悪魔はその悪魔にとって都合が良ければ人間に「真実」も教えます)。

だからこそ、「光の気」と共に生きるのであれば、正しい道を貫くことができます。では、どのようにすれば「光の気」を受け取ることができるかというと、「光の気」を受け取ることができるように自分の感情を「愛」を基本とする「光の気持ち」に保つことです。少しでも「欲望」を基本とする「闇の気持ち」に同調するのであれば、「闇の気」を受け取ることに繋がり、判断を誤っていきます。

『スター・ウォーズ』の中でアナキン・スカイウォーカーが「闇」に堕ちていく過程は、アナキン・スカイウォーカーが「闇の気持ち」に囚われていく過程です。アナキン・スカイウォーカーは自分が大きな力を持ちたいという「欲望」に囚われていったが故に「闇」に堕ち、ダースベイダーとなっていきます。

アナキンが大きな力を求める根本的な動機は大事な人を守るためだったのですが、そういった動機のために「闇の気」の力に手を出してしまい、その「闇」に自分自身が飲み込まれてしまう様子が描かれます。つまり、「光」のために「闇」を使おうとしたけれども、「闇」自体に飲み込まれてしまった存在として描かれています。エピソード1〜3までで強く描かれていくのはその過程です。

ダースベイダーのこういった歴史は『ハウルの動く城』のハウルが「闇」に堕ちてしまったケースだと考えて頂けると幸いです。『ハウルの動く城』の中で、ハウルは「光」のために「闇」を使う存在として描かれ、ソフィーを通して最後は「光」へ向かいます。しかし、アナキンは「光」のために「闇」を使おうとしたけれども、「闇」に堕ちてしまいます。

 
 

このような意味で、アナキン(ダースベイダー)とハウルは似た立場だけれども、対照的な構造を持っています。このような形で、『スター・ウォーズ』シリーズだけから『スター・ウォーズ』を捉えるのではなくて、他の作品とも対比させながら理解して頂けると幸いです。このような比較から我々は多くを学ぶことができます。


【「光」と「闇」の闘い】

『スター・ウォーズ』の中では、「光」と「闇」の間を銀河全体で振れている様子が描かれています。これはこの世界の本質を捉えています。

どうしてこの世界に「闇」があるかというと「光」を強くするためです。強い「闇」に打ち勝つためには、強い「光」が必要になってきます。逆に、「闇」が弱いと「光」も弱くなっていきます。ですから、「光」と「闇」は常にお互いにせめぎ合っている必要があり、そのことによって「光」は強くなっていきます。そういった「光」と「闇」のせめぎ合いの構造を『スター・ウォーズ』シリーズは表現しています。

また、我々のような物質的な存在はいつか死にます。その度に、この世界に直接的に関与することはできなくなります。ですから、死とは我々にとって、「光」と「闇」の闘いのリングから降りることを意味します。我々は死んだらあの世に行きますが、あの世はリングの外の位置付けです(余談ですが、我々は輪廻転生をしているので、また人間として生まれるのであればリングに再び上がることを意味し、天使や神々になるのであればリングに間接的に関与することになります)。

ですからこの世界は単純に「光」と「闇」の闘いの場であるというよりも、様々な「光」の人間と「闇」の人間が繋いできたバトンを次の走者に渡していくリレーのような意味を持っています。『スター・ウォーズ』で描かれているのは、そういったバトンを繋いでいく過程です。そういった過程を我々は俯瞰して見ることができるので、『スター・ウォーズ』を通してこの世界の成り立ちを真に理解できます。これは神々の視点でこの世界を見つめることと似ています。

こういったリレーの意味合いを最も素晴らしく表現しているのが『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』です。『ローグ・ワン』はエピソード3からエピソード4に移る架け橋の役割を持っている作品ですが、一体エピソード3とエピソード4の間の時間にどのような人々の闘いがあったのかということを本当に素晴らしい形で描いています。

この世界は様々な人間の思いによって成り立っています。それは『スター・ウォーズ』の中の世界であろうと、現実世界であろうと同じです。ただ、「光」のバトンと「闇」のバトンのどちらを渡すのか、どれだけの大きな影響力を持ったバトンを渡すのかは、その本人の「意志」によって決まります。

現代を生きる我々が軽視している真実はこういったバトンの観点であって、『ローグ・ワン』をエピソード1〜6を観た上で観るのであれば、そのバトンの重要性を理解できます。『ローグ・ワン』で描かれている人々の努力が無ければ、エピソード4〜6の出来事も起きないということが分かるからです。

『スターウォーズ』シリーズはシリーズ作品であるが故に、その歴史を我々は追いかけることができ、歴史を追うことを通して大事なことを学ぶことができます。これはシリーズ作品でしかできないことです。

『ローグ・ワン』以上にバトンの持っている意味を描くことができた映画は他に無いと思いますので、『ローグ・ワン』を好ましい形で観るためにも『スター・ウォーズ』シリーズを観て頂けると幸いです。『ローグ・ワン』だけを観ても、『ローグ・ワン』を通して神々が我々人間に伝えたいことは感じられないので、この点は注意して頂けると幸いです。


【『スター・ウォーズ』シリーズの見方】

これから『スター・ウォーズ』を初めて観る方や、改めて見返す方向けに、どのような順番で観るべきか、どのような観点を持って観るべきかを書きます。観るべき順番は以下の順番です。

1、エピソード1/ファントム・メナス(1999)監督:ジョージ・ルーカス
2、エピソード2/クローンの攻撃(2002)監督:ジョージ・ルーカス
3、エピソード3/シスの復讐(2005)監督:ジョージ・ルーカス
4、エピソード4/新たなる希望(1977)監督:ジョージ・ルーカス
5、エピソード5/帝国の逆襲(1980)監督:アーヴィン・カーシュ
6、エピソード6/ジェダイの帰還(1983)監督:リチャード・マーカンド
7、ローグ・ワン(2016)監督:ギャレス・エドワーズ
8、エピソード7/フォースの覚醒(2015)監督:J・J・エイブラムス

『スター・ウォーズ』シリーズはエピソード4から公開されていますが、これから観る上ではエピソード1から観て頂ければ、と思います。話の順番的にはエピソード1が最初だからです。

先程も書きましたが、エピソード1〜3を観る上ではアナキン・スカイウォーカーがどのようにして「光」から「闇」に堕ち、ダースベイダーになっていったかという観点を持って観て頂ければ、と思います。

エピソード4〜6は単純な娯楽作品になりがちな要素も多くあります。商業的に成功しなければシリーズ化をすることが困難という実情があったからこそ、そういった形になっています。しかし、『スター・ウォーズ』全シリーズの前提となる世界がエピソード4で描かれていますし、エピソード6の最後の場面(ダースベイダーの最期)は非常に重要な意味を持っています。

エピソード1〜6で描かれているのはダースベイダーの歴史とも言え、エピソード7は別の敵との闘いの話です。ですから、エピソード1〜6を見終えた後に『ローグ・ワン』を観て頂くのが好ましいと思っています。『ローグ・ワン』はエピソード4の始まる10分前までが描かれています。

ちなみに、エピソード8は今年公開予定、エピソード9は2019年に公開予定です。
 

【最後に】

『スター・ウォーズ』シリーズは「気」のことを描いた映画の中でも、最も商業的に成功した映画だと思います。これは、この地球に生きる多くの人間が『スター・ウォーズ』の内容を知っているということを意味します。このことに『スター・ウォーズ』の価値があります。

これから人間が「気」のことを思い出していく上で、自ずと『スター・ウォーズ』で描かれている「フォース」が「気」のことであることに気付いていくことになります。我々人間は元々「気」のことをよく知っていましたし、西洋世界では「プシュケー」と呼ばれてきました。

『スター・ウォーズ』は「気」に対する適切なイメージを我々に教えてくれます。映画はイメージを定着させる上で優れた媒体だからこそ、このようなことができます。そういったイメージは、書物や単純な知識では学ぶことができないことです。このことに、『スター・ウォーズ』の価値があります。

このような意味で『スター・ウォーズ』を単純な娯楽作品と捉えるのではなくて、我々が「気」のことを思い出す上で大事な教科書だと理解して頂けると幸いです。

『スター・ウォーズ』シリーズを実際に観て頂いた上で、この解説を読んで頂いたり、この解説を読んで頂いた上で『スター・ウォーズ』シリーズを観て頂けると、理解が深まると思います。そのような形で、このホームページを活用して頂けると幸いです。

このページの内容は引き続き向上していきますし、『スター・ウォーズ』シリーズのそれぞれの作品の解説も別で書いていきます。